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野良猫娘と飼い犬男の話。
「え!?私も一緒に行っちゃダメなの!?なんで?なんでぇ!!?」 今にも泣きそうな子に稲は苦笑してしまう。 「ごめんなさい。。流石にあなたを一緒に連れて行くことはできないのよ?」 「やだ!稲ちゃんに着いていく!」 「。稲を困らせるな。遊びに行くわけではないのだ」 稲の父本多忠勝にも窘められてしまうも、は唇を尖らせる。 「わかっています。けど、私も着いて行くのはダメなんですか?侍女としてでもいいから。ちゃんと稲ちゃんの手伝いをしますから」 「駄目だ」 「稲ちゃん…」 大粒の涙を目に浮かべる。 だけども、稲も首を縦に振る事はなかった。 【1】 稲が信州の大名真田家長男。信之に嫁いだ為に、府中を出て早一月。 結局同行を許されなかった子。が居る場所は忠勝と同じように徳川家康に仕える井伊直政の屋敷だった。 「さん。今日は一緒に外に出かけませんか?」 直政の義母であり、現在井伊家当主である直虎に誘われるも、はかぶりを振った。 「いいです。直虎さまも忙しいでしょ?」 「大丈夫ですよ。ほら、天気も良いですし」 直虎は行こうと言うも、は気が乗らないようで、室に籠ってしまった。 「はぅ〜中々心を開いてくれませんねえ」 直虎は困ったとため息を吐く。 稲が真田家に嫁いで数日後、家康と忠勝によっては井伊家に連れて来られた。 二人からを預かってほしいと頼まれたのだ。 彼女の存在を初めて知った直虎、直政親子。 直虎は快く引き受けたが、直政は難色を示した。 「なぜ、俺達が。素性の知れぬ者を…」 「言うな、新入り。これはお前達にしか頼めぬことなのだ」 は一切二人を見ようとしなかった。 最初から井伊家に来たいとも思っているようには見えない。 「忠勝殿の子じゃないんですか?だったらご自身の下へ置いておけばいいじゃないですか。稲殿も嫁がれて寂しいでしょうし」 「お前は…」 だが、は忠勝の娘ではない。 じゃあ家康の子?だったら訳ありなのも納得できるが、そうでもないらしい。 「稲が嫁いでしまってから、の塞ぎようがひどくてな。同性である直虎殿や、年も近い直政のそばで過ごせば多少は元気になるとも考えたのだ」 「そうなのですか。うちは構いませんよ」 直虎は笑む。 「義母上!」 「いいではありませんか、虎松。家康様がこうしてわざわざ頼みに来てくださったのを、無碍にお断りできませんよ?」 「そ、それはそうですが…」 確かに、忠勝だけならば何かと難癖つけて追い返したかもしれない。 だけど、家康からの頼みとなるとそう簡単に断る事などできないのだ。 「では。虎松。空いている室にさんを案内なさってくださいね」 「な!俺が?」 「はい。あなたに頼んでいるのですよ」 直虎はまだ家康と話があるからと。 直政は家康の手前、渋々とした態度を出さないように立ち上がった。 「行くぞ」 にそう声をかける直政だが、は俯いたまま動かない。 本当になぜ、この娘を預からねばならぬのだと直政は思う。 家康や忠勝が頼んできているだけであって、の方は承諾していないとわかるから。 「」 家康が名を呼ぶと、は渋々立ち上がる。 「直虎殿と直政ならばなんの心配もいらぬ」 「………」 は家康に頭を下げ、直政の後ろをついていった。 *** それから、井伊家での生活が始まるのだが、生憎二人に慣れるようなところは見られなかった。 「さて、どうしましょうか」 「どうもこうも。無理にうちが預かる必要はないと思いますが」 はっきりと言い切る直政に直虎は窘める。 「そう急く事もないじゃないですか」 「………」 「さんにしてみれば、新しい環境での生活ですから。聞けば稲さんと離れる事になって相当落ち込んでいるようですから」 家康と忠勝に預かる経緯を聞いている直虎は気長に行こうと考えているらしい。 ならば直政にもその経緯を詳しく話してくれればいいのに、直虎は話してくれなかった。 