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合縁奇縁
「あー、もう!たまにこんな格好すればこれだもん!」 急に降ってきた雨にボヤキながら雨宿りできそうな場所を探していた。 こんな格好とは言っているが、久々に着たスーツはいつも着ている物に比べて 違う意味で気が引き締まる感じがして嫌ではない。 でも少々高めのヒールがこの時ばかりは憎く感じる。 走りずらいったらありゃしない。 それでも顔はそう怒ってない。 「早く帰って新しいの考えなきゃ!」 寧ろウズウズしている。 そう見える。 これからの出来事が夢の第一歩となるのだから。 バチャバチャと水溜りの上を走っている。 もう雨宿りは意味がないだろう。 スーツはしっかりと雨を沁み込ませてしまっている。 今の彼女の頭の中は濡れてしまったこと以上に別の事でいっぱいだった。 だから気にせず家路に着く。 そんな広くはないが一人で住むには十分すぎる我が家に向かって。 だが・・・。 「う、うわっ!」 うっかり足を滑らせた。 しかも運悪くそこは歩道橋。 階段を降っている最中だった・・・・。 転げ落ちる。 ここで大怪我を、手に怪我を負ったらダメだ。 反射的にそう感じるが、本来手は頭などを咄嗟に庇うように動いてしまうものだ。 彼女は手が前に出た。 そこで意識が途切れた。 (間抜けだ、自分・・・・) 【1】 満月堂は先代主人の仁吉が開いた和菓子屋だった。 餡子が美味いとの評判で遠くからその噂を聞きつけて来る客もいるほどだった。 仁吉には娘が一人いたが、後を継ぐ息子はいなかった。 折角開いた店も仁吉の代で終わってしまうのかと思われたが、仁吉の餡子に惚れたと半ば押しかけのような形で 弟子にしてくれと男がやってきた。 弟子など今までいなかった仁吉は当初は難色を示したが、自分の代で無くなるよりはと六郎を弟子にした。 六郎は仁吉が思っていた以上に和菓子職人としての才があり、仁吉は彼に自分の技の全てを叩き込んだ。 いつの間にか仁吉の方がその腕に惚れこんでしまったのだ。 そして六郎は満月堂の職人として認められるほどになり、仁吉の娘おりょうとも結婚し二代目としてやっている。 代替わりしたとはいえ、満月堂の評判が落ちることなく上々だ。 しかも数年前より満月堂の上得意とも呼べる客が出来たので順調だった。 おりょうとの間にも跡継ぎとなるであろう子どもも授かったので。 そんなある日、道端に倒れている女性をおりょうが見つけた。 すでに亡くなってしまった仁吉の墓参りの帰りだった。 見たこともない、と言うより異国の衣を纏っているように見える。 だが髪は黒く、肌も自分たちに近い。 よく見れば、女性は顔などあちこちに傷を負っていた。 まだ息があることを確認すると、おりょうは急いで医者を呼んだ。 身元もわからないものだが、放っておけず、満月堂へと連れて来てしまう。 「体の傷はたいしたことはないですな。多分どこかで転んだ・・・程度でしょう」 しばらくは痣になってしまう部分はあるだろうが、重症ではないようだ。 「・・・うっ・・・・」 「おや。気がついたかい?」 「・・・・・あ」 女性が目を覚ます。 「身体中痛いです・・・・」 「あちこち打ち付けてしまったようだからね。今はゆっくりお休み」 「・・・・・手」 「?」 「手は無事ですか?」 ぼんやりと、無意識なのだろうゆっくりと手をかざす女性。 おりょうはその手を取る。 「ああ。手は無事だよ」 「良かった・・・」 すうっと再び眠りについてしまった。 今はそれが一番の回復方法だろうとおりょうは眠らせておくことにした。 * は甘い匂いで目が覚めた。 寝たところで打ち付けたという体の痛みは消えてはいないが、体を起こすことが出来た。 起こしたところで、自分を見つめる双眸に気づく。 「・・・・・子ども」 年は5つくらいだろうか。頬に子ども特有の赤みがある男の子がを見ていた。 こっそり覗き見るように。 「あ、あの」 が声を出すと男の子はバッと姿を隠してしまう。 怖がらせてしまったようだと思いながらも、はここが病院ではないことに気づく。 確か、歩道橋の階段から転げ落ちたと思ったのが。 運ばれた先が病院ではないようだ。 