|
合縁奇縁
「休みはしっかりとらないと駄目だぞ。だからと言ってゴロゴロするのは禁止だ」 これは以前働いていた店の親方に言われたことだ。 六郎よりも年配で和菓子職人となってこの道40年という大ベテラン。 中学を卒業してすぐにその道へ入ったという経歴の持ち主だった。 店は小さいが老舗と呼ぶには相応しいところで。 今いる満月堂にどこか似ている雰囲気があった。 厳しく指導されて、叱られて落ち込むこともあったが、毎日が充実していた。 ずっとその店で働く、修行していくつもりだったのだが・・・・。 それは別として。 店の定休日。普通は友だちと遊びに行って楽しくやるものだろう。 日々の疲れを落とすということもある。 それをしなかったわけではないが、どこか和菓子中心の生活になっていた。 親方に言われたからだろう。 「日々勉強。季節にあったものを、人様に喜ばれるものを」 それを出せるようにならねばならない。 だから休日は季節を感じられるものを探しにでかけたものだ。 【8】 「この時期は流石にねぇ・・・・でも、いいか」 は温かい格好をし外を出た。 たまに吹く風に身を縮ませてしまうが負けじと歩き出す。 「ねぇね。ぼくも行くー」 「あら、一ちゃん。外は寒いからよしたほうがいいわよ?」 一太郎がのあとを追ってきた。 「行くー。へいき!」 「そ?じゃあ手を繋いで行こうか」 「うん」 は一太郎の小さな手を握った。 振り返るとおりょうが二人目の子ども、名はお初を抱いて見送ってくれた。 「行ってきまーす」 「まーす」 「はいよ。行っといで」 おりょうはお初の手も取り振ってくれた。 生まれたばかりのお初におりょうが付っきりで、一太郎も寂しい思いをしているだろうなと 当初は気になったものだが、案外駄々をこねることもない。 多分が居てくれることと、幸村が一太郎に言った言葉のおかげだろう。 『一太郎。そなたは兄となるのだ、いつまでも甘えてばかりはおられぬぞ』 『これから生まれてくる弟か、妹は一太郎が守ってやらねばならぬのだ』 武家に生まれてきた幸村だから説得力があるようにも思えた。 一太郎は生まれてきたのが妹だった為に余計に、幼いながらも「兄」としての思いが芽生えたのかもしれない。 でも、に甘えているようではまだまだだが。 「ねぇね、どこ行くのー?」 「そうね。どこ行こうか。寒さを凌げるような場所がいいわよねぇ・・・」 でも和菓子の勉強となるようなこともしたい。 ということは、他の店の味の勉強というのが一番だろう。 「なにか食べようか?一ちゃん何か食べたいものある?」 「おとうのおまんじゅう!」 「確かにそれが一番美味しいのだけど・・・」 一太郎が一緒では食べ歩きは無理かな。 手ごろな飯屋にでも入ろうかと予定を脳内で巡らせる。 そんなに声がかかった。 「よっ!。なにしてんだ?」 「あら、慶次さん。一ちゃんとどこに行こうか考えていたんですよ」 「へぇ。なら俺も一緒にいいか?っていうかさ、これから幸村んち行かね?」 すでに手土産としてどこかの菓子を買ったらしい慶次は、それをに見せた。 「幸村君ち・・・・」 武家屋敷の中にある一軒らしいのだが、ちょっと腰が引ける。 幸村とは身分など関係ない付き合いをと約束はしたが、住まいはどうだろう? しかも今は一太郎も一緒だ。 幼い子どもが粗相でもしでかしたらと思うと。六郎たちに頭を向けられないだろう。 「気にすんなって。ほら、行こうぜ。幸村も喜ぶしよ」 「え」 慶次は一太郎を抱き上げ肩車をする。 「どうだ。高いだろう?」 一太郎は急に目線の高さが変わっても驚くことなく、寧ろはしゃいでいる。 「ほらほら、置いていくぞ〜」 一太郎を連れて行かれては一人で帰るわけにも行くまい。 は慌てて追いかけた。 *** 「今帰ったぜ〜」 慶次は立派な門の下を平気で潜っていく。 は少々おどおどしながら、慶次のそばから離れないように着いていく。 (この辺はいつも外からしか見たことないし・・・・緊張しちゃうなぁ) 「幸村ー」 家人が出迎えてくれて、客も連れてきたと慶次は平気であがっていく。 は深々と申し訳なさそうに家人に頭を下げるも、家人は淡々と室内を案内する。 「幸村?」 「ゆきむらさまー」 慶次の肩から降りた一太郎は室内を覗き込んだ。 「あれ、君・・・満月堂の坊主じゃん・・・あーちゃんも一緒で」 佐助が水の入った桶を持って同じように廊下を歩いてきた。 「佐助さん。