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合縁奇縁
新しい場所での生活。 きっと自分は運が良いというか恵まれていた。 住み込みで和菓子の勉強をしながら働けることができたのだから。 だけど、ちょっとだけ腹が立つことがある。 それは・・・。 【2】 「ちゃん。いい人いないの?あんたのその年でどこにも嫁いでいないなんて問題だよ」 「・・・・い、いえ。別に私自身は気にしていないので」 がお世話になっている店、満月堂。 そこでは六郎の作った和菓子がいくつも並ばれており、持ち帰りする者も多いが、店で食べていく者も多かった。 作ったもの感想を直に聞けていいらしい。 茶店も兼用しているということだ。 その茶店の店番をがするようになり、常連たちとも顔なじみになり始めた頃に言われ始めたこと。 の嫁ぎ先。 それが話題になることが多かった。 「気にしなきゃダメだよ」 「まだ早いですし」 「何言っているんだい。遅いくらいだよ」 「はあ・・・・」 早くて十代の半ば。それでも後半で嫁ぐ人は嫁ぐらしい。 この辺は別物の戦国時代でも変わらないようだ。 の年齢が二十歳を越えてしまっていることを知った常連たちは、こぞって遅いとか良い人は?などと追求してくる。 の感覚では、二十歳そこそこでも早いといわれるくらいなのに。 何か言おうものならばその三倍で帰ってくるの少々気が滅入る。 「さあさ。それくらいにしてあげてくださいな。はそんじょそこらの男にはやりませんからね」 「おりょうちゃんが引き止めているのかい?ダメだよー」 おりょうが盆に茶を乗せてやってきた。 来たばっかの客の前に置。 正式に満月堂の一員となったのことをもう「ちゃん」とは呼ばずに家族と認めてくれているようだ。 「いいんです。変な男に引っ掛かりでもしたら困りますからね。そうなったら誰が責任取ってくれるんですか」 暗に下手な見合い話を持ってくるなとおりょうが釘を刺している。 「わかった。わかった。もう言わないよ」 「あまり煩く言ってこの店の出入り禁止にでもなったら困るからなぁ」 店内にそれもそうだと笑う常連たちの声が響いた。 おりょうはに向かってニッコリ笑い、は小さく安堵した。 「そういや、最近幸村様のお姿見ないなあ〜」 幸村様。 常連たちの会話の中に度々出てくる人の名だ。 「あの食べっぷりを見ないとちょっと調子が狂うねぇ」 常連たちからその幸村様のことを聞くと、彼もまたこの店の常連なのだそうだ。 甘味モノが大好物のようでその食べっぷりが尋常ではないらしい。 「あーなんでも今はお留守のようだよ」 「戦じゃないだろうね?嫌だよ戦なんて」 「それにしちゃ躑躅ヶ崎のお館が静かだよ」 「じゃあ偵察かなにかか。にしてもあれを見られないと本当につまらないね」 いったいどんな食べっぷりなのだ。 「おりょうちゃんも売上げ減って困るだろう?」 「いいえ。のおかげで売上げは減っていませんので問題ないですよ」 じゃあ幸村が戻ってきたらきっと大繁盛してしまうね。 なんて話を常連たちとして店は賑わった。 * それから人々の間で、武田家が奥州の伊達、越後の上杉と三国同盟を結んだという話題で持ちきりだった。 なんでも伊達政宗のご正室がきっかけだとか、なんとか色々な話だ。 ここでの生活に慣れたものの、世の情勢についてはいまいち着いていけない。 六郎たちや常連たちに聞く限りでは歴史の流れは、の知るものとは違うようだし。 「。悪いがこれ、届けてくれ」 満月堂の印が入った紙袋を渡される。 本当にここは戦国時代ではないようだ。紙がこうして一般に普及し、様々な使われ方をしているのをみると。 「どこにですか?」 「躑躅ヶ崎のお館にだ。裏口から回って言えばわかる」 「そこって、確か武田の・・・・」 「ああ。