野良猫娘と飼い犬男の話。



ドリーム小説
忘れていた。

と言うのは変な話だろうが、正直あまり感じなかった。
そうだ。
今はまだ、天下は誰のものでもない。戦のある時代だ。

だとすれば…。





【15】





「っ〜〜…さむい…」

秋も深まったとすれば、少し前に比べれば寒くなって来たとは思う。
けど、どうにもそれだけに感じない。
は両腕を摩りながら廊下を小走りで進む。

「雪…とか降るのかな…」

ふと庭先に目を向け、そんな事を考えた。
この辺りは雪が積もるのだろうか?比較的温暖な気候だとは思うが。
だが、冬が訪れるのは少し先の話だ。

「どうした、

「あ。おはよ、直政」

「あぁ。おはよう」

こうしたやり取りはすでに日常の一部と化しているが、直政が自分に優しい目を向けるのが少々こそばゆく感じている。
多分、自分が言ったことをこの人は気にしているのだろうなと思いつつ。

「ね。直政。この辺りは雪が積もったりするの?」

「雪?早いな、まだまだ先に話だぞ」

「なんとなく思っただけだよ。最近また寒くなって来たし」

涼しくなったと言う方が正しいのか、にはわからなかったが、少し前に比べればそう感じるのだ。

「そうか?…寒いか?」

直政にはさほど変わらないように感じるらしい。

「寒いよぉ。朝起きるのに、ちょっと億劫になるよ。布団に入っていたいなぁ…みたいな?」

直政は嘆息する。

「だらしがないぞ、

「直政がおかしいんだって」

「可笑しいとはなんだ。失礼な奴だ。俺は日ごろから鍛えているからな」

「へぇ」

「なんだ。その目は…まったく…」

「なんでもないよ。直政はすごいなぁって思っただけだよ」

直政はの鼻先を軽くつまんだ。

「思っていないだろう」

「ひどい、直政!」

直政の手を弾こうとするが、先に直政が手を離した。

。今日は時間があるか?」

「今日?どうだろう。直虎様やお竹さんに聞いてみないと」

仕事と言うより、お手伝い感覚が強いのだが。
一応の一日の予定と言うのは二人が決めているようなものだ。

「そうか。では、俺から義母上に話をしておく。少し時間をくれ」

「?」

「わかったな。出かけられる準備をしておけ」

直政はそう言って、直虎の室の方へ向かって行った。

「時間を?なんで?」

直政だって出仕する時間ではないのか?と首を傾げつつ、は言われた通りに出かける準備をしに室へ戻った。






準備と言ってもさほど難しいことではない。
ちょっとした手荷物があるくらいだ。
小さめの巾着を手には直政の室へ向かう。

「直政ー準備できたよー」

と相手の返事を待たずに障子を開けた。

、っ!」

「あ…ご、ごめん!」

が障子を開けると直政はまだ着替えている最中だった。
目に入った直政の上半身に目を背けようとしただったが、背くことなく、寧ろ集中してしまった。
一歩、二歩と室へ進み、直政の背中にあったものをマジマジと見てしまう。

