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合縁奇縁
【5】 「こんにちはー。お団子くださいなー」 佐助が満月堂にやってきた。 幸村は来ることができないようで、佐助が買いに来たのだという。 「はい、お待たせしました」 「どうも〜」 きっと喜ぶだろうなと佐助はわかりやすい上司の態度を想像して頬が緩んだ。 「あ、あの。佐助さん・・・・」 「ん?なに?」 店番をしていたが佐助に何か尋ねようとしていた。 上目でチラチラ様子を窺われてしまうと、佐助も少しばかり困る。 「どうしたの?ちゃん」 「あの・・・聴きたいことがあって・・・・」 「俺に?うん、いいよ」 客は昼時ということもあって、茶屋のようなこの店よりも飯屋の方に集中している。 なので幸いにも今は佐助しか店内にはいなかった。 「あのですね・・・あの子」 「あの子?・・・・ああ、真田の旦那こと?」 はこくりと頷く。 「武田信玄様にお仕えしているって聞いたのだけど・・・・」 「あれ、知らなかったの?旦那ッてこの辺でも有名人よ?」 今まで知らなかったことの方が佐助には意外だった。 「佐助さんは、なんで旦那って呼ぶの?」 「あの人。あー見えても俺の上司雇い主だからさ」 前に忍だって話したでしょ?と佐助は気軽に言う。 その忍ってことを簡単にばらしてもいいものか疑問に思うが。 「それがどうしたの?」 「くわっ!」 「!!?」 は頭を抱えしゃがみこんだ。 「、ちゃん?なに?いったい・・・・」 「色々後悔の念にかられているんです〜」 「は?」 佐助もの前にしゃがみこむ。 「真田、幸村様?のことを・・・初対面から子ども扱いして、落としたもの食わせて・・・・」 「ああ、別に気にすることないよ?旦那は別に気にして・・・・子ども扱いされたことにはちょっと落ち込んでいたけど」 ぽりぽり頬を指で掻く佐助。 「や、やっぱり・・・・どうしよう。私、市中引き回しの上打ち首?磔?釜茹での刑!?」 「いやいやいや・・・ちゃん。別にそんなことにはならないよ?」 そのくらいでそんな刑が確定してしまうのならば、世の中の大半が極刑決定だ。 思わず佐助はツッコミをいれたくなる。 だが、同時にの今の態度に溜め息が出そうになる。 (せっかくいい感じだと思ったんだけどなー) 幸村は言葉にはせずとも失恋のようなものをしちゃった後だし。 毎日それを気にすることなくいつも通りにしていたから。 が満月堂で働くようになってから、幸村は楽しそうだった。 いい傾向ではないかと佐助は思っていたのだが。 何やら雲行きが怪しい・・・。 (身分って奴感じちゃったのかな〜) でも、そんなに身分なんてものを感じることはないと思うのだが・・・。 「ちゃん。できればそんなの気にしないで旦那と接して欲しいんだけど」 「え?」 「別に何も変わる必要はないよ。旦那は見たまんまあーだし」 「・・・・・・」 (やっぱ無理かな・・・・) 「二人で何してんです?」 店のど真ん中で座り込んでいると佐助を見つけておりょうが目を丸くしている。 「あ、い、いえ」 慌てて立ち上がる二人。 「そういや、。さっきそこで聞いたんだけどね」 「?」 「あんた幸村様に嫁ぐのかい?まあ、いい話だと思うけど、びっくりしちゃってねぇ」 常連さんたちが買い物に出かけたおりょうにそんな話をしてきたそうだ。 「あ、あれは違います!しつこい人がいて、あの、助けてもらって」 テンパってしまう。 佐助がやれやれとその話をやんわり否定する。 「残念だけど、まだそんな話は出てないですよ」 「あら。そうなのですか?もし、そうならば早いうちにちゃんと言っておくれよ?」 「な、なりません!そんなことには」 顔を真っ赤にして否定する。 しばらくは常連さんにこのことでからかわれてしまいそうだ。 * 幸村が満月堂にやってきた。 店番をしていたのはだ。 は幸村の顔を見て小さく息を呑む。 「い、いらっしゃいませ」 幸村は佐助が言うとおりこれといって変わった様子はない。 「今日はどれがおススメでござるか?」 「きょ、今日はですね・・・・どれもおススメと自信を持って言えますよ」 「・・・・」 はそう言いながら笑みを浮かべるが、幸村には何かいつもと違うと感じた。 「あの?」 「・・・・・じゃ、じゃあ・・・いつも通りにお願いするでござるよ」 「畏まりました。外で食べられますか?」 「は、はい」 幸村は外へ出て縁台に腰掛ける。 「・・・・・」 違うものがわかった。 急にの態度が変わったのだ。 強張った顔をし、口調が固くて。 少し前の柔らかさが消えてしまっている。 自分は何かしただろうか? 「お待たせしました」 縁台にお茶と櫛団子に饅頭をいくつか置いた。 「すまないでござる」 「ごゆっくりどうぞ」 そう言っては店の中へ行ってしまった。 「あ・・・・殿・・・・・」 呼び止める間もなく、幸村は仕方なく饅頭を一つ手に取り口の中へ。 「・・・・・・味はいつもと変わらぬのにな・・・・」 なんだか寂しい。 ここで一人で食べるなんて、以前から何度もあった。 店の前を通る人々の顔や景色を楽しむだけでも良かったのに。 変わらない光景なのに、なぜか寂しくて、つまらなくてしょうがない。 そうしているうちに手は止まってしまう。 「それがし、何か失礼なことでもしたであろうか?」 シュンと肩を落としてしまう幸村。 「お。幸村様ー。ちゃんに会いに来たんですか?」 「へ?」 「先日、道のど真ん中で派手にやらかしていたじゃないですか」 常連さんたちがやってくる。 店内に向かって菓子をいくつか注文しつつ、幸村を囲っている。 「婚儀はいつで?」 「お館様もお喜びになられたでしょう?」 「あ、あれは」 「もう!皆さん店前で何やってるんです!真田様だってお困りになるでしょう!」 が盆を持って顔を出す。 (真田様?・・・それがしのこと?) いよいよ、本気で落ち込んできた。 幸村はゆっくり立ち上がる。 「あれ?どうなさいました?幸村様」 「い、いや・・・その・・・それがし急用を思い出したので戻るでござるよ」 「ほとんど手をつけてないじゃないですかい」 「す、すまぬ。それはそなたたちで食べてくだされ。食いかけはないでござるよ」 お代は置いて幸村は歩き出した。 確かに名乗ったのは先日だったが、それまではあんな態度ではなかったのに。 呼ばれ方など、別に気にする必要はない。 様付けされるのは普通だ。幸村の立場であれば。 だが、なんだろう。にまでそんな態度をとられるのがすごく嫌だった。 ダメなものはダメと叱ってくれる人だったから。 「あれ?旦那。帰ってくるの早くない?」 「・・・・ん、んむ・・・・」 なんかあったな?と佐助は目聡く気づいた。 今、何かと思えば「」のことだろう、佐助が団子を買いに行ったときのことを思い返せば。 「少し体を動かしてくる」 得物である二本の槍を持ってどこかへ行ってしまう幸村。 室内で悶々と落ち込むよりはマシだろうと佐助はそのまま見送った。 「にしても、旦那があそこまで落ち込むってことは、旦那の気持ちにも何か変化が出てきたってことだよねぇ」 折角なのに、これではダメになりそうだ。 佐助はしばらく幸村を放っておこうと思ったのだが、とりあえず様子だけは見ておこうと追いかけた。 * 「・・・・・なんか物足りないなぁ」 店番をしている。 客足は上々。六郎の新作和菓子も売れている。 にも関わらず、何かが物足りない。 「あ、そうか。ここ数日・・・」 幸村が来ていないのだ。 佐助も買いに来ていない。ということはまたどこかへ行っているのだろうか? ならば以前と変わらないじゃないか、何も変わっていないじゃないか。 