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野良猫娘と飼い犬男の話。
案の定と言うか、中々帰って来なかったを心配した女中たちが屋敷周辺でウロウロしていた。 そこへ直政と共に帰宅したが来たので、彼女達は大袈裟なくらいにを出迎えていた。 (過保護すぎないか?) と直政には少々異様な光景と映った。 「ちゃん。外に出る時は一言誰かに言ってからにしなさい。皆あなたが居なくて心配したのですから。それに、自分でやると言った仕事を放置するのは感心しませんよ」 流石と言うか、女中頭の竹だけは甘やかすことなく、にしっかりと注意する。 「はい。すみませんでした」 は素直に竹に頭を下げる。 「すまない。俺がを連れ回したからだ」 思わず直政は自分にも非があるように竹に詫びを入れた。 「虎松さま、あの」 「直政様がですか?」 「あぁ。今後は気を付ける。だから大目に見てやってくれ」 主に言われては竹も引き下がるしかない。 わかりました。とその場は収まる。 「では、ちゃん。夕餉の準備。手伝って貰えますか?」 「はい!しっかりやります!」 出来なかった分、今からしっかりやるのだとは竹の後を着いて行った。 「虎松は執務があって出仕したのではありませんか?」 ふいに背後から直虎の声がした。 「義母上!え、いや…」 「うふふ。さんと打ち解けてくれたようで、嬉しいですよ、私は」 しっかり名前で呼んでいましたねぇ。と直虎は頷く。 直政も別にを庇うつもりはなかったし、その理由もないし、元々は彼女が勝手に自分を尾行した結果だ。 だけど、なんとなく。先ほど饅頭を食べてのんびりしていた事もあったから、あのような言い訳のような事をしてしまったのだ。 (甘いのは俺か?) 竹も本気で怒っているわけでもない。 の為に注意したに過ぎない。 余計な事をしてしまったと直政は反省した。 【8】 (だからって…なんのつもりだ、いったい…) 翌日。直政は向けられる視線に嘆息した。 昨日で済んだわけでもなく、がジッとこっちを見ているのだ。 これで外に出たりしたら、彼女はまた尾行をするのだろうか? 昨日は無視して出かけたが、毎日同じ事が続くのも勘弁して欲しかったので、直政の方がに近づいた。 「」 「ひゃ、ひゃい!」 自分の所に来るとは思っていなかったようで、は驚きつつ、目が泳いでいる。 「俺に用でもあるのか?」 「あ、えと…その…」 じりじりと後退していく。 隙あれば逃げていくような気がする。 「理由もなく見られるのは勘弁して欲しいのだが…」 の動きが止まる。 「す、すみません。ふ、不快な思いさせてしまって…」 は直政に頭を下げる。 「あ、いや、不快などではなく」 「すみませんでしたぁ!」 「おい!!!」 は直政から逃げだしてしまった。 直政は呼び止めようとするも、その手空しく。には届かなかった。 (何か理由があるから見ていたんじゃないのか?) 聞きたい事があるのならば、聞いてくれれば良いものを。 ここへ来た頃に比べたら多少、距離が縮んだと思うから、以前の自分ならば多分の事など放っておいたのに。 (慣れないことはするものではないのだな…) 直政は息を吐いた。 だが、これではまた近づいて来なくなるだろうとも思った。 その日、は一人で外に出た。 遊ぶためではなく、お使いを頼まれたからだ。 近場ぐらいならば、ちょくちょく頼まれる様になった。 見知った人もでき、挨拶をかわすようにもなった。 お使いも済み、屋敷に戻るだけだったが、その帰宅途中に出会った知人とつい立ち話をしてしまった。 「あぁ、ごめんよ。つい引き止めちまった。日が暮れて来たね」 「本当だ。大丈夫、走って帰ればなんてことないし」 「そうかい?じゃあ、気を付けるんだよ」 「うん。またね!」 知人に別れを告げて屋敷に向かって走る。 時間をかけてしまったから、また竹に叱られてしまうかな?と思いつつ急ぐ。 角を曲がったところで、人とぶつかりそうになった。 