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野良猫娘と飼い犬男の話。
(失敗した…) 正直、そう思った。 あんな風に言うつもりはなかった。 けど、言わずにいられなかったのだ。 「もう少しだけ、家族でいさせてね…」 「元々は、稲ちゃんが嫁ぐからあのままの私を心配した家康様たちが井伊家に預けただけだもん。 ずっと、井伊家に居られるとは思っていないよ、私は」 直政の前で言ってしまった事を後悔した。 いつかは井伊家を出るだろうと。 直政だって、そうしろと言うだろうと思っていたけど、思っていたより優しい人なのだと口にしてから後悔してしまった。 「、俺は」 言われた方の直政が傷ついたような顔をしていたから。 違うんだ。直政は。 (最初は直政も私の態度に苛々していたし、それでもいいかと思ったのに…) そうじゃないとはかぶり振った。 直政だけが自分を甘やかさないでいてくれる。 厳しい事を言うが、しっかり叱ってくれる。 だけど、見ていてもくれるのだ。 自分に何か心配もしてくれる。 ここ最近直政と一緒にいる時間が増えて、そう言う部分もあることを知っていたではないか。 「家族みたいなものだろう?」 直政はにそう言ってくれたではないか。 だから、いつか。などと口にした自分が情けなく感じた。 だけど、口にしてしまった理由はわかる。 (私だって、そのいつかが来るのが怖いんだ…ずっと、ずっと…二人のもとに居られればいいなと思うから…) 本多家に居た頃、ずっと稲と一緒に居られると思っていたが、実際はそんな風にならなかった。 けど、稲に依存したころを思えば、井伊家に移り住んだ事は悪いことではない。 嫌な思いもしたが、過去に受けた傷を乗り越えられるようにもなった。 (これも…直虎様と直政に依存しているってことなのかな…) わからない。 これから先をどうすればいいのかと。 【14】 朝、ばったり廊下で直政と出くわした。 「「………」」 昨日の今日で、なんとなく顔を合わせづらい。 夕餉の時もいつも通りにしたつもりだが、直政は口数が少なかった。 元々お喋りでない直政が黙るのだから、直虎も心配していたが、直政はなんでもないと告げている。 明らかに自分の余計な発言の所為だと。 「………あ、えと、おはよ…」 自分の所為なのに、小声で挨拶をするのが精一杯になってしまう。 だが。 「いたっ」 直政に片頬を抓られた。 「なんだ、その情けない顔は。ちゃんと寝たのか?」 「ね、寝ましたけど」 直政はいつもと変わらないような見えた。 「夜更かししていたのだろう?あまり良いとは思えないな、酷い面だ」 中々手を離そうとしない直政。 「ひ、酷い面って。夜更かしもしていないもん。ただ…昨日、私が…」 「俺はな、。お前が井伊家を出る事は反対だ。いつかはそう言う日も来るかもしれぬが、今はまだそんな日でもないだろう」 直政はゆっくりと手を離した。 「……直政」 「前にも言った。言いたい事があるならちゃんと言え、家族だろうが」 家族みたい。 ではなく、家族だと直政ははっきり口にした。 それにが家を出ることに反対だと。 その言葉には感動し、涙が出そうになる。 「ただ、生憎他所様に出せるほどではないな、今のお前は。このまま出しては井伊家の恥になる」 「はぁ!?」 出そうになった涙が引っ込んだ。 「しっかり学べ。料理もまともにできぬのだろう?」 「で、できます。ご飯も炊けるし、味噌汁も作れます」 「ほう。今までがこしらえたモノなど食べたことはないな」 「食べさせてやるわよ、見てなさい、直政!」 さっきまで顔を合わせることに悩んでいたであったが、不思議と売り言葉に買い言葉なのか、いつもと変わらない感じで直政とは会話ができていた。 「ほぅ。それは楽しみだな。まぁ、無理はするな。できないなら、できないと最初から言えばいいのだから」 「信じていないのね、直政は。失礼だぞ」 「そうか?」 直政は珍しく人を小ばかにしような顔だ。 二人の間に直虎が顔を出す。 「おはようございます。直政、さん。朝っぱらからどうしたのですか?」 「義母上。おはようございます」 「おはようございます。直虎様。なんでもないですよ」 どうでも良さげな小競り合いのことなど、わざわざ直虎に聞かせるまでもない。 二人とも笑顔でなんでもないと言い切る。 「そうですかぁ?」 直虎は納得したような、そうでないような。首を傾げつつその場を離れて行った。 なんとなく直虎の後姿を見送ってしまうも、その姿が見えなくなると、直政が口を開いた。 「義母上には昨日の話をするなよ」 「え?」 「義母上が聞いたら悲しむ」 「………」 思わず顔を逸らす。 直政はいつも義母が一番なのだなと思える。 「けど、義母上はきっと。の意思を尊重なさるはずだ…そうなれば俺からは何も言えないだろう」 直政はそう言って軽くの頭を撫でた。 「直政」 「だから、あまり寂しい事を言うな…」 少なくとも直政は勝手にがいなくなることを良しとしていない。 そう言われた。 「う、うん」 直政に家族だと思われているだけでも良いのかなと、は思う事にした。 それからは何も変わらない。 いつも通りだった。 「お帰り、直政」 「あぁ、ただいま」 いつもの茶屋で直政を出迎える。 お互い、あれからあの話は口にしない。 自身。逃げてしまったように感じるが、井伊家に居てもいいと言われて逃げる必要もないと。 いや、逃げると言うのはおかしな話だが。 少なくとも井伊家から無理に出る必要はないだけでも良いのだろうと。 (だけど…なんか、ちょっと違う…) 言いたい事は言え。 そう直政に言われたけど、なんとなく表面的に繕っている自分がいた。 本音は言えない。 言ってはいけないような気がして。 (それはそれで…変な壁を作った感じがして嫌だな…) 違う。 作ってしまったのは自分の方だ。 警戒心とは違うものを。 「たまには何か買っていくか」 茶屋でいつも待たせて貰っている礼だとかと直政が言った。 「直政は甘味好きじゃないのに?」 「俺が食わずとも、義母上やが食うだろうし」 「まぁ…食べますけど…って何その眼は」 直政が向ける意味には気づく。 「どうせ菓子で釣れたとか思っていたんでしょ?食い気だとか。本当直政は失礼だよね」 「俺は何も言っていないぞ。可笑しな奴だな」 ほら、何にする?と直政は茶屋へ入っていった。 「何も言っていないか…お互い、言わなくなっちゃったね…」 思わず零れる呟き。 だが、すぐさまかぶり振る。 「待ってよ、直政。どうせなら私に選ばせてよ」 そう言って直政の後を追い、茶屋へとも入るのだった。 16/10/16
19/12/29再UP
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