野良猫娘と飼い犬男の話。



ドリーム小説
「新入り。頼まれて欲しい事があるのだが」

「なんでしょうか?忠勝殿」

なんだかんだでが自分から逃げている日が続いている。
ジッと見られる事がなくなった、尾行される事もなくなった。
食事は共にするけど、会話などあるはずもない。
また最初に戻ったかと思うような。
そんな時に、忠勝から少々不穏な話を聞いた。

「どうやら現在、この町にある賊の生き残りがいるらしいのだ」

「賊?」

「あぁ。ほぼ一味は壊滅させたのだが、生き残りがいた。最近そう報告が入ってな。一人じゃ何もせんだろうが、気になるので調べてみてほしい」

「わかりました。その賊のこと詳しく教えてください」

「うむ。すまんな。半蔵がいれば、奴に頼むのだが、生憎殿の使いで府中を離れているそうだ」

そのような話を聞き、同じように頼まれた康政と周辺の様子を窺っていた。
すると、それらしい男が昼間から飲んでいると言う報告を受け、現場へ急行したのだが。
店ではない場所で、一人の女性に暴行を加えようとしていた。
その女性がだとは酷い偶然が重なるものだと感じた。

暴行未遂で済んだと言え、は酷く傷ついたようだった。
直政がに触れようとしたが、身体を強張らせ、拒絶しようとしたのがわかったから。
同行した康政が直虎に引き取ってもらえば良いと連絡しようとしたが、はそれすらも拒んだ。
賊の事は康政に任せ、直政はを背負い帰宅する。
直政の背での呟きが直政の耳に入る。

「………なんで…なんで、私ばっかり…」

井伊家に来る前、家康や忠勝が知っているの過去。
何があったのかは直政は知らない。
興味もなかった。
今回の出来事はそれを思い出させるもののようだ。





【9】





屋敷に到着すると、すでに連絡は入ってらしい直虎が青い顔をし待っていた。

「虎松!さんは!!?」

直虎だけでなく、女中達も不安げにしている。

「寝ているようです。後を頼めますか?義母上」

「わかりました。さんをこちらに」

彼女の室までは直政が運んだ。
その後を義母に任せ、直政は再び屋敷を出た。
賊の生き残りの件が気になったからだ。

「直政。野良猫娘の事は良いのか?」

「義母上に任せてあります」

康政に賊の事を問う。

「罪が多すぎる…生き延びた方が不運としか思えないな」

この後の男の処遇を思えば。というものらしい。

「そうですか…」

「野良猫娘も運が悪い。そんな奴にたまたま関わってしまったからな」

「………」

「どうした?直政」

「たまたま…なのか…少し気になって。奴はを知っているような感じだったので」

「………たまたまって事にしとけ。どの道野良猫娘は奴とはもう会わんさ」

「そうですか…」

直政が戻ってくるまでの間に、男の処遇はもう決まっていたらしい。
聞くだけ無駄だと言う話か。
屋敷に戻ってもいいぞ。と言われ、直政は帰る事にした。

「半蔵殿。お戻りになられていたのか」

薄暗い廊下で大きな影が二つ揺らいでいたのが、少し怖かったが。
その影が誰のものかとわかると直政は安堵する。
忠勝と半蔵のものだったから。
二人は直政を見て、賊の件を褒めてくれた。

「いえ、俺は特に何も」

「被害が大きくなる前で良かった。あやつは他の盗賊団ともつながりを持っていたようでな、このままだと、別でまた事件を起こす所だった」

かなり大きな盗賊団だったのか。
賊には賊のしきたりなどがあるから、簡単によそ者など入れぬはずだが、互いに利用しようと思っていたのかその辺は本人達しかわからないのだが。

「その盗賊団の方はどうなさるんですか?」

「それは影の仕事だ」

半蔵が家康に命じられたらしい、半蔵が率いる忍びの一団で片を付けるようだ。

「もっとも…あの時全員始末しておけば…一人見逃していたとは、甘い…」

「お主の所為ではないだろう、半蔵」

「………」

半蔵は無言で姿を消してしまった。

「やれやれ。半蔵も自分に厳しいな」

忠勝は苦笑した。

「だが…それでが巻き込まれたと知って、半蔵なりに気にしているのだろうな」

「半蔵殿はを?」

「あぁ。そう面識があるわけではないがな」

なんとなくだが、直政にもに起きた出来事がわかってきた気がする。






あれから数日が経った。
は室から出てこない。
直虎も無理に行動を起こすつもりはないらしく、静かに見守っている。
だが、このままで良いのだろうか?と直政は思う。
折角外に出るようになって、人と接するようになったと直虎は喜んでいたのに。
また元に戻ってしまう事に。

「なぜ、自分ばかり…か」

の室のそばの縁側に直政はいた。
庭に面しているそこに直政は腰を下ろす。
さて、どうしたものかと考えてみるも、明確な答えなど出てこない。
考えるだけ無駄なのだろうか?

