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野良猫娘と飼い犬男の話。
多恵とあの神社に行き、直政の無事を願ってお参りをした。 恥ずかしいと思いながらも、しっかり直政への想いを自覚しつつあった。 「ちゃん。早く直政様が戻られるといいわね」 「うん」 否定することではない。 直政に早く会いたいと思うのは嘘ではないのだから。 【20】 「さん!もうすぐですよ!もうすぐ!!」 それからしばらくして、井伊家では直虎がの姿を見ると珍しく声を上げて駆け寄って来た。 「直虎様?」 直虎はの前に立ち、大きく息を吐くと満面の笑みを向けた。 「虎松が帰って来ますよ!」 「え。本当ですか?」 「はい。先ほど虎松から文が届きました。島津は豊臣に降参し、そのまま豊臣の傘下に降ることになったと。虎松は島津と豊臣との外交役として忙しかったそうですが、それも一段落したので帰る事ができるそうです」 「直政は…無事なんですね」 戦後の外交などを行っていたという事は、怪我などはなかったのだろう。 「はい。無事ですよ。きっとさんが毎日お願いしてくれたお蔭です」 は軽く頬を赤く染めるが、すぐさまかぶりを振る。 「そ、そんな事はないですよ。直政の実力だと思いますよ」 家康に認められているし、今回の九州遠征もその家康の名代として行っているわけだし。 「それでも。ですよ。私はさんが毎日してくれたことを本当に嬉しく思うのですから。 この気持ちがきっと神様に届いたのだと思っています」 最初は単に直政不在がつまならいとか、早く帰ってくればいいのになぁという軽い気持ちだった。 だけど、毎日お参りをするうちに。 直政の無事を真剣に願うようになった。 軽い気持ちと言いつつも、根底にあるものは軽くはないだろう。 認める前から無意識に直政の事を想っていたのかもしれないから。 「あ。さんも読みますか?」 直虎はに直政からの文を手に持たせた。 「あ、でも」 「私はもう読みましたから。さあ、出迎える準備をしないと」 「私も手伝います」 「今はいいですよ。お竹さん達もいますし、文が届いたからと今すぐに帰ってくるわけじゃありませんから」 実際は、もう少し先になるそうだ。 とりあえず、今はゆっくりその文でも読んでも平気だと直虎に言われてしまった。 ちょうどやる事もなかったので、は自室へと戻り、文を開いた。 内容は、直虎から聞かされたものがほとんどで。 九州でこうだったなどという私信はなかった。 直政らしいなと思う。 「本当…真面目だよね、直政は」 バカ真面目。と言ってもいいのだろうなとは小さく笑う。 「もうすぐ帰って来るんだね…」 直政が帰ってきたら、何をしようか。 話したい事が沢山あるようなないような? また一緒にどこかに行きたいとも思えるけど。 仕事人間というか、真面目な直政だからゆっくり休むことなく、家康の為に働くのだろうなと想像が簡単にできた。 「それでも…少しでも…過ごせればいいな」 そう思いながら直政からの文をそっと閉じただった。 世の中は秀吉に傾いている。 九州も手中に治め、残りは東北と関東だと言う。 東北に関しては時間の問題だろうと言う話だが、には直接かかわりはないのでよくわからない。 それでも、まだあと少しは戦があるのだなとなんとなく思った。 「戦に行ったので、そんな期待はしちゃいけないとわかっているのですが、お土産ってあるのかなぁ?って」 「土産とはな…期待する相手が違うだろう、野良猫娘」 が一緒に居たのは康政だ。 直政が帰って来るとわかっていたが、ちゃんとその姿を見るまではと、はいつものように神社に参拝していた。 その帰りに康政と偶然会い、康政が屋敷に招いてくれたのだ。 今は二人して日当たりのよい縁側に並んで座っていた。 「まぁ…バカ真面目な直政ですからね。そんな事を口にしたらお説教されそうですね」 は笑う。 「すぐさま、あの口癖が出るだろうな」 「ダメだ、ダメすぎる。って…言われちゃいますね」 康政と二人して笑う。 「だが、どうする野良猫娘。もし土産が女子だとしたら」 「は?」 「向こうで嫁さん見つけてきました。と紹介されたとしたら?と言う話だ」 「お嫁さん…」 康政は軽い気持ち、冗談のつもりで言ったのだろう。 もいつも通りに反応すればよかった。 だけど、ここ最近自分の想いに気づいてしまったばかりに、すぐさま反応できずにいた。 「お、おい?野良猫娘…」 「い、いえ。なんか、想像しちゃって」 「想像するか?普通…自分でバカ真面目と口にしただろう。あいつが嫁を連れ帰るなどないぞ」 「そう、ですかね?」 案外それもアリなのでは?と思った。 さらに言うなら、秀吉辺りが薦めてくることだってあるではないか。 「まさか、そんな反応をするとはな…すまぬな。調子に乗ってはいかんな」 康政はに頭を下げた。 それにはも慌ててしまう。 「すみません。深い意味はないので。康政様が謝る事はないですから」 「そうか?だが…なんだか…」 康政が言い難そうにしているが、には康政が何を言いたいのかわかってしまった。 なので、苦笑を康政に向けた。 「直政にお嫁さんがくれば、私もいつまでも井伊家にお世話になるわけにはいかないなぁと…」 「居づらいと感じるのか?」 「まぁ…直虎様や直政も…私の事を家族だと言ってくれますが…お嫁さんにしてみればあまり良い気はしないだろうなと思いますし…」 康政はの背中を軽く叩く。 