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琴瑟相和
穏やかに日は過ぎる。 戦の無い日常ってのが、こんなにも穏やかなものなのだと改めて気づかされた。 一度は仲違いしてしまった馬鹿兄貴達が、以前と変わらない姿を見せてくれている。 それだけでもにしてみれば嬉しいものだった。 「それで…あれからどうなんだ?お前は」 「ん?どうって…何が?」 うっかり舟を漕いでしまいそうな陽気の中。 今日は清正が前田家を訪れていた。 定番と言うわけではないが、なんとなく縁側に二人で腰かけてのんびり茶を楽しんでいた。 「何がって…聞き返すか?普通」 呆れた眼差しをに向ける清正だったが、は小首をかしげる。 「三成とだ」 「みっちゃん?」 「ちったぁ進展したのかって聞いてんだよ」 「進展ねえ…」 は明後日の方向を一度見つつ、清正に向かって苦笑を零した。 「ないよ。特に」 「は?ないって、お前…」 「そんな頻繁に会わないし。忙しいのだと思うよ?」 清正は三成の仕事ぶりを見ているのか、小さく「そうだな」と口にする。 「あまり、ここにも来ないのか?」 たまに3人で訪れることはあっても、三成が一人で来ることはない。 「そうか…」 「どちらかと言えば。清正の方がよく来てくれるかな」 は清正に笑いかけた。 【2】 「言われて照れるんだが…」 「そう?本当の事だし」 言葉通り若干照れているように見える清正。 「ま、まぁなんだ…ここはお前から三成に会いに行くのも手だと思うぞ」 「私から?」 「それぐらいできるだろう?今までを思い返してみろ。俺達が思いもしない行動力をお前は見せて来たんだからな」 時には良しと思えない行動力だったと清正は言うが。 ただ、確かにここ最近はのんびりしたもので自身何かをするという事はなかった。 「一応。私も聞くけど。清正はどうなの?清正だってそろそろ奥さんを迎えないとって思うけど?」 「俺はいいんだよ」 「おねね様に会いに行っているのかなぁ?」 秀吉が亡くなってから表舞台に出ることなく静かに暮らしているねね。 三成と清正、正則が揉めた時も一切関わろうとしなかった。 ねねににしてみればどちらかに肩入れする事はできなかったのだろうと。 それも解消された今、ねねの生活も元に戻るというより。ひっそりと静かに暮らす事に変わりはなかった。 「まぁ…たまにだな」 「そっか。おねね様も嬉しいだろうね」 「お前もたまに行くのだろう?」 「うん。一人で行くときもあるけど、お松様とも行くよ」 「そっか…あぁ、今度は三成を連れて行け。それがいい」 「みっちゃん?」 名案だとばかりに清正は数回頷いた。 「別にお前らだけの為じゃない。おねね様も三成の事を気にかけている。あいつは自分からおねね様の下へ行くような性格ではないからない」 素直じゃないのだとと清正は言い切る。 清正も時間が空けばねねだけでなく、こうしての様子を見に来てくれる。 それは正則も同じだ。 以前と変わらないどこかガキっぽい姿で顔を見せてくれる。 だけど、三成だけは。 仕事を優先する性格だから。一度壊れかけた家を建て直すのに、必死なのだろう。 まぁ、それでも三成の周囲には頼れる人がいるので、独りで無理をするという事はなくなっているが。 「そうだね…おねね様もみっちゃんの顔を見たら喜ぶよね」 「俺達から話だけを聞くより、実際顔を見せた方が喜ばれる」 「だったら、清正と正則が連れて行けばいいんじゃない?三馬鹿な光景を見せてあげる方がおねね様も安心すると思うし」 「お前は〜なんて欲のない奴なんだ。三成と二人出かけられて嬉しい!ぐらいに思え」 清正は呆れた顔をしつつ、嘆息する。 は慌てて手を振る。 「あの、なんて言うか…私は前みたいに3人が一緒に居てくれるだけで嬉しいから」 仲違いしてしまったあの頃に比べれば十分すぎるのだとは思っている。 「それはまぁ…なんだ。そう思ってくれるのは俺も嬉しい。お前には随分心配をかけたからな。けど、兄貴分としての俺から言わせてもらうとな。お前の言う馬鹿兄貴達は、お前の幸せを願っているんだ。沢山泣かせた分、沢山笑ってほしいんだ」 清正はの頭に手を置き、くしゃくしゃに撫でた。 