|
野良猫娘と飼い犬男の話。
あれ以来、は直政を尾行する事をやめた。 一度成功したから満足した。ということもあるが、大きな理由は家康に仕える周囲の人達に知れ渡っていることに今更、恥ずかしさを覚えたということもあるから。 直政にしてみれば、尾行をやめて貰った方が安心する。 は尾行だというものの、実際には直政の不安を増加させているだけだったから。 「はちゃんと着いてきているのか?」 などと、気にしてしまうから。 それが無くなるならば直政にとって理由などどうでもよくなるのだ。 だけど、代わりには新しいことを始めた。 それは直政にとってくすぐったく感じるも、微笑ましく迎えてしまうものだった。 【13】 その時間。は井伊家から少し離れた茶屋にいた。 縁台に腰掛けている。 何度か体を揺らし、ある一方へと視線を向けている。 「ちゃん。待ち遠しいって顔をしているわね」 店の娘に言われては恥ずかしくなり姿勢を正す。 「待ち遠しいって言うか、その…」 自分の休憩時間と重なっているからちょうどいいのだ。 などとは口にするも、娘には微笑ましく映るらしく、終始笑顔を向けられていた。 「あら。そう言っているうちに来られたようね」 娘が言うと、はは縁台から跳ねるように立った。 「」 「直政!おかえり!」 直政に駆け寄る。 「あぁ。ただいま」 直政は微苦笑しつつも駆け寄って来たを受け入れる。 尾行をやめたは、ほぼ毎日。 こうやって直政の帰りを待っていた。 当初は茶屋の近くでボーっと立っていたが、茶屋の娘の目に留まり理由を話すと、娘の方からよかったら縁台で座って待っていたら?と言ってくれたのだ。 客でもないので、は渋るも。 別に何かを強制で食べろと言っているわけでもないので、遠慮なく待たせてもらうことにした。 ただ、毎日もどうかと思うので、たまに何かしらお団子なり菓子を購入しているが。 「毎日毎日…暇なのか?は」 少し呆れた様子を見せる直政だが、内心はが待っていることを嫌だとは思っていない。 ちゃんと毎日同じ道を通ってくるくらいだから。 「休憩時間と重なっているからだよ。ついでだよ、ついで」 ついで。などと言うも、ほぼそれが日課になっている。 それに、直政の方がどうしても時間が合わない日もある。 そういうときは、四半刻だけは待って、直政が来なかったらそれ以上は待たず屋敷に戻るのだ。 戻ったと言う証を茶屋の軒下にぶら下げて。 「ちゃん。また明日ね」 「うん。またね」 茶屋の娘に別れを告げて二人は歩き出す。 「この前、多恵ちゃんに言われちゃった。父親の帰りを待つ小さな娘みたいだって」 そんな風に見えるかな?とは直政に問う。 ちなみみ多恵とは先ほどの茶屋の娘だ。 「子の居ない俺に聞くな」 「じゃあ、直虎様を直政はこうやって迎えることってなかったの?」 「ないな」 「していそうなのに。義母上はいつお戻りになられるかな?とか言ってウロウロしていそう」 そんな甘ったれた事などしていない。と直政はぴしゃりを言い切る。 「そうなの?ん〜逆に直虎様は帰って来た直後にぎゅーって抱きしめてくれそうなんだけど」 「………」 直政は少しだけ視線を逸らした。 それを目ざとくは気づく。 「あ。あるんだ」 はニシシと笑う。 「あーなんだ…義母上がそういう突発的なことをなさる時があるのは否定しない」 「それが嬉しいんだよね。直政は」 「いや、だからな、」 「別に否定しなくていいよ。直虎様にぎゅーってしてもらうの、私も好きだもん」 は本当に嬉しそうに言う。 「私の事も、受け入れてくれるんだって思うと、やっぱり嬉しい。直虎様も直政と一緒に居られるの、すごく嬉しいから」 あ。とは小さく声を上げた。 「なんだ?」 「じゃあ、多恵ちゃんが言うのも間違っていないのかな?