|
口閉ざす馬鹿、拗ねる馬鹿。
知らせを聞いて、逸る気持ちを抑えて駆ける。 待っていた。 ようやくこの日がやって来た。 見っとも無いとか、行儀が悪いと思われてもいい。 待遠しく毎日を過ごしていたのだから。 「おかえり!」 勢いよく障子を開けるとそこには見慣れた3人の顔が。 その声と姿に、3人は振り返った。 「ん」 「あぁ」 「よぉ!今帰ったぜぇ!」 三成、清正、正則。 3人とも出兵する前と変わらない顔だ。 3人を見て改めて安堵する。 秀吉が天下統一をなし、3人もその為に尽力した。 そしてようやく揃って再会できた。 *** 一人で留守番をしているのは寂しくもあったし、つまらなくもあった。 それが嫌で3人には「戦に連れて行って」と頼み込んだくらいだ。 行った所でなんの役に立つこともないが、3人と一緒に居たいと思ったからだ。 だけど、3人ともそれを良しとしなかった。 自分達の帰りを待っていて欲しいと。 子どもみたいな我がままだったと、後から反省する。 3人はを危険に遭わせたくなくて言ってくれていたのだから。 「そっか。北条の人たちも秀吉様に従うことになったんだ」 は3人から事の詳細を聞いた。 元々はいまだに秀吉に帰順しない北条家を従わせる為に起こした戦だった。 天下取りの為の総仕上げと言うところ。 同じ様に曖昧な態度だった奥州の伊達家であったが、この戦に遅れつつも参上し、秀吉へ帰順を申し入れた。 数でかなり勝る豊臣側であったが、北条家もあの手この手で抵抗しつつ。 結果豊臣の勝ちとなった。 かなりの抵抗だったから、一族もろとも滅亡の道を辿るのかと思われたが。 秀吉に仕える他の武将から恩情を乞われて取り潰しにはならなかったそうだ。 「すっげー気の強い女がいたよなー」 「あぁ。気が強いだけじゃない、腕前も達者だったな」 「三成はその女にしてやられたもんなぁ〜」 正則はニヤニヤと笑う。 「その女ではない。氏康の策が上だっただけだ」 三成は清正達とは別に北条の城のひとつである、忍城攻めを任されたそうだ。 だが、正則が口にした通り、苦汁を飲まされる羽目になったらしい。 「そうだなーそうとも言えるよなぁ〜」 「お前も人の事は言えないだろうが・・・その女にボッコボコにされていただろう」 「あ!清正言うなよ!!」 苦渋を飲まされたとはいえ、忍城攻めは上手く行き三成は勝利を収められたらしい。 ただ「あいつらが居たからだ」と三成にしては珍しく他人を褒めていた。 その「あいつら」が誰なのかにはわからない。 一方で清正、正則は秀吉指揮の下で小田原城の攻略に参加していた。 元々、堅固な城として有名だった小田原城だったので攻めるのにかなりの苦労があったそうだ。 そして三成が苦汁を飲まされた女性は、小田原城でも姿を見せ正則は負けてしまったらしい。 「それ、どんな人なの・・・・」 「熊のような女だと言われていたな」 「く、くま・・・」 「けど、案外お前と気が合いそうだぞ」 には筋肉モリモリのガタイのいい女性を想像してしまう。 怖い人なのかな?と思っていたが清正には気が合いそうだと言われる。 それは喜んでいいものなのだろうか? それとも清正から見れば自分もその熊のような女性と同じ部類に入るのだろうか? どこか小馬鹿にされたような感じもするが、その反応だと自分もその女性に対して失礼だと思う。 「拗ねるな。そう悪い奴じゃない」 三成が言った。 「確かに熊や猪のような行動の女だったが、中身は悪くない」 「みっちゃん・・・」 「おぉ。三成が女を褒めるなんてなぁ〜気になるのか?あの女が」 「別に褒めてなどおらん」 正則がニヤニヤと三成をからかうような目を向ける。 三成は気にもせずに正則から顔を背け、に向けた。 「清正も言ったろう?お前ならばあの姫ともすぐに打ち解けるはずだ」 「そ、そうかな」 は後頭部を掻きながらえへへと笑った。 笑ったものの、なんだか素直に笑えていないと自分でもわかった。 *** 「あれ?おねね様?」 多くの女中が働く台所にねねが居た。 