「それをできれば三成に任せたいんだ、俺は。多分正則も同じ気持ちだと思うけどな」 未だに清正には三成がをどう思っているのかはわからない。 だけど、勝手に婚姻を進めようとしたとき、三成なりに激怒し、自分を情けなく感じたらしい。 清正が思っている以上に、三成はを大事にしていると思うのだが。 「それは…みっちゃんだって、清正たちと同じで、私の事は…妹みたいだと、思っていると…」 「そうだな。だが、これからはわからないだろう?」 「これから…」 「案外身近にいるものだぞ。お前と三成みたいに手本となる人が」 「身近?」 誰だろうとは考える。 と言うより、三成と自分のような関係ってそんなにいるものだろうか? わかっていない様子のを見て清正は小さく笑んだ。 「聞いてみればいいだろうよ。その人に」 「誰それ?おねね様とか?」 「いやぁ、ちょっと違うな」 と清正は意味ありげに笑うだけだ。 「ま。それは置いといて。お前から三成を誘っておねね様に会いに行く時間を作ってくれ」 それに関しては異存はないので、は頷いた。 「よぉ。清正。来ていたのか」 そこへ利家がやって来た。 清正は礼儀正しく利家に頭を下げる。そして、こっそりに耳打ちをした。 「身近な手本ってのは前田殿の事だ」 「え!?」 「気になるなら聞いてみろ」 思わずは利家の顔をマジマジと見てしまった。 「ん?どうした、」 「な、なんでもないです」 はかぶりを振りつつも、そうだったのかと内心驚いていた。 身近な手本。 兄妹のような間柄らしいという事だったのか、利家と松は。 ただ、どう考えても利家は松に頭があがらないように見え、しっかり者の姉とやんちゃな弟。そんな風に見えてしまうのだが…。 *** 後日。左近に三成が休みである日を聞いてみた。 左近も三成が日ごろから働きすぎだと言うのを心配していたので、が外へ連れ出そうとしてくれている事を知って協力してくれた。 「どこに行こうと言うのだ、お前は」 「いいじゃん。今日は私に付き合ってよ」 「まったく…」 三成が休みと言うので、護衛役の正則も必然的に休みなのだが。 あえて三成のそばにはおらず、清正の所に押しかけているらしい。 (正則は清正から聞いて気を遣ってくれたのかな?) でなければ、きっと正則も一緒に行くと言いそうなものなのだが。 でも、別に一緒でも構わないのだが。 一緒ならば一緒で楽しい時間だと思うから。 (あ〜これが清正にもっと欲を出せっていう事なのかな) 今までも欲が足りなかったと言うことか? だが、元々が家族のような間柄だからそうなってしまうのだろうか。 できれば焦らずゆっくり行きたい所だが、そうも言ってられない部分もあるのか。 なんとなくだが、茶々の言葉だったり、周りからの話だと自分もいつ誰に嫁いでもおかしくないと気づいた。 (その相手がみっちゃんだったら…一番なんだろうけど…こればっかりはどうにもねぇ) そんな事を考えながら歩いていると、頭をこつんと軽く叩かれた。 「?」 「何を呆けているんだ?人の話を聞かずに」 三成が眉を顰めている。 「あ。ごめん。って、呆けているってひどくない?私だって色々考え事をするんだよ」 「だったら、直の事。考え事をしながら歩くな。転んで怪我でもしたらどうする」 「うん。気を付ける」 ちょっとの事でも、三成が気遣ってくれたのかと思うと自然と笑みも零れてしまう。 なんだかんだで、三成は優しいのだ。 「それで。結局どこに行くんだ?ただの散歩か?買い物だったら、俺よりも清正か正則を付き合わせろ」 「みっちゃんは荷物持ちをしてくれないって事?寂しいなぁ」 「そうだな。荷物持ちなどあいつらの方が適任だ」 「二人が聞いたら怒るよ?」 「そうか?褒めてやっているのだ。俺よりもあいつらの方が力はある。長い買い物にも付き合える辛抱強さはあるだろうとな」 不敵に笑う三成。 「それ、褒めているのかな?」 「褒めているのだ。正則辺りが聞けば泣いて喜ぶぞ」 そうは見えないなぁとは苦笑する。 清正が聞けば嫌そうな反応をしそうだと思ったからだ。 はある店を見つけて足早に駆け出した。 「?」 「みっちゃん。ここ、ここの店よっていこう」 菓子を営んでいる店だ。 は三成の返事を聞かずに入っていく。 