野良猫娘と飼い犬男の話。



ドリーム小説
家康に代わり豊臣の援軍として九州へ入った直政。
九州を平定しようと躍起になっている島津家に対し、傘下に加わる代わりに援軍を出してほしいと頼んできた立花家。
天下統一を果たそうとしている秀吉にしてみれば、立花の申し出は願ったりだった。
劣勢だった立花であったが、豊臣の援軍が来た事により数と勢いが上回る。
だが、元々戦上手の島津は簡単に落とせず援軍が加勢しても戦は終わらずにいた。

(早いな…もう三月か…)

豊臣側は援軍としてかなり多くの武家が参戦している。
その上で秀吉自らも九州へ赴いているので、数の上では不利な事はない。
数に物を言わせて早くに終わるだろうと思っていたが、思いのほか地の利を生かし島津は粘っていた。

早くに府中へ戻りたいという気持ちが、若干湧きつつある。
家康は秀吉に降ったのだから、自分は秀吉の部下でもあるが、あくまで自分の主君は家康である。
家康の為に働くことが第一なのだから、そばを離れているのが面倒だった。
だが、その家康に頼まれたことなので、疎かにするつもりはない。

(三月…はどうしているだろうか…)

留守をしているだろう、の事を思い浮かべてしまう。
直政が出立する際、熱を出し寝込んでしまった
単なる寝坊だと理由を作って直政を行かせようとした。
元々体調がよくない時に、一日連れ回した直政に落ち度があると反省せねばならない。
だけど、はそうではないと言う。
自分自身が悪かったし、直政と出かけられたのは楽しかった。と言ってくれた。

「直政。いってらっしゃい」

熱の所為で赤い顔をした
直政が出立する前に見た姿はそれだ。
あれから三月も経っている。ただの風邪だろうから、今は元気に過ごしているだろうと思いたい。
井伊家、義母からは緊急の連絡も届かないから気にすることはないだろうが。
義母やの性格上。
何かあっても、直政が戻るまでは何も知らせずに黙っていそうだが。
そういう事があるとわかっているので、たまに康政に家の様子を見て欲しいと頼んでおいた。
康政ならば、もし何かあっても連絡をくれるはずだ。

(と…思いたいが。案外康政殿もと共謀しようとするからな…)

共謀と言うのは少々物騒な話であるが。

「俺がいない間に…勝手にここを出るようなことはするなよ」

自分がに向かって言ってしまったこと。
直政が早く戻りたいと思うには、それが絡んでいる。
いつかは井伊家を出るだろう。
早く独り立ちを。などとが口にしたのを、直政は反対した。
今すぐの話ではないだろうが、が井伊家にやって来た当初と違って、追い出そうなどと考えていない。
寧ろ、いつまでも居れば良いのだ。と思えるくらいで。
だけど、が決めたならば、義母は反対はしないだろうし。
家康や忠勝が知れば良い事だと安堵するだろう。

だから、もし万が一。
自分が府中に居ない間に、そんな話が進んでいたらと思うと気が気でないのだ。

(甘くなった…と言うべきなのか…)

だが、そんな自分に悪くないと笑ってしまう直政だった。





【18】





直政不在の時間が増えていく。
九州の戦はそんなに大変なのかと心配になる。
だが、たまに康政が近況を報告してくれるが、直政自身にはこれと言って何も変わりはないようだ。

「けど、戦だと聞くと心配になるものなんだよね…」

いつもの茶屋で、茶屋の娘多恵とそんな話をしていた

「そうね。何が起こるかわからないものだし…」

ただ多恵にしてみれば、武士の世界などわからない。
親が農民であれば、戦に出る事もあっただろうが、商いをしているので戦に出ずに済んでいる。
府中に戦火が広まれば、どこぞに逃げるだけなのだが。
生憎家康が治めてからはそのような事が起きていない。

「早くお戻りになられるといいわね」

「うん……」

今日は菓子を食べる気にもならない。
いつまで待っていればいいのかな?と。
こういう時、待つだけの身と言うのは結構厳しいものなのだなと思った。
自分はあくまで井伊家の居候。
井伊家に何があっても、何もできない。
直政の奥さんになる人は、その待つ間にも気丈に家を守るのだろう。

