戻らない時間。



ドリーム小説
今までだって、自分が何か役に立った例はない。
武器を持って戦うわけでも、策を講じることもできない。
ただ、そこにいるだけ。

それでもいいと思っていた。

そこには家族と呼べる人たちがいて、自分を可愛がってくれたから。
自分もそこに居られるのは楽しいし、嬉しくもあった。

それなのに。
今、その場所は無くなってしまった。





【1】





、どうだ?食うか?」

「あ、ありがとうございます」

「犬千代様。もうすぐ夕餉なのですよ?今そんなに食べさせては後で食べられなくなります」

「そうか?食えるだろ」

は犬千代様みたいに大食らいではありませんので」

二人のやり取りを見て、は笑う。
笑うけど、どこか本心で笑えていない。

「あと少し我慢なさってくださいませ」

「ちぇ。松はおっかねぇな。な?

「犬千代様〜?」

二人がを気遣ってくれているのがよくわかる。
わかるから、面倒をかけないように、自分の気持ちを押し殺している。
は今まで住んでいた城を出た。
正確には出された。のだろう。
の家族と呼べた人達。
父親代わりの秀吉は亡くなり、それがきっかけで天下は再び壊されていった。
母親代わりのねねは、一切表舞台に出てこない。
一人どこぞの寺に出家したらしい。
馬鹿兄貴達は…清正、正則は徳川に着き、三成は徳川と戦おうとしている。
みんながみんな背を向けてしまった。
そこにぽつんと取り残されたは、安全だからと言う理由で前田利家のもとに預けられていた。
着々と戦の準備は進められているらしい。
らしいと言うのは、が簡単に知ることはできないから。
なんとなく町の様子と、人々の話を聞いてそう感じたからだ。

このまま、史実通りに進んでしまったらどうしよう?
だからって自分が変えられるわけでもない…。

「お松様。今日の夕餉はなんでしょうか?楽しみですよ、私」

「さぁ、何かしらねぇ。の好物ばかりだといいけど」

何もできないから、結局誰かを頼るしかなくて。
無力って言葉が自分にぴったりだと自嘲したくなる。
それでも、こうして自分を守ってくれている人がいるから…。

「なぁ、

「はい?」

は…実際どうしたいンだ?」

笑っていた利家が真面目な顔をして聞いてきた。

「どうしたいって…何がですか?」

「お前は、このままでいいのか?って話さ」

あぁ、「家」の事だろう。
自分を預かってくれていることが、利家達の苦痛になっているとは思わない。
むしろ喜んでくれている皮肉な現状だ。
だけど、の気持ちとは裏腹に話が進んでいる事を利家は気にしているのだろう。

「いいか、悪いかと聞かれれば…悪いって思いますよ。今の状況は私が望んでいるものではないです。だけど、私が望む望まないなんて関係なく世の中は動いていますから…」

…」

「私の望みは叶いっこないんですよ?無理な話ですもん」

「お前の望みってのはなンだ?」

今日の利家は意地悪だなと思った。

「秀吉様の天下で、秀吉様がいて、おねね様がいて、馬鹿兄貴達とくだらない事言いあって、笑って、どこにでもいるような家族みたいな時間が私望みです」

「あぁ、無理な話だな…」

本当意地悪だ…。

「だけど…他にもあンだろ?もっと根本的なことが。左近から聞いた」

前に左近に話したことか。

「それがお前の望みなンだろ?」

強く唇を噛む。
利家の顔が見られない。俯き、必死に我慢するだけだ。

「私の、望み…」

「言ってみな、の思っていることを吐き出しちまいな。お前は、ここに来てからずっと我慢している。そのうち腹にずっと溜めてこんで倒れちまうんじゃないかって思う」

意地悪はその為なのか。
言ったところで何か変わるのだろうか?
変わらないと思う。
思うけど、利家の気遣いが嬉しかった。

「私…天下なんてどうでもいいです。そこに家族が居てくれれば、誰が天下を取ろうが構わないです。馬鹿兄貴達は「家」に拘るけど、誰も「家族」の事を考えてくれてないから」

