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野良猫娘と飼い犬男の話。
中々、以前のように直政と接する事ができない。 直政は忙しいから。 などと理由を作るが、そんなのは嘘だ。 自分が、直政に近づこうとしていないだけなのだ。 答えは簡単。 単純に。 恥ずかしいから。 ただ、それだけだ。 でも、そんな事をいつまでも続けていると、勘違いされてしまうかもしれない。 できるだけ意識しないように。 なんとかしないと…。 【22】 「」 「おはよう、直政」 「あぁ、おはよう」 直政が九州へ行く前までは、なんてことなかったのに。 離れていた間に色々考えてしまって、直政に対して微妙に緊張をしてしまう。 なので、直政と一緒にいる時間が減り、そうしてしまった自分に対し自己嫌悪に陥ってしまった。 「。どうかしたのか?」 「な、何が?」 「いや…なんとなくだが…」 直政にはがいつもと違うと感じたのだろうか? 「また熱でもあるわけじゃないだろうな」 「またって…」 そんなに病弱ではないし、確かに以前風邪の引き始めに少しばかり無理をして寝込む羽目になったのだが。 なんでもない。と答えようとする前に直政の手が伸びて来た。 「っ!!?」 「熱は…少しあるみたいだが」 直政がの額に手を当てた。 「な、ないよ!熱なんて!!」 「だが、熱いぞ」 「そ、それは」 直政が急に触れるからだろう!? そう言いたくなるも、それがなぜ?と逆に聞かれてもも困る。 「。具合が悪いなら無理をするな」 「だ、だから。どこも悪くないってば!!」 「!」 直政を押しのけるようにして、は小走りでその場から逃げた。 どうにもこうにも、二人きりになると調子が狂う。 このままでは駄目だとわかっているのに。 どうしたものかと頭を悩ませてしまうだった。 「それは、まぁ…ちゃんが直政様を異性として意識しているからだろう?しょうがないんじゃないか?」 「い、意識ぃ?」 「いや、話を聞くと誰だってそう思うが…」 は珍しい場所にいた。 珍しいと言うか、多恵がそこに居ると聞いたので、足を運んだのだ。 「なぁ、多恵。そう思わないか?」 「そうねぇ。竜吉ちゃんが聞いてもそう思うんだから、そうじゃないの?」 と多恵はくすくすと笑う。 が今居るのは、竜吉の実家でもある飯屋。 忙しい昼飯時もすぎ、一段落したところ。 多恵は少し前から飯屋の手伝いをしていた。 「ちゃんはあまり男性慣れしていないから、ちょっとでも押されるとどうしてよいかわからず慌ててしまうのだろうな」 「竜吉さん、私の事そんなに知らないのに!?」 「それは多恵から色々聞くからなぁ」 「お多恵ちゃん!」 「私は友達の話を普通にしただけだもの」 ちっとも悪びれる様子もない多恵だが、多恵ならば仕方ないと思えなくもない。 だが、確かに竜吉が言うように、は男性との付き合いがほぼ皆無だから。 康政や忠勝と言った人物もいるが、結果的に二人は妻帯者であり。 どちらかと言えば、保護者のような顔が強い。 同年代の男子と接触する事がほぼないのだ。 しかも、一度賊によって殺されかけるという怖い目に遭っているだけに。 「だから、余計に直政様に惹かれたんじゃないの?」 「え?」 「直政様はちゃんをとても大事にしてくれるんだもん。ちゃんを守って、傷つけるような事はしない方でしょ?」 だから、余計に異性を感じるのではないか?そう多恵は言いたいらしい。 「け、けど!竜吉さんだって男性だよ?私、直政と変わらないように接しているよ」 「それは、俺があんたにとって安全だと安心しているからだろ?俺は多恵の許婚だから」 「あ…」 確かに、二人がすでに結婚を誓い合った仲だと知っているから。 何か過ちが起こることも考えていない。 これで竜吉がに手を出したら、まず人間性を疑ってしまう。 「も、もうこの話はいいよ」 「自分から切り出しておいて?」 「多恵ちゃん、お願い!」 しょうがないわね。と多恵は笑う。 竜吉とは多恵を通じて出会えたのだが、同年代という事もあり。 身近に感じられるようだ。 にしてみれば、友達と呼べる人達があまり多くいないのが現状なので。 「だけど、最近よく耳にするよ、直政様のことをさ」 「え?」 飯屋という商売上、人々が色んな話をするのが聞こえてくるそうだ。 それを竜吉が意見することはないし、人様にさらに広げるような真似はしないが。 「家康様から一番期待されている方だと。近々、直政様に奥方ができるんじゃないかって」 「………」 「ちょっと竜吉ちゃん!」 「あ。悪い。深い意味はないよ、そう言う噂があるってだけで。まぁ庶民の噂なんて適当もいいところだろう?」 はかぶりを振る。 「ううん。それは私もずっと気になっていたから。だから…このままじゃって」 は力なく笑う。 いつかも考えていたことだ。 そのうち直政に嫁が来るだろうと。 自分は井伊家のただの居候。直虎も直政も家族と認めてくれるが、それ以上はないだろうと。 いつか来る嫁が、自分という存在を思えばこの先いない方が良いと。 「それがわからないのだけど」 多恵が首を傾げる。 「なんで、そのお嫁さんがちゃんだとは思わないの?」 「な、なんでって、だって、私なんかが、井伊家の嫁になれるはずないし…ただの居候だよ?」 「自信がないの?」 「自信なんて…最初から、ないよ。それに…直政は、私の事…妹みたいだって…」 多恵が嘆息し、の背中を叩いた。 「った!多恵ちゃん?」 「妹みたい。ってそれが何?私だって、ずっと竜吉ちゃんに妹みたいな扱いされて来たわよ」 「おいおい。言うなよ」 自分もそうだと多恵は言い切る。 