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野良猫娘と飼い犬男の話。
これからの事を考えよう。 家康から京の都へ行かないか?と言われた。 理由は、秀吉が保護する茶々姫の侍女を探しており、にどうだろうか?と思ったからだそうだ。 今のならば、外に出せると家康は判断したと思う。 その家康は最近養女を得たらしい。 どんな人なのかわからないが、その人と直政が一緒に居た。 どうやら直政に引き合わせるのが目的で。 引き合わせる理由などひとつのはず。 近い将来、その養女を直政に嫁がせるのだろう。 答えはあっという間に出た。 直政に家康の娘が嫁げば、政治的にも世間的にも安泰。 直政は家康に認められているわけだし、家康と縁を結べば直政の地位も井伊家も安泰だ。 が井伊家を出れば、井伊家には問題などないだろうから、特に。 自身も、今天下を手中に治めていると言っても過言ではない男。 秀吉が保護する姫の侍女になれるならば、就職的な意味で超が付くほどいい場所だろう。 あぁ、そうだ。 これがきっと丸く収まる「これから」なのだ。 【23】 家康にはすぐに返事は出さずとも良いと言われた。 だけど、には気づいてしまった事で、返事を遅らせる方が嫌だった。 さっさと片付けて、さっさと次へ進みたい。 そんな気がする。 だが、結局。 この日家康にそれを伝える事はできないまま井伊家に戻って来た。 (井伊家は確かに居心地がいい。それが嫌で離れたくないと言えば、理由にもなるだろうけど…そんな事って言われてしまいそうだし…) 何より、それでは井伊家の、直虎、直政の顔に泥を塗るような真似にならないだろうか? 言い方を変えれば、井伊家に居るのは楽だから。 そういう事だろう? (世間的には…私の年頃だったら、普通にどこか嫁いでいるのだろうなぁ) それを思えば、まだ侍女として働き口を紹介されたのはいい方だろう。 もしかしたら、どこぞの家に嫁がされる可能性もあるわけだし。 (ま…私みたいのが…ってのはないと思うけど…) 茶々姫ってあれだろう? 織田信長の妹市と浅井長政の娘。 信長の姪だと思うと、秀吉が意識して保護するのも頷ける。 大事なお姫様に、教養もない自分が侍女として仕えるのはどうなのだろうか? 「どうかしましたか?さん」 「あ。直虎様」 「ずっと難しい顔をしていましたけど…」 直虎がの隣に腰を下ろした。 「えと……あの話なんですが…家康様からの…」 「あぁ、はい。それがどうかしましたか?」 「私…行くことに拒否はないのですが…」 「ええ!?ないのですか!!?」 直虎が腰を浮かし驚いた。 その反応にはも驚く。 「え?だって…家康様直々の話だし…働き口としてはすごいところだろうから…」 「そ、そうなのですが…」 直虎がシュンと項垂れるのでは瞠目する。 「直虎様…賛成してくれるかと思ったんですけど…」 「あ、ああ!えと…た、確かに…とても良い話だと思います!すごい話です!!」 直虎は浮かせた腰を戻し、両手で拳を握る。 だが、一瞬で、拳は弱弱しく降ろされる。 「ですが…さんが遠くへ行ってしまうのは…私は…寂しいなぁって…」 「直虎様…」 「あ、あああ〜さんの今後を思うなら、喜んで見送るべきですよね!その意思も尊重しないと!」 まさかの反応だと思った。 割とあっさり賛成されると思っていたから。 「そ、そう思われているのは、ちょっと心外です」 直虎は困惑そうな顔をした。 「私はさんを虎松と同じように、自分の子だと思っています。井伊家の子です。だから、子の独り立ちは嬉しくも思いますが、同時に寂しくも思います」 「直虎様…ありがとう、ございます」 きっとこうだろうと決めつけていた自分を恥じた。 井伊家にとって、自分はただの居候だと。 けど、直虎から家族だと認めて貰えるのは嬉しい。 あぁ、そうか。 以前、直政も言っていた。 自分がいつかは井伊家を出るだろうから、もう少しだけ居させてくれと言ってしまったとき。 「義母上が聞いたら悲しむ」 「けど、義母上はきっと。の意思を尊重なさるはずだ」 と。 が決めた事ならば、直虎は反対しない。けど、それは表面上の話で。 内面では、嬉しさよりも寂しさ、悲しさの方が上なのだと。 「わ、私も…本当は…ここを出たくないです」 「だったら、いいんですよ?いつまででも居てくれて。その方が」 「でも、そんなに甘えてばかりいられないじゃないですか。