(直政の奥さん…)

康政に言われた。
直政のそばにいてくれと。
直政が誰かを娶るならば、その相手はがいいと。

(って言われてもな…過去に面倒な事があった娘なんて、嫁にしようとは思わないでしょ…)

娘の様に直虎も可愛がってくれるが、井伊家を守る嫁ともなれば問題外だと思うし。
武家の事など知らない、わからないから。

(畑仕事している方が気は楽だよね…)

農家も大変なのは重々承知だ。
けど。気持ち的に。
武家よりはと思ってしまったのだ。

(私が井伊家に居られるのも…直政がお嫁さんをもらうまでかな…)

家族と言ってくれる直虎と直政も。
来るであろう嫁にしてみれば、面倒な存在かもしれないから。
案外、今の手伝いを仕事にしてしまうのもありかもしれない。
井伊家に女中として。

(けど…)

直政と嫁が仲睦まじい姿を想像すると、少し嫌な気持ちになった。

ちゃん?」

「な、なに?」

唇を噛み考え込んだを不審に思ったのだろう。多恵が問うた。

「そんなに直政様が心配?」

「え!?あ…その…」

無事な姿を。などと話していたのに、の中では一転して違う事を考えていた。
すぐに反応ができずにいたが、多恵はにっこり笑った。

「直政様が心配でしょうがないって感じだね」

「そ、そこまえでは深く考えてなんか…」

「心配ならば、神様にお願いでもしてみたら?」

「神様…?」

「神頼み。ちゃんはしない?」

「あまりしたことない…」

と言うか、ここで来てからそのような事を考える事もなかった。
多恵に言われて、の顔は少し晴れた。

「そっか…お願い事ならば、私にもできる」

「お百度参りでもする?」

「…流石にそれは無理…って言っちゃダメかな…」

「まぁ…最初から無理と思っては駄目でしょうね。けど、気持ちが大事だと思うから。ちゃんの空いた時間にでもやってみれば?やらないよりはいいと思うし」

本格的というか、熱心に直政の無事を願うのが一番なのだろうが。
康政の話を聞いていると、時間だけが過ぎているような感じもしたし。
お百度参りまでの事はせずとも。と考えてしまった。

(それはそれで失礼な話かもしれないけど…)

けど、多恵も言った。
やらないよりはいいのではないかと。

「じゃあ、どこか近くの神社にお参りしてみるよ」

「近くの…あぁ、うん。じゃああそこがいいわね。教えてあげる」

多恵が嬉しそうにに神社の場所を教えてくれるのだった。





それから毎日、は多恵に教えてもらった神社で直政の無事を願うのが日課になった。

(直政が戦で怪我なく帰って来ますように)

お百度参りのような本格的な事は出来ないが、気持ちの問題だろうと思って。
一度、が神社に行くのを直虎が見かけたようで。

「何かあったのですか?悩み事ならば、話を聞きますよ?」

と心配されてしまった。
今までお参りなどほとんどしていなかっただけに、急にどうしたと思われたのだろう。
恥ずかしいと思いつつ、別に隠す内容でもなかったので、直虎に素直に話してみた。