それはきっと、疑似家族のようなものだから。
血の繋がりのない、他人で、秀吉と三成達の関係は主従だから。
だけど、家族だと思えた時間があったのは嘘ではないから。

「馬鹿兄貴同士で喧嘩しているの、見ているの辛いです」

そこまで言って、は抑えていた涙が零れてしまった。

…」

泣くに松は優しく肩を抱く。

「男は、お兄さんたちは本当大馬鹿ね、こんな可愛い妹を泣かせて」

「まったくだな」

「だ、だけど…私…おねね様はなんで何も言ってくれないのかなって…おねね様が言ってくれれば、馬鹿兄貴達は喧嘩を止めるんじゃないかなって…」

「それは…おねねちゃんも悩んでいると思うわよ?旦那様が残したものを壊されそうになって、息子同然の子達は喧嘩して…どちらに肩入れできるはずないもの。だから両方に言えないのよ、きっと…」

何かできるかもしれなくても、立場的にねねには何もできないと言う事だろうか?
そうだとわかっていても、今のでは感情的になってねねに怒りをぶつけてしまいそうだ。



***



その晩、利家のもとへ意外な客がやってきた。
清正なりに考えていることを利家に相談しにきたようだ。

「なるほど、清正の言いたいことはわかったぜ。家康は、豊臣の世を潰しにかかってる。
そうしなきゃ、てめえの創りたい世は創れねえからな」

「ですが、豊臣の世が消えても家は残せます。今、三成の言うように事を荒立てれば俺たちの家を土台から壊してしまいかねない」

本当はダメだとわかっていても、二人の話が気になって、はこっそり襖の向こうで話を伺っていた。
恐らく利家には気づかれている。だけど、何も言わないと言う事は、にも聞かせようと思っているのだろう。
話は、これからの事についてだった。
わかりきっているが、清正の考えは変わらないらしい。

「そこは納得した。だがよ、お前の道ってのが見えてこねンだ。お前はどうすンだ、清正?」

「家康に豊臣家の存続を願い出、大坂の一大名として生き残らせる道を探ります。
もし、三成の言うとおり、どうしても家康が俺たちの家を潰しにかかるなら、その時こそ、俺は、家康と戦う時だと思っています」

それは清正が良しと思っても、よく思わない人がいるだろう。
側室の茶々が家康に頭を下げるなどあり得ない。
自身も、世に拘らないで清正の考え方は悪くないと思う。
思うが、関わっている人が多すぎて、全員がそれに納得しないだろう。

「大坂城で家康と一戦し、たとえ大坂で負けても肥後には俺の造った熊本城がある!豊臣の家は、俺が必ず…!」

「結局、三成同様、家康と事を構えるンじゃねえか。だったら、今、事を起こそうとしている三成の方がマシだ。時間が経つほど、家康が有利になってくンだろうしな」

「でも、現実、今、家康と戦っても勝てません!俺は、家を守るため、三成を討ち取ってでも…!」

その清正の言葉がに強く突き刺さった。
だからなの?
だから、この先、関ケ原で…。

(清正と、みっちゃんが戦ったら…きっと、今の清正じゃ…みっちゃんが…)

「そこだよ」

「は?」

「三成が「世」にこだわって「家」を見失っているように、お前も「家」にこだわって「家」を見失ってる。家康はそこがぶれてねンだ。徳川の連中は「家」を見失ってねぇ。
三成にしよ、お前にしろ家康に勝てねえ理由は、そこかな。もう一度、「家」の意味、自分自身に問い直してみな。ま、大事なモンってな、失くしてみねえとわかんねえのかもしンねえがよ」

「………」

「もっとも、どっちも「家族」の存在を忘れていやがる…そっちの方が俺には切ねえよ」

利家が深くため息を吐いた。




清正が帰ろうとしていた。
清正だって、ここにが居る事を知っているはずなのに、無視して帰るのかと思うと、自身、清正に苛立った。
それだけじゃない、清正の一言が強く突き刺さってしまって、苛立ちを通り越してしまいそうだ。