お館様のお住まいでもあるぞ。はは、大丈夫だ、簡単にお館様に会えるわけないからな」 そこそこ街並みを覚えてきているので一人でも問題はないだろう。 六郎はそう思ったらしい。 も素直に用事を引き受け店を出た。 躑躅ヶ崎の館の場所は知っている。 この目でも見てきたが、遠目からだ。 あそこにかの有名な武将がいるかと思うと緊張してしまう。 歴史はそんなに得意ではないが、武田信玄くらいはでも知っているのだから。 (やっぱり、立派なお髭に采配もってんのかな・・・・あれ、采配って日常的に持つものだっけ?) 本当、自分は歴史知識に乏しいなと苦笑してしまう。 どんな人物なのか興味はあるが、六郎も言っていた。そう簡単には会えないだろうと。 そのうちチラリとでも姿を見ることができればいいかな。 そう思い躑躅ヶ崎の館を目指す。 歩いていくと沢山の稲穂が目に入る。 なんとなく秋なんだなーって思ってしまう。 もしかしたら、自分がいた場所よりも季節がはっきり感じられるかもしれない。 元々悲観的にはならなかったが、どこかここと向こうを比べてしまう。 あまりそういうことはやめて、もっと周りを見て楽しもう。 「いい勉強になるもんね」 前向きにと思いながら歩いているとようやく躑躅ヶ崎の館が見えてきた。 裏門側へ回ろうと進むと前方から二人の青年がやってくる。 二人とも服装が今まで出会った町民たちと違う特徴があるななどと思っていると。 「相変わらずその手の話になるとダメだね、旦那は」 揉めているわけではないが、騒がしい様子。 「う、うるさいぞ。佐助!は、早くお館様の所へ行かねば!」 と一人がとすれ違う時に気合入れの為にか両腕を上げる。 その際の方ににゅっと伸びてきた。 は咄嗟に避けるも配達品を落としてしまう。 「あぁ!」 バサバサっと袋の中身、六郎お手製の和菓子たちが飛び出してしまう。 「あ、あ、すまないでござる」 腕を伸ばしてきた青年はいくつなのだろうか? なんとなくよりは年下に見える。 思わず。 「どこ見て歩いているの!ちゃんと前を向いて歩きなさいってお母さんや先生に教わらなかった?」 青年に向かって叱りつけてしまった。 「あ、う・・・」 反論することもなく、シュンと項垂れる青年。 子犬みたいな子だなという印象を受ける。 「もう・・・・これ配達中だったのに・・・・ダメになっちゃったじゃない。あーもったいない・・・」 流石に包み紙で一枚一枚包むことはできないようだ。 むき出しのまま地面に落ちてしまった和菓子たち。 中でも一番も大好きである饅頭がある。 それでもパパッと拾い上げる。これはどの道持って帰らねばならないだろう。 「あ、それがしが弁償するでござる。あ、えっと・・・・」 多少ヤンチャな面はあるが、礼儀は正しい子なのだろう。 そう見えた。だから。 「はい。じゃあちゃんと責任持って食べなさいね。食べ物を粗末にするとバチが当たるからね」 と青年に袋を押し付ける。 「また店に戻らないと。じゃあね」 今はすぐに店に戻り六郎に説明して新しいのを用意してもらうほうが先だ。 「あ、あの!お、お金!」 「いらない」 は青年たちに背を向け来た道を戻った。 しばらく歩いて思ったのだが、落ちてしまったことをわかってもらう為には証拠品が必要ではないか? だがもう渡してしまったし、叱られる覚悟だけはしておこうと戻った。 「赤い服来た子どもにぶつかって落とした?」 とりあえず言えるだけのことは言う。 「なのでもう一度お届けの品を仕入れて欲しいのですが・・・あ、勿論先ほどダメにした分は私の給料から引いてくだされば」 怒鳴りつけられるってことは今までないわけじゃない。 前の親方に失敗すれば叱られたことは沢山あったわけだし。 だが六郎は怒鳴ることも叱りもしなかった。 それどころか変な顔をしている。 「あの、親方?」 