合縁奇縁



ドリーム小説
甲斐の城下町を見下ろしている男がいた。
騎乗している姿は凛々しく雄々しくまさに絵になる。

「前に来た時は、景色なんざ眺める余裕はなかったけどな・・・・改めて見ていいとこじゃねぇか」

神々が住む山に囲まれた場所。
地形の面からしても攻めるには不向きで、守るとすれば鉄壁を誇るような国だ。

「風も気持ちいいじゃねぇか・・・・なあ、小十郎」

こんな場所で暫く愛しい彼女は守られていたのだなと改めて思った。

「さぁて、そろそろ行くとするか。待たせちゃ悪いしな」

手綱を引き、走り出した。
奥州筆頭、伊達政宗。
甲斐の虎が治める地に堂々と足を踏み入れた。





【16】





「あ、あの。殿」

指を絡めながらモジモジしている幸村。
いつものように満月堂に来ていた。

「ん?なに?幸村君、おかわり?」

「ち、違うでござる!そ、その・・・・・」

現在武田は奥州の伊達、越後の上杉と三国同盟を結んでいる。
関西の豊臣に対抗する為のものだが、比較的関係は穏やかで友好的である。
豊臣という脅威がなくなった場合、この関係がどうなるのかと心配してしまうものもいるが。
その奥州の伊達政宗が甲斐へとやってくるのだ。
三国間のやりとりは基本的に使者を立てて行われるが、伊達政宗は代理ではなく、自ら赴くことが多い。
家臣たちには冷や冷やものだが、本人的にはその方が手っ取り早く済んでいいらしい。
それに政宗自身が武田と上杉を信用してくれているのだろう。
安心して足を踏み入れられる地として。

「最近幸村君変よ?何かあったの?」

「い、いや、その変とかなんとか、その」

「悩み事あるなら聞くわよ?そりゃあ武家社会の難しい話じゃ私は役に立たないけど」

「そ、そんなことないでござる!殿はとても」

「?」

幸村は動きが止まってしまう。

「あっ!」

「な、なに?」

殿、中へ入ってくだされ」

「ええ!?」

幸村はの背中を押し、強引に店の中へと戻ってもらう。

「幸村君?」

「いいから、それがしが良いと言うまで出てこないでくだされ」

なんだかよくわからないが、は頷く。
そして幸村は店の外へ。

?どうしたんだい?」

おりょうが突然のことを変に思い訊ねてくる。
だがにもわからないのだ。

「なんかよくわからないんですけど、幸村君が店の中にって」

「おや、何かあったのかねぇ」

「さあ・・・・良いというまで外に出ちゃダメだそうです」

「おやおや」

さて、幸村はと言うと、外に出た直後に二頭の馬が通り過ぎようとしていた。

「どう!・・・・Hey!良いところで会うじゃねぇか、真田幸村」

うち一人の騎手が幸村に気づき停まった。
もう一人もゆっくりと馬を停める。

「政宗殿!ご無沙汰しておりました。そろそろ来られる頃だとお聞きはしておりましたが」

「んな堅苦しい挨拶はナシだぜ」

くくっと軽く笑う独眼竜の男。伊達政宗だ。もう一人は彼の右目と称される片倉小十郎である。

「すぐにお館様の邸へ向かわれますか?ならばそれがしが案内いたしまする」

「いや、先にアンタの邸に邪魔させてもらう。しばらく厄介になるつもりなんだが」

一応邸の者には客をもてなす用意はしてもらっている。

「では、それがしも共に参りますゆえ・・・」

「ああ。頼む」

幸村は自ら政宗の馬を引き始めた。
そのまま満月堂には戻らず、邸へと向かった。

「なんだったんですか、結局?」

幸村は戻ってこないし、外に出てもいいのだろうかと迷ってしまう。
仕方なく、店番はおりょうに任せて六郎の手伝いに回った。
六郎は先日佐助に頼まれた注文の菓子を拵えている。