あの、すみません。お邪魔しちゃって・・・・」 「ばったり町で会ってさ。暇だっていうから連れてきた。ほら土産もあるぜ」 慶次はさっさと室内に腰を下ろして土産品を広げている。 「って、幸村何してんだ?」 たちが来たにも関わらず幸村は仰向けになって寝ている。 佐助はくつくつと笑って気にするなという。 「ゆきむらさま、おかおまっか」 「?」 一太郎は寝ている幸村の顔をのぞきこんだ。 「え?熱でも出したの?・・・にしては・・・布団もひいていないし」 「ああ、ちょっと殴られたから顔が腫れているだけだよ」 佐助はそういいながら桶を幸村の側に置いた。 「な、殴られた?」 「なんだ、またやったのか?幸村の奴・・・」 慶次との反応は正反対だ。 「一。お前どれ食う?」 土産の品はおはぎが美味いと評判の菓子屋のものだ。 慶次に呼ばれてあっさり幸村よりも菓子を選んだ一太郎。 「あんこ!」 「おーし。じゃあ一番デカイ奴を一にくれてやるからな」 会話が楽しく弾んでいる二人に対し、は幸村を心配してしまう。 「寝ているっていうより、気を失ってンだけどね。さっき運んできたばかりだからさ」 佐助はにはいと手拭を持たせる。 「はいって・・・」 「俺、お茶用意するから、旦那の面倒頼むよ」 「う、うん。いいけど」 佐助は室から出て行く。 は幸村の側に腰を下ろし、手拭を水に浸した。 キュッと絞ってから幸村の頬に手拭を当てる。 「・・・ん・・・」 頬に触れた冷たさに幸村は気づく。 「・・・・・佐助?」 「佐助さんじゃないよ。頬大丈夫?幸村君」 「え!!?」 幸村はバチっと目を覚ます。 「ええ、ええええ!!、殿ぉ!!?」 バッと上体を起こし後ろに飛び跳ねた。だが、幸村は眩暈を起こしふらついてしまう。 「こら!駄目でしょ、無理しないの」 は幸村の手を引いて横に寝かせる。 「殴られたって聞いたけど、そんな体がふらつくほどどうしたの?」 「い、いや・・・これは別に・・・」 脳震盪でも起こしているのではないかと心配になる。 「氷水があるといいんだけど・・・・吐き気はあるの?我慢しないでちゃんと言わなきゃ駄目よ?」 「・・・・吐き気はないでござる・・・いつものことというか、今日はたまたまで」 は幸村の顔を見る。 腫れている頬以外も顔が赤い。 「頭高くしたほうがいいのかも・・・枕か座布団は・・・・」 キョロキョロ室内を見渡すもそれらしきものはない。 佐助が戻らないとわからないだろう。 「しょうがない。ちょっと我慢してね、幸村君」 「へ?」 は幸村の頭を自分の膝の上に乗せた。 突然のことで幸村は慌てジタバタと動くが、に強く叱られる。 「頭揺らしちゃ駄目!さっきふらついたでしょ?大人しくする!」 「うっ・・・・は、はい」 仰向けに寝かされているので、普段見慣れない角度からのの顔に幸村は恥かしくてしょうがない。 そんな二人の様子を見て、慶次は呵呵と笑った。 「おっ。うらやましいね、幸村〜」 「け、慶次殿!!?か、からかわないでくだされ〜」 「ねぇね。一も」 慶次とおはぎを食べていた一太郎だが、幸村にを取られたと思って面白くないのだろう。 トテトテとのそばまでやってくる。 むぅとの着物の袖を引っ張る一太郎。 兄として少しは成長したのを見せたかと思ったが、やはり子どもは子どもだ。 「幸村君、具合が悪いの。遊んでいるわけじゃないんだけど・・・」 「むぅ・・・」 頬を膨らませつつもおはぎの餡を口の周りにつけている一太郎。 その顔が可愛くてついは噴いてしまう。 「ほら。餡子ついているよ」 は懐から懐紙を取り出し一太郎の口周りを拭く。 一瞬幸村はの素振りに母親のようなものを感じてしまい見惚れてしまう。 だが、子どもの機嫌を損ねるのは良くないと起き上がろうとする。 「一太郎、こ、交代するでござる。そ、それがしは別にもう」 「赤い顔して何言ってんの。無理無茶は禁止。絶対安静でしょ」 は体を浮かせた幸村の肩に手を置いた。 「そ、そんな!!?」 (の所為で余計に悪化すんじゃねーの、幸村・・・・) と思わずにいられない慶次だったが、まあいいだろう。 「一。ほら来てみろ。夢吉が一と遊びたいってよ」 先ほどまで姿を見せなかった慶次の友だちとでも言うのだろうか? 小猿夢吉がひょいと慶次の肩の上に乗っていた。 「わー」 慶次の肩の上を跳びはねる夢吉を見て一太郎の興味は夢吉へと向かう。 