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野良猫娘と飼い犬男の話。
「直政!直政待ってよ!」 「………」 スタスタと歩く直政を追いかける。 直政はの呼びかけに応じることなく歩いている。 「直政ってば!怒らせたならば謝るから、ごめん!ねぇ!」 は直政の袖を掴むが、直政はこちらを見ようともしない。 「………直政ぁ……」 そんなに怒ることなのか? ただ、一度でいいから尾行が成功すればいいなと思っただけだ。 くだらないと呆れらるようなことでも。 それを康政がこういうやり方があるぞ。と提案したのだ。 一人では決して成功できるはずがない。 あれは康政と言う協力者がいたから成功したに過ぎないのだ。 でも直政は機嫌を悪くしてしまった。 何も返事をしてくれない直政に、は段々焦ってくる。 「……ごめん、って……」 は口を横一文字に結ぶ。 なんだろう、これは。 直政に冷たくされることなんて、出会った事に何度かあったはずなのに。 あの頃には感じなかった気持ちが、急に湧いて出てくる。 「直政……」 胸に小さな痛みを感じてしまう。 人に無視をされるってこんなに痛みを感じることなのかと。 思えば、大きな怖い思いをここでは2度もした。 けど、それとは違う。 親しいと思える人からのそれは痛みを伴った。 は掴んでいた手を離す。 謝っても応えてくれない事に、自分を見てくてもしないことに。 痛みだけが大きくなって。 「………」 は歩みを止め、俯いてしまう。 まだ怒ってくれた方がいいのに。 直政と打ち解けてから楽しいことがいっぱいに増えていくから。 それが嬉しくて調子に乗り過ぎたのだろうか? 思えば、興味と面白がって尾行なんて真似をしたから。 しかも周囲に知れ渡っているし。 普通に考えれば自分の行動は恥ずべきことなのだろう。 は踵を返す。 なんだか、本当に気配を、いや自分のことを消してしまいたい気分だ。 【12】 親に叱られた子供みたいだ。 今の自分の事をそう例えてしまう。 ただ、直政は叱ってもくれないが。 掴んだ袖を話してしまったのは、これ以上拒絶をされるのが怖かったから。 腕を振り払われたら、自分を見る目が冷たいものだったらと思うと怖いから。 だったら、しばらく直政と距離を置こうと考えた。 あのまま一緒に帰宅しても、相手にされないだけだと思ったから。 けど、また直虎や竹たちに心配かけてしまうだろうか? 「また、お前は…」 腕を掴まれた。 「え?」 「一人でフラフラするな!心配するだろうが」 直政だった。 さっきまで自分の事など見向きもしなかったのに。 若干息が上がっているのは気のせいか。 「なんで?」 「急にいなくなれば誰だって心配になる…」 「だって、直政は怒って…」 「あ、あれは…」 少しだけ直政は視線を逸らした。 「…………なんとなく…自分が…」 「?」 「自分に呆れただけだ」 直政はの手へと握り替えた。 「帰るぞ。義母上が心配なさる」 「直政、あの」 直政はを連れて歩き出す。 「悪かった……」 「なんで、直政が謝るの?悪いのは私で…」 「俺の態度で、が嫌な思いをしただろうから」 「だから、それは私が悪かったからで、直政が謝るの、おかしいよ…」 変だ。 さっきまであった胸の痛みは消えてしまった。 だけど、同時に直政に謝らせている事が嫌で。 自分がしでかしたことで、直政に謝ってほしくなどないのに。 「謝らないでよ…直政は何も悪くないのに…」 直政が立ち止まり、を見た。 「お、おい」 「私が康政様にも止められたのに、無理にお願いしたから…だから…」 唇が震える。 目頭が熱くなっていた。 「。だからって、何故お前が泣く」 「だ、だって。直政が謝るから…私が全部悪いのに。直政に迷惑かけているのに…心配だとが言うし」 ボロボロと涙が零れてしまう。 「お願いだから謝らないで、」 「わ、わかった。わかったから泣くな。お前に泣かれる方が困る」 傍から見れば直政が泣かしたようにしか見えないのだから…。 は何度もしゃくりあげながら、鼻を啜り泣き止もうとする。 直政は懐から手拭を取り出し、の涙を拭う。 「まったく…手のかかる妹ができたみたいだ」 「……私にしてみれば、口煩い兄ができたみたいだよ」 唇を尖らせはそう言ってみた。 「泣き止んだか?そろそろ帰るぞ」 歩き出す直政だが、その手はしっかりとの手を繋いでいた。 