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戻らない時間。
【5】 「、!」 珍しい。松が声を荒げて廊下を駆けていた。 「お松様?」 は室から顔を出す。 「どうかしたんですか?お松様」 「!早く、早く!!」 「?」 松はの顔を見るなり手を引きまたも駆け出す。 「ちょ!お松様?」 松が興奮気味なのは本当珍しい。 だけど、その理由がすぐにわかった。 玄関にたどり着くと、大柄な男がを見て笑った。 「利家様…」 「よぉ。今帰ったぜ、」 「お、お帰りなさい」 五体満足で、いつもと変わらぬ笑顔の利家には一瞬戸惑うも、利家が戻ったと言う事は戦は終結したと言う事だ。 「。西軍が勝った。三成も無事だ」 「え…そ、それ」 「お前に早く知らせてやりたくてよ、後の事全部三成に押し付けて帰って来た」 その煽りを他の武将達も被っていそうだ。 「西軍が勝ったって、みっちゃんも無事って…」 体の力が抜けたのか、はその場に腰を下ろしてしまった。 (関ケ原で勝つのは東軍じゃなかったの?) 歴史が変わっている。 何故だ? いや、そんな事はどうでもいい。 歴史通りに進んでほしくないと願った自分がいたのだから。 三成は敗戦せずに済み、処刑もされずに済んだ。 だから。 「よかった、みっちゃん」 深く息を吐いた。 この先、三成とどう顔を会わせていいのかわからないが、三成が無事ならいい。 まずは彼の無事を喜ぼう。 「おいおい、大丈夫か?」 「は、はい。大丈夫です」 「毎日不安だったものね、は。いつもより元気もなかったし」 だからか、松は利家の無事を喜ぶ前にを引っ張りだしたのだ。 本来ならばちゃんと出迎えをしなくてはならないのだろうが。 「犬千代様。改めて無事のお戻り何よりでございます」 松は正座し、深々と利家に頭を下げた。 「松がしっかり留守番しててくれるからな、家の事はなンの心配もねえよ」 「犬千代様、お休みになられますか?」 疲れているのならば、すぐにでも休んでほしいところなのだが。 「いや、これから城に行く。茶々様達にも報告しねえといけねえからな。色々話し合う事もあってな」 「まぁ。戦後処理が色々あるとはいえ、あまり無茶はなさらないでくださいませ」 「ありがとな。帰ったら松の美味い飯食わせてくれ」 利家は足早に屋敷から出ようとした。 だがすぐさま踵を返す利家。 いまだに座ったままのの前にしゃがみこみ、の頭に手を乗せた。 「これを忘れちゃいけねえな。」 「は、はい」 「三成だけじゃねえ。清正と正則も無事だ。馬鹿兄貴達は誰一人欠けてねえぞ」 「ほ、本当ですか」 「ああ。奴らが戻ってくるのはもう少し先だろうが、楽しみにしときな」 そして今度こそ利家は屋敷を出た。 「……清正と正則も無事なんだ…」 「よかったわね、」 「…はい…」 どちらかとはもう会えないんだと思っていた。 最悪の場合、三人とも会えないと思っていた。 だけど、戦は西軍が勝ち、三成は無事だった。 東軍についていた清正と正則も討ち取られることなく無事だった。 こんな展開になるなど誰が思っただろうが。 *** 関ヶ原の戦いから一月後。 今後のことで色々話し合いが行われていたそうだ。 は結果を利家から聞かされた。 聞くにしては不似合というか、縁側でのんびり茶を啜りながら。 「生易しいつーかさ、徳川についた大名家は改易で済んだ。徳川自体もだ。家康には蟄居が命じられた」 「家康様が…」 敗戦の総大将ともなれば討ち取られたと思った。 処断の可能性もあったのに。 「まぁ…そう言う話も出てたさ。けど、ねねがそれを許さなくてな」 「おねね様が?」 「秀頼公がしっかりと豊臣の地盤を築くのに徳川の力が必要にもなるってよ。 だから家康には蟄居、息子の秀忠に後を譲るってことで話はまとまった。 