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野良猫娘と飼い犬男の話。
またいつも通りの生活なのだろう。 いつもと変わらない生活なのだろうと思っていた。 だが、しかし。。。 【21】 「おはよう、直政」 「おはよう。。あのな」 「忙しいの!ごめんね〜」 は桶を抱えて直政の横を駆け抜けていった。 「あ、あぁ…」 なんとなく、の背中をそのまま見送ってしまう直政だった。 屋敷にいる間、は忙しいらしく声をかける雰囲気ではなかった。 直政は出仕の為に屋敷を出る。 「………」 「どうかしたのですか?虎松」 「義母上!?い、いえ、別に…」 出ようとした際、直虎が直政を見て首を傾げた。 「遠征から戻ったばかりなのに、ゆっくり休む暇もないのですか?」 「昨夜もお話しましたが、家康様への報告がまだなのです。それに休むほどでもないので」 家康の名代として秀吉の九州遠征に行ったまでだ。 勿論、家康が恥を?かぬ様に、自分なりにしっかりと務めを果たしたと思っている。 秀吉からは割と気に入られたような感じもしたが、あくまで自分が使えるのは家康だ。 ひとまず、この国のほとんどは秀吉のものとなった。 あとは関東と東北のみだが。 東北勢は時間の問題と思われ、一番厄介なのは関東の北条家だろう。 それは自分が考えるのではなく、秀吉ら豊臣の重臣たちが考える事だろうから別に良い。 「そうですか?あまり無理はしないでくださいね。体を休めることも重要なのですから」 「はい。では、行ってまいります」 直虎に向け、軽く頭を下げる。 「はい。いってらっしゃい。気を付けて」 と直虎に見送られて屋敷を出た。 「直政。無事に戻ったようだな」 城では康政が待っていた。 「はい」 「あぁ、先に家康様へ報告があるのだろう?」 「そうですね。お待たせするわけにもいかないので」 「あとでゆっくり話を聞かせてくれ」 「はい」 それからすぐに家康に目通りが叶い、九州での報告と秀吉からの書状を渡した。 家康からも褒めの言葉を貰い、恐縮するも。 しばらくはゆっくりしてくれと言われる。 「して、直政。あれからはどうだ?」 九州から戻ったばかりの自分に、今聞く事か?と直政は思った。 「どう…と言われましても。あ、いえ。家康様からお預かりした頃に比べたら、随分性格も明るくなり、積極的に行動するようになりました」 「そうか。それは良かった」 満足そうに頷く家康に、直政はふと不安がよぎる。 「家康様…何かに?」 「いや、お主たちに預けっぱなしで、わしはあれ以来と会う事がないのでな。今更とは思うが、どうしているのか気になったまでだ」 自分の考えすぎかと思うも、家康の言葉に引っ掛かりを覚えたので、つい一言加えてしまった。 「家康様にお預かりしたと答えましたが…義母上も俺も…を井伊家の一人と、家族だと思っております」 「そうか。家族か…」 家族。と言うも、家康はどう思うだろうか? をどこかへ差し出す事を考えているのか?あくまで井伊家に一時的にしか置かないだけなのか? 元々、本多家で預かっていたが稲が真田へ嫁ぐために、今後のを心配した家康が井伊家にを預けただけだ。 預けた頃に比べたら、は変わっている。いや、元々が今のような性格、行動なのかもしれない。 ならば、もう井伊家に置く必要がないと家康が判断すれば、誰も家康に異を唱える事はできないのだ。 「もう少しだけ、家族でいさせてね…」 「元々は、稲ちゃんが嫁ぐからあのままの私を心配した家康様たちが井伊家に預けただけだもん。ずっと、井伊家に居られるとは思っていないよ、私は」 「早く独り立ち。できるようにならないとね。いつまでもお世話になりっぱなしもダメだろうし」 改めて、の言葉を思い返すと苦い気持ちしか湧かない。 言われた直後も衝撃は大きかったが、今、思い返す方があの時より何倍も苦しい。 「直政」 「はい」 「やはり、お主たち親子にを預けて正解だった」 家康の言葉にただただ、直政は頭を下げた。 「なんだ。顔色が良くないな。まさかと思うが家康様に叱られでもしたのか?」 待っていた康政は直政を見て目を丸くした。 「いえ…そのような事は」 「そうか?飯でも食いながら話すか」 康政は直政の背中を軽く叩いた。 それから康政の屋敷へ招かれ出してくれた食事を突きながら、九州での話をした。 「思った以上に長かったのか、それとも短かったのかわからんな」 「俺としては、長く感じましたよ。無駄に過ごす日もあったので」 「無駄と言うな」 康政は笑う。 恐らく直政は無駄と感じても、他の者達にしてみればいくらか慌てる日々でもあったに違いない。 「そちらはどうだったんですか?変わりなくお過ごしで?」 「まぁな。お前が居らんでつまらなくはあったが…たまに野良猫娘と会っていたので、楽しくはあったか」 直政に様子を見てくれと頼まれていたしと康政は付け加え。 「、ですか…」 「あぁ。そうだ!野良猫娘がな、毎日お前の無事を願って神社に祈願しに行っていたんだぞ」 「は?」 そんな話は初耳だと直政は箸を持つ手が止まる。 「野良猫娘は野良猫ではなくなりつつあるなぁと話してはいたのだ」 「が、ですか?」 康政はを猫のようだと言いつつ、警戒心の強い野良猫だと口にしていた。 