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野良猫娘と飼い犬男の話。
「直政!ちゃんと寝ていてって言っているでしょう!!?」 井伊家内にの怒声が響いた。 「寝ているほどでもない」 「ダメ。お医者様には安静にって言われているでしょうが」 「だが、実際俺は」 「ダメだったらダメ!!」 「お、おい。…」 女中達はその声に、あぁまたかと微笑ましく思ってしまう。 こと、この件に関しては自分達が口出す必要はないのでそっとしておく。 この手のやり取りはこの先いくらでも見られるだろうと思いながら。 【29】 予想以上の強風で倒れてきた材木からを庇った直政。 直政自身数日目覚めないでいたが、が家康の下へ行ったと知ると、無理やり体を起こし拝謁の場に乱入したのだ。 を手放したくない一心で。 結果、家康にもその想いが届き、直政もに自身の想いを改めて告げた。 そこまでは良かったのだが、やはり体に大層な負担を強いていたようで。 井伊家に戻ったと同時に、熱を出し寝込んでしまった。 自分の所為だとは責任を感じ、常に看病をしていた。 「そこまで重病人じゃないんだが」 「重病人です」 「だが、熱はもう引いた」 「痛みはまだ残っているでしょ?」 「多少の痛みぐらいなんでもない」 「………」 直政はもう寝飽きたと言って、大人しく看病されるのを嫌がった。 だが、は頑として直政を布団から出さないようにしていた。 「まったく…」 の無言に直政はため息を吐く。 仕方なくそのまま横になる直政だが、の手が直政の夜着をつまんだ。 「?」 「………口煩い小姑みたいって思うよね…」 だけど、にしてみれば直政が眠ったままの頃はとても不安で。 目覚めた直後に自分の為に無理をさせた事を悔いてしまうのだ。 「自分でもわかっているけど…直政に無理はしてほしくないし…」 は顔を俯かせてしまう。 「わかっている」 直政は体を起こしの頬に優しく触れた。 「気にするなと言っても、は気にするのだろう?お前が思うより、俺は頑丈だぞ」 頬に触れている直政の手に自分の手を重ねる。 「でも、それだけが俺の事を考えてくれているとは思っている」 「直政…」 「あと、口煩い小姑などとは思っていない。お前は俺の許婚だろう?」 「…う、うん」 許婚と言われては手を放し、赤面してしまう。 直政から嫁になってくれと言われたのだが、その直後に寝込んでしまったのでうやむやになるかと思ったが。 直政はしっかり直虎にその旨を話しており、結婚の約束をしたと言う事でを許婚という形で改めて迎い入れたのだ。 「何を照れているんだ?」 「う、煩いなぁ」 は軽く頬を膨らましそっぽを向く。 直政は笑って触れていた手で軽く抓る。 「もう!しっかり養生してよ」 「一人で寝ているだけなど飽き飽きだ」 だからもう解放されたいのだが、と直政は言うもは首を縦に振らない。 「お医者様はいいなんて言っていないもの」 「じゃあ、しばらく俺の相手をしてくれ」 「いいよ」 「よし」 直政はそのまま頭をの膝の上に乗せた。 「な、直政!?」 「いいだろ?別に」 「っ〜〜」 誰かに見られたら恥ずかしいのだが。 確かに誰かに咎められるような間柄ではなく、寧ろ誰にも文句は言われない仲なので問題はない。 恥ずかしいには変わりはないのだが。 「なんか…最近の直政は積極的だよね…」 「変に考えすぎて我慢した結果、との仲がこじれたからな」 「仲って…」 「だから我慢はしないと決めた」 「………」 「なんだ?不服か?」 「不服とかじゃなくて…その辺いまだに信じられない。どうしたら直政が私をって…」 最初の印象がお互い悪かっただけに。 は自分が変わる事のできたきっかけを直政に貰えたお蔭もあって、自然と直政に惹かれていたが。 直政はどうなのだろうか? ここに来て、急に嫁になってくれなどと言われたが。 「私なんかをさ…」 「、お前は〜」 直政の手が伸び、の鼻先をキュッと摘まんだ。 「直政!?」 「確かに、今までを思えば、俺はへの気持ちを一切口にはしていないからな…けど、私なんか。などと言わないでくれ。俺は躓いても前向きに進むお前が好きだ」 下から向けられる直政の優しい視線には嬉しくなる。 「家族のように、とか、妹みたいだ。などと思っていたが、思うようにしていただけかもしれない。俺にとってはとても大事に思う。そばに居てほしいと願った存在だ」 家族の様にと思っていたのはも同じだ。 けど、気づけば直政にそれ以上の想いを抱いていたのだから。 まさか直政も同じだったとは。 けど、同時に以前竜吉に言われたことを思い出した。 「私なんか助けることないのに」 「そりゃあ、言っちゃいけない言葉だ。直政様が聞いたら悲しむよ」 「先日、俺がちゃんと話をしているのを直政様は、とても心配そうに見ていた。 