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野良猫娘と飼い犬男の話。
「大丈夫です。私達があなたを守りますから」 直虎のその言葉と、優しく抱きしめてくれたことには涙が出た。 嬉しかった事と、安心してしまった事で。 稲と離れたことで、結局自分は独りなのだと思ったが、まだ自分を見てくれる人がいたのは嬉しかった。 けど、どこかでまだ引け目のようなものが感じてしまった。 「どうかしましたか?さん」 「……あ、えと…」 「気になるなら言って下さい」 直虎は優しく笑む。 が今、思った事を直虎は聞いたらどんな反応をするだろうか? 急に態度を変えてしまうのではないか?と。 でも、仕方ないと思うから。 あえて口にして、距離を置かれてしまうなら、それはそれでいいのでは?とも卑屈に思った。 「直虎さまが…優しくしてくれるのは嬉しいです」 直虎の顔が晴れる。 「だけど……結局……家康様が頼んだから、同情してくれただけなんですよね?……」 結局のところ、それが一番大きいのだろうと。 主君に頼まれれば嫌とは言えないし、実際直政がを引き取るのを嫌がり、家康相手に拒めないような態度だったから。 そして、引き取る事になった経緯を聞かされた直虎は、自分を可哀想な子だと思ったのだろう? 「さん……」 少し沈んだような直虎の声音に、は顔を背けてしまった。 「そうですね……」 否定されなかった事に、の顔は強張った。 自分で聞いておいて、傷つくのは可笑しい話だと思ったが。 「ですが。それはあくまできっかけです」 は恐る恐る直虎の顔を見た。 直虎は少しだけ困ったような顔をしている。 「家康様に頼まれれば断れませんし、事情を聞いてさんを可哀想だとも思いました。でも、だからこそ、もうさんが傷つくような事がないようにしたいのですよ、私は」 「………」 「さんはまだお若いです。まだまだこれからなんですよ?すぐには受けた傷が癒されるとは思いませんが、このままと言うのも勿体ないですよ」 ね?と笑いかけてくれる直虎に少しだけは目を丸くした。 「先ほども言いましたが、ゆっくりでいいんですよ。少しずつ慣れてくだされば」 「はい」 は自分でも驚くほど、素直に頷いていた。 【3】 「義母上?」 廊下を珍しく軽やかに歩く直虎を見かけた直政。 かなり上機嫌のようだ。 「虎松!やりましたよ〜!一歩前進です!!」 直政の姿を見つけた直虎は嬉しそうに駆け寄ってきた。 そして、両手に拳を作って息子に迫る勢いだった。 「な、何がですか」 「うふふ〜さんですよ」 「は?」 「さんと沢山お話をして、少しですが仲良くなれたと思います!」 なんだ、またあの娘か。と直政は小さく息を吐いた。 少しばかり本音をぶちまけてしまった直政にしてみれば、あまり関わりたくないと思えてしまって。 だけど、義母はそうじゃない。 積極的に関わろうとしている。 「いつも義母上に隠れている印象しかないのですが、俺には…」 「もう!虎松はそんな事ばかり言って!あなたは大きい体でさんを威圧するからでしょう!?」 「威圧した覚えなどありません。それに俺を見て怖がるぐらいなら忠勝殿はどうなんですか?あの人の方が厳ついですよ」 「虎松は何が気に入らないんですかねぇ…」 困り顔の直虎に直政は何も答えなかった。 (何が気に入らないって……) 直虎の呟きに直政は答えたくもなかった。 だから屋敷を出て城に向かう。 屋敷にいると何かと直虎からの話を聞かされるからだ。 「相変わらず、野良猫娘に手を焼いているのか?直政」 表情に出ていたのか、直政を見てそう呼びかけてきた榊原康政。 「別に俺は…手を焼くも何も、ほとんど関わらないですよ」 「へぇ」 「義母上は飽きもせずに相手をしているようですがね」 「お前…何を拗ねているんだ?義母上の意識が野良猫娘に向かっていて面白くないのもわかるが…」 「は?」 言われた直政は瞬時に顔を赤くした。 「図星だな」 ニヤリと笑う康政。 「構ってほしいのだろう?直政も。いくつになってもガキだなぁ」 「何をくだらないことを。違いますよ」 「違うのか?