野良猫娘と言われると、確かに井伊家に来た頃はその表現もしっくりくるぐらいの態度だったが、今はどことなくそれも不安材料としか思えない。 (野良猫みたいに、ふらりとどこかへ行ってしまうのだろうか…) 居てもいいのだぞ。と言っても、はそれを良しとしないようだし。 どうすれば、そのような事を考えずに井伊家に留まってくれるのだろうか? 「どうした?直政」 「いえ」 「そう言えば、先ほども家康様と会ってからおかしかったな」 「別に何もないですよ」 直政は止めていた箸を動かす。 「あぁ。いつも思いますが。静殿の煮つけは美味しいですね」 「ん?そうだろう。俺の自慢だ」 妻が褒められ悪い気はしない康政は機嫌よく食べている。 「そう言えばな。静は野良猫娘を気に入っておってな。直政に泣かされでもしたら説教してやると言っておったな」 「お、俺が説教されるのですか!?」 「そうだ。なので気をつけろよ、野良猫娘を泣かせば静が黙っておらんぞ」 と楽しそうに康政は言う。 「を泣かせたら…ですか…俺が泣かせるように見えるのですか?」 「ん?なんだ、急に」 「あ、いえ」 「泣かせるような奴だと思われるのは心外か」 直政は答えない。 の泣き顔は数回見たことがある。 確かに、一度は自分が泣かせたようなものだった。 「随分変わったものだな、直政」 「はい?」 「殿が井伊家に来た当初に比べたらな。まぁ良いことだとは思うぞ、俺は」 いつもならばの事を野良猫娘と呼ぶ康政が、普通に名で呼んだ。 それは彼が自分を茶化してはいない事だろうと容易に想像ついた。 だから、信頼して直政は誰にも言っていない今の本音を口にした。 「確かに、俺は…を家康様からお預かりした当初、あいつの態度に腹を立て、関わる事をしませんでした」 康政もそれは知っていると頷く。 「あいつの過去に何があったなど、関心を持つわけでもなく。かと言って、義母上が必要以上に構う姿に、苛立ちもし、そんな義母上に対し背を背けるにも腹を立てた…。 は、自分が変わる事ができたのは俺のお蔭だ。などと言います。俺があいつを甘やかすことがなかったからだと…」 「言っておったな」 「だけど、それは俺が何も知らずに、あいつの気持ちも考えずに一方的に向けただけで…」 にもそれは話した。 だけど、はそのような風には思っていないようで。 「あの賊の一件で、わだかまりのようなものは消えたと思って。家族だと思えるようにはなっていたのですが…いつかは井伊家を出ると口にして…」 他の誰ともしないくだらないやり取りができるようになって、家族になった気でいた。 「が家を出る気持ちがあるのを知って以来、俺は…あいつの独り立ちを素直に喜べないでいて…九州に行っている間に勝手にいなくなっているのでないかと思う日もあって…」 「野良猫娘が本当に野良猫の様にいなくなるかもしれぬと?」 「………きっと義母上はの意思を尊重し受け入れると思います。けど、俺は素直にそれを認めたくなくて」 「家族だからか?」 「そうでしょう?」 「………まぁ、別に良いが」 話を続けるように言う康政。 「だから…九州から戻って…の姿を見て…本当に安堵しました。ちゃんと家に居てくれたことに」 不安だけでなく、に井伊家が居づらいと思わせる何かがあったのかと思うと悔しい。 出会ったころの自分の態度の所為ならば、あの頃の自分を殴ってやりたいとさえ思える。 「その辺の事は…俺が答えを出すわけにはいかぬな」 「?」 「ちゃんと殿と話せば良い。別に、殿は井伊家を出たいと思っているわけではないさ」 「本当ですか?」 「嫌なら、とっくに居なくなっているし、お前が不在の間、神社にお参りなど毎日せぬだろう」 「あ…」 康政にそう言われて、直政は目線を下に落とす。 「直政……嬉しそうな顔をしおって」 「え、いや!その!!?」 康政は笑う。 言われるまで気づくわけもなく。 直政は自分でも驚くくらい、口角を緩めていたらしい。 酒も追加するか?と康政は直政に勧めたが、直政はもう十分だと言い、帰っていった。 一人残って、晩酌しながら先ほどの直政の事を考える康政。 「実に単純な話だな」 とつい口に出る。 なんてことはない。 直政だって、少なからずを家族とはまた別の大事な存在として見ているのだろう?と感じたのだ。 直政が戻る前、からの気持ちを聞いていた康政はなんとももどかしい気持ちでいっぱいだった。 が井伊家を出たくないけど、先を考え出なければならないと思っているのならば、それを直政がたった一言告げるだけで話は丸く収まるだろうと。 (ただ……まだ家族に拘っているようでは…中々な…) 城でも家康に何気なくの話をされて、動揺でもし悩んでいたのだろうなと思った。 「旦那様?どうかいたしましたか?」 静が酒の肴を持ってきてくれた。 「何やら思い出し笑いでもしていたようで…」 「ん?まぁな。直政が若者らしい悩みを抱えていてな」 「まぁ悩んでいる姿を見て楽しんでいたのですか?」 「そうではないが、いい傾向だと思っただけだ」 「そうでございますか」 静はそれが何かと聞く事もなく、ただ黙って康政に晩酌をした。 17/04/16
19/12/29再UP
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