それだけじゃねえ。秀忠には千姫って言う娘がいるんだ、その娘と秀頼公と婚姻を結ばせるんだと」 秀頼と千姫の婚姻は歴史通りになるのか。 「互いの母親が姉妹だろ?仲違いするのが嫌だったんじゃねえのか?」 「茶々様と…お江様でしたっけ」 「おう。その間のお初様も随分仲介役として頑張ってくれたらしいからな」 「秀頼さまの下…もう戦は起きないんですかね?」 徳川が存命となると、この先危険な気もするが。 「さぁな。それは秀頼公と周りの奴らによるだろ。何より、お前の馬鹿兄貴達が頑張るさ」 馬鹿兄貴達。 その言葉には少し俯いた。 「清正と正則はどうなったんですか?」 「あいつらも改易はされたけど、清正には秀頼公の後見人役として就いてもらうことになった。後見人よりも護衛みたいに見えたけどな。正則も同じだ、あいつは三成の下に就いてもらった」 「正則…嫌がりそうですね」 「ん?ははっ。割とそうでもないぜ。嬉しそうに三成の後を着いて回っていたぞ」 「そうですか」 普段は三成に突っかかるような事をしても、実際は仲間意識がすごく強いのが正則だから。 仲違いした時も態度には見せずともかなり落ち込んだようだ。 三成と喧嘩して、勝って言う事を聞かせる!などと正則なりに働こうとしていたそうだし。 「じゃあ…もう心配しなくてもいいんですね」 「そうだな。これからはあいつらがしっかり家を守るだろうさ」 「はい」 これから先、また三馬鹿が共に歩めるのはいい。 だけど、いつかのように三人は忙しくなって自分と会う時間も一層減りそうだ。 いや、そろそろ兄離れをしなくてはならないだろう。 「あの…利家様」 「んー?」 「私は…これからどうすればいいんでしょうか?」 「が?なにが?」 「えと…私が利家様にお世話になっているのは、大坂城に居られなくなった事とか、戦の事があったからで…でもそれも終わったならば、居る理由なさそうだし…あ、かといって大坂城に戻ることもないような気がするんですけど…」 結局最後は自分の事かと自嘲した。 いつまでも利家の世話になっていても迷惑だろうと思った。 大坂城にはすでにねねも離れている、秀頼に譲ったと言う話だ。 だったら、これからはねねのもとに身を寄せた方がいいのだろうか? 「別にこのままでいいだろ」 「そ、そうですか?」 「いいって。これからはよ、俺が秀吉に変わって、の父親になってやる」 「え」 「嫌か?」 はかぶりを振る。 「嫌じゃないです。けど、あの」 「松も今更を屋敷から出す気なんかないだろうよ。ねねには悪いけどな。 あ…それとも三成達の方がいいか?あいつらだってお前を心配しているだろうし」 「や……利家様のところでいいです…」 「そうか?なら決まりだ。好きなだけここに居ろ」 利家はの頭を撫でた。 秀吉よりも大きな手だけど、温かみは秀吉と変わらなくて。 どこかで秀吉と同じように父親みたいに見ていたのかもしれない。 「いや、いっそのこと、俺に嫁いでみるか?前にそんな話したよな」 「え。え!?と、利家様」 「ま。どっちにしてもあまり変わらないだろうな」 「もう…」 嫁ぐかぁ…。はぼんやりと考える。 今思えば、いくら三馬鹿を守りたいからと家康の申し出を受けようとしたなと。 見知らぬ人に嫁ぐなど。 時代的に考えれば別にない話でもないのだが、秀吉夫妻が当時では珍しい恋愛結婚だったから、秀吉自身がに対しそう言う手段を取ることを考えていなかったようだ。 それに三成に怒られるようになるとも思わなかった。 軽く嫌味は言われるだろうと思った。 嫌味どころか、初めてだろう、頬を叩かれた。 思わずは叩かれた事を思いだし、その頬に手を当てた。 「ん?どうした?どっか痛いのか?」 「え?別に痛くないですよ。大丈夫です」 本当は叩かれた頬の痛みだと長く続かなかったが、今でも痛みを思い出すのは。 