野良猫娘と飼い犬男の話。




ドリーム小説
「あらあら。皆さんどうされたんですか?」

直虎がそわそわして落ち着かない女中たちを見て首を傾げた。
その中で一人どっしりと構えている竹が代わりに答える。

ちゃんがお使いに出ているので、心配なんですよ」

「そうだったんですか。それはしょうがないですね」

「私は心配はいらないと何度も言っているんですけどね」

「心配になりますよね」

でも、直虎も言うほど心配そうには見えない。

「直虎様!本当に大丈夫なのですか!?ちゃん一人で…」

「はい。大丈夫ですよ。忠勝さんのお屋敷ならばそう遠くはありませんし、場所も知っていますからね」

「それでも…」

女中たちは心配してしまう。
彼女達はが引き持っていた理由を知ったから。
だから、を心配していたのだろう。

「大丈夫ですよ。さんは一人じゃありませんから」

直虎は自信たっぷりに答えた。





【5】





は意気揚々としていた。
子供じみているかもしれないが、初めてのお使いに。
一人で外出するのは初めてだ。
それは本多家、井伊家に引き取られてからの話。
それ以前は外出する事に抵抗などなかったが、とある事情で引きこもっていたから。
それでも、稲が居た頃は、稲にくっついて外に出たことはある。

『私が願うのは、が元気に笑っていることだわ。でも、今のあなたは心配になっちゃう…』

親友が言ってくれた別れ際の言葉。
いつまでも引きこもっているのは良くないとわかっていても、中々勇気が出なくて。
直虎が守ってくれるならば、それでいいやと甘えていた。
だけど。

『一日中、室に籠って何様なんだ。自分が食べた御膳ぐらい、自分でちゃんと片付けろ。
幼子だってそれくらいはできるし、汗水垂らして働いているものだっているんだ。甘ったれるのもいい加減にしろ』

これが一番効いたことかもしれない。
言われた時は、だって反論はしたかった。
何も知らないあんたに言われたくない。
私がどんな思いをしたか知らない癖に!わからないのに!…と。
だけど、知らない人に全部話すのは嫌だし、知ってもらいたいとは思わない。
知ったところで、今度は可哀想だと思うのだろ?
事情を知っている直虎も、同情がないとは言わない。などと言っていた。

ただ。女中達にはその事情も知られてしまった。
悪い人達ではないのだが、ぐいぐい詮索してくるから、つい。
だけど、その所為で今回のお使いを大変心配されてしまった。

(だったら、ちゃんとお使いをこなして、早く屋敷に帰ろう。そうすれば皆安心してくれるし)

だって、外に出たくないわけじゃないのだ。
前へ進まないといけないのをわかっているから。

「早く行かなくちゃ」

は本多屋敷へと急いだ。
都ではないが、家康の治める城下も中々人が多い。
稲と出歩いた頃からそんなに時期も経っていないので、風変りした様子はない。
だけど、一人なのは初めてなので少しだけ寂しく感じた。

「稲ちゃん…元気かな…」

ふと親友を思い出した。
一度は世間を拒絶した自分が、外へ出られるようになったのは稲がいてくれたからだ。
稲と一緒だから怖く感じた外も出られるようになった。
だけど、自分がそんなんだから嫁ぐ稲へ最後まで心配をかけたままだった。

「今度、稲ちゃんに文でも出そう…」

少しは変われたよ。
直虎が見守ってくれるから、明るく世話好きな女中さんたちがいてくれるから、また外へ出られるようになった。
そう伝えたいなと。

「お嬢ちゃん。見ない顔だね。どこへ行くんだい?」

「え?」

「一人旅って感じじゃないが、宿を捜しているなら案内してやろうか?」

男数人がに声をかけてきた。

「あ、あの…」

「大事そうに抱えたそれ。なんだい?おじさんが預かってやろうか?」

身なりは悪くないを、良家の子女だとでも思ったのだろうか?
親切で声をかけてくれたのか?と思いたいが、素直にそうとは思えない。
荷物に目を向けている以上、あまり印象は良くない。

「け、結構です」

声が震えた。
また同じことの繰り返しか、嫌な記憶が蘇って来る。

(ど、どうしよう…)