「〜ちょうど良かった。あんたも手伝ってちょうだい」 「手伝う?」 台所にいるのだから、台所仕事を手伝うのだろうが。 もうねねは台所仕事をしなくてもいいはずだ。 天下人秀吉の正室ともなれば。 天下人になる以前から城でのその手の事をせずにどっしり構えておくようにとなっている。 だが今の台所に多くの女中たちの姿はない、ねね一人だ。 「そう。お弁当を作ろうと思ってね」 「お弁当ですか・・・」 久しぶりに秀吉や三成たちと外で食べようとなったらしい。 昼餉を用意しておくね。とねねは秀吉たちに伝えたようだ。 勿論も一緒だよ。とねねが言う。 「久しぶりにはりきっちゃうよ〜」 楽しそうなねねの横顔。 元々家事をするのは嫌いではないねね。 自ら動く方が好きなのだ。 だから今、とても楽しいのだろう。しかも大事な人達のために用意しているのだから。 「おねね様。何をすればいいんですか?」 も着物の袖を捲くる。 にとって秀吉夫婦は親のようなものだ。 三成たちが兄のようなもので、にとっては彼らが家族だ。 だから、久しぶりに楽しめそうな出来事にも張り切った。 *** 外で食べようと用意されたねねのお弁当。 重箱に美味しそうな料理が詰め込まれていて、早く食べたいと思える。 秀吉たちの気分を感じてくれてか、清々しい青空が広がりさらに食欲が増すようだ。 「おー美味そうだな、おねね様の弁当!」 ここで食べようと広げられたそれに正則が感嘆の声を上げる。 「久しぶりに食べたいって思ってたもんなぁ」 昔はねねの料理を食べるのが日常だった。 秀吉が上に立てば立つほどその回数が減っていった。 秀吉の天下になるのは嬉しい。三成たちもその為に頑張ってきたのだ。 だけど、同時に失っていくものもあるかと寂しい気持ちになる。 「言ってくれれば、いつでも用意するよ」 「やっり〜へへっ毎日でも頼んじまいそうだ」 ねねにしてみれば手はかかるが可愛い息子達なのだろう。 頼られると嬉しいようだ。 「も手伝ってくれたんだよ。ありがとうね、」 「い、いえ」 「食えるのか?それは」 「ひどい、清正」 は清正に向けて頬を膨らますも、互いに本気の喧嘩と言うわけでもないのですぐに笑う。 「清正にはあげないからいーもーん」 「欲しいなんて言ってねぇし」 ひょいとねねの作った玉子焼きを摘む清正。 美味しいと言って食べている。 幼子ではないのに、清正が手を出したことにずるいと声を上げて正則も食べ始める。 三成は二人みたいに競って食べることもなく、静かに太巻きの一切れを食べている。 秀吉とねねはそんな彼らの様子を目を細めて笑んでいた。 「・・・・・・」 「ん?食べないのかい?」 「え?あ、食べます、食べます」 慌てたようには箸を手にし、どれを食べようか選び始める。 「早くしないと正則に全部食べられちゃうよね〜」 「んな食い意地悪くねーぞ、俺は」 「そうかなぁ?」 正則と軽口の応酬をする。 楽しいやり取りだ。 長いこと彼らと離れていただけに余計に。 だけど、これからそう離れ離れになることはないだろうと安心はできる。 戦のない、皆が笑って暮らせる世にようやくたどり着けたのだから。 (だけど、なんだろう・・・・これ) 心にぽっかり穴が開いたような感じがする。 嬉しいはずなのに。 楽しいはずなのに。 「あぁ、そういえば」 「なんですか?」 正則から昆布巻きを横取りした。 早い者勝ちだとおどけて見せて。 そんなにねねが首を傾げた。 「確か、はお握りを用意していたと思ったんだけど・・・あれはどうしたんだい?」 「え・・・・あ・・・・・あー」 皆の前に出されているのは主にねねが作ったものばかり。 が手伝ってくれたとねねは言ったが、実際は野菜を切るとか、煮物の様子を見るなどで。 直接自分の手で何かを作ると言うものはほとんどなかった。 「おにぎり?」 は恥かしそうに舌を出した。 「うっかり忘れちゃいました。そう言えばそうでした」 「なんだよー鈍臭い奴だな、は」 「うるさい、正則」 唇を尖らせる。 