これはこれで楽ですけど、多分、このままは駄目なのだろうなって思うから」 「さん…」 違う。 一瞬、本音を隠した。 井伊家を出たくないのは本当の気持ち。 だけど、出たくない理由を隠した。 本音は、直政のそばに居たい。 できれば、ずっと居たい。 けど、直政に家康の養女が嫁いで来たら。 家族だと思われても、自分がきっとそれに満足できない。 表面上はいい顔しても、心の奥で、きっと、その人の事を妬んでしまう。 想いを伝える事ができないから、きっと、醜く。 「そ、それで。さんが悩んでいた事とは?行くことが嫌でなければ、何か気になる事が?」 暗い感情に飲まれそうになったが、直虎の声で留まった。 「あ。はい。その…ようは、お姫様のお世話をする人って事ですよね?」 「はい。そうなりますね。けど、全く一人もいないわけではないでしょうから、どんなお仕事になるのかは、わかりませんけど」 「あぁ、そうですよね。侍女の中でも役割があるんですよね」 たった一人のお付きなんてのはないだろう。 「ですが、基本は身の回りのお世話をし、その方が外出なさる場合も同行しますよ」 「お竹さん達とはまた違うんですね」 「はい、お竹さん達は女中であって、台所のこと、掃除などをしてくださいますが、私達の身の回りの事はしませんから」 これが、先ほどの茶々姫や家康のような大名など身分が高い者となれば、侍女のようなお世話人がつくのだ。 「…じゃあ、やっぱり、今の私じゃ勉強不足ですね。知らないことが多すぎます。だから、話を受けるならば、教養がないと…家康様だけでなく、井伊家にも恥をかかせてしまいます」 「それが、さんが悩んでいた事ですか」 「はい。今のまま向こうに行っても、色々やらかしてしまいそうなので」 はへらっと笑う。 特に京の都となれば、礼儀作法も煩そうだと思った。 「ま、まぁ…私も詳しいわけではないので…さんに教えてあげられることはないような…」 「そうなんですか?」 「あは、そ、そうなのですよ」 井伊家も武家だとはいえ、どちらかと言えば、地方の豪族のようなものだった。 「そうですねぇ。どうしましょうか…どなたかに教わる事ができれば良いのでしょうが…」 直虎も首を傾げ考える。 二人でしばし考え込んでしまった。 「という事で。身近で頼れるのが静様だけなので、色々教えてください」 「「………」」 は康政の屋敷に居た。 事の詳細をすべて康政夫妻に話した。 なんとなく、身近な所で康政の妻。静ならば色々躾て、いや教養を学べそうだと思ったのだ。 言われた二人はしばし黙ってしまった。 「の、野良猫娘…その話は本当なのか?」 「はい。先日家康様からどうか?と言われて」 「それで、殿は京へ行くつもりなのですか?」 「はい。一応」 「お、お前。直政はどうする?直政はこの事」 「……直政には話していないです」 「だろうな…聞けば騒ぎそうだ…」 まだ直政が知らないと言うだけで、康政は安堵した。 「あ。まだ決定じゃないですよ?だけど、決定してからよりも、前もって学んでおいた方がいいだろうなって。この先それが無駄になるわけでもないですし」 康政は腕を組む。 「まぁ、確かにな…どこでそれが必要になるかはわからんしな」 そこで、妻の顔を窺う。 静も困惑した様子を見せたが、すぐさま姿勢を正す。 「わかりました。私で良ければお教えいたしましょう。ただ、私もそれほど詳しいわけではありませんよ?」 「はい!ありがとうございます」 は夫妻に深々と頭を下げた。 その姿に夫妻はただ苦笑するだけだった。 その日、は廊下を歩いていた。 静の都合の良い日に、彼女から礼儀作法を教わっている。 今日もこの後行く予定だ。 「」 直政に呼ばれた。 は振り返る。 「最近どこに行っている。留守にしている事が多いな」 「まぁ、ちょっとね」 「隠すような事か?」 「なに、それ」 確かに康政の屋敷へ行く日が多いため、直政と一緒に過ごす時間は減った。 あぁ、そう言えば直政にはまだ話していなかった。 「隠しているつもりはなかったけど。単に静様に礼儀作法を教わっているだけだよ」 「静殿?礼儀作法?」 「そ。礼儀作法。私、知らない事の方が多いから学んでおいて損はないなって。 ほら、この先どこか行くことになった時に、無知のままだと井伊家に泥を塗る事になるし」 これは嘘ではない。 礼儀作法を覚えるのに、損な事などないのだ。 「あ、あぁ、まぁ…」 「井伊家にお客様が来られることだってあるんだから、不作法しては不味いでしょ?」 