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野良猫娘と飼い犬男の話。
少しずつ変わったと言うか、戻って来たと言うか。 の日常生活は色があると自分で感じた。 モノクロだった世界がカラーになった。 そんな風に。 そうなれたのも、直政が自分を甘やかさなかったからだ。 少し腹も立ったが、感謝も湧いた。 そして、少しずつだけどこの男に興味が湧いた。 【7】 直政に対し興味が湧いたからと言って、急に何かが変わるわけでもない。 元々人を寄せ付けないような雰囲気を持っているので、簡単に近づけない。 自身もそう簡単に気を許せなかったりする。 (ズルいって言うか、いい加減なのかなぁ…私は) 直政の事が気になるけど、近づけない。 だからと言って、向こうが近づいてくるのはちょっと勘弁して欲しい。 「それで…さんは何をしているんですか?」 「はぅ!」 背後から声をかけられ、背筋を伸ばす。 「直虎さま…あ、あははは」 は笑って誤魔化そうとするも、すぐさま項垂れる。 は柱の陰からこっそりと直政の様子を窺っていたから。 「すみません。なんか…変な事をして…」 「私に謝られても…私は別に気にしていないですよ。たださんが何をしているのかなぁ?と思って声をかけただけなので」 直虎はふと顔を出せば、案の定。と言うか、直政がこちらを見ていた。 若干嫌そうな顔をして。 その事は告げずにに向かって努めて明るく言う。 「虎松と仲良くなりたいんですよね。さんは」 「え。いえ、仲良くとかは…」 「じゃあ何故、虎松を見ていたんですか?」 「えっと……きょ、興味?」 「はぁ、そうなんですか…」 何か方向性が違うような気がした直虎はそれ以上何も言えなかった。 いつもの手伝いが終わって、少しばかり自由時間となった。 その自由時間をどう過ごそうか考えていた。 直虎とお喋りするのもいいし、竹たちと過ごすのもいい。 少しだけ冒険して一人で外に出てみようか?とさえ考えた。 (あ〜うん。まだちょっとやめておこうかな) 前回一人で外に出られたのは、お使いという名目があったから。 まだ何も考えないで外にと言うのは少し無理っぽい。 (そうだ!お竹さんとか…誰かと一緒ならば大丈夫かも) 以前本多家に居た時、稲とよく外に出たものだ。 誰かいないかと思うも、あくまでは家の手伝い程度で、竹たちは普通に仕事中なのだ。 流石に無理かなと諦めかけた時、一人出かけようとする直政の姿を見つけた。 (そう言えば、あの人。普段何をしているのかな…) 井伊家は家康に仕えている。 ならば家康の下へ行くのだろうか? でも、が本多家に居た時。忠勝は屋敷にいることはよくあったし。 常に毎日家康の傍にいるようには見えなかった。 (あの人でも遊びに行ったりするのかな…よし) 面白そうだから、探ってみよう!そう思いは直政の後を追った。 (徒歩とかって意外だよね。偉い人ならば籠とか、馬とか使いそうなのに) それとも鍛錬の為になどとお理由があるのだろうか? いや、よくよく考えるとはそう言う部分を知らないなと思い返した。 知っている知識としても、それは江戸と呼ばれる時代に入ってからだ 改めて知らない事だからけだなと。 (あ。やばいやばい) 慌てて体を隠す。 直政に尾行しているなどと知られてはならぬだろう。 と言うか、少しだけワクワクしてきた。 誰に頼まれたわけでもないのに、何か任務を受けたような感じがして。 根が真面目。という直政のことだから、特別変な場所には行かないだろうとは思うが。 意外な場所にでも足を運んでくれたら面白いなぁなどと思いながら尾行した。 「あいつは何をしているんだ…」 直政は嘆息した。 が自分を尾行しているなどと百も承知だった直政。 ここ数日、が自分を見ているのを知っていたし、今も本人は隠れているつもりだろうが、気配がダダ漏れで、視られていると言う視線が集中しているのだから。 「何がしたいのかまったくわからん…」 直虎に言っても。 「いいじゃないですか。さんのしたいようにさせてあげてくださいな」 とどこか喜んでいるように見えた。 まぁだが、この先はいくらでも入れない。 家康の居城。 門を潜れば、からの尾行も終わりだ。 直政は自分の仕事に取り掛かる。 家康に目通ししてもらう案件をまとめたりして数刻があっという間に過ぎていく。 「直政」 「康政殿。なんですか」 もうぼちぼち腰を上げようかとしていた時、康政が直政の下へやって来た。 「それは俺の方が聞きたい。お前、野良猫娘に何させているんだ?」 「は?」 康政がここへ着いたとき、身を潜めている娘がいたので、不審に思い声をかけたそうだ。 「あれは確かに、お前んとこの野良猫娘だったな」 「……俺が聞きたいのですが、それは」 直政が城へ入って終わり。 ではなく、はどうやら直政が出てくるのを待っていたようだ。 結果的に康政に見つかったようだが。 「それで。あの娘はどうしたのですか?」 「あぁ。