|
戻らない時間。
【2】 「おねね様。急な申し出ですみませんな」 「いいよ、別に。滅多にここに来る客なんていないんだから」 絶句した。 ねねを訪ねてきたのは徳川家康だった。 家康はねねと居たにも気づく。 「おぉ。殿ではありませんか。お久しぶりですな」 「お、お久しぶりです…」 なんでそんな笑顔で挨拶してくるのだろうか? 無視するわけにもいかないし、変な態度も取れないのでは素直に頭を下げる。 だけど、下げた頭の中は混乱している。 なんで、家康がねねの元へ? ねねと家康は繋がっているのだろうか? (…そんな事もあったとか、なかったとか…昔、何かで聞いたけど…) これから起こるだろう関ケ原の合戦では、ねねは東軍に肩入れしていたらしい。 それも西軍を率いる石田三成が気に入らないからとか。 あくまで、が元々いた時代での、とある説の一つだったり、小説のネタなどの類だ。 実際は、ねねは誰かを贔屓することもなく、寧ろみんなのお母さん的存在で、今回も息子同然の三成と清正の現状を嘆いているではないか。 だから、そんなことはないと、ねねを信じたいと思った。 「それで、今日はどうしたんだい?家康」 「はい。一言…おねね様に謝りたくて…」 何やら重々しい話に感じたは二人からは少し離れた縁側に腰掛けた。 ねねと家康は座敷で向かい合って座っている。 「今、このような状況になっていることに、おねね様は心を痛めておるでしょうな…。 わしは秀吉殿が亡くなる直前、秀吉殿から秀頼殿の事や三成殿たちの事を頼まれておりました」 皆が笑って暮らせる世が、平穏が続くためには家康の力が必要だと秀吉は言ったそうだ。 まだまだ幼い秀頼が成長するまでは家康が力になって欲しいと。 「ですが、秀吉殿が亡くなり世は乱れた。秀頼殿が治めるまでもなく…。 わしがこの手で豊臣の世を終わらせ、代わってわしが治めねば秀吉殿より託されし天下泰平の世にはならぬと…」 そんな話が秀吉とされていた事は知らなかった。 病床の秀吉が家康を呼んだ事は何度かあっただろうが、話の内容などが知る術はないし、無関係だろう。 だけど、秀吉に後を頼まれていたのにも関わらず、今、それを反故しようとしているのか、この男は。 何でもない素振りを見せながらも、は両の拳を強く握った。 「清正殿と正則殿はわしに賛同しついてくれた。三成殿とは戦わねばならぬでしょう」 「…そう、だね…」 「きっと、おねね様には恨まれるでしょうな…」 「………」 ねねはきっと苦しんでいる。 だけど、も苦しくなってきた。 感情を先走れば、家康に向かって怒鳴っていたかもしれない。 つきさっきまではそうだ。 だけど、彼の言葉をよく思い返せば、家康なりに天下泰平を考えての事だと思えば…。 (天下なんて…誰が取っても、関係ないって…私自身が思っていたくせに…) 家康が治めて平穏になるならいいじゃないかと、思っていたから。 「あ、あの!」 黙っているつもりだったは縁側から、体を反転させ家康に向き合った。 「?」 「そこまで考えてくれている、家康様なら…戦を回避なさろうと思わなかったのですか?みっ…三成が仕掛けてくるから戦をしようと言うんですか?」 「何も戦の原因は三成殿だけではないのだよ、殿」 「え?」 「秀吉殿が亡くなられ、平穏は長く続かなかった。確かに三成殿はわしの力を危惧しただろう。だが、それよりも先に、戦を起こした者達がいる。秀吉殿が亡くなられて早いうちに。 幼い秀頼殿では収められない、三成殿達でも無理だった。だったら、わしがと思ったのだ」 家臣にも苦労させる。きっと簡単ではない道のりだと。 だけど、天下泰平の為にはやらねばならないのだと家康は決めたようだ。 利家が清正に言っていた「ブレていない」はこの事なのかもしれない。 「…もし…徳川が勝ったならば…豊臣はどうなるのですか?徳川の世には不必要ですか?」 「殿…」 「一大名としてならば、残る道はあるんですか?」 