心の方だ。 胸の辺りがツキンと突き刺したような痛みを出す。 やはり今でも三成は怒っているのだろう。 だから、三成は会いに来てもくれないのだ。 だったら自分から行けばいいのだが、門前払いされてしまうのが怖くて、利家が守ってくれるこの場で逃げているのだ。 *** 「なー。なー。三成ー。なんでの所に行かねえんだよ」 「煩い、馬鹿。しっかり働け」 戦後処理がいまだに終わらない。 一月経ってもやらねばならないことが溢れていて忙しい。 「働いているっつーの。つーか、今の俺はお前の警護が仕事なんだよ」 正則が口を尖らせている。 「警護の割に口数が多いな」 「いいじゃんか、暇だしよ」 「ならば仕事を更に与えてやるぞ、馬鹿」 「お、お前なぁ!」 三成のような事務的な仕事は性に合わないと正則は言う。 俺の仕事場は戦場だ!と言い切るくらいだ。 だけど、戦が終われば何かしらやらねばならないだろうに。 「…正則…」 「なんだよ」 「すまん…お前には窮屈な任だろう…」 正則らしい任を与えてやりたかった。 三成にもこの男が室内で大人しくしているのは似合わないとわかっているから。 だけど、利家達が最大の譲歩として正則を三成の下に就けてくれたのだ。 それだけで済んでありがたいとは思うも、正則を思うと多少不憫に思うのだ。 「いずれは、お前を」 「うるせーよ。いいから仕事しろよ、大馬鹿。俺は今の状態嫌なんて思ってねーし」 詫びるなんぞ、らしくない。と正則は三成の背中を叩いた。 「早く終わらせてに会いに行こうぜ。あいつも待っているからさ」 「………」 「なんで、そこで素直に返事がでねぇんだよ、お前…。なんか清正も口を濁すしよ」 「清正も?」 「ああ。清正にも早く行こうぜ。って言っても、今忙しいの一点張りでよ。 秀頼さまの警護は重要だし、それもわかるけどよ、秀頼さまだって気晴らしに行ってこいって言ってくれてんだぜ?何よー」 清正も何かと会ったのだろうか? 自分のようにが和睦の条件に婚姻を結ぼうとしたことを叱ったのだろうか? 清正もと顔を会わせ辛いとは思っていなかった。 三成は無性に自分に情けなさを感じて、に会えないと思っていたから。 「正則。お前…が和睦の条件に婚姻を結ぼうとしたのを知っていたか?」 「あー、あれな。すげービビったぜ。の奴何してんだ!って」 「直接に会ったのか?」 「いや。会わなかった。清正と止めに行こうぜ、って話はしたけど。清正は無理だろうって動かなかった。結果的に和睦にはならなかったけどよ」 あの時は本当大変だったなぁ。と正則はあっさりと過去にしてしまっている。 「本当はよ…豊臣を思うならば、あの和睦はいい事なんだろうなって清正も言ってた。 も戦がなくなるなら喜んで嫁ぐだろうなって。だから清正は動かなかったみてぇだ」 だが結果的には茶々などその条件が気に入らず和睦に至らなかった。 「そうか…」 「だから、早くに顔を見せてやろうぜ」 話は振り出しに戻った。 行こう、行こうと子供みたいに正則は三成の袖を引っ張った。 「俺たちに遠慮せずにお前一人で行けばいいだろう」 時間なら与えるからと三成は言うが、正則はきっぱり断った。 「それじゃあダメだ。三人で行かないとダメなんだよ」 「正則」 「三馬鹿揃ってに顔を見せてやんねぇとも安心できねえからな」 なんとしても一緒にいる姿を見せたいそうだ。 「本当、たまにお前の性格が羨ましいと思う」 「はあ?」 「わかった。時間を作ってでも行こう。もちろん清正も連れてだ」 「おう!」 今でも利家の屋敷にいると聞いている。 会す顔がないと考えつつも、不安にさせた事を詫びるくらいはしよう。 三成はそう思った。 12/10/21
19/12/30再UP
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