野良猫娘と飼い犬男の話。




ドリーム小説
…良かった、本当に良かった…」

信州上田城に居る稲。
先日、稲の下へ文が届いた。
差出人は
稲が嫁ぐと家を出るまでずっと一緒に行くとごねていた。
その後、彼女は本多家ではなく、井伊家に預けられたと聞かされ、その後どうしているのか心配だった。
甘やかしてばかりではの為にならないと、一緒に来ることを拒んだが。
後になって、井伊家に預けられた話を聞くと、やはり一緒に連れてくればよかっただろうか?と不安になった。

だけど、からの文にはそのような事は書いておらず。
稲と離れてしまった事は寂しいが、井伊家でも楽しく過ごせていると前向きな言葉が沢山綴られていた。

「元々…直虎様ならば大丈夫だとは思っていたけど…」

それでも心配するならば、直政との方だ。
けど、どうやら心配する必要はなかったようだ。
最初から上手くいったとは流石に思わないが。
稲はからの文を閉じる。
そして小さく息を吐いた。

「また会える時が楽しみね、

その時はきっと笑顔のに会えるのだろうから。

「いけない。私も返事を出さないと」

稲は感傷に浸るのをやめて筆と紙を探しに立ち上がった。





【11】





「また見つかった〜!!?」

「いい加減諦めろ」

最近のと直政。
遊びと言うか、の意地と言うか。
直政を尾行して最後まで気づかれずにいられるか。などという事をやっている。
やっていると言うか、ほぼが一方的に。

「だってさ〜」

「前にも言った。は気配を消すことができていない。だからわかりやすいんだ」

「気配ってどうやって消すの?」

「そんな事知らなくても良いだろう」

「直政は私に敗けるのが嫌なのね」

「そもそも勝負などしていない」

直政は相手にしてくれないが、は止めない。
ただ、なんとなく。直政を追いかける事を楽しんでいるような気もする。
だから見つかっても、言うほど悔しくないし止めもないのだろう。

「次は絶対に成功させてみせるからね!」

「はいはい」

勝手にやってくれと。直政は歩き出した。

「直政。直虎さまにお土産買って帰ろう」

「なんでもいいけどな」

直政の隣に並ぶ
何を買って帰ろうかと楽し気に話していた。





そんなある日のことだった。

「お。野良猫娘」

「!!?」

今日も今日とて直政の尾行に失敗した
家康の居城近くでそんな風に声をかけられた。

「な、なんですか!?」

思わず身構えてしまう

「すまない。驚かせた。別にとって食おうなどという事はせんよ」

気持ちいくらいの笑顔をに向けた男に、は少しだが警戒心を解いた。
男はあっさり名乗った。
榊原康政。直政とも親交はあると。

「それで。野良猫娘はまた直政を追いかけているのか?」

「な、んで…それを…って言うか、野良猫娘ってなんですか…」

あれ?とは思いつつ疑問を口にした。

「あー気を悪くしたか。すまん。単に直政からお前の話を聞いて俺が勝手にそう呼んでいるだけだ」

「私が猫っぽいってことですか?」

「おう。しかも警戒心が強い野良猫のようにな」

はっきり言いつつ、しかも豪快に笑う康政。
言われている事に素直に喜べないのに、気持ちはそう悪くはない。

「それに対して、直政は忠犬だと思わないか?」

「直政が犬…」

「どんな時でも家康様の命令に従う犬だな」

笑ってはいけないと思いながらも、は吹いてしまった。

「番犬の間違いじゃないですか?直政は噛みつこうとするから」

「義母上を守る為の番犬ではあるな。どちらにしても、怖いぞ。直政は」

話していて気づいた。
この人は、先日自分が襲われた時に直政と一緒に居た人だと。
その時にも自分の事を野良猫娘と呼んでいた気がする。

「でも。家康様の周りは番犬だらけだと思いますよ?忠勝様とか」

「確かにな。否定はできない」

「康政様もそうではないんですか?」

「うん。否定はしないな。殿の為ならば直政にも負けないよう努めるさ」

裏表のない人だなと思う。
けど、短時間しか話をしていないので、それが本当の康政なのかはわからない。
の知らない顔など沢山あるだろうし。
知らなくても良いだろう。
このままで十分すぎる。
話は直政への尾行の事に戻った。

「直政にすぐ見つかるんですけど、気配が消えていないからすぐにわかるって言われるんです」

「まぁ、そうだろうなぁ。俺も何度か見かけているぞ」

「本当ですか!?」

「むしろ。城の者はまたかと微笑ましく見守っている」

「な、何それ!!?」

当然の話だろう。
ほぼ毎日と言っていいほど、娘が城の周囲をウロウロしていれば多少なりとも警戒はするだろうし、直政の身内でなければ即刻立ち去るように追いやられているはずだ。