「…三成殿がそれで納得するならば、あり得るでしょうな」 はある事を思いついた。 きっと、それは自分にとってあまり喜ばしい事ではないし、三成は喜ばないだろう。 だけど、戦が回避するならば、豊臣が残るならば…。 何か少しでも方法があるならば…。 「戦。回避してもらえませんか?私は…私に言われても説得力はないでしょうけど…。 何か、豊臣が生き残る条件があるならば、それで戦が回避するなら私も微力ながらなんとかしますから。お願いします!」 は床に頭をつけるぐらい家康に向かって、頭を下げた。 三成や清正を説得しろと言うなら、嫌われてでも説得してみせる。 このままでは、の望みが本当に消えてしまうから。 完全な望みはもう叶わない。 だけど、残された家族をもう失いたくないから…。 「…あんた、急に何を言いだすんだい?」 「勝手な事だとわかっています。きっと三成達は勝手な真似をしたと怒るでしょうし、家康様も、こんな娘の戯言など耳を傾かせないと思いますし…だけど、私にも何かできればって。馬鹿兄貴達が仲違いする姿、もう見たくないんです。 やり方は食い違っているけど、馬鹿兄貴達なりに家を残そうとしているから」 無理だろうか、自分でも無茶苦茶だなと思うから。 「殿。わかりました、そなたの気持ち受け取りましたぞ」 家康の言葉には顔を上げた。 「おう。おかえり、」 「利家様。ただ今戻りました」 鼓動が激しく感じる。 勝手な事をしたと思っているが、結果的にこれで丸く収まるならいいじゃないかと納得させている自分が居た。 「ん?どうした?…顔が赤いぞ」 「は、走ってきたから。暑いのかなって」 まだ知られちゃいけない。 家康が行動を起こすまで。 「そうかい?何をンなに慌ててンだが知らねえけどな。転ンでないならいいけどよ」 「もう、利家様の心配症。私そんなに鈍臭くないですよ?」 「なに、見てっと。秀吉達の気持ちがわかるなって思うぜ。大事にしていた娘なンだろうなってな」 よく秀吉から自慢されたものだ。 利家にしみじみ言われてしまうとは思わなかった。 だから、なんだか余計に罪悪感のようなものが湧いた。 *** 大坂城にて、毎日と言っていいほど対徳川との戦の準備が行われていた。 もう回避する理由もないし、できないだろうと臨戦態勢とも言える。 きっと徳川方も同じだと思う。 ただ、三成にしてみれば清正と正則と袂を解ってしまったのが悔やまれる。 「殿!」 三成の元へ左近が珍しく駆け込んできた。 「なんだ、左近。騒々しい」 「すみません。ですが、驚かずにいられない事が起きまして…」 「なんだ?」 左近は三成に1通の書状を渡した。 「家康からです」 「家康?なぜ…というか…その割に皺が入っているのはなんだ?」 疑問しかわかない。 「あ…皺になったのは、それを読まれた茶々様が怒ったからでして…」 豊臣は三成が陣頭しているが、立場的には秀頼が、茶々が上だ。 家康からの書状は元々茶々宛てのものなのだ。 三成はなんとなくその中身に予想がついた。 茶々を怒らせるというのだ。 無条件降伏と言うところだろう。 「………」 予想以上だった。 三成の、書状を持つ手が震えた。 「な、んだ。これは…」 「殿…」 三成は書状を握りつぶす。 そして徐に室から出ていく。 「殿!どちらへ!」 「決まっている!大馬鹿の元だ!!」 左近も慌てて三成の後を追う。 今の三成は怒りにまかせて何をするのかわからないから。 「ちょ、ちょっとお待ちください!主に断りもなくお通しするわけには」 何やら玄関口で騒がしい声がした。 「すまない。前田殿にならば、後でいくらでも詫びを入れる」 女中の制止を振り切って屋敷内に三成が入って来た。 「三成?」 「無礼を承知で失礼する。前田殿、あの大馬鹿はどこですか!?」 「な、なンだ、一体…それに大馬鹿って、もしかしなくてもの事か?」 「他に誰かいますか?」 利家に対しても高圧的な態度の三成。 