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合縁奇縁
「じゃあ、お願いね〜」 ひらひら〜と手を振り軽やかに佐助は去っていった。 残されたと幸村。 背中を向けっぱなしの幸村。 どうしていいかわからない。 ただただそこに風だけが通り過ぎていく。 【6】 なんかこういうの、嫌だなとは感じた。 幸村の機嫌があまりよろしくないようだし。 だが佐助に頼まれてしまった以上、荷物だけ置いて帰るわけには行かない気がした。 は佐助が渡してくれた袋の中を見る。 お茶が入っていると思われる水筒に布が一枚。 は座れそうな場所を探し、荷物をそこに置いた。 そして中からその布。恐らくレジャーシートのようなものだろう敷物を広げる。 持ってきた菓子をその場に広げ、幸村に声をかける。 「ご用意できました。食べませんか?」 「そ、それがし・・・・」 背中を向けたままの幸村。 得物を握る手に力が入る。 「・・・・・最近お忙しいですね。店のほうにちっとも来てくださらないから」 佐助が鍛錬ばかりしているとは言っていた。 「・・・・・」 「佐助さんが注文してくださった菓子。親方の新作なんですよ。お客さんにも評判で・・・・」 「・・・・・・」 「お腹空きません?」 「・・・・・・」 無反応な幸村。 なぜだろう、一体。 だが。 グー・・・ 「「・・・・・」」 腹は正直だった。 「ぷっ・・・・あはははは。ほら、やっぱりお腹空いてる」 は笑い、早く座るよう告げた。 しかもだ。 堅苦しい言葉だったのが、すっと消えた。 「そ、それがしは・・・・」 「ほら。早く。我慢はよくないよ」 は立ち上がり幸村の腕を引き座らせる。 「、殿・・・・」 「んー?」 はテキパキと幸村の前に菓子を並べた。 「好物の饅頭もあるから。沢山食べてね」 「・・・・あ」 幸村は饅頭に手を伸ばそうとするが、はっきりしたいことがあったので引っ込める。 「?」 「あの、殿!」 「はい?」 「そ、それがしに・・・・今までと同じように接してもらえぬでござろうか」 はしまったという顔をする。 幸村の腹の音を聞いてしまって、気が緩んだのだ。 だが幸村は「今までと同じに」と告げてきた。 「・・・・真田様」 「殿にそう呼ばれるのは・・・・なんか嫌でござる」 「え」 幸村は膝の上に置いた手をキュッと握り締める。 「前はそのように、それがしに対して畏まることなく接してくださったではござらぬか」 「でも・・・・真田様に私は大変失礼なことをしたと」 「そんなこと!それがしは別にどうも思っておりませぬ。 それがしのことを遠慮なく叱りつけてくださる殿の方がいいでござる」 幸村は怒ってなどいないよ。 そう六郎も佐助も言っていた。 佐助には「何も変わる必要はない。そのままで幸村に接して欲しい」そう言われた。 「じゃ、じゃあ・・・・幸村様で」 「様付けなどせず、普通に」 「え・・・・あー・・・・」 いくらなんでも、それはどうだろうかとは困ってしまう。 周りの人たちは普通に「幸村様」と呼んでいるではないか。 「それがし、殿に余所余所しい態度をとられて、寂しく感じ・・・だから」 そうか。 幸村が満月堂に来なかったのは自分の所為だったのか。 良かれと思ってやったことなのに。 この世界では身分などというのはあまり気にしないか?この国だけなのか? 実際そうなのかは判断できないが、自分の所為でしょげる幸村を見るのはこっちも切ない。 「幸村君」 「へ」 「幸村君でいいかな?なんとなく、そんな感じがするから」 幸村の顔がパーッと晴れた。 「私、色々君に失礼なことをしたなって思っていたんだけど」 「そんなことはないでござる!」 「だって、落としたもの食べさせちゃって」 「あれは、それがしの不注意で。食べ物を粗末にするのはよくないのは当たり前でござる」 「子ども扱いしちゃったし」 「しょ、しょうがないでござる。そう見えてしまったのでざろう。あの男にも言われて・・・」 「あの男?・・・・ああ、あの人か」 に求婚してきた男だ。 アレ以来姿を見せないが、まあ満月堂を悪く言う輩とはこれきりにしたいので別にどうでもいい。 まだ話を続けようかと思ったが、再び幸村の腹の音がなる。 「う・・・・は、恥かしいでござるな」 幸村は顔を赤くし頭を掻いた。 「美味しそうな親方の菓子を前にお預け状態じゃキツイよね・・・」 はくすくすと笑いながら菓子を出そうとするが、鍛錬直後だった幸村。 その手は汚れているのではないかと思った。 「あ。佐助さん用意いいなぁ。はい、おしぼり。これも入っていたからこれで手を拭いて」 佐助の用意した袋には必要なものがちゃんと入っており感心してしまう。 