「直政が無事に帰ってくるようにって…余計なお世話とか思われるかと…」

「何を言うのですか!私は嬉しいですよ、さん!!」

大袈裟な。と言わんばかりに直虎は目に涙を浮かべている。

さんがそこまで虎松の事を考えてくださって、私はとても嬉しいです!!」

ギュッと強く両手を握られた。

「そこまでって言うほどでもないんですけど…」

の方が焦ってしまう。

「単純に…直政が長くいないのが初めてだったこともあるし…私にできることってこのくらいで…」

「そうですね。世の中が秀吉様に向いていますから。大きな戦自体減ってきていますし。さんにしてみれば、身近な人がそばにいないのは不安だとも思いますよ」

実際、稲と別れた時は不安が大きかった。
今回はそれとは別で、直政は戦が終われば帰って来るのだが。

「本当に…戦国なんだなぁ…」

「?」

「いえ、なんでもないです」

はかぶりを振る。

「お百度参りとまではできないのですけど」

「そんな事ないですよ。要はさんの気持ちです。誰かを願う気持ちが重要なのですから」

今のが願うのは直政が無事に帰ってくることだ。

「誰かを…願う気持ち…」

「はい。虎松の無事を願ってくれるさんの気持ちが私は嬉しいです。きっとその気持ちも神様には届いていると思いますよ」

改めて言われてしまうと照れてしまうが。
でも、直政の無事を願うのはもう一つ理由がある。
以前見た、直政の背中の傷痕。
過去の出来事だとしても、直政は果敢に戦場を駆ける人なのだと知った。
今では周りが心配するほど無茶はしないようだが。
これ以上、直政が傷つかなければいいなと思ったのだ。

(神様。直政が早く帰って来ますように。勿論怪我などしないで…)

今日も今日とて神社にお参りに来た。
足を運び始めてどのくらい経っただろうか?
中々直政は帰って来ない。

(お賽銭…ケチっているわけじゃないんだけど…)

そんなにポンポン出せるわけでもないし、一応井伊家の家事を手伝っている事で、直虎から小遣い程度は頂いている。
その中でのやりくりだから。全部差し出せるわけでもなく。
その辺は、直虎にも願いが叶ったときにお礼として、まとめて賽銭を出すのもアリだと言われた。

(神様にままだまだ足りないぞ〜とか思われているのかなぁ)

直政の行動だけで戦が終わるわけでもないし。
一日二日で終わるような戦など滅多にないだろうし。
駆け引きとか色々あるのだろうなと。
はそんな事を考えながら、境内を出て石の階段を下りていく。
すると。

「お。野良猫娘じゃないか。珍しいところで会うな」

康政が居た。
は足早に階段を下り康政の前に立つ。

「こんにちは、康政様」

しかし、名前で呼んでくれるのはあの日だけか。と苦笑する。
康政の中では完全に野良猫娘が定着しているようだ。

「珍しい…ですよね。まぁ、会う人皆びっくりしていましたけど」

直虎には何か悩みがあるのか?と心配までされたと康政に話す。
神社にお参りに来ている理由は、直政の無事を願ってと恥ずかしながらも話そうとしたが。
康政が先に口を開いた。

「ははは。悩みか。ある意味ここにはそう言う悩みで来るのだろうな」

「?」

は首を傾げる。

「どうだ?願いは叶いそうか?その相手が直政ならば良いのだがな」

康政は楽しそうに言う。

「まぁ…直政の事なんですが…」

「そうか!直政が相手か!!」

康政はの肩を二三度叩く。
普通に無事の帰りを願っただけなのだが、何故康政はそこまで興奮するのだろうか?
にはそれがわからない。

「あの…康政様?」

「先日、話した事だがな。野良猫娘に真剣に考えてもらえると本当にありがたい。直政にはそなたが必要だと思うのだ」

「は?」

「成就すると良いな、野良猫娘!」

「……康政様…仰る意味がわからないのですが…」

と自分の温度差の違いに康政も気づいたのだろう、首を傾げた。

「野良猫娘は、この神社に祈願しに来たのだろう?」

「はい。一応」

「直政の事を」

「まぁ、そうですね。直政の事を」

「だったら、話はわかるだろう?」

「いえ、わからないですけど」

康政は腕を組み考え込み、少ししてから口を開く。

「あのな。野良猫娘。この神社がある事で有名なのは知っているのか?」

「有名?いえ…」

「だろうなぁ…」

康政は嘆息した。

「この神社は縁結び・良縁を招くことで有名なのだ。だから…ここへ参拝するという事は」

「……!!?」

の顔が瞬時に赤くなる。

「ち、違いますよ!私、そういう意味で来ていたわけじゃないですから!!直政が怪我もなく戦から帰って来るようにって…無事なことを…あの…」

「まぁ…良いではないか。野良猫娘のその願い。ここの神様も叶えてくれるかもしれぬし」

神様なんて沢山いる国だぞ。と康政は言ってくれる。

「そ、そうだといいのですけど…でも、でも…」

多恵が教えてくれた神社であったので、そこが良縁の神様がいるとは思わなかった。
そもそも、なんの神様が祀られているなんて考えてもいなかった。

「調子に乗って話すものではなかったな。野良猫娘がここに通っていると知って嬉しくなってな」

康政は頭を掻く。

「まぁ、深く考えるな。悪かったな、殿」

そう言って康政は詫びた。
野良猫娘でなく、名で呼んだという事は、本心で詫びてくれているのだろう。
なので、も照れくさい思いはあるが、頷いた。
その後康政と別れて、井伊家に戻ろうとしたのだが、先に行かねばならないと。
多恵のいる茶屋へ向かった。