「もう折角作ったものなのにしょうがないねぇ」 「本当、間抜けですね、私ってば」 じゃあ次の機会に出してもらおう。なんて秀吉が言う。 も次があるならと頑張りますと答えた。 「「・・・・・」」 三成と清正はただ黙って食べていた。 *** 夜。誰もが寝静まった時間帯。 はまだ起きていた。 「・・・・・・・・」 とある包みを抱えて池の前でしゃがみこんでいた。 傍から見れば不審者に見えるだろうが。 城の警備を行っている忍び達にはすでにその存在が見つかっているだろう。 何事も騒がれる様子がないことから、だとわかってもらえているようだ。 「はぁ・・・・」 長い沈黙のあと、ようやく出たのはため息だけ。 ため息の原因となっているのは抱えている包みなのだが。 どうすることもできないでただしゃがみこんだまま。 水面に映る月を眺めている。 「こんな遅くに何をしている。馬鹿」 背後から声が聞こえては悲鳴が出そうになるが、必死に耐えた。 「馬鹿でも薄着で居れば風邪をひくって知っているか?」 「清正・・・・」 顔を見上げれば清正が立っていた。 「馬鹿は余計だと思うんですけどねー」 「馬鹿に馬鹿って言って何が悪い?」 清正はの隣に同じようにしゃがみこんだ。 「どうしたの?清正・・・・まだ寝ないの?」 「それはこっちの台詞だ。馬鹿」 この短時間で馬鹿を連呼されまくりだ。 「昼間もなんとなく、お前の様子が可笑しいと思っていたからな・・・・案の定だ」 「・・・・・・」 「お前。おねね様に嘘を吐いただろう」 「つ、吐いてないよ・・・・・半分は・・・」 「半分ね・・・・」 清正にはばれてしまったかとは自嘲気味に呟いた。 「俺だけかどうかは知らないけどな」 「?」 「ただ。先に見つけたのは俺のようだ」 そして清正の目線はが抱える包みにあった。 「半分ついた嘘はそれか」 「・・・・・・うん」 不思議な話だが、清正には正直に話してしまう。 三成に想いを向けても、色々報われていないと愚痴ることがある。 恥かしさなどもあって、三成には言えずに清正にそのはけ口を向けてしまうからかもしれない。 「少しだけどね・・・・おにぎり。頑張って握ってみた。けど・・・」 ねね達の前ではうっかり忘れてしまったと言った。 けど、本当はわざと置いてきた。 ねねの作業を手伝ったと言っても、たいした事はしていない。 あの見事な弁当はねねが一人で作ったようなものだ。 見た目も味も、全てが完璧なもの。 もねねの料理は嫌いじゃない。寧ろ、好き嫌いなく食べるのが楽しみだと思える。 「だけど・・・・いざ、自分がやってみたら・・・すごくデキの悪いのしか作れなくて・・・・」 ただの握り飯。 人前に出すのが嫌になった。 見せれたものではないと。 きっと笑われてしまうと。 「そんなの気にすることか?」 「気になる。おねね様のすごいお料理の横に出せないもん」 三成に呆れられて、正則には笑い飛ばされてしまいそうで。 「きっと・・・清正も」 の視線は段々下に落ちていく。 「本当、馬鹿だ。お前は」 「って!?」 頭を押さえつけられているかのように、強い力で頭を撫でられた。 「貸せ」 「あ!だ、ダメ!」 清正はひょいとの手から包みを取上げる。 「清正、返して!」 「嫌だね」 清正は包みを頭上に掲げてしまう。 はなんとか取り返そうと何度も飛びあがる。 だが元々身長差があるだけに簡単に取り返せない。 「いいか、。おねね様とお前とじゃ家事の腕前に差があるなんて誰でも知っていることだ」 「そ、そうだけど・・・」 「年季と経験が違うんだ。おねね様とお前のとで見比べて笑う奴なんかいるかよ」 そう言われてもには自信がない。 ずっとねねの美味しい料理を食べていた清正に言われても。 「・・・・・」 「俺の言う事じゃ信用できないか?」 「だって。清正・・・・昼間言ったじゃん・・・・私の作ったもの、食えるのかって・・・」 「あんなの・・・その場のやり取りだろうが。いつもの、俺達の」 ただの軽口を本心だと思われる方が心外だと清正から舌打ちされた。 