後日、改めて康政が井伊家を訪れた。 「仲直りはできたのか?野良猫娘」 「…しましたけど…いい加減、その呼び方やめてくださいよ…」 「俺としては結構気に入っているんだが」 だからと言って変える気はないらしい。 「それにしても、康政殿。どうやってほぼ素人のが気配を消せるようになったのですか?」 「別に大したことはしとらんよ。野良猫娘には、単純に目立った行動をするな。と教えただけだ」 「目立つ行動を?」 「うん。そう言われた。何かしら特別な事はしないで、周りに紛れ込めばいいって。あとは康政様が直政の気を引くからって」 そう言えば、あの日。珍しく康政が強引だった覚えがある。 こちらに注意を引きつけ、から意識を逸らすためだったようだ。 「野良猫娘の尾行がわかりやすいのは、単純に今、隠れていますよ〜ってのが見え見えだったからな。どこに居ても、誰もがあぁ、また来ているとわかるぐらいだし」 家康の城の者達が知っているくらいだ。 「余計な事を教えてくれましたね、康政殿は…」 直政は嘆息する。 「なんだ?不都合でもあるのか?一度くらいはお前に勝ちたいと野良猫娘が言っていたのでな」 直政はに目を向けるが、は素知らぬ顔をしている。 「まぁ、まさかお前があそこまで機嫌を損ねるとは思わなかった。あれは予想外だったな」 「あ、あの時は…いえ」 直政は咳払いをする。 「ん?あの時はなんだ?」 「……なんでもないです」 がいる手前、あまり話したくない。 「聞いてみたいな、俺は。お前が珍しく「康政殿」 菓子でもいかがですか?と直政は康政に強引に勧める。 康政は苦笑しつつその菓子を手に取り食べる。 するとふとが言った。 「康政様と直政は仲がいいのね」 「悪くはないな」 「いつも見ている直政とちょっと違う感じがするから面白い。そうさせているのは康政様なのかな?って思うから」 「そうか。野良猫娘の前ではカッコつけているのだな、直政も」 「してませんよ、別に」 直政は茶を啜る。 「だが、野良猫娘が直政を見てそう思うのもわかるな。こいつは人から誤解を受けやすいが、付き合ってみればなんてことはない。単純に真面目な奴だとわかる」 「そうですね。直政ぐらいですから、私にお説教してきたのは」 「。あまり余計な事を言うな」 2対1の構図ができてしまったようでちょっとばつが悪い。 このままだとさらに根掘り葉掘り問われそうで嫌だ。 が、救いの神が現れた。 「お話し中失礼致します。さん。直虎様がお呼びですよ」 竹がを呼びに来た。 「はい、わかりました。今、行きます」 は立ち上がる。 「康政様。ごゆっくりしていってくださいね」 「あぁ。またな。野良猫娘」 室を出る際にもは康政に一礼してから出た。 残った二人だが、直政は内心安堵しもう一口茶を飲んだ。 「すっかり懐いたようで良かったじゃないか、直政」 「あなたにはが猫に見えるのですね」 「そう言うわけではないが、つい例えてしまうな」 康政も茶を啜る。 「あぁそうだ。先日の話は全てが冗談ではないぞ」 「先日?」 「井伊家の為にも早めに誰かを娶ると言う話だ」 「それは……」 あれもの尾行から気をそらすためのことではないのだか? ある意味すごく気はそらされたのだが。 「野良猫娘の件も一段落しただろう?ぼちぼち考えておけよ。まぁすでに心に決めた相手がいるならば、義母上に紹介してやれ」 「………」 康政は苦笑する。 「真面目だな、相変わらず」 康政は直政の額を軽く叩いた。 「その真面目さが首を絞めそうだ」 真面目である事が悪いことではないが、真面目に考えすぎて損をしそうだ。 そう康政は言いたいらしい。 「いいではないか。このまま野良猫娘を娶るのもアリだぞ、アリ」 「康政殿…」 「まぁ、それは性急すぎか。だが、場合によってはどう転がるかわからんよ」 康政は面白そうに笑った。 (最近、家族が増えた…ぐらいしか思っていなかったのだが…急に嫁だとか言われてもな…) そもそも男性に対して、はまだ距離を置きたいと思うのではないのだろうか? 過去の出来事を思えば。 (今は、そう言うのを抜きにして接したいのだがな…) 直政は周囲と自分の温度差があるのだろうかと考えるのだった。 16/08/28
19/12/29再UP
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