合縁奇縁



ドリーム小説
「前田慶次」

「ん?お。かすがちゃんじゃねぇか、久しぶりーどうした?」

邸の主不在の中、慶次は室内でごろりと横になっていた。
雪が降り積もっている為に、外に出るのも億劫に感じる。
そんな中でも主はどこかへ行ってしまっている。
ああ、行く場所などわかりきっているが。
そんな暇そうな慶次に声をかけてきたのは、自分が懇意にしている越後の武将に仕える女忍。

「謙信様からの文だ。不本意だが私が届けに来た。それと、甲斐の虎にも」

「へぇ」

「私はこれから甲斐の虎の元へ行く。お前はそれを読んでおけ」

かすがは文を慶次に手渡し、慶次の返事も聞かずに姿を消した。
よほどこの邸にいたくない理由でもあるのだろう。
というより、甲斐には会いたくない人物がいるようだ。

「ったく。なんだってんだろうねぇ・・・」

慶次は体を起こし、謙信からの文を読んだ。

「・・・・・この季節にそっちに行くの。面倒臭い・・・・」

旅は嫌いじゃないか、中身を読んで慶次は顔を顰めた。





【9】





「でも、ちょっと寂しいかな」
「友だちに彼女がいるとなれば、その子優先になるわけだし・・・」
「いいね。幸村君みたいな真っ直ぐな子に想われている彼女が」

そういった、彼女の顔が寂しそうだったのを佐助は見た。

(旦那とちゃんの間柄も不思議なものだよねぇ・・・・)

やれやれと肩を竦めたくなるのは、二人の関係を考えてだ。

(少なくとも、互いにそこそこ意識はしていると思うのだけど・・・・旦那も鈍いからなぁ)

なにせ、恐らく初恋であっただろう相手への想いに気づいたとき、相手はすでに人様のものだった。
いや、幸村がもっと強く押していたら何か違った結果になったかもしれない。
幸村はそうすることをしないで、想いを押し殺した。
時々送られてくる彼女からの文を幸村は嬉しそうな顔をして読んでいる。
それは単に知人からの文に喜んでいたのか、相手が彼女だからなのかはわからないが。

「いいね。幸村君みたいな真っ直ぐな子に想われている彼女が」

まあそうなのだろうが。
想うだけでは何も変わらないだろう。

ちゃんは旦那より大人だから、彼女もきっとそれ以上の想いを抱くことはしないだろうな)

きっと「友だち」という立場として幸村を見るだろう。

(でもちゃんは単に誤解しているだけだから、米沢にいるのは旦那の彼女じゃないよって教えれば)

違う分岐点ができるだろう。
できるけど、それを自分が口にするのもどうかなという気がする。
幸村が自分で言わなきゃ信じないような感じもするし、少々癪に障る。
そこまで幸村の世話をする気はない。

(俺の方こそ、旦那の母親じゃないんだから〜・・・・って母親でもそんなことしないよねぇ)

自分は何でこんなに上司の恋愛のことで悩んでいるのだろう。
これって労災とか保険降りるの?(そんな扱いなのか?)
給料上乗せしてくれないかなーと本気で考えてしまう。

(っていうかさ。きっと旦那に幸せになってもらいたいんだよねぇ・・・潔く身を引いちゃうような人だから)

誰よりも懸命に想い人を守っていた幸村だから。
想い人は幸村からの想いに気づくことなく、彼の地で幸せに暮らしている。
信玄公の命令でたまに奥州へ行くが、その時は軽い喧嘩をしている姿を見るものの
なんだかんだで幸せです。と言っているのがよくわかる。

(だから、旦那にも負けずにって思うのかな)

きっとその相手はが一番良いと佐助は思ったのだ。
幸村の立場などから、この先信玄公が幸村に相応しい相手などを連れてきそうな気もする。
そうなったら幸村はその人を迎えるだろう。
それはそれで幸村の性格ならば全力でその相手を幸せにするだろうというのも想像がつく。
つくけど・・・・。

(それじゃあ俺が思う旦那の幸せとは別物だよね・・・って幸せってなんだろうなぁ・・・)

この先を考えると、幸村との間に何か起こってくれればいいのだが。
二人の仲が一歩前進するようなことが。
あと、幸村がに対してどう感じているのかというのを自身が気づくことを。
今の幸村は恐らく、周りにいるどの女性よりもを特別だと思っているはずだ。
ちょっと距離を取られただけで落ち込むくらいだし。