三成は仕方なく後を着いていった。 「うーんと…みっちゃん。どれがいい?」 「何がだ」 「お土産」 「土産?利家殿にでも買っていくのか?だったら、俺に聞かずとも良いだろう」 「利家様じゃないよ〜じゃあ、とりあえず。このお団子とお饅頭を五個ずつくださいな」 はそう悩むことなく注文をした。 長く三成を待たせることもなく店を出る。 「よし。じゃあ行こうか。みっちゃん」 「だから、どこへと何度も聞いているだろうが」 「普通気づいてもいいんだけどなぁ〜みっちゃん。まだ会っていない人居るでしょう?」 「会っていない人だと?…」 少しだけ考えた三成であったが、すぐさま顔を顰めた。 その顔を見ては笑う。 「思い出したみたいだね」 「別に忘れていたわけではないが…」 「おねね様も心配していたからね。みっちゃんだけだよ?会いに行っていないのは」 「それは悪いことをした。だが、お説教されそうで怖いな」 その言葉には声に出して笑ってしまう。 「流石にないと思うけど?清正も正則もそんな話はしていなかったし」 まぁあの二人の場合。ねねに叱られても嬉しいと思えるだろうが。 「それに。私が一緒だから大丈夫だよ。おねね様もお説教なんてしないって」 「そうか?…ならばお説教されそうになった時は、に頼むとしよう」 「あ〜それはどうかな?おねね様に私までお説教されるのは困るから、おねね様の味方についちゃうかも」 「頼りにならぬ奴だな」 「しょうがないよ。おねね様相手ならば」 この場にねねが居たら、軽いお説教を受けてしまいそうだが。 「きっとね。おねね様はみっちゃんの顔を見たら喜んでくれるよ。お説教なんてしないから」 「だといいがな」 だがそう言う三成の顔は自然と晴れ晴れしている。 少しはいい気分転換になってくれれば良いと思っていたが、いい方向に向かいそうだ。 「…………」 「どうかした?みっちゃん」 「いや…久しぶりだと思ってな…こうしてお前と出歩くのが」 以前はよく二人で歩き回ったと三成が呟いた。 「そうだね…まだ秀吉様が居た頃だね…」 「正則と喧嘩をしたお前の機嫌を直す為に外に連れ出したものだ」 そんな事もあったなぁとは思い出す。 喧嘩をしても、すぐさま仲直りはできたからいい思い出の一つなのではないだろうか? 「秀吉様が天下を取られてからはみっちゃん達も忙しかったし。今も家を守る為に頑張っているもんね」 だけど、自分は何もできない。そこはあの頃と変わらないと苦笑してしまう。 何も成長できていないのかな?と少しだけ寂しく思った。 「いつまで…こうしていられるのかな。ずっとってわけにはきっといかないもんね」 家族でいたかった。 秀吉がお父さんで、ねねがお母さんで、三成たちがお兄ちゃんという存在で。 だけど、今はもう秀吉もいない。ねねとも離れて暮らしている。 まだ利家と松という二人に守られているものの、それだっていつまでと言うわけにはいかないだろう。 まして、きっと馬鹿兄貴と呼ぶ3人もそのうちそれぞれが素敵な奥さんをもらうのだろうなと思って。 「正則もそんな事を話していたな…お前もいつかはどこかの誰かに嫁ぐのだろうって」 「え〜そんな話をしていたの?別に今すぐって話でもないのに」 「たまたまだ」 三成は軽く咳払いをする。 「たまたまの話であって、まだすぐではないのだろう?」 「うん。相手もいないし」 「それもどうかと思うが…」 「いいよー別に。誰も娶ってくれる人がいなかったら、みっちゃんに貰ってもらうから」 少しおどけて三成に向かって言ってみる。 ちゃらけた感じだから、きっと三成は本気には思うまい。 こういうやり方でしか言えない自分が情けないが。 だけど。 「その時は仕方ない。俺が貰ってやる」 と嫌そうでもなく、からかい交じりでもなく三成は言った。 冗談にしてはと思いつつも、にしてみればそれだけでも嬉しく思えたから。 (そうなったらいいな…) 数歩三成の前に出て、振り返る。 「ほら。みっちゃん早く行こう。おねね様待っているよ」 「そんなに急ぐことか?」 笑う三成にも笑い返した。 16/01/24
19/12/30再UP
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