「うえぇ〜…なんか間抜けすぎる、私…」

「中々楽しくていいぞ、俺は」

「直政が知ったら滅茶苦茶叱られそう…」

は肩を落とす。
康政はの肩を数回叩いた。

「直政が叱るはずないだろう。当然、奴も知っているのだからな!」

「ええ!?」

「そんなに驚く事か?あれでも野良猫娘を心配しているのだろう。ちゃんと着いてきているか?と確認しているようなものだしな」

「………」

にしてみれば、単純に尾行を止めない自分に呆れて何も言わないだけだと思ったいた。
本気で止めさせるならば、家を出る前に止められただろうに。

「心配してくれているのかな…」

「するだろう。少し前に賊に襲われることがあったばかりだろうが」

自分でも忘れていたのか?と康政は苦笑している。

「あ、えと。基本的に直政と一緒でないと外に出ないから…」

「そうかそうか。まぁ、直政は野良猫娘にとっても良い番犬だろう。しっかり守ってもらえ」

そう言われてしまうと恥ずかしいものはあるが悪い気はせず。
だけど、照れ隠しの所為か、つい余計な事を言ってしまう。

「でも、一度で良いから尾行に成功したい!直政に勝ちたい!」

「おいおい」

「まぁ…気配の消し方がわからないので無理っぽいんですけど…」

「やれやれ。しょうがないな。野良猫娘は」

康政は苦笑しつつも、にある事を教えてくれた。





「直政。今日はお前んちに邪魔をして良いか?」

予定の執務が終わり、そろそろ屋敷へ戻ろうとしていた直政に康政が呼び止めた。

「はぁ…別に良いですが」

「ぼちぼち野良猫娘にもちゃんと会いたいと思ってな。お前の話では最近元気になったようだし」

康政にそう言われて、別に断る理由もないので直政は了承した。
急な客人ではあるが、きっと優秀な竹たちの事だすぐに対応するだろうからと。

「あいつは…」

城を出るとがまた尾行をしている事に気づいた。
踵を返し、を呼ぼうとした直政だったが、康政に止められた。

「まぁまぁ放っておけって。いつもの事なのだろう?それに俺が一緒では野良猫娘は近づいてこないだろうしな」

「しかし、それでは。康政殿に失礼ではありませんか」

「良いって。屋敷でちゃんと紹介してくれれば」

さぁ行こうと康政は直政を引っ張り歩き出した。

「それでな。半蔵殿がおっしゃるには…聞いているのか?直政」

「え?は、はい」

直政は後方を気にしている。
が気になるのだろう。

「どうだ?直政もぼちぼちどなたか娶らぬのか?」

「は?急に何を」

「いや、急にと言うか。そろそろ義母上を安心させたいだろう?今後の井伊家の為にも」

「それは、そうですが…」

「誰かいるのか?好いてる女子でも。早いうちに紹介しておかないと、知らぬ女を連れて来られるぞ」

「康政殿、あのですね……」

直政はハッと後方を振り返った。

「………?」

「どうかしたのか?直政」

急に立ち止まる直政。

「あ、いえ……」

「なんだ?嫁候補に野良猫娘でも上がっているのか?」

「ち、違いますよ!」

「そうか。まぁそれでも良いとは思うがな…うん。アリだろう?それも」

「いや、あの…」

「ほら、早く行くぞ」

直政の背を押し歩き出す康政。

「いえ。ちょっと待ってください、康政殿」

「待たぬよ」

康政は気にも留めず歩き続ける。

の姿が見えぬのです」

「そうかぁ?」

「急に居なくなるなど。もしかしたらあいつに何かあったのではないかと…」

「そんなに心配することないさ」

「だからと言って、俺はそのままにできません。申し訳ないが、今日はここで」

直政はの気配が消えたことに少々焦っているようだ。
いつもダダ漏れの気配をさせていたの姿がなくなれば心配になるというもの。
先日の事もあるから、直政は心配になるのだろう。
を捜しに行くと言いだした。

「だとさ。野良猫娘。尾行成功だろう?」

「…は?」

「やった!初勝利!!」

ひょっこり角から顔を出した

「………」

「康政様の協力で初めて直政に気づかれなかった!」

「いやいや、野良猫娘は忍びの素質があるのかもしれないぞ」

してやったりと互いに握手をしていると康政。

「どういうことですか?康政殿」

「ん?まぁ単純に気配の消し方を教えてあげただけだ」

「………」

直政は二人に背を向け歩き出してしまう。

「直政!」

「いかん。少々やりすぎたか。ほら、追いかけろ野良猫娘」

「う、うん」

直政を怒らせてしまったようだと康政は反省した。
は慌てて直政の後を追っていった。

「しかし…思った以上だな、直政も…」

随分過保護になったものだと康政は二人の背中を見送るのだった。








16/08/13
19/12/29再UP