(いまだ母親みたいだとか思っていたら困るけどね・・・・)

あ、思っていそうだ。
幸村を叱る女性はいないわけではない。
幸村には頭の上がらない姉もいるし、身の回りを世話する侍女たちも結構幸村を叱る。
でも、どんな人よりもに対して「母親のような人」などと思ったわけで・・・。

(いや、母親から卒業しようよ〜)

侍女に叱られるってのも邸の主としてどうだろうと言う気はするが。

(あー何か面白いことでも起きないかなぁ・・・・俺の予想じゃ前田殿が邪魔してくれると思ったんだけど)

外で会おうなんて楽しげにに言ったそうじゃないか。
でも、慶次はそのような素振りはあまり見せず、どちらかといえば幸村の邪魔をしないようにしている。
慶次も、以前の出来事は知っているので。きっと佐助のように邪魔よりも見守る形を取っているのかもしれない。
そういえば、一度にしつこく言い寄っていた男がいた。
あの男とのやり取りは佐助も見ていた。あまりに酷いようならば佐助が割って入ろうかと思ったのだが。
意外にもその場を幸村が目撃しており、を助け出していた。

(あれがきっかけで、壁みたいなものができてはいたけど。男性としての旦那の評価は上がったと思うんだ)

となれば、やはり何か起こって欲しいものだ。
だが、毎日外は雪。
茶化すような破落戸などもあまり姿を見せない。
その前に、幸村のことが知られているこの地域で、彼にちょっかいを出す馬鹿はいないだろう。

「春まで待つしかないのかねぇ〜・・・・ま、果報は寝て待てって言うし?」

「佐助?」

おっと。思わず口に出ていたようだ。
幸村が佐助のことを伺い見ている。

「どうかしたのか?先ほどからずっと黙っていたが・・・考え事か?」

「え?ああ〜まあ、俺も考え事ぐらいしますよ。旦那と違って」

「な、なにを!そ、それがしも考え事ぐらいするぞ!」

「とか言って〜旦那のその手にある団子はなに?」

色気より食い気。考え事していても、団子はしっかり手にするだろうに。

「そ、それはだな。べ、別に今はそれがし考え事など」

「はいはい」

今、佐助と幸村はいつも通りに満月堂へ来ていた。
雪が毎日降る中でも幸村は暇があれば顔を出す。
店側にしてみれば喜ばしい客だろう。

ちゃーん。俺にお茶くれるかな?」

「はーい」

考え事をしていた所為で、すっかり茶が冷めてしまった。
に頼んで新しいのを淹れてもらった。

「何か大変なことでもあったんですか?考え事なんて」

「いや、別に大したことじゃないよ。元々俺様には政とか関係ないし」

だからって二人のことです。なんて言えやしないだろう。
佐助は茶を一口飲んだ。

「いやー温まるねぇ」

「うちのお汁粉ならば、もっと温まりますよ?」

商売上手だななんて思ってしまう。
幸村だけでも十分な売上げだろうに。

「え。うーん、どうしようかなぁ。旦那に食べつくされてもうなくなっていそうなんだけど?」

「そ、それがし!そんなに食うてはおらぬ!」

「あー幸村君なら鍋ごと丸々食べちゃいそう」

殿〜」

はくすくすと笑う。
それを目にした幸村は少々照れながらも同じように笑い出す。

(あーあー・・・・本当なんか起きないかなぁ)