誰かの家。のようだが自分の知っている風景とは何かが違う。 「あら。起きれるようになったみたいだね」 「あ、はい・・・・え」 を診てくれたらしい女性。 夢か現かわからないぼやけた感覚の中で女性と会話をしたような気はしたが。 その女性を見ては絶句する。 女性は時代劇に出てくるような格好をしていたのだ。 「着物・・・」 着物姿の女性ならば当然いるが、女性は髪形までもが時代劇に出てくるような結い方をしている。 女性の足元にぴったりと先ほどの子どももいたのだが、子どもも紺色の格子模様の着物姿だった。 「気がついたって?」 さらに男が入ってくる。 白い前掛けで手を拭きながら、どっかりその場に座り込んだ。 その男から甘い匂いがする。 男も同じだ。 目の前にいる三人は時代劇と同じような格好をしている。 いや、良く見れば丸々同じではなくどこかが微妙に違っている。 コスプレ一家か?と思ってしまうのだが、にはそれを尋ねる勇気がなかった。 「あんた、あちこち怪我してどうしたんだい?」 「え、あ・・・歩道橋から転げ落ちて」 「ほどう、きょう?」 「うちのがあんたの姿を見つけて連れてきたときには驚いたけどね」 座り込んだ男の膝の上に子どもが座る。 「す、すみませんでした」 「いや、いいよ。大した傷じゃなくて良かったじゃないか」 「はあ・・・・」 はこの家族にとりあえず名を告げた。 男たちも名乗った。 男は六郎。女は六郎の妻おりょう。子どもは一太郎。 和菓子屋を営んでいるそうだ。 六郎がその職人でもあるために彼から甘い匂いがしたのかもしれない。 いや、普通は気づかないところをだから気づいたのかもしれない。 「ちゃん、小腹が空いたろ?店のもので悪いんだけど食べておくれよ」 まだ夕食の時間には早いようで、おりょうが饅頭を皿に乗せての前に出した。 「あ、すみません」 確かに甘い匂いの所為か小腹が空いた。 は遠慮なく一つ手に取る。 饅頭を割るとふわっとした皮にぎっしり詰まった餡子が顔を出す。 食べてみると、今まで食べたことのない美味さの餡子に驚く。 「美味しい。こんな美味しいお饅頭初めて・・・・あ、でもなんか懐かしい」 「そうかい?そういってくれると嬉しいね」 はほんの少しだけ食べるつもりだったのに、手が止まらない。 パクリパクリと饅頭を食べてしまう。 自分も食べると一太郎も手を出してくる。 二人で食べてしまいあっという間に饅頭はなくなった。 「皮もなんだろう、なんか特徴あるし・・・・蒸し方?んーなんだろう」 「ちゃん、そんなに考え込んでどうした?」 「あ。いえ。お饅頭があまりに美味しいから、つい職業上・・・」 軽く頬を掻く。 「職業?」 「あ、いえ。なんでもないです」 胸を張って言える立場でもないのでは口を噤む。 「なんしてもうちの饅頭を気に入ってもらえて良かったね、お前さん」 「そうだな。ま、とりあえず体を治しな」 すっかり六郎一家の厚意に甘えてしまうことになってしまった。 ただの打撲だろうから、そう寝込むことはないだろう。 * 「信じられない・・・・」 は六郎の家の裏庭でぼーっとしてした。 ちゃんと事を整理しようと六郎たちとも話したところ、ここはの知らない場所だった。 武田信玄は治める甲斐の国だと説明された。 武田信玄?と耳を疑ったものだ。 それって歴史上の人物じゃないか。 六郎たちの服装が時代劇の登場人物のようだと思ったのが、まさにその時代にが来てしまったから? だが武田信玄が存在した時代の町民にしては身なりも家の造りも上等である。 今は何年なのだ?と訊ねると。 「婆沙羅○年だよ」 と聞き覚えのない年号を言われた。 バサラって・・・何? 思わず小首を傾げてしまった。 夢か、そうだ、これは夢に違いない。 自分は歩道橋から転げ落ちた時に大怪我でもして、意識がいまだに返らず長い夢を見ているのだ。 「いや、怖いって・・・それは」 にしても夢ではなく現実的だ。 「落ちた拍子に別時代へ〜なんて・・・・小説みたい・・・・なことがこの身に起きちゃったわけだ」 そうとしか考えられない。 あっけなく自分の身に起きたことを整理できてしまった。 だが信じられない方がまだ大きい。 それでもあっさりそうだと納得した自分がすごすぎる。 