「さあ?その現場を見ていない、俺のほうが意味がわからないさ」

「なんか馬に乗った人が来ていたらしいんですけど」

常連さんから話は聞いた。
偉そうな御仁が幸村の邸に向かったそうだと。

「よし。これでいいな・・・・」

出来上がった物を見ては感嘆の声を上げる。

「やっぱり親方の拵えるものって綺麗ですよねぇ、上品だし」

これをこれから食べる人が羨ましいと思えてしまう。

の腕も悪くない。この前出したばらの評判も良かったじゃないか」

「あーでも、やっぱり親方と比べちゃうと」

「そりゃ年季の差だ。だけど、俺を真似たってしょうがないんだ、お前はお前らしいものを作ればいい」

「はい!」

の返事に六郎は満足そうに頷いた。

「よし。ばらに続く新作を考えておけよ」

「え?・・・あ、はい!頑張ります!」

少しでも六郎に認められるのが嬉しかった。



***



「こんちはー」

佐助が満月堂の暖簾を潜る。

「いらっしゃい。佐助さん」

「や。ちゃん。注文した品できてる?」

「はい。ちょっとお待ちくださいね」

六郎に声をかける。
六郎から注文の品を受け取り、改めて佐助に見てもらう。

「お。さすがご主人。食べちゃうのが勿体無い出来だよね〜」

「ですよね。いつ見ても惚れ惚れしちゃいますもん」

「これ食べる御仁もきっと同じこと思うと思うよ」

中身を確認してもらったということで、ちゃんと包んで佐助に手渡す。
料金は前払いしてもらっているので問題ない。

「んじゃあ。俺これ持っていくから」

店を出ようとする佐助を引き止める

「ん?どうしたの?」

「幸村君はどうしています?さっき変なこと言ったんですよ」

「変なこと?」

先ほどの出来事を佐助に話す
聞かされた佐助は腹の底から笑いがこみ上げてきた。
手に持っている菓子の存在がなければどうなっていたかわからない。

「佐助さん?」

「あー、ごめんごめん。いや、まあーなんていうか・・・・ちょっとした独占欲だよ」

「はい?」

「いや、いいッて。ちゃんが深く考えることないって。旦那も人の子だねって話」

少し前の幸村なら考えられない行動だと佐助には感じられた。

(いやー・・・旦那青いねぇ。独眼竜の旦那の目にちゃんを入れたくなかったんだよね)

もしも政宗がを見初めでもしたらと、馬鹿みたいに悩んでいたから。
自分の大事な人が盗られてしまうのを恐れたのだろう。
しかし、かと言っては幸村のものではないので、そう説明ができない。

(あーもどかしいな、本当)

「で、結局私はいつになったら外に出られるんでしょうか?」

「いいんじゃない。別に出ても。戻ってこない旦那が悪いんだし、ちゃんだって外に出れないって困るでしょ?」

「そうですよー、困りますもん」

じゃあ出てしまおうとは笑う。

「って、律儀に旦那が言ったこと守っていたんだ、ちゃん」

「一応。なんか幸村君真剣だったし」

そんなこと幸村が知ったら喜ぶだろう。
本当、幸村ももその行動が佐助には可愛くて感じられてしょうがない。

「次に旦那が来たら、怒ってやんなよ」

「別に怒るほどのことでもないですよ」

「そう?じゃあ、そろそろお暇するよ」

「はい。お気をつけて〜」

佐助に手を振り見送った。



***



「どうだ?暇なら手合わせでもしねぇか?」

幸村の邸にて、寛ぐ政宗からそう申し入れがあった。

「お疲れではござらぬか?」

「ハッ。何言ってやがるこのぐらいなんてことねぇよ。前にやりあった時よりも楽だぜ」

「・・・・・そのようなこともありましたな」

一時的に彼の奥方をこの邸で匿っていた。
迎えに来た政宗と真剣勝負をした時の話だ。
勝負は結果的に付かなかったが、政宗と彼女の仲は見事に修復された。
彼女が本当に好いているのが政宗だと改めて知った。

「手合わせもいいけど、大将がお待ちなんで、先にそっちを済ませてもらえませんかー?」

佐助が姿を現す。

「そうかい?俺はオッサンとの話し合いはいつでもいいんだが」

相手が待っていてくれてるとなると話は別だろう。

「美味しい和菓子も用意してあるんで、ぜひそちらにどうぞー」

「なんだい、そりゃ」

和菓子と言われて幸村がハッと息を呑んだ。
だが政宗は小十郎と共に信玄の待つ躑躅ヶ崎の館へと向かった。
一応案内役の者を別につけて。

「旦那」

「な、なんだ佐助」

ちゃん怒ってましたよ。なんなのよー!って」

「そ、それは」

佐助はニマニマ笑っている。
は別に怒ってもいないのだが。

「早く謝りに行った方がいいんじゃないですかー?」

「そ、そうだな。行ってくる」

怒られるかもしれないという不安からか、幸村は猛然と駆け出して行った。



殿ー殿ーーーー」

満月堂に到着するが、店内にはの姿はなかった。
おりょうが店番をしている。
常連客は幸村の登場に「ふふ、本当に幸村様はちゃんに夢中ですねぇ」などという目線を向けている。