利家は頭を掻きながら苦笑する。 「なら松と出かけているぜ。女の買い物は長いからな…ンで?そのが何かしたのか?」 まずは座れと三成に促す利家。 茶も用意するからと言われて、利家に気遣われたのが申し訳なかったのか、三成はバツが悪そうに腰を下ろした。 「お前が感情に走るってのは珍しいンじゃねえか?」 「…前田殿も知れば、同じ事をしますよ」 「はは。本当、は何をしたんだ?いったい」 「………馬鹿としか言いようがないような事ですよ…」 利家は三成と共に来た左近に目で訴えるも、左近は苦笑するだけだ。 「ただ今戻りましたー」 重苦しい空気であるのを知らない、明るい声が聞こえた。 三成が大馬鹿と呼ぶが戻ったらしい。 「利家様、今もどり…ました…あれ?」 は、そこに三成と左近がいる事に驚いている。 驚くも、早く三成が立ち上がった。 「みっ、っ!」 の前に三成が立ったと思うと、三成はの頬を叩いた。 「おい、三成!」 「三成殿!?」 利家と松は突然の行動に驚く。 「みっちゃん…」 「馬鹿だ、馬鹿だと思っていたが、なんだ、これは!貴様、どういうつもりだ!」 三成は懐から書状を取り出しに見せつける。 「どうって…」 意味が解らないとは答えようとしたのだろうが、三成が見せつけたそれに息を呑む。 「家康からだと聞いて、どうせ無条件降伏をしろとでも言って来たのだろうと思った。 茶々様もこれを読んで怒ったそうだから、あぁ、そうかと。だが、俺が怒る理由がわかるか!?」 「………」 は三成に叩かれた頬に手を当てて何も答えない。 「三成。何が書いてあるんだ?それにが絡んでいるってのか?」 三成から書状を受け取る利家。 「んー何々…」 利家が読みだしたのを見て、は俯く。 しばらく無音の時間が続く。 利家が読み終え、書状を閉じる。 「まぁ…三成が怒る気持ちもわかるけどよ…」 「犬千代様?」 苦笑する利家に松が問う。 「家康がな。豊臣に一大名家となるならば、戦を起こさず話し合いで済ませようって」 「まぁ…」 「ただ、その為の条件の一つに、を徳川に嫁がせろってよ…しかも、この話は自身には承諾済みだとさ」 松は手を口に当て驚く。 は誰とも目線を合わせようとしなかった。 「何の為にこんな馬鹿な事を言いだした!」 「ば、馬鹿馬鹿言わないでよ。私なりに考えたんだもん」 「こんなのは策でもなんでもない!」 「けど、これで戦が回避するなら」 「回避されるならそれでいいと?豊臣は大名に格下げ、お前は徳川に嫁ぐ」 「そうだよ。平和的でいいじゃん。私は別に天下が誰の手に渡ってもいいもの。皆が無事ならそれでいいもん! 私はもう、みっちゃんと清正が仲違いしたままなのが嫌だもん!」 「お前の愚策に誰か喜んだか!?不愉快だ!」 三成の怒声には身をすくませた。 「落ち着け、三成」 「これが落ち着いてなど!」 「まぁまぁ。お前が怒るのもわかるけどよ。政治的に考えれば悪い話じゃないだろ? それに決断するのはお前一人じゃない。なりにお前らの事を考えてくれたんだ、その気持ちを酌ンでやってもいいじゃねえか」 「前田殿!」 「いいから。お前は、この話をちゃんと周りに伝えて話し合え。豊臣をどうありたいのか考えろ」 「失礼します」 三成は利家に頭を下げて退出する。 「み、みっちゃん」 が後を追う。三成は振り返り止まる。 「俺は…お前が俺たちの為にと言われても、こんなやり方を嬉しいとも何とも思わない。 そんな風にさせてしまったと思うと、俺は俺が情けない」 「ち、違う。みっちゃんがそんな風に思わなくても、私は」 は三成の袖を掴もうとするが、その手は空を切る。 三成は歩き出してしまう。 「みっちゃん!」 「俺は、お前の事がわからん。自分を犠牲にして…お前自身はどうなんだ…」 掴もうとしたの手は止まる。 自然と下がってしまって、三成と距離ができる。 それ以上は何もできないでいた。 12/08/15
19/12/30再UP
|