は腰に手を当て、にっこり笑う。 「前に直政だって言ったじゃない。まだ他所に出せるものではないって。このままだと井伊家の恥になるって。そうならないようにしっかり勉強しているわけ」 偉いでしょ? そう言ってみる。 だけど、どこか直政は微妙な顔をしている。 「直政?」 「あ、あぁ…いや…」 普段不在の理由。 静に礼儀作法を習う為。 嘘ではない。 嘘ではないが。 未だに言えない。 京へ行くかもしれないという事を。 直虎は手放しで喜んでくれると思ったが、案外そうでもなかった。 だけど、最終的にはの意思を尊重してくれると言った。 じゃあ、直政は? 直政はどういう反応をしてくれる? 家康からの話だ。 喜ばしい事だと喜んでくれる? もし。 もしも、直政が反対してくれたら…。 反対、してくれたならば、きっと、自分は…。 (ないない。家康様から命じられれば、直政は断るわけないし) 早く家康に返事をしてしまえば。 決定されれば、気持ちが揺れる事もないのに。 「さ。そう言うわけで、私は暇じゃないの。習い事以外にも、ちゃんとここでの仕事もしないとね」 「」 「とりあえず。玄関前掃いてくるね〜」 それが終わったら、康政の屋敷へ行こう。 そう決めた。 竹箒で玄関前を掃いていると。 「ごめんください」 手を止め、振り返れば綺麗な女性が立っていた。 「はい」 「この屋敷の女中さんかしら?」 「え?あ……」 まぁ、誰だってそう思うだろうな。 やっている事は間違っていないし、否定するのも何か変だと思いそのまま流した。 「お客様ですか?直虎様、直政、さま、どちらかへの御用ですか?」 「近くまで来たものですから。直政様は御在宅でしょうか?」 「はい。少々お待ちください。今、お取次ぎをいたしますので。あ、中でお待ちください」 なんとなく、あぁ、この人はと、わかった。 あの日、直政と一緒に居た人だ。 なんだか、急に現実に戻された。 女性を客室へ案内し、は直政を呼びに行く。 「直政様。お客様ですよ」 「な、なんだ。その呼び方は」 「ん?女中さんとして呼びに来ただけだし。いいから、お客さんだよ、綺麗なお姉さん」 「………」 直政は反応が悪い。 中に案内してしまったが、これは駄目だったのだろうか? 普段ならば竹達が応対してくれるが、玄関前に居たのは自分だけだったのでよくわからない。 「直政?」 「わかった。今行く」 直政は室を出る。 は台所へ向かい、茶の用意をする。 「失礼します」 はできるだけ粗相はしないようにと、直政と女性の前に茶を出した。 「ありがとう」 女性は笑顔を向ける。 「可愛らしい女中さんですね」 嫌味なのかそうでないのかわからないが、は女性に軽く頭を下げる。 女中ならば、いちいち返事はしないだろう。 だが。 「違いますよ。これはうちの者です」 「え?」 「井伊家の者、俺の家族です。女中ではないので」 直政が否定した。 「まぁ。失礼をいたしました」 「い、いえ。えと…そう見えても可笑しくないですから」 返って女性に恥をかかせてしまったのではないか?と思い焦ってしまう。 だったらそのまま流してしまった方が楽なのに。 「。こちらは美代殿と言って」 「直政様とお見合いをさせていただきましたの」 「美代殿」 「お見合い…ですか」 知っていたけどね。とさほど驚きはしない。 やはり、あの時引き合わされていたのはそう言う理由かと納得はした。 家康が部下に養女とはいえ、自分の娘を家臣に嫁がせる。なんてことは、大層重要なことだろう。 「あの日、あまりお話ができなかったので、またお話できればと」 だから、直政に会いに来たのだと。 中々行動的な人だ。 自分とは違う。見た目でも自信に満ちているようだ。 「そうですか。ごゆっくりどうぞ」 は立ち上がる。 「」 「さっき話した通り、ちょうど静様の所へ行く時間だから。いってきます」 「あ、あぁ。気をつけて…」 は今一度美代に頭を下げ、室を出た。 何を期待したのだろうか? もうどうにもならない事だ。 それに、直政は何故話してくれなかったのだろう? あの日、あの時、同じ場所に居たのに。 「早く、一人前にならないと!」 あの人、美代ならば。 直政の事を、井伊家の事をしっかり支えるいい奥さんになるのだろうなって。 なんとなく思ってしまった。 17/08/27
19/12/29再UP
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