合縁奇縁



ドリーム小説





【15】





今日も幸村は満月堂に来ていた。
常連で超が付くほどの上客ではあるのだが、誰もが皆、幸村が満月堂に姿を見せないと調子が狂う。
幸村がそこに居る。というのがもう日常の一部なのだろう。
幸村が居るのは最近のことではない、以前からの話だ。それでも、そう思えてしまうのだろう。
そんなことを話すと、は笑う。

「幸村君って本当親方の菓子が好きだもんね」

などと。
一部の者は「菓子」ではなく「」が幸村のきっかけになっていると勘付いているのに。
でもまあ、幸村には幸村のやり方速度があるだろうから、見守るだけなのだ。
なにせ、菓子を食っている時の幸村はとても幸せそうなのだから。

「幸村君」

普段より、珍しくの声が弾んでいた。

「なんでござるか?殿・・・何か良い事でもあったように思えまする」

「うふふ〜わかっちゃう?うん、いい事というか嬉しいことあったよ」

はい。と幸村の前に練りきりが一つ出された。

「?」

単純に用意してくれたおかわりだろうか?
別にコレといって何も思わず受け取る幸村。
少々赤みが強い桃色の練りきり。見たことがないものだ。
幸村はパクッとそれを食す。

「・・・・・」

「どうかな?」

「え?どうとか・・・美味いでござるよ」

何を可笑しなことを聴くのだろうと幸村はキョトンとする。

「本当?」

「本当でござるが」

は満面の笑みを浮かべる。
盆をギュッと抱いてちょっと跳ねている。

殿?」

「うふふ〜良かった、良かった。あ、いらっしゃいませ〜」

幸村が意味がわからず問いかけようと思うのだが、客が来てはそちらへと上機嫌で行ってしまった。

「あ・・・殿・・・・」

これが犬なら耳と尻尾が垂れているだろう幸村。
シュンとしてしまう。

殿のご機嫌が良いのは、良い事だと思うが・・・何があったのでござろう・・・・)

もしや、の前に誰か素敵な男性でも現れたか!?
飛躍しすぎじゃないかと思うが。

「あら。幸村様。どうかなさいました?」

おりょうが眉間に皺を寄せて考え込んでいる幸村に声をかける。

「おりょう殿。い、いや別に・・・・あ、そうだ!殿がすごくご機嫌で何か良い事でもあったのでござろうか?」

が?ああ、幸村様、お食べになりませんでした?」

「ほえ?」

食べる?

「今日、がこさえた菓子を出したんですよ」

「え・・・・あ、あの桃色の菓子でござるか!?」

思わず体を浮かせてしまう幸村。

「ええ。そうですが」

何を今更。おりょうの顔がそう言っている。
先ほどが出してくれた菓子がそうなのだろう。
ストンと縁台に腰を下ろす幸村。

「ずるいでござる」

「はい?ずるいって、お食べになったのでしょう?幸村様」

別に幸村に出さないと言ったわけでもない、寧ろ幸村はすでに食しているというではないか。

「た、食べたでござるが・・・その、最初に言ってくだされば良かったのに・・・そうすれば」

「そうすれば?」

「も、もっと味わったでござる」

少し上目で訴えられておりょうは不覚にも心が揺れた。
可愛らしい年下の男の子からそんな目で見られたら。ということだろう。
だがおりょうには素敵な旦那様がいるわけだし、心の中で旦那に謝りつつ、それらを払拭するかのように声を出して笑った。

「おりょう殿!?」

。幸村様にばらのおかわり持っておいで」

他の客の応対をちょうど終えたにおりょうがそう声をかけた。

「おかわり?はい、ちょっと待っててね、幸村君」

本当に嬉しそうな
そして言われたとおり、先ほど幸村が食べた物と同じものをが運んできた。

「幸村様。今度はたんと味わってくださいな。ふふっ」

「か、かたじけない・・・」

「はい、どうぞ。幸村君」

それだけでは足りないだろうと、他にも追加してくれている。
幸村はばらと呼ばれた練りきりを先ほどとは違って一口ではなく割って食べる。
おりょうはごゆっくりと言い残して店の中へと戻っていった。

「おりょう殿に聞いたでござる。これは殿が作られたとか?」

「うん。そう。親方には到底及ばないけどね。今時期にちょうどぴったりのものだから作らせてもらったの」

「ばら?」

「そう。それね、西洋バラを模ったものなのよ?ノバラとか日本にも古くからバラはあるけど、あれは
見た目がバラというより梅や桜に似ているからピンと来ないかもしれないけど」