荷物を渡して逃げてしまうか?男達の目的は荷物だろう?
だけど、これは直虎が忠勝に届けてほしいと頼んだものだ。
そう簡単に手放すわけにはいけない。
ギュッと荷物を抱え直す

「何を震えているんだい?お嬢ちゃん」

「ひっ!」

男の手が伸び、に触れようとしたとき。

「おい。勝手に出歩くな。捜し回ったじゃないか」

は襟首を掴まれ後ろに数歩下がった。

「え?え?」

「なんだい、兄ちゃん」

「こいつがあんた達に何か失礼な事をでもしたならば詫びるが…そうでないなら」

長身の男に睨まれ、を囲っていた男達はなんでもない。と言い慌てて逃げ出した。
は嵐のように去った状況に呆気にとられた。
それよりも、を助けてくれたらしい男が直政だったので驚いた。

「な、なんで?」

「別に…」

直政はさも興味がないような様子でから手を離した。





「なんで…俺が…」

それはが屋敷を出る四半刻前。

「あなたにしか頼めないのですよ?もし、さんに何かあっては大変です!また殻に閉じこもってしまうようなことになったらそれこそ、家康様や稲さんに申し訳がないのです」

直虎が、これからにお使いを頼むので、その護衛をしなさい。そう言われた。
何故俺が?と直政は拒否したかったが、家康の名前を出されて反論できなかった。
先日、康政に似たような事を言われたこともあったからだ。

『家康様は、直虎殿だけで頼んだわけではないだろう?お前にも野良猫娘を頼むと言ったのではないのか?お前達親子にだ』

などと。
そう考えると保身の為にしか聞こえないが、護衛を引き受けてしまった。
護衛と言っても、こっそり様子を見といてくれ。だそうだ。

「何事もなく終える事ができればそれで良いのです。あなたにとって単調な事かもしれませんが、さんの様子を見ておいてくださいね」

そう頼まれてしまったのだ。
元気よく屋敷を出たの後を気づかれないようにこっそり追う直政。
確かにこういう事は自分には向いていない。
隠密行動など、半蔵の方が適している。
ただ、相手がただの娘なので、よほどのへまをしなければばれる事はないだろう。

(確かに…ここ最近は室に籠ることはなくなったようだが…)

食事も共にするが、相変わらず互いに会話がないので詳しく知らない。
だけど、賑やかな声と言うのを屋敷内で聴くことが増えた。

(多少は変化が出てきたのか)

これならば、護衛とやらも必要なく終わるだろうと思っていた。

「なんだ?…立ち止まって」

どこか遠くを見つめている
屋敷を出た時は明るい顔をしていたが、どこか寂しそうにしている。
流石にすぐに気持ちの切り替えはできないのか、今まで無理をして室から出ていたのか?と直政なりに思ってしまった。
そこへ、男数人がに近づくのが見えた。

「家康様の統治下で、あのような輩がいるのか…」

に声をかけただけならば放っておいたかもしれない。
自分で切り抜けるだろうと。
だけど、男達が近づくとの顔色が段々悪くなっていき、震えているのがわかった。
恐喝まがいの事でもしようとしているのかと。
直政は隠れるのをやめて、に近づき襟首を掴んだ。

「おい。勝手に出歩くな。捜し回ったじゃないか」

一緒に行動をしていたように声をかけた。

「え?え?」

「なんだい、兄ちゃん」

「こいつがあんた達に何か失礼な事をでもしたならば詫びるが…そうでないなら」

戦場を駆けまわる直政だ。
男達よりも若くても、闘志や気迫は勝っている。
ただの破落戸などに、直政が敗けるはずもなく、直政から向けられたそれに男達は簡単に逃げて行った。

「な、なんで?」

「別に…」

手を離すも、しまったと思った。
女性にする態度ではない。乱暴者だと思われても仕方ないだろうと。
しかもの前に姿を見せてしまった。
何故、そこに居たと聞かれても上手に誤魔化せるほど嘘を吐ける性格ではなかった。

