野良猫娘と飼い犬男の話。



ドリーム小説
何が起こったのだろうか?
体にぶつかった何か。

「お嬢さん!危ないよ!!」

聞こえた悲鳴に似た声。
同時に沸き上がった周囲からの悲鳴。

「え?」

立ち止まって見上げた瞬間倒れてきた何か。

!」

あぁ、そう言えば。
美代が言っていた。

「風が強くなってきたから、そろそろ屋敷へ戻るところだったの」

今の時期には珍しい強風が吹いていて。
美代と立ち話をしている時も、お互い、風から顔を背ける様にしていた。
その強風が、何かを倒し。
倒れてきた何かがに向かって来たのか。

あぁ、これは…。
と思ったときには、直政の声が聞こえ、同時に体に強い衝撃が当たったのだった。





【26】





「た、大変だ!!」

「急いで!!早くどかすんだ!!」

起きた出来事に、周囲の人々が慌て叫ぶ。
色んな声が混ざり聞こえる中、はゆっくり目を開けた。
だが、変だ。
自分は何かの下敷きになってしまったのだろうと思っていたのに。
思うほど体に痛みはない。

「だい、じょうぶか、…」

「………」

ぼんやりとした意識の中、聞こえた直政の声。
すぐ目の前に直政の顔があった。

「なおまさ…?」

「間に合って、よかった。お前に怪我がないなら…」

「直政!?」

直政が体を張ってを助けたのだ。
ただ、直政の方が倒れてきたものを受け止めてしまった。

「直政!なんで、なんで!?」

「理由、など、あるか…」

「やだ、やだ!!私なんか助けないでよ!!」

「そんなこと、言う、な…」

二人の会話が聞こえたのだろう、周囲の人たちが急げ!と騒ぎものをどかす。
それがわかると、は余計に焦る。
早く。
早く直政を助けて。

「二人とも大丈夫か!!?」

ようやく明るくなった。
直政はに覆いかぶさるように、体を張ってくれていたのだとわかる。
は直政を抱きとめるように体を起こす。

「お願いします!早く、お医者様を!直政を助けて!!」

「……」

「こりゃ、いけねぇ!頑張ってくだせぇ」

人々が傷ついた男が直政だと知り、急いで助け出してくれた。
直政を井伊家へ運び、医者を井伊家に向かわせ、せっせと動いてくれる。
運ばれた直政をは見送り、その場を見渡す。
強風で倒れてきたのは、材木だったようで。
普段から立てかけてあったのだが、今日の風は強すぎで、倒れそうになるのがわかって。
急いで倒れないように、移動やら、固定やら処置をしようとしていた矢先に、事故は起こってしまったらしい。

(なんで…助けるのよ…私なんか…)

慌ただしく動く人たちを見ながらはそんな事を思う。
にあった衝撃は、直政が倒れてきた材木からを庇うのに、勢いで地面に倒れたことで。
怪我はなかった。
多少の擦り傷などはあったが。

ちゃん!」

多恵と竜吉がともに、の姿を見て駆け寄って来た。

「多恵ちゃん…竜吉さん…」

「びっくりしたわ。何か騒ぎがあったから覗きに来れば」

「多恵ちゃん、私の所為で、直政が…」

グッと拳を握る

ちゃんの怪我はないのかい?」

竜吉に言われては頷く。

「じゃあ、ほら。お屋敷に戻らないと。直政様が心配でしょう?」

はかぶりを振る。

ちゃん?」

「帰れないよ…私、直政の事…怪我させて、その前も直政から逃げ出して…」

直政だけでなく、直虎に顔を合わせられないと両手で顔を覆い、何度もかぶりを振った。

「けど、ちゃん」

「私なんか助けることないのに」

「そりゃあ、言っちゃいけない言葉だ。直政様が聞いたら悲しむよ」

竜吉がの肩に手を置いた。

「先日、俺がちゃんと話をしているのを直政様は、とても心配そうに見ていた。
だから、今もちゃんが危ないって思ったら体が動いたのだろうさ。理由はどうあれ、直政様にとっちゃ、あんたは大事な子なんだよ」

「………」

「あとね。私なんか。って言葉も良くないな。誰もあんたを卑下するような事言っていないし、思ってもいないさ」

「ほら。ちゃん。お屋敷に帰りましょう。きっと皆さん心配しているわ」

帰り辛いならば、近くまではついていってあげる。
多恵がそう言うので、二人に甘えた。
本当にこのまま帰っても大丈夫なのだろうか?
大事な大事な井伊家の跡取り息子。家康にとっても期待を向ける有望な家臣。
そんな人を自分の些細な感情で怪我をさせてしまった。
直虎にも、家康にも会わせる顔などないのに。