だから、今もちゃんが危ないって思ったら体が動いたのだろうさ。理由はどうあれ、直政様にとっちゃ、あんたは大事な子なんだよ」 と。 今、直政が言ってくれた言葉は竜吉が言ってくれた事と同じだなと。 「?」 同じだと思うと、自然と笑みがこぼれてしまった。 「それね…直政が私を庇ってくれた時に、竜吉さんにも言われた。私なんかって言っちゃいけないって。直政は私の事を大事にしてくれているんだって」 「………」 「ん?え?直政?」 直政は体を起こした。 「その、竜吉殿がにとって、いい友人だとしても」 「うん?」 「俺の前で、他の男の事を嬉しそうに話すな」 「別に、竜吉さんが言ってくれたから嬉しそうにしていたわけじゃないし…竜吉さんはお多恵ちゃんの許婚だって前にも話したじゃん」 「あ…いや…」 「嬉しかったのは、直政が私の事をちゃんと想ってくれたんだなって…」 「す、すまん。俺は単に…」 「ヤキモチ妬いてくれたのかなぁ?って思うと嬉しいけどね」 「………」 直政は無言で布団を頭からかぶってしまった。 「直政〜?」 「寝る」 恥ずかしいのだろうか?珍しい直政が見られたとは笑ってしまう。 寝ると言うならば、からすれば養生してもらえるのだろうと思い、室を出る事にした。 ゆっくり休んでもらいたいのがが一番思うことだから。 「じゃ、直政。ゆっくり寝ていてね」 立ち上がろうとしただったが。 「そばに居ないと出歩くぞ、俺は」 「直政…」 包まっている布団の中からそんな直政の声がした。 どこのお子様だと思うが、今だけだろうと思ったから、は改めて腰を下ろしたのだった。 それから数日経ったある日。 は改めて家康の下へ向かった。 京へ行く件を破棄させてしまったことで、改めて家康に詫びを入れに行ったのだ。 だが、家康自身はすでに良いと言ったことなので、気にするなとに言った。 その後、その話がどうなったのかとしては気になる所だったが。 「美代様…」 その話は意外な所から聞けた。 「こんにちは、ちゃん」 家康の養女の美代。 家康の薦めで直政と見合いをしたと言う話だったが。 結果的にそれも破棄させてしまったとは気づいた。 そう思うと、今美代に会うのはとても辛い。 謝っても済む話ではないから。 「あ、あの美代様、私…」 「あなたがそんな顔をする必要はないのよ?」 「え?」 「だって、私は直政様にすでに振られていたのだから」 それは知らなかった。 「見合いだと言って会ったその日に、直政様にはその気はないようで、あっさり振られたのよ。それを私が押しかけていただけ」 「………」 「直政様に何度かご相談されて、あなたを京へ行かせるようにしたのだけど。失敗しちゃったわ」 二人の仲は上手くいっていると思っていただけに、美代からの告白には言葉が出なかった。 「でも、わかるでしょ?直政様は家康様の家臣の中でも将来的にも有力な方。その方を射止めたいと思うのは。だからあなたを蹴落としたいと思っていたのよ」 だから、美代にしてみればは邪魔な存在だった。 京へ行く話も、が選ばれたことは美代にとってはいい事だったのだが。 直政の行動が予想外な結果を起こし、結果的にに負けてしまったのだと言う。 「いいお姉さんでいたかったけど、まぁそんなものよね」 「美代様…」 「良かったわね。直政様のおそばに居られて」 強がりじゃなくて、嫌味よ。と美代に言われてしまう。 だけど、そうでもしないと美代の矜持を傷つけてしまうのだろう。 からは何も言えなかった。 「その分。私が京へ行くことにしたわ。徳川家の者として」 「………」 「勘違いしないでね。家康様から言われたのではなく、私自身がそう申し出たのよ。太閤殿下に恩を売り、徳川家の忠誠心を見せないとね」 私にはそれだけの事ができる。と美代は言い切りを見ないでその場を去ってしまった。 (好かれてはいないだろうなって思ったけど…面と向かって言われると結構厳しいなぁ…) いや、会えて言わずに居ても良かったはずなのに。 わざわざ告げてくるのは意味はあったのだろうか? 美代の考えなどにはわからないし。 結果的に、直政が受け入れてくれたのはだから。 (今後も…あーゆー人が出て来たりするのかなぁ…) 一応直政の許婚と言う立場なのだが。 直政が他の女性を連れてくれば揉めたりするのだろうか? 側室をこさえるなどよくある話なのだから。 (まだ結婚したわけじゃないのに…そんな事を考えてもね…) でも。 (私だって、負けるものか!) 以前の自分ならば諦めてしまいそうだが。 もう諦めない。 直政も言ってくれた。 「俺は躓いても前向きに進むお前が好きだ」 と。 自分を卑下するのは良くない。 少なくとも、直政は自分を好いてくれているのだから。 18/07/08
19/12/29再UP
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