「あ、あー・・・・お前、その人頭に赤い鉢巻巻いていなかったか?」 「・・・・・あー確かに巻いていましたね」 六郎はくつくつと笑う。 「まあいい。お前から見て、あの方は子どもに見えたか」 「え!?なんかマズイんですか?」 「いや、いいよ。ほれ、今すぐ用意するからもう一回、今度はちゃんと届けてくれよ?」 六郎はあの青年と知り合いなのだろうか? 笑うだけでそれ以上は教えてくれない。 とりあえず配達が先だ。 * 「旦那・・・・本当に落ちたもの食ってるんだね」 猿飛佐助は縁側で饅頭などを食している上司を見て呆れた。 「粗末にするとバチが当たる」 それに満月堂の菓子だと思うと余計に勿体無いと思える。 上司、真田幸村は構わず食べている。 「・・・・・まあそうなんですけど、別に旦那が食わなくても・・・・それ落ちたものだし」 犬猫にやればいいんじゃないですかー?なんて佐助は言う。 「でも。粗末にするのはよくない。あの人も言っていたではないか」 女性に叱られるというのは初めてではない。 強い女性ならば邸を仕切る侍女たちがそうだ。 でも、叱り方が思わず恐縮してしまう。そんな女性だった。 「これを食べ終えたら、満月堂に行って来る」 「あー食べたりないんですね。旦那もしょうがないなー」 「ち、違う!代金を払いに」 「でも彼女が満月堂の人かわからないじゃないですかー」 「ご主人に聞けば少しはわかるかもしれん」 「旦那。その人のこと覚えています?特長とか」 「え?・・・・・あー・・・・・・は」 「は?」 「母上みたいな人」 幸村の出した特徴に佐助は腹を抱えて笑い出した。 笑う佐助に幸村は顔を赤くする。 「笑うな、佐助ぇ!」 「いやー、旦那、最高〜あははははは、俺様お腹いたーい」 幸村の肩をバシバシ叩きながら笑う佐助。 「み、店の主人に・・・は、母上のような女性を知らないですか?って聞くの?あーははっははは」 「一瞬そう浮かんだのだ!笑うな!」 「笑うなって言う方が無理でしょ。あはははは」 笑い続ける佐助に面白くない幸村は、すっと立ち上がりどこかへ向かってしまう。 「あ、あれ?旦那どこ行くの?」 「台所に茶を貰いに行く」 「あ、俺が行くよ」 「いい」 スタスタ歩いていく幸村。 からかいすぎたかと佐助は思いながらも後をついて行く。 二人が台所に顔を出すと、侍女が誰かと話している。 「へぇ、それじゃあ住み込みで?」 「はい。親方に聞けば贔屓にさせてもらっていると聞きましたので。これからもよろしくお願いします」 恐らくまた配達に来るだろうからと。 「こちらこそ。わざわざ届けてもらってごめんなさいね」 「いえ」 幸村は侍女が相手をしている女性を見てポカンと口をあけてしまう。 「あれ。あの人さっきの・・・」 佐助も女性の姿に気づいた。 「私も満月堂さんのお饅頭大好きだから、個人的に買いに行くこともあるのよ」 「美味しいですもんね。私もあのお饅頭に惚れました」 侍女と楽しく笑っている女性。 「今度行ったときよろしくね」 「はい。お待ちしています」 それじゃあと女性は裏口から出て行く。 侍女は渡されたものを持ち持ち場へ戻ろうとするが、幸村の姿に小さな悲鳴をあげてしまう。 「ゆ、幸村様。いかがなさいました?」 「あ、ああ。すまぬ。今の女性は?」 「幸村様のお好きな満月堂さんで働いている女性ですよ」 「へぇ、あの店人雇ったんだ」 佐助は侍女に頼めば良いものを自分で茶の準備をし始める。 「旦那。良かったですね、身元割れて」 「あ、ああ」 「満月堂のご主人なら叱りつけることもなかったんじゃないですか?」 「ああ」 縁って不思議なものだ。 幸村はそう思わずにいられなかった。 満月堂で働いているのならば、必ず出会うことになったであろうが。 それでもその縁に感謝せずにいられなかった。 19/12/30再UP |