話てくれないのならば、対処のしようもないのだが、直政にとっては別にどうでもいい事だと思っているので、踏み込みもしなかった。 「ならば、信州に送り届ければいいのではないですか?その方が彼女の為でもあると思いますが」 「虎松。もう少し長い目で見てあげてください。さんと打ち解けることができたら、きっと我が家はもっと楽しくなりますよ」 「………」 が井伊家で生活を始めてまだ日は浅いのだから。と直虎はやんわりと言った。 だが、面白くないと思う事がいくつかある。 (何様なんだ、あいつは…) 食事の時間。が顔を見せる事はない。 いつも与えられた室で黙々と食べているらしい。 その時直虎がそばでいろんな話をしているようだが。 「それでも最初のころに比べたら、ちゃんと食べてくれるようになったんですよ?それだけでも嬉しいじゃないですか」 「甘やかす必要がどこにあるのですか」 「甘やかしてはいませんよ、別に」 直虎はの態度を気にする様子もなく、直政にの話をしてくる。 聞かされても直政には何の感想もない。 寧ろ、構う気持ちがないので聞いてもしょうがないとさえ思えてしまう。 さらには。 初日、室へ連れて行く時、ふと立ち止まった直政がに問いかけた。 「俺は井伊直政だ。お前。名は?」 「………」 。と家康や忠勝が言っていたが改めて彼女自身から聞くべきだと直政は思ったのだ。 だから、立ち止まり、問うてみた。 「口が利けないのか?」 「………」 「名ぐらいちゃんと名乗れ」 直政は苛つき振り返り一歩に近づくも、は肩をびくつかせ一歩引いた。 「「………」」 流石にの方も悪いと思ったのか、目線は逸らし気味であったが、小さく呟いた。 「…………」 「ちゃんと人の目を見て言うのが普通だろうが」 直政はに言うも、は直政を一瞥しただけで完全に背かれてしまった。 「何なんだ…お前は…」 直政は面倒くささを感じ、再び歩き出す。 は少し離れて直政の後を追った。 人見知りなのだろうか?義母も赤面症だと言う部分はあるが、あれとは違う感じがする。 義母の場合、寧ろガンガンに迫って来る勢いがあるから。 *** 「どうした?何か不機嫌みたいだが…」 「康政殿。不機嫌も何も…」 同僚である榊原康政が直政を呼び止めた。 最初は直政の独断過ぎる行動に距離を置いていた康政ではあるが、直政も家康の為に尽くしている事を知ると、自分と同じだとわかり以降は友誼を深めて行った。 「家康様と忠勝殿が置いて行ったものが厄介で困るんですよ」 「厄介?何を預かったのだ?」 「猫みたいな奴ですかね…」 「猫…?みたいな奴…って事は普通に人か。なんだ、化け猫でも預かったのかと思ったぞ」 お前でも冗談を口にするのだな。と康政は笑った。 「本当に厄介なんですよ。猫みたいで…毎日義母上は引っかかれても飽きずに相手をしている…」 「ほぉ。それが面白くないのか?お前は」 「………」 義母が猫に夢中だから? からかわれたようで直政はムッとする。 「まぁ。猫はそう簡単に気を許しはしないだろう。野良猫ならばなおのこと。気長に相手をするんだな」 「野良猫か…」 あぁ、そっちの方が似合いだと直政は納得してしまった。 「家康様と忠勝殿からの預かりものか…それは少し前に鷹狩に行ったときの話が関係しているのかもしれんな」 「?」 「俺も詳しくは知らん。そうらしいという話だ。気になるならばお前自身が聞けばいい。俺は別に気にならないしな」 完全に他人事だと康政は言っている。 恐らく直虎は知っているのだろう。 だけど、今の直政には聞いたところで…と言う気持ちが強いのでそれ以上踏み込むのをやめた。 (野良猫は一生野良猫だろうな…) きっとが自分に心開く日が来るとは到底思えなかったのだから。 16/04/23
19/12/29再UP
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