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野良猫娘と飼い犬男の話。
なんで自分ばかり…と呪うようなことしか考えられなかった。 室に閉じこもり、誰にも会わないようにして。 そんな自分に対し、誰も何も言わないでくれる。 心配してなのか、同情してなのか。 この先どうしようかと考えるも、答えなんて見つからなくて。 ううん。考えている振りだけのようで。 簡単な話で、また閉じこもっていれば楽だと気づく。 でも、そんな事ばかりしていると、今度もまた。 どこかに追いやられてしまうのだろうか? だから。 「直政でも、虎松でもいい。お前はもう…井伊家の者だろう?家族みたいなものだろう。だから、その…畏まった態度はとるな。来たばかりの頃の方がふてぶてしい態度だったぞ」 そうじゃないって。まだここに居てもいいのだと言ってもらえたのが嬉しかった。 【10】 「おはようございます!今日からまたよろしくお願いします!」 は朝一、台所で女中達に頭を下げた。 女中たちは一瞬呆けた顔をしてしまう。 「い、嫌だよ。ちゃん。どうしたんだい?」 「ここ数日…ずっとお手伝いを休んでしまったので」 「そんな事気にしなくていいんだよ。ちゃんは大変だったのに…もういいのかい?」 まだ休んでいてもいいのだよ。 と女中たちは言う。 だけど、はもう大丈夫だと頷く。 (もういらない…って言われちゃうかなって思うけど…) 彼女達は仕事であり、自分は手伝いぐらいしかできないから。 「ほらほら。手が止まっていますよ。ちゃん、あなたは玄関前を掃いてきてくださいな」 竹はパンパンと手を叩く。 女中たちも返事をし作業を再開させ、言われたも急いで玄関に向かった。 竹はいつも通りにしてくれた。 「それで?」 「だから、それが嬉しかったの!もうやらなくていいって言われたらどうしようかなって不安だったから」 朝の手伝いを終えた。 直虎、直政との朝餉の時間。 は先ほどの事を話していた。 「そんなものか?」 「いらないって言われるよりいいじゃん」 「変な奴だな。手伝いをしなくていいと言われるなら、その方が楽でいいだろうに」 「だって、私からやりたいって言いだした事だもん。途中で投げるのは嫌だもん」 「そうか」 直虎は息子とのやり取りを聞いて微笑ましく感じた。 当初は目線も合わせようともしなかった二人が、ここ最近になって急に打ち解けた。 言葉遣いも砕け、一気に親密さは増したようだ。 自分が産み育てたわけではないが、もう一人子ができたような感覚がして嬉しい。 「なんですか?義母上」 「なんでもないですよ。単純に嬉しいって思えるだけですから」 「何がですか?」 「うふふ。何にでしょうね」 これは今後の井伊家にとっていい形になるのではないかと密かに期待してしまう直虎だった。 「そう言えば。に聞きたいことがあった」 は手伝いを終えて自由時間になった時、思い切って直政に声をかけた。 外へ出るのに、ちょっとだけ一人は怖かったので、直政に着いてきてもらおうと思って。 理由を話せば直政は断ることもなく、外に出てくれた。 その途中でのことだ。 「私に?何?」 「お前は先日、ずっと俺の事を尾行していたが、あれはなんだったのだ?」 「あ…あ〜そ、そんな事もあったね…」 直政に興味を持ち始めた頃と言ってもいい。 なんとなく気になって、その姿を見つけると後を追ってしまっていた。 「って…気づいていたんだ」 「気づかれていないと思っていたのか、は」 呆れたという感じてため息を吐く直政には気まずそうに目線を逸らす。 「隠れているつもりのようだが、思いっきり見えていたし、気配も隠しきれていない。あれで気づかず尾行される方が難しい」 「ぬ…」 「…お前なぁ…」 直政は尚も呆れているようで、の頭をくしゃりと撫でた。 「俺だって戦場に出る武士の一人だ。素人の尾行に気づかぬようではやってはいけぬぞ」 「あ、えと…」 「拗ねるな。気づかれていたくらいで」 くっと直政は小さく笑った。 にしてみれば、呆れられた事よりも、頭を撫でられた事の方に意識が向いた。 (サラッとやるからびっくりした…) 撫でられた頭、髪を整え、恥ずかしさを隠す。 「び、尾行したのは…単純に普段直政は何をしているのかな?って思ったから。どんなところで遊んだりするのかなぁ〜って…」 「遊ぶと言われてもな…」 「あれかな?夜、綺麗なお姉さんがいるような場所とかに行ったりするの?」 「お前は…」 「家康様のお供とかで行きそうなんだけど」 直政が答えにくそうにしているところを見ると、そう言うのはあるらしい。 「直政はお姉さん方に人気ありそう。生真面目っぽい応対がかえって可愛いとか言われてさ」 「からかうな」 はニシシと笑う。 さっきのお返しではないが、ちょっとした反撃だ。 直政は軽く咳払いをする。 「俺の行動に興味を持たれても、そう面白い事はない。家康様に命じられた事をするだけだ」 「ふーん」 「信じていないな、お前…」 「そんな事ないよ」 直政は聞けば答えてくれる。 最初が悪かっただけに、今こうして普通に会話できるのが楽しい。 直政は自分を家族として認めてくれているから。 稲の傍を離れたくないと駄々をこねていた頃に比べたら、楽しさは倍増しているから。 「あ」 「どうした?」 ふと立ち止まってしまったに直政は尋ねる。 「どうって事ではないんだ。ただ…稲ちゃんにいまだに心配かけているかなぁって思ったら、少しでも今の私の事を伝えたいなって思って」 「稲殿か…」 「私の一番の友達だもん。ここを離れるまでずっと心配してくれた。だから、もう私は大丈夫だよってちゃんと教えたいんだよね」 「なんだ。そんな事か」 直政は歩き出す。 「そんな事って酷くない?私にしては重要なのに」 は軽く頬を膨らませつつも、直政の後を追う。 「そう思うのならば、そう文で伝えれば良いだろうに」 「あ…うん」 「きっと、稲殿も待っておられるだろう」 直政の言葉がなんとなく身に沁みる。 不思議だな。直政がそう言うと、本当にそうかな?と思える。 まだ稲からは文が届いたことはないから。 少しだけ、自分の事など忘れられているのかな?などと卑屈な事も思ってしまうから。 「かな?…そうだといいなぁ…稲ちゃんは稲ちゃんで嫁ぎ先で大変かなぁって思うけど」 「みたいな駄々っ子を相手にしていたんだ。なんて事ないだろう」 「そうだよね。稲ちゃんならば…って!直政酷い!駄々っ子って何よ!!」 「の事だろう?それ以外に何がある」 「もう!!」 は直政の背中を何度も叩く。 「わかった。怒るな。何か買ってやるから機嫌を直せ」 「それこそ、私が駄々っ子みたいじゃんか!」 「違うのか?」 「直政のバカ!」 こんなやり取り。まさか直政とするとは思わなかった。 だけど、不思議と悪くない。 「何がいい?菓子なら何でも良さそうだな、は」 「食い気ばかりだと思っているわけ?女の子相手に食べ物で釣ろうって…」 「相手ならば釣れるだろう?」 「釣られてあげないし」 直政が笑っている。 もしょうがないと言う顔をしながらも、つい笑ってしまう。 (本当。悪くないな、この感じ) 16/08/13
19/12/29再UP
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