「すみません!」 「あぁ?まぁ…」 ぶつかりそうになった相手は気にするなと手を振るも、に顔を近づけてきた。 「あんた、どっかで見たなぁ」 「え?」 「つい最近だな…」 は顔を顰める。 近づけてきた男からは酒の匂いがする。 まだ日が残っているのに、すでに酒に酔っているようだ。 「し、知りません。私は…あの、失礼します」 男の横を通り抜けようとするも、男に手首を掴まれる。 「な、なんですか!?」 「つれないことを言わないでくれよ。なんだったら、少し付き合ってくれ」 酒でも飲もうと男は誘ってくる。 「け、結構です。早く戻らないといけないので」 「どこかの奉公人かい?だったら、ご主人様にはおれから言ってあげるさぁ」 「いえ、あの」 「ご両親?大丈夫、おれが話をつければすぐさぁ」 「嫌!」 はその手を振り払い走りだそうとするも、酔っている割に男はを逃がそうとしない。 「可愛げのない態度はよくないなぁ」 「や、やだ」 壁に体を抑え込まれる。 (なんで?なんで私ばっかり!!?) 怖い怖いとなんとか男から逃れようとするも、同時に記憶が蘇る。 「あぁ、やっぱりだ。あんたのこと思い出した…」 と同じように男もそんな事を言いだした。 「!?」 男は酔いが醒めはじめているのか、顔を再び近づけ顎を掴む。 「いつぞやの娘だ。覚えているか?」 男の声が少し低くなる。 「あの日、あんたのお蔭でおれは仲間を失った…」 「なに、言って…」 「ほら、その名残だ。たまに痛みで目が覚める」 そう言い、の目の前に男は右手をかざす。 男は薬指と小指が途中でなくなっている。 「ひぃっ!」 「思い出したか?」 「わ、私のせいじゃない…元々はあんた達が…」 「へぇ…まぁいいさ、礼はたっぷりしてもらうさ。おれの気が済むまでな」 「い、や!!」 男の言うあの日との記憶にあるあの日は同じものだ。 顔なんか覚えちゃいないが、出来事ならば嫌でも忘れられないでいる。 折角その嫌な出来事も過去のものになろうとしていたのに、まだ自分から消えてくれない。 「どうあがこうが、無駄なんだよ!」 強い力で抑え込まれる。 もう駄目だ。 あの時と違う。 誰も助けてくれなどしない。 諦めかけた時。 「こいつが忠勝殿の言っていた賊の生き残りか」 「そのようだ」 「な!?」 ふいに体が楽になった。 恐る恐る見上げると、男は数人の侍に抑え込まれていた。 「。大丈夫か?」 の前で膝を折るのは直政だった。 「………虎松さま……」 「まさか、お前が巻き込まれているとは思わなかった。だが、もう大丈夫だ」 直政がに触れようとするが、は体を強張らせてしまう。 「…」 「直虎殿を呼びに行かせようか?我らよりも適任だろう」 直政と共に居た男がそう言い、直政も頷く。 「頼みます」 「あ…ダメ!直虎さまに言わないで!!」 伝令を出そうとしたところ、が止めた。 「言わないで、誰にも言わないでください…」 「だが、怖いのだろう。俺がそばにいるより義母上が居てくださった方が」 「が、我慢するから…」 「我慢などするな。我慢される方が堪える…」 「虎松さま…」 の目から大粒の涙が零れる。 子供みたいに声を上げて泣いた。 「直政。ひとまず我らはこやつを連れて行く。お前はそのまま野良猫娘と屋敷へ戻れ」 「康政殿…申し訳ない」 「いや、いいさ」 を襲った男は連行されていく。 何やら恨み節のような事を言うも、ただの戯言だとばかりに引っ張られて行った。 「。少し我慢をしてくれ。嫌だろうがな…」 「………」 直政はを強引に背負い、歩き出した。 は大人しく直政の体に身を預ける。 (よく見た…大きな背中だ…) 近づけないけど、何度もその背中を見ていた。 今はその背中に触れてどこか安心できた。 「………なんで…なんで、私ばっかり…」 「…」 はそのまま目を閉じた。 16/07/18
19/12/29再UP
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