「サル、サルー」 夢吉と一緒にキャッキャと騒ぐ一太郎にと幸村は笑い、慶次に感謝する。 「お恥ずかしいでござる・・・本当」 「ん?何が?」 楽しげな慶次たちの様子を傍目にしながら幸村が呟いた。 「・・・・殿にみっともないところを見せてしまって」 「別に私はみっともないなんて思わないけど。ただどうしたのかな?とは思ったけど・・・」 幸村様はお強いのだよ!なんて常連さんたちがよく話しているのを聞いていたから。 噂でもそこらの武将に幸村が負けることなどないとか。 それが眩暈を起こしてしまうほど起きられない状態になっているとは。 一体誰が幸村にと。 「聞いても平気?どうしてそうなったのか?」 「あ、その・・・・これはお館様に・・・・」 「お館様って武田信玄・・・公よね?なに、何か失敗しちゃったの?」 幸村はいつものことなのだが、口にするのを憚る。 「し、失敗はしていないでござる。ただ拳と拳をぶつけあって・・・・・」 よくわからないが、男同士の何かって奴だろうか? の脳裏には、夕方の河原で学ラン着た男二人が殴りあいをした結果その場に大の字になって寝転び 「ふ、お前中々やるな」「お前こそ!」という定番の台詞を吐き友情を確かめるものが浮かんだ。 「体罰とか刑罰じゃないんだ。なら心配する必要はないのかな?」 幸村はないとはっきり頷いた。 いまだ見たことのないお館様。どんな人だろうなとは思った。 *** 「いやー。ごめん、ごめん。お茶を用意しに行くだけなのに時間かかって。ってあれまぁ」 佐助が盆を持ってやってきたが、の膝枕で寝息を立てている幸村を見て軽く口笛を鳴らした。 「旦那ったらどうしちゃったわけ?」 「幸村君、顔が紅潮していたから頭上げたほうがいいと思って。枕がどこにあるのかわからなかったし」 とが申し訳なさそうに言う。 ちなみに慶次と一太郎はおはぎを食べ終えて庭で遊んでいる。 佐助は盆を置き、とりあえず茶を淹れる。 自分も休憩だと座って、残っているおはぎに手を伸ばす。 「枕ね。でも、もう寝ちゃっているから動かすの可哀相でしょ?ちゃんは大変だけど我慢してよ」 「私は別にいいけど、なんだか幸村君に申し訳なくて」 ああ、満月堂に劣らぬ餡子の美味いこと。 佐助はおはぎの美味さに舌鼓を打つ。 「え?なんで?別に旦那は」 「だって、幸村君って遠恋中なんでしょ?もし相手の子に目撃されたらと思うとね」 佐助はおはぎを食べる手を止める。 なんだって?遠恋中? 「エンレンって・・・・」 「遠距離恋愛。彼女が米沢にいるんでしょ?」 「いやいやいやいや・・・・ちゃんそれ誰に聞いたわけ?」 「この前店で幸村君と慶次さんがそう話していたけど」 (何話してんのさ、旦那〜) 「幸村君の彼女ってどんな子かな?なんか幸村君って一途に想い続けていそうだね」 楽しそうに言うに佐助は何もいえない。 一途に・・・なんて、確かに幸村はそうなのだが。 幸村がいまだに彼女を想っているのかどうかは佐助はわからない。 そうだとしてもそれを誰かに言うなどありえないだろう。 幸村は黙って隠しとおす。相手の為を思って。 (ちゃんと出会って、大分癒されていると思うんだけどねぇ・・・・そのちゃんがこれじゃあ) 運がないなぁと肩を落とす佐助。 「でも、ちょっと寂しいかな」 「え?」 は幸村の寝顔を眺めている。 その顔は優しいものだが、口に出したとおりどこか寂しそうだ。 「友だちに彼女がいるとなれば、その子優先になるわけだし・・・」 友だちとは口にした。 ただの働くお店の常連さんではなく、友だち。 少しは幸村はいい位置を占めているのだろう。 「いいね。幸村君みたいな真っ直ぐな子に想われている彼女が」 「ちゃん・・・・」 違うと言い切れなかった。佐助には。 彼女ではないのに。でも幸村の想いは確かに米沢にいる子に向いていたから。 「一度お目にかかれるといいけど」 「・・・いや、あのさ。ちゃん」 「ねぇね!ほら、みてー」 縁側から鼻の先を赤くし呼びかける一太郎。 庭に積もった雪で雪だるまを慶次と作っていたようだ。 「あ。大きい。すごいね、一ちゃん」 さっきまで覗かせていた寂しそうな顔は消えていた。 その膝の上では幸村は幸せそうに寝息を立てている。 (まったく・・・・幸せそうな顔しちゃって・・・・どーすんのさ、旦那) 早い所自覚するなり、なんとかしないとずっと誤解されっぱなしだと。 寝ている幸村の頬を抓ってみたくなる佐助だった。 19/12/30再UP |