「た、たまたまだ。たまたま…忠勝殿の屋敷へ向かう途中に…お前を見かけたから」

「そ、そうなんだ…」

「じゃあな。俺は行く」

直政はに背を向け歩き出す。
適当に歩いて、姿を隠そう。
そうすればはこのまま忠勝の下へ行けるだろうし。

「あ」

が小走りで駆けてくるのがわかった。
だけど、隣に並ぶことなく、直政の少し後ろを歩いている。

(まずい…このままだと、俺は忠勝殿の屋敷へ行かねばならないではないか…)

うっかり忠勝の名を出してしまったのは失敗だ。
嘘でもいいから、康政や他の者の名を出せばよかったのに。
今更嘘です。などとは言えない。仕方なく、本多屋敷まで行くことにした。

「御免。忠勝殿はおられるか」

本多屋敷へ着き、中へ入る直政。
もしっかり後を着いてきていた。

「ん?どうした新入り…も」

「俺はあなたに用があって来ただけです」

「まぁ良い。あがれ」

忠勝に促されるも、直政はを先に通した。

「俺は後でいい。先にそっちの用事を済ませろ」

別室で待たせてもらうと直政は言った。
四半刻ほどすると別室に忠勝がやって来た。

「驚いたな、新入り。が来ると聞いていたのに、お前と一緒だったからな」

「俺自身も失敗したと思っていますよ。それで彼女は?」

「直虎殿からの荷物は受け取った。今しがた帰した」

「そうですか。なら良いです」

帰りは何事もなく戻れれば良いだろう。
すぐさま屋敷を出てはに変に疑われてしまうだろうから。

「俺に用事があるなどと理由を作りおって」

「仕方ないでしょう。隠れているつもりだったんです、俺は。それにこの程度で護衛を命じられるとも思いませんでしたよ」

直政の態度に忠勝は苦笑する。

「まぁが一人で出歩けるだけマシだろう」

「本当、義母上もそうですが、周りはあの娘に甘すぎますね」

ダメすぎる。とつい口癖を言ってしまう。

「そう言うな。新入り。長い目でを見てやってくれ」

「………そろそろお暇します。長居をする理由はないですから」

「そうだな」

直政は屋敷を出た。
直虎も、忠勝もが閉じこもる理由を知っている。
だけど、自分に話そうとはしない。
だったら、思わせぶりな事を言わないで欲しいのだが。

「まったく…ん?何をしているんだ」

すでに帰ったはずのが居た。

「えと……待っていたんだけど…帰る場所一緒だし…」

「俺がすぐに出てくるとは限らないだろう?俺はお前が待っているとは思っていないから、何刻も忠勝殿の所に留まっていたかもしれないのだぞ」

「そ、それはそうだけど…もう少し待っても来なかったから、帰るつもりだった」

「………」

直政は歩き出す。

「あ」

が慌てて着いてくる。
だけど、隣には並ばない。少し離れて歩いてくる。

(なんだ、この状況は…)

自分に近づきたくないのならば、無理に近づかなくても良いのに。
変な娘だと直政は思った。
あと少しで屋敷へ着くと言うとき。

「あ、あの!さささ、さっきは助けてくれて、ありがとう、ございました」

「?」

直政は立ち止まった。

「こ、怖くて。どうしてよいかわからなかったから…」

「俺は別に」

があそこまで怖がる理由など直政はわからないし、知らない。
きっとそれが、自分が知らされていない事情に繋がっているのだろうとわかる。
だけど。

「別に、俺はお前に何があったとか知るつもりはない。ただ、あそこで困っていたから間に入っただけど」

「たまたま。だから?」

「あぁ」

「そ、それでも…私は安心した、から…」

直政は呟くようなの声音に振り返った。
少しだけ泣きそうな顔をしている。
直政が思っている以上に、は怖い思いをしたのではないかと。
そう思ったら、自然と直政は手が伸び、の頭に触れていた。

「!?」

「そんな顔をして屋敷に戻るつもりか?義母上が心配なさる」

そのまま数回だけの頭を撫でた。

「一人で使いができた。そう報告したいのだろう?」

「う、うん」

「だったら、笑ってみろ」

直政に言われてが瞠目する。
それでもすぐに、目に涙を浮かべつつも直政に向かって笑いかけたがいたのだった。








16/05/22
19/12/29再UP