言われた竜吉は頭を掻いた。 「だから、今はそうでもこれから先は変わるかもしれないわよ。それはちゃん次第だと思うわけ!」 「多恵ちゃん…」 「もう、こんな可愛いちゃんを放っておく直政様が悪い!」 私の友達を馬鹿にしないで。多恵がそんな風に言うので、は一瞬呆気にとられるも、すぐさま笑った。 「ありがとう、多恵ちゃん」 多恵の言葉で、少しだけ不安が消えた。 これから先はいくらでも変わるかもしれない。 自分次第ならば、なんとか変えられるかもしれない。 (少しだけ、自信持ってみようかな) こうして背中を押してくれる友達がいるのは嬉しくありがたいものだ。 それから数日後。 「え?家康様が?」 「はい。久しぶりにさんの顔を見たいとおっしゃられて」 直虎から家康との面談を知らされた。 「家康様もさんの事をずっと気にかけておられましたから。虎松から話を聞いていたようですが」 「………」 「急な話になりますが、大丈夫ですか?さん。家康様に会っていただけますか?」 向こうが言えば、即決な事なのに。 直虎はの返答を待っている。 とても恐れ多い事をさせてしまっているとは恐縮する。 「私の方はいつでも問題ないですから!」 意味もなく直虎に向かって敬礼をしてしまった。 「元気そうで何よりだ。そなたを井伊家に預けて正解だった」 「はい。直虎様も、直政様もよくしてくださいました。扱いずらいだろう私の事を、飽きずに相手をしてくださって」 康政がいう野良猫だった。本当に、手の付けられない。 平気で相手をひっかくような事をしていたから。 「そうか、そうか」 家康は目を細めて何度も頷いた。 ここは家康の居城とは別の屋敷。華やかさはないが、洗練された庭が自慢らしい。 そこの一室で、家康と茶を頂きながら話をしていた。 直虎と直政も来ていたが、二人は現在席を外している。 二人の前では言い難い事でも素直に話してくれなどと家康は言ったが、二人に対し不満などない、寧ろ感謝の方が大きいのだ。 「外にも出られるようになったと聞いたが」 「はい。友達もできました。ずっとあのままだったら、会う事もなかった人達だと思います」 外の世界に恐怖を感じて頃とは違う。 今では、外に出るのが楽しいと思えるほどだ。 「そうか…それを聞いてわしも安心した」 家康は庭へと目を向ける。 「気にかけていたとは口で言っても、わしはに何もしてあげられなかった。無理やり稲から引き離しただけでな」 「そんな事ないです。殺されかけた私を助けてくださったのは、誰でもなく家康様です。あの時、家康様に出会えて、私は本当に運が良かった」 全てはそこだ。 そこからが新たな始まりだったのだ。 「今のに、なんの心配もないようだ」 「で、しょうか?自分ではわかりませんけど」 家康はに対し、どこか娘、孫を見るような目を向けていた。 「あぁ、その証拠に。ちゃんと会話が成り立っているではないか。少し前は会話らしい会話などしておらぬよ」 「そ!そう…でした、ね…あは…」 恥ずかしい。確かに、以前は人との接触、コミュニケーションすら取ろうとしなかったのだから。 それを思えば、自分は変わった、いや、過去を気にせずにいられるようになったのだろう。 「そこでだ。」 「はい?」 「京に興味はあるか?」 「京?…京って…都ですか?」 「あぁ。天子様がおり、秀吉殿が治められている都だ」 それがなんだ? 京の都に興味が? 「あぁ……興味云々は別として、秀吉殿から頼まれてな。侍女を一人探してほしいと」 「侍女?」 「秀吉殿が、浅井家の姫。茶々様を保護されておってな。茶々様の為に新しい侍女を探され、推挙できる娘はいないかと」 それが自分ならばと家康は思ったのか。 「私が茶々様の侍女になれと?」 「どうか?と言う段階の話だ」 まだ決定ではないとのこと。 家康の方も、秀吉にすでに話しているわけでもないので、この話が無くなる可能性もあるそうだ。 「私は…」 「すぐに返事をとは言わぬよ。少し考えて見てほしいと言うだけだ」 「…わかりました。少し考えさせてください」 そこで一旦、家康との話は終わった。 直虎にはこの話は通っているらしい。 相談するならば、直虎にだろうが。 直虎ならば。が自分で決めたことに反対するとは思えない。 だから、やっぱり自分だけで考えるしかないのだろう。 井伊家を出たいとは思わない。 けど、この先出ることを考えるならばこれは良い話だ。 茶々姫がどんな人物かはわからないが、働き先としては良いと思えるし。 だけど。 (直政と離れるのは…単純に嫌、だな…) でも、家康から言われた話ならば、直政も反対はしないだろう。 寧ろ、賛成して見送ってくれるかもしれない。 (なんだ…誰にも相談するまでもないや…) 断る理由がないのだと気づいてしまった。 「あ。直政」 庭へ降りようかと廊下を進むと、その庭で直政の後姿を見つけた。 直政へと声をかけようとしたとき、止まってしまった。 (…誰?…) 直政は一人ではなかった。 見知らぬ女性と共に居たから。 「どうした?」 「あ…忠勝様…えと…直政と」 後ろから忠勝に声をかけられた。 「あぁ、新入りと共に居る者のことか」 忠勝はちらりと視線を直政の方に向けるも、そのままの背を押した。 「少し放っておけ」 「は?」 「……最近、家康様の養女になった娘だ」 「…………」 それだけで意味がわかった。 (そっか…そういうことか…) 多恵の言う、これから先などなかった。 そう言う話だ。 17/07/23
19/12/29再UP
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