それじゃあ…」 「別に何もないですよ、俺は」 だが、康政は話を止めない。 「わかった!野良猫娘がいつまでも自分に怯えて面白くないのだろう。どうせ、お前の事だ。上から威圧しかしないのだろう?折角の美形が勿体ないな」 美形ならばそれなりに上手くやればいいのに。と康政に言われてしまう。 「怯えるも何も、俺はあの娘とはほんの数回程度しか顔を合わせていませんよ」 数回程度。とは言ったが、片手にも収まる程度だ。 さらりと言った事に康政が呆れた。 「お前なぁ…それもどうなんだ?一応家康様から頼まれているのだろう?義母上にばかり任せてどうするんだよ」 「え?いや、俺が何かする必要はないかと…」 「家康様は、直虎殿だけで頼んだわけではないだろう?お前にも野良猫娘を頼むと言ったのではないのか?お前達親子にだ」 「………」 確かに。家康は義母だけでなく、自分にも頼むと言っていた。 けど、の態度があまりにも納得できなくて必要以上に自分から関わることをしなかった。 「いいのかぁ?家康様はお前を信じて頼んだと思うぞ〜」 「や、康政殿…」 今頃になって不味いと直政も思った。 直政は珍しく頭を抱えてしまう。 「直政?」 「だったらどうしろと言うのですか?あの娘は俺から見ればただの甘ったれだ。何があったのかは知らないが、家康様と忠勝殿に救われただけでもマシなものを…自分だけが不幸みたいな面をして」 多分、それを直虎に言えば直虎は怒るに違いない。 もしかしたら、そう言う風にしか思えない息子を情けないと呆れてしまうかもしれない。 だけど、直政にはどこをどう考えてもの事がわからないのだ。 それでも直政はつい康政に向かってここ数日の話をしてしまう。 甘ったれだと思った理由なども…。 「そりゃあ。今の野良猫娘にはそうすることでしか身を守る事ができないからだろう?」 「え?」 一度も会ってもいない康政がさらりと口にした。 の事情など彼は知りもしないはずなのに。 「身を守るって…」 「直虎殿に対してはどうかは知らぬが、直政に対しては少なくとも心を許していないんだ。甘ったれでもなんでも室に籠るのは自分を外敵から守る為だと思うけどな」 「敵…」 「お前は味方ではないだろう?」 あからさまに関わらないようにしていたのだから。 「おぉ、これは意外だな。自分から距離を置いたくせに、お前の方が傷ついたような顔をしているぞ、直政」 「い、いや、別に…」 「お前は人から誤解されやすい。一度でも付き合えば人となりがわかるからなぁ。野良猫娘も何かきっかけがあれば、お前と仲良くできると思うんだがな、俺は」 別にと仲良くなろうとは思わない。 井伊家で預かっているが、自分はどこか無関係だと拒否していたのだから。 「まぁ、直虎殿が長い目でと言うのならば、そうすればよいのではないのか?1日やそこらで関係が改善されるとは思わないからな」 「…康政殿。あなたは誰の味方なんですか?」 「別に敵味方などと言う意識はないな。ただ、珍しい直政が見られて面白い。それだけだ」 心底楽し気に言う康政に直政は嘆息するのだった。 「おかえりなさい。虎松」 帰宅し、もう夕餉の準備ができていると言われ室に向かえば、直虎が笑顔で出迎えてくれる。 「ただいま戻りました、義母上………あ」 いつもならば、自分と直虎の御膳棚しかないのに。 今日はもう一つ用意されており。 そこにも座っていた。 「さぁ、いただきましょうか。ほら、虎松。何を突っ立ているのですか?」 「は、はい」 直政は若干動じてしまうも、腰を下ろす。 向かいにが座っており、変な緊張をしてしまう。 「今日からさんも一緒なんですよ」 「はぁ…そうですか」 康政とあんな話をしたばかりなので、できれば顔を会わせたくなかったのだが。 「はい。いただきます」 両手を合わせる直虎。 直政もも手を合わせる。 ただ、この二人は直虎とは違い、ぼそぼそっとしてしまう。 「はぅ〜…大丈夫なんですかね?」 と直虎が呟いた。 16/05/14
19/12/29再UP
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