野良猫娘と飼い犬男の話。



ドリーム小説
直虎に頼まれたお使いで、忠勝の下を訪れた
途中で破落戸にらしい男達に絡まれてしまい、困っていた所を偶然通りかかったと言う直政に助けて貰った。

「どうだ?井伊家での生活は」

忠勝に直虎からの頼まれた物を渡すと、忠勝はそのように問うてきた。

「少しは…良くなれたと、思います」

「そうか」

「周りの人たちのお蔭です。直虎様はもちろん。お屋敷の方々にも…私、少しですけどお手伝いをしているのですよ。まだほんの少しですけど」

の様子がここを出た時と違うことに忠勝は気づいたようで、珍しく目を細めて笑みを浮かべていた。

「新入りとはどうだ?」

「新入り?…あ、あの人…」

ここまで一緒に来た直政の事だとわかると、は困惑した表情を浮かべた。

「その様子じゃ、新入りとはまだまだのようだな」

「………」

「あれも根が真面目すぎる。だが、悪い奴ではないから気にするな」

正直、ちょっと怖いと思った事もあるし、ずけずけと物を言ってくることに腹を立てたこともあった。
だけど。

「あの人だけは…私を甘やかさないから…」

自分が変わろうと思うきっかけを作ったのは直政だと思った。

「そうか。ならばそれで良いのだろう」

忠勝はそれで満足と言うような事を言った。
本多屋敷を出て、すぐに戻ろうかと思ったが、直政がまだ中に居る。
一緒に帰りたいわけではないが、あの場で助けてくれたことが気になっていた。
だから、少しだけ待っていようかと思って、外で待っていると。
四半刻ぐらいで直政は屋敷から出てきた。
が待っていた事に直政は眉を顰めていたが、彼は歩きだした。
は慌てて追いかける。
ただ、礼を言っていないのが気になったのだ。
それを直政に言えば、別に気にすることはないなどと言われて。さも関係なさそうな態度だった。

「たまたまだ」

何度もそう言われた。
わかっているけど、あの時は本当にどうしてよいかわからず、怖くて。
だから、理由はどうあれ、直政が間に入ってくれたことは嬉しかったのだ。

「そんな顔をして屋敷に戻るつもりか?義母上が心配なさる」

数回だけの頭を撫でた。

「一人で使いができた。そう報告したいのだろう?」

「う、うん」

「だったら、笑ってみろ」

たったこれだけの事でも、は嬉しかった。





【6】





は使いを終えて屋敷に戻ると、ずっと心配していたらしい女中たちに囲まれた。
何度も安否を気遣う姿にが戸惑いつつも、大丈夫だと笑顔で答えていた。
そんな様子を直政も目にしたのだが。

「どうでしたか?さんは」

「まぁまぁ…だと思いますが」

直虎が直政にこっそり問うた。

「一緒に帰って来るのでちょっと驚きましたけど」

「あれは……あの娘に絡む集団がいたので、ちょっと間に入っただけです」

「そうなんですか!?だ、大丈夫だったんですよね?」

「何もなかったです。忠勝殿の下へその後も行けましたから」

「ならば良いです。あなたが着いているとわかっていても、少し心配しちゃいましたからね、私も」

「義母上?」

「今まで平気だった世界が、たった一瞬で拒絶したくなるような世界に見えてしまった。そこから元に戻ると言うのは大変だと思いますが。さんはその一歩を踏み出すことができたんですからね」

そう言ってを見つめる直虎に直政は嘆息する。

「どうしました?虎松」

「俺には何も話さないのに、度々におわせるような事を言うのはやめてください」

「あら」

「俺が聞いても、義母上は話すつもりはないのでしょう?」

「そうでしたね。すみません」

本当にそう思っているのか疑問なのだが、直虎は小さく笑う。

「とにかく!無事にお使いができて良かったです」

満面の笑顔で言う直虎に直政はかぶりを振った。





初めてお使い。と言うとちょっと情けないものがある。
と自分でも思うが、人の助けを受けたとはいえ、できたことに安心はできた。
その時、ふと感じた事。

「あれも根が真面目すぎる。だが、悪い奴ではないから気にするな」

と忠勝が直政の事を言っていた。
そう言えば、直虎も似たようなことを言って居た覚えがある。
確か。

根は優しくて真面目な子。だとか、その真面目さで損をしてしまうとか。

真面目な人だと言うのは否定しない。
井伊家に来た時から、直政の自分を見る目が「面倒くさい」「関わりたくない」などと言うような感じではあったが。

きっちり名乗ってきたし、閉じこもっているに対し説教をかましてきた。
自分の食べたものぐらい片付けろ。とか。
それを思えば真面目な人だなとすぐわかる。
それでいて、義母を大事にしているのもわかる。
初めてのお使いで泣きそうな顔で戻れば、直虎が心配すると言っていた。