父親の帰りを待つ娘って」 家族という気持ちが強いから、周囲にもそう見えるのだろうと。 出会いは最悪に近かったけど、今は最良とも思える関係。 井伊家に馴染、一緒に居られるだけでも嬉しくて安心できる。 「直虎様はお母さんって感じだし、じゃあ、直政のこともこれからお父さんって呼ぼうか?」 「遠慮する。こんな大きな娘などいらん」 「えー」 は笑う。 直政も釣られて笑う。 「少し前は手のかかる妹のようだと言う話をしたばかりなのに、今度は娘だとは」 「そうだね。口煩い兄からお父さんになっちゃった」 はふと目を細めた。 「でも、今だけだよ」 「?」 「もう少しだけ、家族でいさせてね…」 自分で言って、胸が苦しくなった。 「おい、それはどういう意味だ」 直政が厳しい目を向けた。 「元々は、稲ちゃんが嫁ぐからあのままの私を心配した家康様たちが井伊家に預けただけだもん。 ずっと、井伊家に居られるとは思っていないよ、私は」 所詮家族のようなものであり、家族ではないのだ。 家族だという記録的なものはない。 住み込みの手伝いのようなものだ。 「早く独り立ち。できるようにならないとね。いつまでもお世話になりっぱなしもダメだろうし」 「、俺は」 「あ。直虎様ー!ただいま戻りましたー!」 井伊家の門前で直虎がいた。 は直虎の姿を見つけ駆け寄った。 「おかえりなさい。二人とも」 笑顔で出迎える直虎は、駆け寄ったを優しく抱きしめた。 母と子。 そんな感じで。 「もう少しだけ、家族でいさせてね…」 直政は何を突然言い出すのだと思った。 それは直政にとっても、衝撃が大きく感じる。 「元々は、稲ちゃんが嫁ぐからあのままの私を心配した家康様たちが井伊家に預けただけだもん。 ずっと、井伊家に居られるとは思っていないよ、私は」 「早く独り立ち。できるようにならないとね。いつまでもお世話になりっぱなしもダメだろうし」 考えてもいなかった。 先の事など。 康政には、早く誰か娶れ。野良猫娘でもいいだろう?みたいな先の話はされた。 けど、直政自身は、の心情を思い、そう焦る必要はどこにもないと思っていた。 いずれ誰かを娶るかもしれないが、だからと言ってを蔑ろにするつもりはないし。 これはこれで家族のようなものだろう?と直政は思っていたから。 事実、も同じなのだろう?と。 直虎を母のように慕い、直政をお父さんみたいだとか、口煩い兄だと言うくらいだから。 だから、衝撃が大きかった。 があんな風に考えていたことに。 (俺は…別に…) なんだろう。 酷く胸が痛む。 確実に決まっている話でもないのに。 が離れてしまうことに、酷く胸が痛む。 が井伊家に来た当初は、の態度に直政も好意的にはならず。 さっさと家から出そうとか、忠勝に送り返せばよいとか、なんなら稲の元へ届ければ? などと平気で思っていた。 けど、にも事情があり、その内容を知り、自身が変わり始めたこともあってそんな事など考える事はなくなった。 (俺の過去の態度が…にそうさせてしまったのか?) だとしたら、もうそのような考えは捨てたし、今はを受け入れているつもりだ。 直虎はどう考えているのだろうか? が言う独り立ちができるように、今だけの話なのか? 聞きたくても聞けない。 もし。 「そうですよ」 などと義母の口から言われては、直政も従う事になるのだから。 (いや、義母上に限ってそのようなことはないはずだ) きっと、から同じことを言われたら直虎は悲しむだろう。 だけど、同時に。 が独り立ちを考えているならば、応援しますなどと寂しそうに言うのかもしれない。 (まだ、今の話じゃない…先の話だ…きっと) それまでにの気持ちが変わればいいのに。 正直な気持ち。が離れてしまう事は反対なのだ、直政は。 16/09/11
19/12/29再UP
|