の話の方が幸村にはよくわからない。
ただ一つわかったのは。

「南蛮の花でござるか?」

「んー・・・・まあ、そうなのかな」

「すごいでござるな。殿は物知りでござる」

「和菓子に関することは日々勉強していますから」

この程度はそう褒められるものではない。
ここが過去の日本とは微妙に違うことはすでにわかっている。
自分がいた世界と大差ない部分もあったが、逆にまだ伝わっていない部分もあるようだ。
練りきりの種類がその一つのようだ。
季節ごとに色々な種類があるが、バラの形をしたものは流石になく、六郎に相談してこしらえてみた。
見た目を楽しむものでもあるから、バラはとても喜ばれた。
正直言えば、六郎が作ったものの方が断然見栄えはいい。
それに付け加え、美味しそう。早く食べたいとさえも思わせる。

「本当。親方ってすごいなぁ・・・・」

目標が遙か彼方にあるようだ。

「それは殿のお師匠だからでござろう?」

幸村の言葉がしっくりにはまった。

「うん。私のお師匠様だね・・・・ふふふっ幸村君もすごいね」

「?」

職人の道に終わりというのはないだろう。
だがどこで一人前と認めてもらえるのだろうか?
一人で納得の行くものが作れるようになったら?
店を持つことが出来たら?
周囲に認められたら?
でも、きっとそれは自分ではわからない。
この先ずっと、その先を目指していくのだと思う。
終わりはなく、果てしないと嘆くのではなく前向きに。
でも、たまに今の自分がどこなのか悩む時もあるだろう。
少し暗く考えてしまう時もあるだろう。
も少しだけぼんやりしてしまった。
だけど、幸村が引き戻してくれた。

「なんでもないよ。もう少し暑くなったら葛饅頭とか涼しげな菓子に変わるからね。
私も親方の力になれるよう頑張らないとって思ったの」

殿なら十分にその戦力になっているでござるよ」

「もう〜幸村君、褒めすぎ〜よし、オマケでもう一個持ってきてあげる」

「そ、それがしは別にそのようなつもりで」

「いいから、いいから。お姉さんは幸村君のお蔭でご機嫌なのだよ。遠慮なし」

の足取りはとても軽かった。
幸村はまだ手元には菓子があるのにと、思いながらもそんなの後姿を見てつい笑みを漏らしてしまう。

「遠慮なしって言ってくれているんだから、ついでにもっと何かおねだりしちゃえば?旦那」

「うぉっ!さ、佐助!そ、そなたはいつもいつも突然声をかけるな!!」

「人が声をかけるときってそんなもんじゃないの?」

幸村が怒るも佐助は別に気にしていない。

「だいたいさー旦那ッて、ちゃんと一緒にいると警戒心薄くなってるよ?一応気をつけてよね」

そんなところを刺客に襲われでもしたら大変だろうからと佐助は忠告する。

「べ、別にそのようなことは」

「あるよ。この前も大将が仕組んだこととはいえ、旦那は簡単にちゃんを目の前で攫われちゃったんだから」

「ぐっ・・・そ、それはだな」

幸村は押し黙る。

(ま、攫ったのは一流の忍である俺様だったからなー)

それはそれで仕方ないかと笑ってしまう。

「そうそう、旦那。独眼竜の旦那がそろそろ到着するようですよ」

「・・・・・は?」

何のことだと耳を疑う幸村。

「あれ?言っていませんでしたっけー?独眼竜の旦那が甲斐に来るって」

「初耳だが」

佐助はそうだったか?と後頭部を掻く。
確かにちゃんと幸村には話してあったつもりだったのだが。

「政宗殿がなぜ、こちらに?」

「そりゃあ、大将との会談ですよ。あの人部下に任せないで自分で来るんだもんなー」

配下の片倉小十郎、伊達成実などの苦労する面が浮かんでしまう。
ちなみに、現在武田は越後の上杉、奥州の伊達と三国同盟を結んでいる。
結ぶことになったのは、大阪を中心に勢力を拡大している豊臣に対する為だ。
この三国だけでなく、他国も反豊臣を表明しているものの、以前豊臣の力は強かったりする。
国主たちにしてみるとそう気は抜けないのだ。

「あ。そっかー旦那が初耳だった理由わかったー」

ポンと手を打つ佐助。
内容がとても重大なもののはずなのに緊張感がないのはなぜだろう?