「直政…これって…」

「ただの古傷だ」

背中だけでなく、上半身、いくつもの傷痕があった。

「これって全部、戦で?」

「あぁ…だが、あまり喜ばしいものではないな…お蔭で義母上や家康様に大層ご心配をおかけしてしまった。忠勝殿にも諌められた」

直政はそう言って古傷を隠すように着物を羽織った。

「………」

そう言えば、直政の事は根は優しくで真面目だという話を聞いたことはあったが、それ以外の話は知らないと思った。
戦での話などもっと聞いたことはない。

…お前は…」

「え?何?」

ペちっと額を直政に叩かれた。

「人が返事をする前に開けるな。行儀が悪い」

「う…ごめん」

確かにいささか早急すぎた。

「まぁいい。準備ができたなら行くぞ」

「う、うん」

どこへ行くと言うのだろうか?
直虎にも笑顔で見送られたし。

「それでどこに行くの?」

「考えていない」

「はぁ?」

歩く直政に後れを取るまいとは着いて行く。

「急に思い立ったからだ」

「直政でもそんな事があるんだね。性格的にきっちり計画を立てていそうなのに」

「そうだな。自分でも驚いた」

直政は考えてはいないが、適当に散策しようと言った。
天気も良いし、悪くはないと思ったのでは頷く。

「歩いていれば寒くなくなるかな?」

「…まだそんな事を言っているのか?どの辺が寒いのか俺にはわからんのだが」

「寒いよ。肌寒いっていうか」

は肩をすくめる。

「とりあえず、行こう!直政」

は笑顔で駆け出した。





思えば、いつも同じ道ばかりで、行く場所も決まっていた。
だから、何も考えないでぶらぶらしているだけでも楽しかった。
直政と一緒だからだろうか?

(でも、やっぱちょっと寒い…)

小さく鼻を啜った

「どうした?」

「なんでもないよ。あ、直政見て!ほら。猫だ〜」

屋根の上で丸くなって寝転んでいる1匹の猫を、は指さした。

「にゃんこ〜おいで、おいで〜」

は猫に向けて手を振るが、猫はまったく動じない。
それどころか、伸びをしたと思うとふらりとどこかへ行ってしまった。

「行っちゃった」

「昼寝の邪魔をしたからだろう」

「そうだよね。気持ちよく寝ていたら嫌か」

「猫か…最初はを見て猫のような奴だなと思ったが」

「それさ。康政様も言っていたけど、野良猫娘って…ひどくない?」

しかも、いまだに康政はの事をそう呼ぶ。

「康政殿には、が猫の様に見えるようだ。お前の反応が猫っぽいってな」

「だけど、康政様は、直政の事を忠犬だって言っていたけどね」

忠犬と言うより番犬と言った方が似合いだと思うが。

「俺が犬か。他にもいるだろうにな」

「うん。忠勝様とか、寧ろ家康様の周りにいる人達は皆そうだよね」

そう思うと、今はいないけど、稲も十分犬っぽい。などとは思ってしまう。

「すまない。

「え?何、急に…」

謝って来る直政にはキョトンとしてしまう。

「いや、俺はあまりこういうのに詳しくない。どうしたら人を楽しませることができるか。とか…康政殿に聞いてみたりもしたのだが…」

「それって…」

「しばらく戦で留守にする」

「え!?」

「家康様の代理で九州に行くことになった。豊臣からの援軍としてな」

戦。急にここがそういう時代だという事をは思い出す。
家康が治めているここがそう言う場とは無縁のようだと勝手に思っていただけに、突然の話には言葉が出ない。

「出陣する前に、なんでもいいから、を楽しませようと思っていたのだが、生憎良い案が浮かばなかった」

「そ、んなこと」

先ほど見た直政の沢山の傷痕。
戦で、また直政はあんな傷を沢山負ってしまうのだろうか?

「わ、私の事より。自分の事を考えてよ…それに!今だって楽しいよ!すごく、すごく楽しいよ!」

直政と一緒だから、一緒に居られるだけで楽しいのだ。

「だから、その…」

「ありがとう。

直政はの頭を優しく撫でた。

「直政…」

「泣くな」

「だ、だって…」

直政が優しいから、戦に行ってしまうことに不安を覚えて。
涙を浮かべるに直政はそっと涙を拭う。
そのの頬に軽く直政が触れた際。

…お前、熱いぞ」

「え?」

熱があるのではないか?と直政が言うも、はそんな事はないと否定する。
単に直政が触れているので、恥ずかしくなっただけだろうとは思ったのだ。
は大きく息を吸う。

「直政。まだ時間あるの?」

「あぁ。今日1日は問題ない」

「じゃあ。まだどこか行こう!私、知らない場所多いんだ。ちゃんと案内してね」

は直政の手を引き歩き出す。

「わかった」

直政はの手を握り返す。
一緒に居られる残りの時間を楽しもうと思って。
ただ、繋いだ手がやはり少し熱いと直政には感じられるのだった。








16/11/13
19/12/29再UP