直政との間に何かあったようだ。
出ていくを、直政が追った。
さてどうしたものか?と直虎が思っていると、慌てて直虎を呼ぶ声がした。

「どうしましたか?」

「な、直政様が!」

傷ついた直政を町の人達が運んできたのだ。
医者も呼びに行ってくれていたので、診察の手間もかからずに済んだ。

「何があったのですか?」

運んでくれた人達に話を聞き、事の顛末を聞き直虎は顔を青くしてしまう。

「そ、それで…さんは?」

「お怪我はないようですが…あぁ、そう言えば。どうしているのやら」

一緒には来なかった。
ただ、彼女も必死で直政を助けてくれと叫んでいたと。

「私が捜してきます」

竹が表に出ていくが、そう時間はかからず戻って来た。

さん!」

竹が外に出ると、友人に付き添われていたがいたそうだ。

さん、あなたは大丈夫なのですか?怪我は?どこか痛いところはありませんか?」

直虎はの体のあちこちを確かめる様に触れる。
だが、からの返事はない。

さん?」

「……めん、なさい」

「?」

「ごめんなさい。直虎様…私の所為で、直政が…」

「心配することはないですよ。あの子は強い子です。さんが無事で良かった」

「良くないです!私の所為で、直政が怪我をして…私の事なんて放っておけばいいのに」

「叱ってほしいのですね。さんは」

直虎はギュッとを抱きしめた。

「でも、叱る理由が私にはないです。誰の所為でもないです。突然の強風なんて、どうにもできないじゃないですか」

材木の所有者も、それらが倒れるとは思わなかったほどの強風だったのだ。
だが、管理が甘いとするならば、そちらの問題で。
を叱る理由にはならないと直虎は言う。

「で、でも」

「では、聞かせてくれますか?さんが虎松から逃げようとした原因を」

「………」

「直虎様…私…」

は直虎の背に手を伸ばした。
今まで悔やむ顔ばかりだっただが、話始めると耐えていたのか切れたのかすすり泣く声も交じるようになった。





医者の診たてでは、頭は切ってしまっているものの、そこの心配はないそうだ。
ただ、背中で受けた大量の材木の圧が相当ではあったようだ。
潰されても可笑しくない所を、に被害が出ないように受け止めていたのだから医者からすれば奇跡に等しいと。
しばらくは起き上がれないだろうから、できるだけ安静にと言われた。

「直政…」

寝ている直政の側で、が静かに見守っている。
直虎に話したことで、今度こそ直虎に叱られるかと思ったが、彼女は「虎松もしょうがないですね」と苦笑交じりで言った。

「本音を言えば、私は嬉しいです。さんが虎松に向けてくれている想いを思えば」

「で、でも」

「井伊家の為を思っての行動よりも、さん自身の本当の気持ちを向けてほしかったです」

「私の、本当の気持ち…でも、それは」

直虎は笑う。

「さっきから、でも。ばっかりですね。虎松にも問題はありますが、さんにもあります。黙ったままで相手に気持ちが伝わるなんてことはないのですよ?」

直虎はの手を取る。

「虎松もさんも素直じゃないですから。母としては心配です」

「直虎様…」

「喧嘩ばかりよりはいいでしょうが。さん、虎松とちゃんとお話ししてください。その時どんな結果になるかはわかりませんが。私はそれをちゃんと見届けますから」

康政にも言われた。
直政とちゃんと話をした方がいいと。
するつもりであったが、自分の感情を爆発させてしまい、結果直政から逃げてしまった。
直虎は、に自分の気持ちをしっかり直政に伝えろ。そう言いたいのだと思う。
正直迷う。
直政の気持ちは美代に向いているのだろうって。
だったら、妹分のままでいたかった。

(それすらも、自分で壊したのだろうけど…)

寝ている直政の額にじんわりと汗がにじむ。
はそれを優しく拭う。

(自分の気持ちよりも…今は、直政にちゃんと謝らないと)

だから、早く目覚めてほしい。
そう願うのに、直政は中々目覚めなかった。





罰が当たったのだろうか?と思ってしまう。
一晩経っても直政は目覚めない。
頭は大丈夫だと医者は言っていたが、本当にそうだろうか?
このまま直政が目覚めなかったからと不安でしょうがない。
は寝ずに直政の看病をしていたが、昼間になって家康の使いがやって来た。
家康に呼ばれたのならば行かねばならない。
少しだけ使いの人に待ってもらい、は寝ている直政に話かけた。

「直政。ごめんね。怪我なんかさせちゃって。私が全部悪いのに」

そっと直政の手を取る。

「なんて言っていいかわからないけど。私は直政の家族になりたかったの。
なれて嬉しかったのに。きっとその中でも直政の一番になれたらいいなって。
だから、直政にお嫁さんが来るってわかったら、一番になれないなら笑って家族のままで離れてしまおうって思ったんだ」

寝ている直政に言うのはズルいとは思ったけど。
ここで全て吐き出して、家康の下へ行こうと決めたから。
多分家康からの呼び出しは、京へ行くことの関係だろう。

「でもね。実際、良い子でいられなくて…結局、直政がしてくれたことに対して嫌な態度をとっちゃって。本当ごめんね、可愛げなくて」

優しく直政の手を包めば、彼の温かみを感じる。
目覚めないけど、ちゃんと直政は生きている事を感じられる。

「直政。大好き」

少しだけ握る手を強める。

「嫌いなんて言ったけど、本当は直政が大好きなの。
けど、素直になれない自分が大嫌いなのは本当かな…最初から素直にならないで、一人でうじうじしていたから。そんな私は大嫌い」

けど、もしかしたら。

「京に行けば、少しは変わる事ができるかな?ね、直政にも応援してもらえたら嬉しいよ」

もう、京へ行くのは確定だろうから。
直政の手を布団へと戻す。

「綺麗ごとかな、これって。じゃあ、ちょっと家康様の所に行ってくるから」

はそう言って、立ち上がり室を出た。








18/02/18
19/12/29再UP