「旦那、知恵熱出してたからだよ」

「・・・・・ち、知恵熱など言うな・・・・」

「だってそうじゃないですか、一人で悶々としちゃってー、あの時俺が言ったの覚えていなかったんですよー」

先日、への想いを自覚し考えすぎて熱を出した幸村。
仕事はしているようでしていない。というか、ほぼ覚えていない。
そんな状態で「今度独眼竜の旦那が来るそうですよー」と佐助に言われていたならば。
その言葉は右から左へ流れていったに違いない。

「そ、それがしの所為か!?」

「旦那の所為でしょ?聞いていないんだから」

「うっ、すまぬ」

素直に自分が悪いと否を認めてしまう幸村だから佐助は苦笑するしかない。
主人の精神状態がちゃんとしている時に話さなかった佐助も悪いのだから。
すぐに気持ちを切り替え、幸村は空を見上げにんまりと笑った。

「だが、そうか。政宗殿が来られるのか。中々いい時期に来られるものだ」

信玄との会談が中心だろうが、前回政宗がこの甲斐に来たときはたった二日ほどしかいなかった。
二日と数えられるのかも微妙な所だった。
今度は多少は余裕があるだろうから、時間が許すならばのんびり甲斐を見物して欲しいと思った。

「あ、そうそう。ちゃーん。ご主人いるー?」

「はいはーい。なんですか、佐助さん」

オマケでもう一個といいながら、は他のも数種類菓子を持ってくる。

「幸村君にオマケね。で、なんですか?佐助さん」

「うん。ご主人いらっしゃるかな?」

「ええ、いますよ」

「注文したいものがあるんだけどさ、大将から頼まれちゃって」

「ご注文ですね。じゃあ奥へどうぞ。親方に直接お話になるようなものなんですか?」

「うん。一応話は通さないとさ」

佐助はの案内で店の中へと進む。
幸村は一人になるも、頂いた菓子を嬉しそうに頬張り始める。

「そうか、政宗殿が来られるのだなー」

パクパクモグモグ。

「政宗殿は甘いものは平気でござろうか?良ければそれがしが、満月堂に・・・・・」

そこまで口にしてはたと気づいた。
政宗を満月堂に連れてくるのはまずくないか?
警備上の問題から。ではなく、幸村に突然ある危機感が沸いてきた。

「政宗殿はとても男らしく、顔立ちも女人受けされるお方だ。そのような方が満月堂に来たら」

満月堂に来たら。ではなく、と対面したら・・・だろう。

『わー。政宗様ってとっても素敵な方だわー』

なんてが言い出しでもしたら!?

『幸村君と違って大人よねー』

とか言われたら?

「ぬっ・・・・ぬぬぬぬっ。そ、それがしどうすれば」

幸村は急に頭を抱えだした。
あくまで、幸村が勝手に作り出した妄想なのだが。
その妄想に打ちのめされている。

「ま、政宗殿の方は大丈夫でござろう・・・・あの方にはちゃんと大事な方がおられて・・・・」

あれ、でも、政宗って側室いたよね?
その側室とも今現在円満だって聞いたぞ?ってか、見たよ、その光景。

「も、もし。政宗殿が殿を見初めでもしたら!!」

政宗は国主。跡継ぎを残す為に側室が多くいてもなんら問題はない。

「そ、それがしはその場合どうすればいいのだ〜」

「んじゃあ、頼むよ。とりあえずー・・・・って旦那、何してんの?」

佐助は呆れる。
主人が地面に膝をつき頭を抱えていたから。

「幸村君?」

も店から出てきた。

殿〜」

薄っすら目に涙を溜めている幸村。

「ど、どうしたの?何があったの?」

幸村はに目で訴えるも、にはまったく意味がわからない。

「それがし・・・・きっと祝福などできませぬ・・・・それがし」

うわーんと泣きながら幸村は走り去っていった。

「え?幸村君?なに?祝福って?」

「頭でも打ったんじゃないの?」

ここ最近主人の情緒不安定に佐助はちょっと慣れてきた。
だから気にしないことにする。

「とりあえず、品物は当日俺が取りに来るからさ」

「はい。お待ちしています」

「じゃあ、俺旦那の様子見てくるんで」

と幸村とは対照的に佐助はに手を振って去った。

「幸村君。どうしたんだろう・・・・」

先ほどまではまったく変わったところはなかったのに。
幸村を心配してしまうだった。







19/12/30再UP