「あら、幸村様。どうなさいました?」

「お、おりょう殿。殿は?」

なら休憩に入りましたよ」

「休憩?」

「ええ。ですが、どこかに出かけてくると「そうでござるか!失礼した!」

おりょうの言葉を最後まで聞かずに幸村は店から出て行く。

「幸村様もせっかちだねぇ。待ってればいいものを・・・・」

「それだけ、ちゃんに会いたい理由でもあるんだろうさ」

「あら、それじゃあ仕方ありませんね」

客たちに好き勝手言われているなんて幸村はこれっぽっちも思わないだろう。
だが茶化しているわけではない。
幸村を見ていると、こうなんだか応援したくなるのだ。



「どこへ行かれたのだろうか、殿は・・・・」

周囲を見渡しながら、それらしい人を探す。

「いた!殿!!」

何かを買って出てきたところのを見つけた。

「幸村君。どうしたの?」

「そ、それがし。殿に謝ろうと・・・・その、怒っておられると・・・」

「別に怒っていないけど・・・それって佐助さんにでも言われた?」

さっきのことだとにはいとも簡単に想像がついた。

「ほえ?」

「もう、佐助さんったら幸村君をからかって・・・・」

怒っていないよと改めてに言われる幸村。
だが、強引に事を進めたのは申し訳ないと思ったので改めて謝った。

「謝られる理由がよくわからないのよね。佐助さんも気にするなって言ったし・・・」

言えないだろう。
政宗と遭遇させるのが嫌だったからとは。
我ながら子どもじみたことをしたと反省する幸村。

「でも、まあいいわ。幸村君、今暇?」

「え?暇といえば・・・暇でござるが」

「そう?じゃあちょっと付き合って、一緒にお散歩しましょう」

に「ね?」と微笑まれて幸村の頬が赤く染まる。
こくんと頷く幸村。

「ありがとう。じゃあ行こうか」

は幸村の手を取り軽やかに歩き出す。

「え。あ、、殿、て・・・・」

「ん?なあに?」

いつもよりもご機嫌な
この顔は知っている。あの時と同じ顔だ。

「六郎殿に何か褒められたでござるか?」

「あれ、わかっちゃう?んふふ〜わかりやすい顔していたかな、私」

違う。
幸村ものことを見ていたから、なんとなくわかるようになったのだ。
の今の顔は、以前自分が拵えた菓子を店で出した時、ばらという上生菓子を出した時の顔だ。
六郎には遠く及ばなくても、和菓子職人として少しずつ自分の手で作られたものを認められたのが嬉しいのだ。
その時の顔だ。

「親方にね。また何か一つ新作を作ってみろって言われたの」

「それはすごいでござるな」

「ばらは以前からあったものだから、今度は自分のオリジナルを作りたいなと思うの」

「?」

ちょっと幸村には意味がわからないが、ただがやる気を出しているのだけはわかる。

「これからの季節にあったものを考えなきゃと思って、何かないかなと見て回ろうと思ったのよ」

和菓子作りのいいヒントになればいいと思って。

「それで散歩でござるか?」

「そう。一人でもいいけど、誰かに付き合ってもらうのもいいかなーと思って」

「それがしで良ければ、お手伝いするでござるよ!」

幸村がキュッと少し強めに手を握り返してきた。

「行きましょう、殿!」

「わ。幸村君早い〜」

どこまででもお供しますと幸村は駆け出す。

「また殿の菓子が食べられるかと思うと、それがしも楽しみでござるよ」

「大袈裟だよ、幸村君」

「そんなことありませぬ。それがし、本当・・・・・好きでござるから」

「幸村君の食いしん坊〜」

(菓子だけでないでござるよ・・・それがし、本当殿のことが・・・)

ちょっと伝わらなかったが、でもいい。
今がとても楽しいから。一緒にいられるこの一時が。
二人とも実に楽しそうに駆け出して行った。







19/12/30再UP