幸村はからおしぼりを受け取り手の汚れを拭った。 「はい。じゃあ食べてくださいな」 「いただきます!」 元気よく両手を合わせてから食べる幸村。 本当に子どもみたいだと思えてしまう。 でも、一つだけ違うことを感じたことがあった。 「そう言えばね」 「ほえ?」 「幸村君が、あの人から私を助けてくれた時・・・・」 の前に颯爽と割って入ってくれたあの背中。 『そなた!殿が困っておられるのに何をするか!』 子ども扱いしていたのに、自分よりも逞しく何倍も大きな存在に思えた。 「大きな背中だなって思った。カッコ良かったよ」 「うぐっ」 幸村は饅頭を咽喉につまらせてしまう。 「え、ちょっとー!」 は幸村の背中を何度も摩る。 「ほら、お茶飲んで」 「す、すまないでご、ざる・・・・・はあ・・・・はあ・・・」 「もう。びっくりした。慌てて食べることないよ?これは幸村君のなんだから」 幸村自身も驚いたのだ。 にそんな風に言われるとは思わず。 「は、ははは。う、美味いでござる。さすが六郎殿だ」 「でしょ?私も早く親方みたいになれるといいな」 一つ花の形の練りきりを手に取る。 「殿も作られるのか?」 「うん。これでも和菓子職人見習いなのよ。毎日親方に鍛えてもらってんだから」 自作で店に並べられるものはまだできないが。 それでも充実していると思う。 「すごいでござるな、殿の手は」 「すごい?」 「人を喜ばすことのできる手でござるな」 「まだ見習いだよ?」 「いえ、それがしに比べたら・・・その手はとても・・・・」 「幸村君?」 幸村はじっと己の手を見る。 この手は信玄公の為とはいえ、多くの命を奪った手だ。 その事を後悔はしていない。 これから先も信玄公のためになら惜しまない。 「いつか・・・殿の作られた菓子。食べてみたいでござるな」 幸村はに笑顔を向けた。 子どものようで、そうじゃない笑顔に思わず息を呑んだ。 「お、親方の味にハマってる幸村君に喜んでもらえるかわからないけどね」 「そんなことないでござるよ。今から楽しみでござる」 「もう決定なんだ」 「決定でござる」 は手を空に向けかざした。 「そっか。じゃあ頑張ろう。幸村君が私のお客さん第一号になってもらえるように」 *** それから再び幸村は満月堂に通うようになった。 外の縁台に腰掛け、団子を頬張るのが日常の一部と化すほどに。 「でもさ・・・・寒くない?そろそろ」 「・・・・それがし平気でござるよ」 秋は過ぎ、もうそろそろ雪が降っても可笑しくない季節になろうとしていた。 「寒い。絶対寒い」 はわざとらしく身震いをする。 「幸村君見ていると余計に寒々しいよ・・・・お腹出して」 「鍛え方が違うでござる!」 「違うね」 は幸村の両頬に手を触れた。 「ななな!殿ぉ!」 「子どもは体温高いんだもん」 「こ、子どもではないでござるよ」 「一ちゃん抱っこしていると温かいんだよねぇ」 一太郎が名前を呼ばれたとの前に来る。 甘えているのか両手を広げは一太郎を抱っこする。 「でも、一ちゃん抱っこするのそろそろキツイよ〜大きくなっているからね」 よいしょとそのまま幸村の隣に腰を下ろした。 そのまま一太郎はにギュッと抱きつく。 「おりょうさんがもう無理できないくらいにお腹大きいから・・・一ちゃん寂しいのかな」 「そうでござるか・・・・だが、一太郎。そなたは兄となるのだ、いつまでも甘えてばかりはおられぬぞ」 一太郎は幸村の顔をのぞき見る。 「あに?」 「そうだ。兄だ。これから生まれてくる弟か、妹は一太郎が守ってやらねばならぬのだ」 そんなことを言われても実感が湧かないかもしれない。 だが幸村は力説してしまう。 「おねえちゃんもそうなの?」 「私?あー今はそうじゃないけど・・・お兄ちゃんってそんな存在かな」 ケンカをする事のほうが多いような気もしたが。 「すぐにはわからずとも良いでござるよ。いつか、それがしの言ったことを思い出してくれれば」 幸村は一太郎の頭を優しく撫でた。 子どもっぽさが抜けないのに、芯はしっかりしているのだなとには感じる。 戦場に出る武将様だ。甘いことも言っていられないだろうが。 「だが、お館様がこの甲斐を守ってくださる。それがしも全力でそなたらをお守りするでござるよ」 「お館様かぁ」 「殿?」 「一度どんな方なのかお目にかかりたいわね。ま、そう簡単にはいかないでしょうけど」 「お館様はとても素晴らしいお方でござるよ!」 あ。また変わった。 コロコロ表情の変わる武将様だ。 は思わず笑ってしまう。 「な、なぜ笑うでござるかー」 「なんでもないよ」 やっぱり、こういうのは悪くない。 19/12/30再UP |