夢だと考えても、日常生活に置いて起きる生理現象を普通に感じてしまうのだから夢とは思えていないのだろう。 しゃがみこんで裏庭に植えてある名前も知らない草花を見るも、溜め息が溢れる。 これからどうしようかと。 持っている金はきっと役に立たないだろうし、世間様がどんな状況なのかわからない。 外に出ればいいのだろうし、六郎たちに聞けばいいのだろうが、正直恐怖の方が勝っているのだ。 武田信玄のいる時代。 所謂戦国時代で、追いはぎがあったり、刀を腰に下げた山賊まがいの者がいたり物騒なのだろうって 勝手なイメージができあがっている。 まあそんなに歴史に詳しいわけでもないし、ここが過去の世界ではない以上丸々同じとは限らない。 それでも怖いものは怖いのだ。 何より、これからを夢見ていたにとって、この世界へ来てしまったことは酷すぎる。 ぐぅ〜 悲観的、悲劇のヒロインを気取ろうにも己の欲望には正直だった。 こんな時でも腹の音が鳴る。 しかもだ。そうさせてしまうのは六郎が作る餡子の匂いだろう。 一度食べると病み付きになる美味さだ。 「とりあえず。何かお手伝いでもさせてもらおう」 は立ち上がろうとすると同時に背中に重みを感じた。 「?」 「・・・・ねぇね何してるの?」 「い、一太郎君?」 一太郎がの背中に乗っかっていた。 はそのまま立ち上がり一太郎を背負う。 軽く一太郎を背負ったままぐるりと回ると一太郎が喜んだ。 何度もやって、やってと頼むが、目が回るから勘弁してくれと苦笑する。 「一太郎君のお父さんはすごいね。あんな美味しいお菓子が作れて」 「うん。おとうはここらでもいちばんのしょくにんなんだ」 「だろうなぁ。あんな美味い餡子初めて食べたもん。うちの親方も上手だけど」 「ぼくもおっきくなったら、おとうのあとをつぐんだ!」 「お、やるぅ。一太郎君カッコイイ〜」 「えへへ」 最初は人見知りして近づいてこなかった一太郎もしばらくするとになれてくれた。 「一、ちゃん。お昼にしましょうかー」 おりょうの声がする。 二人は返事をしながら家の中へ戻った。 背負われたままの一太郎を見ておりょうは姉弟みたいだねと笑う。 いや、親子に見えるかも。などと。 夜。夕食の後に改めて六郎たちに今後のことを相談してみた。 いつまでもただ飯くらっているわけにもいかないだろうし。 「だったら、うちで働くかい?まあそんなに払えねぇけど、住み込みでどうだい?」 「え。でも」 「いいんだよ。右も左もわからないようだし、しばらくはうちで働きながら覚えていくと良いよ」 不思議なことにこの夫婦、の素性を知っても気味悪がったり追い出そうとはしなかった。 「それにさ。は俺と同じ匂いがするんだ」 「え?」 匂いといわれて思わず自分の腕を嗅いでしまう。 その仕草に六郎は大笑いする。 「匂いって言い方が悪かったな。あんたも職人じゃないのかい?その手を見たらそうかなと思ってな」 マジマジと自分の掌を見る。 六郎の手に比べればまだまだだ。 でもそれだけ見てわかる六郎がすごいと思った。 「俺の饅頭食いながら勉強している顔だったしな」 ただ美味いと言った時のの顔が一般の客とは違ったらしい。 「じ、実は・・・和菓子職人です・・・見習いですが・・・」 「おぅ。それじゃあ俺で良ければ師事してやるよ。なんもしないでいると勘も鈍るだろうしな」 「は、はい!よろしくお願いします!親方!」 親方と急に呼ばれて六郎は目を丸くするが、は六郎に弟子入りしたようなものなので別にいいだろう。 「良かったね、お前さん。それにさ、私も大助かりだよ、実は二人目ができてね」 おりょうの腹には二人目がいるという。 今はまだ大丈夫だが、もう暫くすれば動くことも大変になるだろう。 家事はまだしも、ちょこちょこ動く一太郎の世話をするにも一苦労だ。 が手伝ってくれればおりょうも楽になるという。 「私の方こそ、私でよければお手伝いします!」 ああ、なんとかなりそうだ。 、落ち込むことなくなんとか新しい生活を始められそうだ。 筆頭の合縁奇縁のその後で幸村編です。
19/12/30再UP
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