でも、どこかで何かが引っ掛かる。 天気のいい日に、外の縁台で幸村が美味そうに団子や菓子を食い、佐助が世話を焼いている。 子どもみたいだ。なんて笑いあって。 一太郎とその友だちも一緒に幸村の周りで遊んだり。 賑やかだな。ほのぼのしているな。なんて気持ちのいい時間だったのに。 ぱったりそれがなくなった。 ただ、それだけなのに。 常連さんたちはいつものように来るし、新しく知り合った人もできて賑やかなのは変わらないのに。 幸村が来ないだけで、物足りないのだ。 「おーい。、配達頼まれてくれや」 「はーい」 六郎から配達する品とその場所を書いた地図を渡された。 目的の場所に心当たりがない。 なんとなく、おかしい。 それでも頼まれたのだ、行くしかないだろう。 躑躅ヶ崎館の近くを通る。 相変わらず大きな建物だなと見上げてしまう。 そういえば、幸村と初めて会ったのはこの近くだった。 あの時、幸村はここへ向かう途中だったのではないだろうか。 佐助や六郎から幸村のことを聞いた。 信玄公からの厚い信頼を持っており、甲斐の若虎の異名を持つ人だそうだ。 戦場に出れば、その姿に戦き逃げてしまうほどで、その彼を好敵手扱いしているのが 奥州筆頭伊達政宗だと言う。 伊達とは同盟を結んでいるので当分戦になることはないが、色々と張り合ったりしているそうだ。 (武将様か・・・・本当悪いことしちゃったわね) 子ども扱いして威厳も何もあったものじゃないだろう。 (ここら辺はちょうど武家屋敷ってところかしら) 信玄の住む館周辺にはいくつもの立派な邸が立ち並んでいる。 本当滅多に来る場所ではない。 地図によれば、このすぐ近くらしいのだが。 「ここの・・・・裏?・・・・裏山って感じがするのだけど・・・・」 一軒の立派な邸。その裏を地図は示している。 なぜに、こんな場所に配達を?と思い進んでいく。 すると吹き抜けた広場のような場所に出た。 その中心で幸村が必死に槍を振るっていた。 「・・・・・・出前?」 なのだろうか?の脳裏にはそうとしか浮かばない。 だが、がむしゃらに槍を振るっている幸村を見て言葉がかけられない。 あんな顔もするのだな。 あれが戦場で見せるような顔なのだろう。 しばらく立ち尽くし見ていると、幸村の腕が止まった。 「ふう・・・・は・・・・・・はあ・・・・・・」 肩で息をし目を閉じ呼吸を整える。 ゆっくりと目を明け正面に向くとが立っていた。 「!!?、殿?」 「あ、あの・・・・・ご注文の品お届けに参りました」 鍛錬の邪魔をしてごめんなさいとは謝るが、幸村はに背を向ける。 「そ、それがし。注文などしておらぬでござる。何かの間違いであろう」 「え。でも、確かにここにと地図を渡されて・・・・」 困った。 場所を間違えたとは思えない。 だが、幸村が違うといえば、そうなのだろう。 嘘をつく子だとは思っていないし。 「じゃあ、誰だろう・・・・困ったなぁ」 悪戯だったのだろうか?この菓子がダメになったではないか。 でも仕方ない、店に戻るしかないだろう。 「間違いじゃないよ。ここで合ってるよ〜ちゃん、ご苦労様。よっと!」 高い木の枝から佐助が飛び降りくるりとの前に降り立つ。 「佐助さん?」 「俺が注文しておいたんですよ。旦那ったら最近ずーっと鍛錬鍛錬だし。ほら、満月堂さんの菓子食べたらどうです?」 幸村が動く気配がない。 折角二人が顔をあわせられるよう手配したというのに。 「じゃあ、佐助さんにお渡ししますね。私はこれで」 「あ、あ〜待った!俺これから大将に呼ばれているんで、旦那に渡してね。ついでにちゃんと食わせてくれるといいんだけど」 「は?」 「はい、お茶ね」 空いている立夏の手にもう一袋を乗せて佐助は去ってしまった。 「佐助さん!」 なんだか気まずい雰囲気。 どうすればいいのだろうか? 19/12/30再UP |