(悪い人じゃないよね…)

たまたまだと言いながらも、自分を助けてくれた人だし。
そう言えば、まともな会話をした事がないことに気づく。
会話のキャッチボールができていないと。
自分以外の人とは成立しているようだから、自分とだってできると思うが。
できていないのは、自分の所為だろう。
それをきっかけに少しだけと、直政という人に興味が湧いた。

食事は一緒にする。
元々親子で食事をしていた所に、が加わったようなものだから。
だけど、会話はない。
お喋りな人ではないからだろう。

(私が居るから、黙ったままなのかな?)

義母に対し1日の報告とかないのだろうか?
何を考えて食事をしているのかな?とが食べる手を止めて考えてしまう。

「なんだ?」

考えているだけならともなく。
ジッと直政を見ていたようだ、直政は視線に気づいた。

「え…えと…」

「………」

明確な答えが出ないだったが、直政は気にする事もなく再び黙々と食べ始めた。

(こっちにはなんの興味もないってのがよくわかる…)

真面目だからなのだろうか?

さん」

「は、はい!」

直虎が話しかけてきた。
一瞬慌ててしまうも、直虎がそれを叱る様な事はないのですぐさまいつも通りに受け答えができた。

「最近はどうですか?少しずつ色々やっているようですが」

「お竹さんや、他の人達に教えてもらって少しずつですけど…でも、楽しいです。ずっと閉じこもってばかりだったら…多分そんな気持ちにはならなかっただろうから…」

あ。とすると。
やっぱり直政のお蔭なのか。
腹立つこともあったが、あの一言がなければ何も変わらなかった。

「だから。ありがとうございました!」

「は?」

直政は何の事だ?とに目を向けた。

「えと…覚えていないでしょうけど…虎松さまが、甘えるなって。叱ってくれたから…あれで行動する気持ちが湧いたというか…」

「礼を言われるようなことではない。それより、なんだ。その虎松さまってのは…」

「だって…直虎様がそう呼んでいたから」

「幼名で呼ぶな。今の俺には直政という名がある。最初にそう名乗ったはずだが」

「………まぁ…そうなんですけど…」

礼など要らないと拒否られた事もそうだが、虎松と呼ぶのもダメなようだ。
と言うか、義母ならいいのか。
まぁ、義母とはいえ、母には変わりないだろうが。

「初対面の時は…あまり話を聞いていなかったから…」

「………」

「じゃあ。さんも虎松と呼べばいいじゃないですか。はい。そうしましょう」

パンと手を叩く直虎。

「義母上!」

さんの呼びやすいようにどうぞ」

直虎がそう言ってくれるならばとは頷いた。

「なぜ、お前も納得するんだ」

「虎松。お前などとは…そう言えば。あなたもさんの事をちゃんと呼んであげたことがないですよね」

直虎に話す時ですら「あの娘」などと呼んでいた。

「え、いや…それは」

「お互い名前で呼び合わないとダメですよ。礼儀でもありますからね。井伊家家訓!相手に礼を尽くす事!です」

そんな家訓あったか?と直政は舌打ちしたくなるが、家訓を持ち出されると反論はできないし、認められない。
何より他家は良いのか?忠勝にはいまだに「新入り」呼ばわりされているのに。
だが、直虎もあれでいて案外頑固だ。
昔は他人に流されるような事が多かったようだが、今ではそんな姿も潜めてしまうほど当主としての威厳がついているのだから。

「うん。今日のご飯は一段と美味しく感じますね」

ご機嫌に言う直虎に、直政は苦笑するしかできなかった。








16/06/12
19/12/29再UP