「考えすぎではないか?二人が家族だと認めているのならば、嫁がそれに口出せるものではないぞ」 「………」 「だからと言って、そなたが家を出てしまっては、二人は寂しがるだろうに」 「それ…直政には言われました。直虎様にもその話はするなって…自分が家を空けている間に勝手に出ていくな。とも…」 「直政が…ほう…」 康政は息を吐く。 「やはり、考えすぎだ。野良猫娘。早う直政が戻ると良いな。毎日、直政の無事を願っていたのだからな。そなたにとっても、直政は大事なのだろう?」 は頷く。 頷くが、ポロリと涙が零れた。 「あ、あれ?な、なんで?」 「ど、どうした?野良猫娘」 涙が止まらないに康政は慌てる。 「す、すみません。なんでだろう…な、泣く事なんかないのに…」 「それだけ…直政の事を想ってくれているのだろう?井伊家を出たくないと思うほど」 井伊家を出たいとは思わない。 でも、いつかは。と言う日が来るのだろうと。 あぁ、わかった。 きっと直政にあんな風に話してしまったのも、これ以上の深入りをしたくなくて。 早くに家を出てしまえば、直政が他の女性と一緒に過ごす姿を見なくても済むし。 先日、想いを認めたばかりだ。などと考えながらも、最初から直政を気にしていたわけだし。 好きになって、想いが報われないことを恐れたから。 ならば、最初から気づかないままで、自然と井伊家を出るようにしたかったのかもしれない。 「殿」 愛称ではなく、名で呼ぶ康政には涙を拭いながら唇を尖らせた。 「な、なんか。康政様の思い通りになっているみたいで面白くないです」 「なんだ、それは」 康政は豪快に笑う。 「だが、早う泣き止んでくれ。でないと、俺がそなたを泣かしたと思われる」 「康政様が泣かしたようなものですよ」 「おいおい」 笑いながらは涙を拭うも。 「旦那様…」 「のわっ!静!!?」 康政の奥方静が目を細めていた。 「ち、違うぞ。静!野良猫娘は直政の事を想ってだな」 「静様。あの、本当に」 二人の慌てように静は小さく笑い、二人のそばに茶と菓子を置いた。 「わかっていますとも。ですが、旦那様が殿を泣かしたとなれば、お説教して差し上げますから」 「おい」 静とはまだ数える程度しか会っていないのだが、どうやら康政が事あるごとにの事を話していたようで。 初めて会った時には、そこまで?と思うほど、喜んでくれたのだ。 ようやく噂の子に会えた。などと言って。 康政は面白おかしく自分の事を話したのだろうと思うが。 まぁ、静が変に自分の事を怪しむことなく受け入れてくれたのだから良いだろうと。 「ねぇ殿。旦那様だけでなく。直政様にも泣かされるような事があったら私に言ってくださいませね」 「直政の事も説教してくださるのですか?」 「勿論」 笑顔で頷く静には笑い、お願いしますと頭を下げた。 その後も康政夫妻の子達もやって来て、それはとても賑やかで楽しい時間をは過ごせたのだった。 「ただいま、戻りました」 直政が帰って来た。 直虎や竹たちは直政の無事な姿を見て喜び出迎える。 「」 直虎たちより少し離れた場所で、は直政の姿を確認した。 直政はを見て目を細め笑んだ。 「お帰り。直政」 「あぁ。ただいま」 直政の笑みにの鼓動が跳ねる。 なんだかんだで半年近く会わなかったのだから。 怪我の無い姿に安心しつつも、なんだろう照れが勝ってしまった。 直政が出立する前は、自分の気持ちなど考えていなかったのだから。 「少し…不安だった」 「?」 直政がの前に立ち、そんな事を言いだした。 は意味がわからず首を傾げると、直政はの頭をくしゃりと撫でた。 「お前が、勝手にここを出てしまっていたらと…思ってな」 「し、しないよ。勝手なことはするなって直政も言ったでしょ」 「そうだったな。だが、俺の居ぬ間に話が勝手に進んでいたらと思うとな…」 の頭を撫でた直政の手はそのまま下に流れ、の頬も撫でた。 大きく温かい掌が触れては瞠目してしまう。 (あ、あれ?) 直政はこんなことをする人だったか?なんだか、恥ずかしい。 ただでさえ、自分の想いなるものに気づいてしまったのだから。 要は好きな人が自分に触れていると思うと、十分恥ずかしいわけで。 鏡を見ないとわからないが、今の自分は顔中真っ赤ではないのか? (ヤバい!すっごくドキドキする!!?) こんな事は久しぶりだとはいえ、この感情も残っていたのだなと。 「どうした?」 (どうしたもこうしたもないよ!!直政…まさか無意識なの?) 物凄く性質が悪くないか?だが、無意識の行動ならばこちらが変に意識していると思われたくない。 「もう!子ども扱いするな!!」 そういい、直政を体ごと押し返した。 そう口にするのが精一杯だった。 「そうか?」 「そうです。それで、直政」 「なんだ?その手は」 は直政の前に両手を突き出した。 「お土産は?九州土産。ないの?」 最初からそんなものはないとわかっていて、あえてはそんな態度をとった。 今までと何も変わらないようにと。 康政とも話した事が、案の定直政は 「土産などあるか。まったく、ダメだ、ダメすぎる」 と嘆息した。 (うん。これでいいんだ) 直政への想いを自覚したからと言って、この先何をどうしようか?などとは考えていないのだから。 今はただ、直政が無事に帰って来た事が重要なのだ。 17/04/02
19/12/29再UP
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