俺の顔を見て逃げて行った」 「はぁ……申し訳ない」 「いや、いいさ。別に何かされたわけではないしな」 康政は改めてと何かあったのか?と聞いてきた。 直政にしてみれば別に何もないのだが。 自分の方が知りたいぐらいなわけで。 「それはさ。単純に、お前に興味があるんじゃないのか?」 「はい?」 ここ最近の事を康政に話した直政。 「お前の様子をジッと窺って。後をつけてみたりして…あぁ、野良猫娘はまさに猫だな」 と実に楽し気に康政は言った。 「なんですか?それは…」 「だって、そうだろ?自分からお前に近づいているようだけど、お前が一歩近づけば瞬時に逃げてさ。構ってほしいけど、近づくな!みたいな?」 そう見えないか?と問われても直政は首を傾げる。 「……猫は気まぐれとよく言うしな。別にそれだけじゃなくて、主に忠実な部分もあるだろうけど。やっぱり自由気ままな存在って感じが強い」 「康政殿。あの娘は人間ですが」 「真面目な顔で否定するな。例えの話だ」 康政は笑う。 「まぁ少しは野良猫娘も変わったと言うことか。結構、結構」 「康政殿。楽しんでいますね…」 「お前が困惑している姿は滅多に見られないからな」 大概、この人も性格が悪いなと直政は思わずにいられなかった。 「お前…もしかしてずっとここに居たのか…何をしているのだ」 「うわあ!!」 本人は隠れているつもりだったが、直政には思いっきりバレていた。 は慌てて逃げ出そうとするも、直政に首根っこを掴まれ阻止された。 「何故。逃げる」 「………」 「手伝いとやらはどうしたんだ?」 の姿勢がピンと伸びる。 ずっとこの辺りをウロウロしていたので、屋敷に戻らなかった。 (ヤバい…お手伝い…サボった…) それどころか。誰にも何も言わずに出てきたので、心配性の女中達が騒いでいるかもしれない。 「康政殿が言う通り…本当に猫だな…」 「?」 「あ、いや…」 直政は手を離し、そのまま歩き出した。 は直政の少し後ろを着いて行く。 これだとあのお使いの日と同じだなと思い出す。 直政の後姿を見るのはもう何度目だろうか? だけど、まだ勇気が持てなくて近寄る事が出来ない。 (少しだけ…怖いとか思っちゃうんだよね…悪い人じゃないってわかっているのに…) このままだと直政に変な誤解を植え付けてしまうと思っても、どうしていいのかわからない。 いや、すでに色んな誤解を植え付けているような気がする。 (どうすればいいのかな…謝るのも変だし…) と言うか、直政の影がどんどん遠くなっていく。 歩くのが早いと言うか、との歩幅に違いがありすぎるのか。 (置いて行かれちゃう!………けど) 直政との距離には急いで詰めようとしたが、単純な事に気づいた。 (別に…この人は…私のことは……どうでもいいはずだから…) だから、別に、一緒に帰るっていうわけではない。 たまたま進行方向が同じだけ。 (なんだよね……あ。ちょっと胸が痛いかも…) 今まで散々自分は壁を作った癖に、逆にそうなると寂しいと勝手に思ってしまった。 は自然と歩みが遅くなった。 視線も段々下に下がる。 この後の事を考えると気持ちもへこむ。 (きっとお竹さんに叱られるだろうし…まぁ、自分が悪いんだけど…) ちょとだけ最近変われたことに調子づいてしまったかのかと思って。 だけど。 「」 ふと呼ばれ顔を上げた。 直政が立ち止まりこちらを見ていた。 「小腹。空かないか」 「え?」 「俺はあまり好かん。が食べてくれると助かる」 直政は懐から包みを出す。 は直政との間にできた距離を素早く縮めたくて、駆け寄った。 「お饅頭?」 「夕餉までにまだ時間はある」 だからに食べろと直政はの手に持たせた。 「あ、あの」 「俺はどちらかと言えば醤油味の方が好きだ」 だから気にするなと直政は言う。 そして再び歩き出す。 は饅頭の入った包みを胸に抱え歩き出す。 「あの、これ…本当に頂いてもいいんですか?虎松さまが頂いたものじゃ」 「貰いものではあるが、さっきも言った。あまり好かん。まぁ…食べられないわけではないが…」 「じゃあ、虎松さまもお腹空いているんじゃ…」 「………」 図星なのか直政は答えない。 は小さく笑いつつ、辺りを見渡した。 「あ!あそこ。ちょうどいい場所がありますよ」 は直政の袖を引く。 「おい」 屋根はないが、誰かが設置したらしい縁台が置いてある。 道行く人が手軽に休めるようにしたようだ。 は直政の袖をひいて縁台に腰を下ろした。 そして包みを開き、直政に饅頭を差し出した。 「お行儀が悪いですかね?」 「…いや、いただこう」 直政は饅頭をひとつ摘まんで食べた。 それを見ても食べた。 (なんか嬉しいな) さっきまで寂しさが湧いて胸が痛かったのに。 その痛みはあっという間にどこかに消えてしまった。 直政が自分を見てくれるのが嬉しかった。 (名前…呼んでくれた) それが一番なのかもしれないが。 16/06/26
19/12/29再UP
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