「多恵ちゃん!」

「あら、ちゃん。どうかしたの?」

客足が途絶えていたようで、多恵はのんびりしていたようだ。

「どうかしたじゃないよ!多恵ちゃんが教えてくれた神社」

「うん。それがなに?」

「え、縁結びとか良縁祈願の神社だって…わ、私。そうだと知らなくて、毎日通っていたんだけど!!」

多恵はにっこり笑う。

「そうよ。あそこは縁結びで有名なのよ」

「だから〜」

「いいじゃない。別に。何か問題があるの?」

問題があるない。で言われるとあると言うほどでもないとは思う。
思うが。
まるで必死に良縁願いで通っているように思われていたのかと思うと何とも言えない。
会う人皆が、驚いた顔をしていた理由がようやくわかったのだから。

「は、恥ずかしいの。今思うと…」

「うふふ。でも、実際は直政様を想ってお参りしていたのでしょう?同じ事じゃない」

「お、想うって…」

「この所ずっとちゃんは直政様の事を考えていたでしょう?だから、縁結びの神様ならばちゃんの願いを叶えてくれるかなぁ?って思って」

否定できない部分があり、はただ顔を赤くするだけだ。

「その願いも、元々は直政様の事を想っての事じゃない」

「………か、家族だからね」

「うん。それでもいいんじゃないの?」

はその後が答えられない。
元々多恵だって、直政と自分を見て親子みたいな感じね。などと言っていたのに。
想いなどと言われると、なんだか多恵から見て自分の好きな人と言うのが直政のように思われているようで。

「普通に考えたら、あんな素敵な方がそばにいるのよ?ちゃんが惚れてしまうことはあると思うけど」

「な、直政が?素敵な人?」

「そうよ。直政様って美丈夫じゃない。ちゃんの事、しっかり面倒見てくれて、優しいし、何より家康様の信頼厚くて将来も期待されているような方よ」

一般的に見ても、直政を慕う女子も多いだろうと多恵は言う。

「た、多恵ちゃんも…そうなの?」

「うふふ。私は違うわよ。あと少ししたら、飯屋の竜吉ちゃんのところにお嫁にいくんだから」

飯屋の竜吉さんは多恵の幼馴染でもあるのは聞いていた。
そうか、多恵はもう嫁入りが決まっているのか。
直政に惚れているのかな?と少しでも思ったが、違うとわかって安心した。

(安心?別に私は…)

安心した自分に少し戸惑った。
けど、考えてみると、井伊家に居続けられればいいなと思ったが。
直政に綺麗なお嫁さんが来るまでだろう。
もしそのまま居続けても、直政とそのお嫁さんとの仲睦まじい姿を見るのは嫌だと思った。
何故嫌だと思う?
多恵が直政に惚れていないと知って安心したと思う?

(あ……気づかないようにしていたのだけどな…直政の事、好きなんだな。私は…)

自分が変われるきっかけを作ってくれたのは直政。
最初から、直政に興味はあったのだろう。
関わらないでと拒絶するような態度をとっていたけど、どこかで直政を気にしていたのかもしれない。

ちゃん?」

「あ、うん。ちょっと確認したところ」

「そう」

多恵にはその確認が何かわかったのか、あえて聞いて来なかった。
ちょっとしたことでも、その多恵の心遣いが今のにはありがたかった。

「じゃあ、多恵ちゃん。帰るね」

「うん。またね、ちゃん」

多恵に見送られては井伊家に向かう。
歩きながら、気づいた想いに苦笑しか出なかった。









17/02/26
19/12/29再UP