「清正」

屋敷を出た清正をは追いかけた。

「……

「私には挨拶もしてくれないんだ…」

清正は立ち止まってくれているものの、振り返らずにいる。

「そうじゃないが…顔、合わせづらいだろ?お前だって、俺が徳川に付いたのが面白くないだろうし」

「そんなのどうでもいい。どうでもいいけど、あれだけは許せない」

声が震えた。

「あれ、だけ?」

「家を守る為なら、みっちゃんを討つって…みっちゃんも、清正も「家」を守ろうとしているだけなのに…お互い、同じ目的なのに…」

、話を聞いていたのか…」

さっき利家と松の前で泣いた所為か、涙腺が緩んでいたのか、涙が簡単に零れる。

「私…徳川が勝って、豊臣が一大名で守られたとしても、そこにみっちゃんがいなきゃ、三馬鹿がそろっていなきゃ、嬉しくない!」

、俺は」

「許さないからね、もし、みっちゃんまで居なくなったら、清正のこと、絶対許さないから!」

徳川の世だろうが、どうでもいいと思ったことでも、そこに「家族」がいなきゃ、には無意味なんだ。

は清正に吐き捨てるように言い切り屋敷に駆け込んだ。
しばし、清正は立ったままだった。



一度だけ、清正は振り返るも、すでにの姿はない。
きっと室で一人泣いているだろう。

「絶対、許さないか…お前が三成の勝利を信じてやらなくてどうするんだよ、馬鹿」

のあの言い方では三成の負けだと言っているようなものだ。
だけど、同時に利家の言っていた「家族」がなんなのか気付いた。
清正は再び歩き出した。

「家族か…」

清正だって相当の覚悟を決めているのだ。
豊臣の世でなくなるのは辛い。
だけど、まだ「家」があれば、「家」が残ればやり直しできるじゃないか。
秀吉の証が残せるならばそれでいいんだ。
もし自分が利家くらい大きい存在であれば、家康と対等に戦えたのだろうか?
戦うこともなく、豊臣の世を、家を守れただろうか?
いつだったか、利家を大黒柱だと例えたことがあった。
利家が居てくれれば、何も問題はないだろうと。
だけど、利家は、大黒柱だけじゃ家はできない。土台や屋根があってこその家だと言った。

「お前、家作ンの、得意だろ?壁も柱もみんなまとめて、家作れ。何が来てもビクともしねえ、頑丈な家をな」

と。
今はどうだ?まとめて頑丈な家どころか、脆く崩れそうな家になっている。
だけど、来るところまで来てしまった今、引き返す道はない。
きっと、この先どんな風に進んでも、以前と同じような時間はやって来ないだろう。



***



何かをできる力を持たない自分。
何もできないからと嘆くだけで、相手を罵るだけで。
本当にそれでいいのか?
本当に自分には何もできないのか?
このままではいけないと感じたは、翌日とある場所へと一人で向かった。

「会いに来てくれて嬉しいよ、

「おねね様…」

「少し痩せたみたいだけど、しっかり食べているのかい?お松ちゃんの所ならば何の心配もないけど」

が訪れたのはねねの住まいだ。
元々政に口出す性格ではないねねではあったが、今回まったくと言っていいほど、ねねは表舞台に姿を見せない。
茶々の方が陣頭に立とうとするくらいで。

「なにも心配はないです。おねね様が言った通り、利家様とお松様が良くしてくださるので…」

何か自分でもできることはないか?
そう考えた時に、やはりと言うか、ねねの存在が必要だと思ったのだ。
ねねを引っ張り出せば、何か変わるのではないかと。
ただ、松が言ったように、ねねは三成、清正のどちらにも肩入れすることをしないだろう。

「おねね様…おねね様は…この先、どうしたいんですか?」

…」

ねねにもが何をしにやって来たのかわかったようで、表情が曇ってしまう。

「私は……うちの人を弔うことしかできないよ」

「今の状態じゃ、秀吉様は安心して寝られないです」

「……そうだね…」

「無理を承知でお願いします、おねね様!私、おねね様に」

の言葉を遮るように侍女が一人入って来た。
客がやって来たと伝えに来たのだ。

「今日はお客さんが多いね。誰だろう、通してちょうだい」

ねねに会いに来る人など限られると、ねねは思ったらしい。
相手を待たせるのも悪いからとねねは後の客を優先した。
ただ、はその客が来る場に同席しても良いのかと迷う。

「かまわないよ。は私の娘だもん」

ねねは笑った。
だけど、同席しない方がよかったと。
その客を見て後悔しただった。








12/08/15
19/12/30再UP