(俺が気にする事でもないのか…)

が井伊家へやって来たころは、直政は無関係だとばかりな態度をとっていた。
だけど、今は少しだけ変化が出ている。
なんだかんだでの様子を気にしている自分がいるのだから。

「あ」

ことりと音がしたと思えば、障子が少し空いた。
がその隙間から顔を覗かせたのだ。

「虎松さま…」

その声に直政は顔を向けるが、すぐさま正面に戻す。
そして何事もなかったかのように言った。

「今日は天気もいい。多少は日に当たるべきだ」

「………」

天気などよくても、の気持ちは正反対なのだろう。
このまま閉じられるかと思ったが、がおずおずと室から出てきた。
意外だと直政も思うも、とは距離を感じる。
直政は盆をの方に差し出す。

「康政殿から頂いたものだ。美味いぞ」

と練り切りを出した。
康政なりにを気にしてくれているらしい。
冗談なのか本気なのかわからないが、康政は。

「野良猫の警戒心は強いからなぁ。菓子でも与えて解いてもらえ」

などと言っていた。
食う食わないは別として、室から出てきただけでも十分だろうと思って。
は少し考えた様子を見せるも、急に立ち上がったと思うと、直政の隣に座った。
勢いがついて、直政の体に触れてしまう。

「す、すみません!」

「いや、いい」

は康政からの頂きものを一口食べる。

「おいしい…です」

「そうか」

「あ、あの………あ、りがとう…ございました。助けてくれて…」

直政はに顔を向ける。
まさか礼を言われると思わなかったから。
いや、そうではない。はたどたどしくあっても、礼だけは素直に述べる子だ。

「いや、俺の方こそ…もっと早くにあの男を捕まえていれば…が傷つくこともなかった」

「………」

聞くべきか、聞かざるべきか。あの男との間にあった事を。
家康、忠勝、半蔵。そして直虎は知っているらしい出来事。
だけど、誰も直政には話さない。
心に負った傷が深い事を。
周りは聞けとは言わない。ただ見守ってやれと言う。
知ってしまうと何かが変わるのだろうか?

「あの男の人は…どうなるんですか?」

「……島流しが妥当だろう。詳しい処罰は聞いていない。が気にすることはないだろう」

「そうですかね…」

本当は知っている。
すでに男は処断された。
康政も言っていたが、生き延びた方が男にとって不遇だとしか思えない最期だった。
だが、それをに聞かせるつもりはなかった。

「あの人…ううん。あの人達に殺されそうになったんです、私…」

一度死んだようなものかな。などとは呟いた。

「私、生まれも育ちもここじゃなくて…遠いところで。そんな私を保護してくれた人たちがいて…」

自身が話すと思わなかった。
だから、止めろとも言えず、直政は黙って耳を傾ける。

「小さな村だったんですけどね。良いところでしたよ…いい人ばかりだったし」

けど、ある日。
村は盗賊団に襲われた。
盗賊団は村の金品を奪い、人の命も容赦なく奪っていった。
ただ若い娘は集められてどこぞに売るつもりだったらしく、一か所に集められた。
もその一人だった。

「けど、売る前に手を付けてしまえって…」

毎晩誰かしら一人ずつどこかに連れていかれて…の番が近づいた時に、隙を見て逃げ出した。
それでもに逃げられた事を気づいた盗賊たちに追いかけられて、もう駄目だと諦めかけた時。

「偶然近くを通りかかった家康様達に助けていただいたんです」

康政が言っていた、家康が鷹狩に行ったときの事かとわかる。

「私は運が良かった。怖い思いはしたけど、命は残ったから。村の女の子は結局…」

は深く息を吸った。

「いい。無理はするな」

言いたくないのならばそれでいいと直政は無理強いはしなかった。

「その後は虎松さまも知っての通り、忠勝様のお屋敷に置いて貰って…」

稲がずっと面倒をみていた。
稲が嫁ぐ事が決まる日まで。

「ずっと、稲ちゃんと一緒に居られると思っていたけど…」

それを誰も良しと思わず、は井伊家に預けられた。

「でも、良かったとは思います。今なら。あのままだったら、ずっと稲ちゃんに依存していたのだろうなって。虎松さまだけなんですよ?私の事叱るの」

「そうだったか…」

直政に言わせれば、多少は嫉妬のようなものがあったので、素直に喜べない。

はそう言うが…俺はお前に無関心過ぎた。いくら家康様でも面倒な事を押し付けてと思った。その上でずっと引きこもるお前に腹が立った。
の事情を知りもしないで大人げない態度だと思う。俺の方こそ、すまなかった」

はかぶりを振る。

「私は虎松さまに助けてもらえて本当に良かったです」

「………」

嫌々だとか、面倒だと思ったのに。
そんな直政の気持ちなど知らずには礼を言ってくる。
自分の方がただのガキだと思い知らされる。

「様などつけるな」

「?」

「直政でも、虎松でもいい。お前はもう…井伊家の者だろう?家族みたいなものだろう。だから、その…畏まった態度はとるな。来たばかりの頃の方がふてぶてしい態度だったぞ」

「…ふてぶてしいって酷くないですか?」

が小さく笑った。

「でも、ありがとう……直政…さん」

「さんもいらない」

「うん。直政」

自分の随分変わったものだ。そう思わずにいられなかった。
けど、悪い気はしなかった。







16/07/18
19/12/29再UP