やってらんねぇとは思わないが。この場の雰囲気、今の自分は邪魔なような気がする。



***



その話は突然だった。

「へ?奥州へ?」

「そ。旦那と前田殿がね。お館様のご命令で行くことになったの」

別の日。満月堂に菓子を幸村のオヤツ用の菓子を買いに来た佐助が、に伝えたこと。

「幸村君はわかるとして、なんで慶次さんが?」

「ああ。あの人もあー見えても前田家の人だし。謙信公との繋ぎでもあるしねぇ」

には佐助の言う意味がよくわからなかったが、慶次も幸村のようにお偉い方なのだろう。

「前田殿とも距離置いちゃう?」

佐助が言うとは少し顔を赤くし、恨めしそうに佐助を睨んだ。

「しません。もう・・・あれも反省しているんだから」

佐助はくつくつと笑う。
慶次が何者であれ、に接する態度が変わらぬ以上こちらが無理に変える必要はないだろう。
周りに忠告されることもない。

「ごめんごめん。ってなわけで。旦那は暫く留守にしちゃうんだよ」

「はー売上げ落ちちゃいますね」

「あれ。考える事はそっち?」

確かに幸村が食べに来ると来ないとでは、売上げに差がかなり出るだろう。

「冗談です。寂しいですよ、そりゃあ・・・でも、幸村君は嬉しいんじゃないかな」

ちゃん・・・・」

奥州に行けば、彼女に会える。とでも思っているのだろう。

「いや、あのね。ちゃん」

「あ。佐助さんは一緒に行かないんですか?」

「え?あ、ああ。うん、俺はお留守番。だから心配っちゃ心配」

慶次と一緒に奥州へ向かうに、ちゃんと行けるだろうか心配だ。

「そんな子どもじゃないんだから〜」

「いや、心配だよ。無駄遣いとかしたらさぁ・・・・」

にちゃんと説明しようとしたのだが、話を変えられてしまった。
更に違うことで盛り上がってしまう。

「こんな雪の中行くんだもん。大変ですね」

「まあ、そうだね・・・帰ってくるのもいつになるのか、わからないし」

「奥州のどこに行くんですか?」

「米沢。伊達政宗公の所」

「ああ。伊達政宗は私も知っています!独眼竜ですよね!」

歴史に疎いでも伊達政宗は知っていた。
とはいえ、知っているのは名前ぐらいだ。詳しい事は

「あー・・・なんかどっかで見た展開だなぁ。ちゃん独眼竜の旦那に憧れとかあるの?」

「え?いえ、別に」

「そっか。よかった・・・・旦那も安心だ」

思わず出てしまう呟き。

「?」

「いや、なんでもないよ。
でも、満月堂さんにもそうだけど、旦那自身もしばらく満月堂の菓子が食えないとなるとつまらないだろうね」

「親方の菓子は日本一ですから!」

そう思う気持もわかる。
美味い菓子といわれて否定することはないから。

「でも・・・・んー・・・生菓子だから日持ちしないですもんね・・・」

「だね。精々3日ぐらいかな」

がいた時間と違って、ここでは移動に馬か徒歩だ。
船というのもあるが、やはり時間はかかる。
生ものを運ぶのに一般庶民では簡単に行かないだろう。
満月堂が売る菓子は常に、その場で食える生菓子ばかりだ。
だから噂が遠くまで届くと、わざわざ食べに来るのだから。

「ま。俺としては、旦那が食べ歩きに金を使ってしまわないか心配なんだよ」

慶次も止めるというより、一緒になって食べてしまいそうだから。
でも、信玄公からの命令を遂行しようと寄り道をせずに進もうとするのが幸村だ。
慶次の誘惑に負けさえしなければ大丈夫だと佐助は思っている。

「お菓子かぁ・・・」




その日、はずっと考えていた。
幸村が暫く米沢に行ってしまうことを。
仕事とはいえ、彼女がいる米沢に行くのを幸村は楽しみにしているだろう。
帰ってきて嬉しそうな、そんなのろけ話を聞かされるかもと思うと苦笑してしまう。
だが、今はそのことより、菓子のことを考えていた。

「ま。俺としては、旦那が食べ歩きに金を使ってしまわないか心配なんだよ」

六郎に頼んで、移動中食べられる。日持ちするする菓子でも作ってもらおうか。
一応の中では「あれ」ならばと言うものは浮かんでいる。

「ああ。いいんじゃないか」

早速六郎に相談してみた。
六郎の反応はよく、この分なら作ってもらえそうだと安堵する。
だが。

「俺じゃなくて、が作れ」

「は?わ、私ですか!?」

「俺でもいいが、言いだしっぺはだからな。が作ればいい。材料道具、好きに使っていいから」

今まで六郎の補佐、手伝い程度しかやったことがない
餡子の仕込みはやらせてもらえるようになったが・・・。

「で、でも」

「いいじゃねぇか。俺が作っちまったら面白くないだろう?」

「い、いえ。面白いとかじゃなくて・・・・」

「いいんだよ。俺が作るとなると、他の菓子への時間がなくなるからな」

元々凝り性な部分がある六郎だから、さっと作って終わりというわけには行かないという。
作って店に出せるように!と試行錯誤を繰り返して、そんな事をしているうちに幸村は出立するだろう。
手軽に渡せるということにならないと。
元々話を出してきたのはで、が幸村の為に何かと考えてのことだ。
だから自分で作れと言った。