「だって・・・」 「ま。俺や正則はともかく・・・・お前は三成に食べてもらえないと思うのが怖いんだろ」 「・・・・・」 何度も何度も清正から包みを取り返そうと跳ねていただったが。 三成に。と言われて跳ねるのを止めて俯いてしまう。 「だったら、やっぱり・・・これはそのままにしちゃいけないんだ」 「清正?」 「何個握った?具は?」 「え、えと。3つ・・・中身はシャケと梅干し・・・昆布だったかな」 「よし」 ぐりぐりとの頭を強く撫でてから、清正は歩き出した。 「清正!」 どこへ行くのかと問うても彼は答えなかった。 仕方なくは清正の後を追った。 *** 「起きてるか、馬鹿」 「・・・・・・・・何か用か、馬鹿」 それは挨拶代わりのようなものなのだろうか? 三成の室に清正がやって来た。 その後ろにはも居て、どこが居心地悪そうにしている。 「なんだ、こんな遅くに・・・・」 「夜食食わねぇか?」 「夜食?」 確かに三成は今戦の残務処理をしていたところで寝てはいなかった。 かと言って、今何か腹に収めたいとはあまり考えていなかった。 「茶漬けくらいなら食えるだろう。つーか食え」 「なんだ、いきなり」 「清正!」 「も食え。んで、自分で確認しろ、馬鹿」 清正は火鉢に網を乗せ、その上にお握りを3つ乗せる。 少し焦げ目がついてから、持参した茶碗3つにお握りを置いていく。 仕上げにお茶をかけてできあがり。 「ほら、食え」 「あ、あぁ」 困惑気味の三成。 しかも清正もも自分達は箸をつけずに三成を凝視している。 「なんだ、いったい」 「いいから食え」 三成が食わないと二人も食わないと言うところか。 三成はお握りを箸で軽くほぐしてから、啜るように茶漬けを食べた。 「別に何も気にならないだろ?」 「?あぁ、別に・・・・ただの茶漬けではないか・・・・・何か俺に悪戯でも仕掛けたのか?」 そう問われて、実は・・・なんて返事は普通しないだろうが。 ただの茶漬けだと聞いて、清正はに「ほら見ろ」と言い自分も茶漬けをかき込んだ。 も困惑気味であったが茶漬けを口にする。 無言で3人茶漬けを食べた。 「お前・・・・食った握り飯。なんか気になったか?」 「別に。さっきも言った。ただの茶漬けだったではないか。それがどうした」 「どこかの馬鹿が。おねね様が作ったものに比べて見栄えが悪いとか、味が良くないとかグチグチしていたんだ」 「き、清正っ!」 真っ赤な顔をして清正に抗議の目を向ける。 それではどこかの馬鹿がだと言っているようなものなのに。 「あぁ・・・それでか」 三成は用意された茶漬けと、真夜中の来訪の理由がわかったようだ。 「実にくだらんな」 「みっちゃん・・・・」 「昼間さっさと出せば良いものを。青空の下で食べた方がもっと美味いと思うぞ」 「な?」 三成は別に気にもしないし、呆れてもいない。 清正はの頭を何度も撫で回した。 はようやく二人の前で自然に笑うことができた。 「なんか美味そうな匂いがするー」 室の主の返事も待たずにスッと襖が開いた。 寝ていたのだろう正則が頭を掻きながら入って来た。 そして置いてある、殻の茶碗を見て唇を尖らせた。 「なんだよ!お前らだけで美味いもん食ったんだろ!ずりーぞ!!」 「煩い馬鹿」 「寝ていたお前が悪い」 「そう言う時は起こせよー!!」 自分だけ仲間外れにされたのが面白くない正則。 どの道、お握りは3つしかなかったのだが。 「ごめん、正則!今度は一緒に食べようね」 「今度っていつだよー!」 「今度は今度。また私頑張ってお握り作るし」 「なんだよ!の手作り、お前らだけで堪能したのかよ!!」 火に油を注いだような正則の態度には面食らう。 「黙れ、馬鹿。あまり騒ぐとおねね様にお説教される」 三成が扇で正則の額を叩いた。 はまさかの正則の反応に驚きつつ、口元が緩んでいた。 (だが・・・・・まだ何か隠していそうだな・・・・・お前は・・・・) やれやれと清正はため息を吐いた。 10/01/26
19/12/30再UP
|