「出発まであと2日か・・・上手くできるといいのだけど・・・・」

考えている「あれ」は時間はそう掛からず作れる代物だ。
迷っている暇はない。
時間は限られているのだから、頑張ろう。
はやる気を出して、厨房に向かった。



殿。おらぬのか・・・・」

しばらく甲斐を離れてしまうの幸村。
食べに来れるのも、今日が最後だと思ったのだが。

「幸村様。明日こちらへ来られる時間はありますか?」

六郎が幸村に訊ねる。

「いつも通りにでござるか?それは無理でござるよ・・・それがし朝一で出ることになっているので」

「いえ、客としてではなく。ほんの少しの時間でいいので、立ち寄っていただきたいのですか」

「?」

「立ち寄っていただければわかりますよ」

六郎はニコニコ笑うだけで、何がどうとは言わなかった。
がいない理由と関係するのだろうか?
とりあえず、朝早いが、店に立ち寄ると幸村は頷いた。



***



「途中までお見送りしますよ」

まだ陽が出ていない薄暗い時間帯に幸村と慶次は邸を出た。
佐助が途中までとついてきた。

「しかし、こんな早くに満月堂に行ってもいいものだろうか?」

「ご主人が来てくれって言ったんでしょ?だったらいいじゃないっすか」

「ああ・・・・」

「早く行こうぜ。もう待っているかもしれねぇじゃねーか」

待っているなんてことあるだろうか?
寧ろ自分達の方が早く向かってはいないか?
そんなに早くに仕込みをする商売でもないだろうに。
武家屋敷を抜けて商業地帯と言われる大通りでやってきた三人。
やはりというか、殆ど人気もなく静まり返っている。
満月堂の前に来ると、やはりというか店は開いていない。
待つわけも行かないし、呼ばれたとは言え早すぎる時間。開けてくれと頼むのを幸村は引けてしまう。

「仕方ないが、もう行こう。慶次殿」

「え!?だってよー」

「店の前で不審でござるよ」

幸村のことを知っている者ばかりのこの辺で、そうは思わないだろう。

ゴトッ。

店の戸の一部が開いた。

「寒い〜・・・あ」

中から出てきたのはだ。夜着に半纏をかけている。

「幸村君、早いね〜もう来ているとは思わなかった。あ、ごめんね。こんな格好で」

今起きたばかりだとは笑う。

「そ、そんなことないでござる。殿こそ、か、風邪をひかれては・・・」

「平気平気。慶次さんと佐助さんも早くにご苦労様」

中で、お茶でもと言いたいが、彼らは出発する身だ。手短にせねば。

「ご、ご主人が店に来てくれと言っていたのでござるが・・・」

「うん。らしいね。親方に感謝しないと。私そこまで考えていなくて」

「?」

「はい。幸村君に」

は幸村の手に小さな巾着を持たせる。

殿?」

「本当は親方手作りの方が美味しいと思うんだけど・・・・旅のお供に持って行って」

それはが作ったという飴だという。
味も六郎に見てもらったので問題はないと思うとは照れ臭そうにいう。

「佐助さんが幸村君の無駄遣い心配していたし・・・・多少は口寂しいこともないかなーって」

まだ見習いの自分が作るとは思わなかったが。

「普通の菓子よりは保存が利くだろうし・・・・あ、えーと・・・・」

「う、嬉しいでござる!これは殿の作った菓子なのでござろう!?」

早朝でまだ人々が眠っているのに、幸村は思わず声をあげてしまう。

「約束したではござらぬか。いつかそれがしに作ってくださると」

「あ、あれとは別だよ。これは商品になるようなものじゃないと思うし・・・ってそういうのを渡すのもどうかと思うけど」

「いえ。同じでござる。それがし、よく味わって食べるでござるよ!!」

そこまで喜んでもらえるとは、は頑張って良かったと胸の辺りが温かくなる。

「ありがとうございます。殿」

「いいえ。どういたしまして。ほら、もう出発した方がいいんじゃないの?」

「あ。そうでござった・・・・では。いってきます」

「うん。気をつけて。慶次さんも」

は歩き出した幸村と慶次に手を振る。
佐助もここまでと言って一緒に見送る側に回った。

しばらくはこの辺りも寂しくなるな。と思わずにはいられなかった。









19/12/30再UP