天邪鬼の恋話。



ドリーム小説
(兄上の考えている事がまったくわからないな…)

が里帰りした本当の理由を聞かされた昼間。
相当の精神に負担がかかっていたようで、は臥してしまった。
病ではないだろうが、誰にも本音を語らずずっと我慢していた事は相当だったようだ。

「ごめんね…稲ちゃん…」

横になっているのそばで、稲が団扇で軽く風を送っていた。

「なぁに?急に」

稲は優しく笑む。

「だ、だって…信之様に、真田のみんなに迷惑かけた…」

それだけ言うと再びの目から涙が零れた。

「気にしなくていいわ。私達は何も気づかなかったから…」

「けど…」

「信之様が任せなさい。って言っていたでしょ。だから何も気にする事ないわよ。は早く元気になること!
結果的に体が弱ってしまったのだから…今は自分の体を労わりなさい」

稲が母親のようなことを言うも、は頷いた。

「ユキさん。ユキさんもごめんね。私、大丈夫だから、だから…京に戻らないと」

幸村は二人から少し離れた場所に腰を下ろしていた。

。義姉上も仰っているだろう。自分の事を考えろ。私の事はいい。と言うより、今しばらく居させてくれ。いつも元気なお前がそんなんだとかえって心配だ」

嵐が来るな。などと幸村にしては珍しい冗談を述べていた。

「………これから、どうなるんだろう、私…」

「どうなるって。信之様が直政様、井伊家にちゃんと出向くのではないかしら?」

「え!…でも、私が」

井伊家を追い出されたような自分の為に、信之が出向くと言うのは。
つまり、側の言い分を直政にしようと言うのだろうか?
それとも、正式に離縁する旨を伝えに行くのか?そして信之が頭を下げるのだろうか。

(それが普通なのかな…)

落ち度は自分にあるのだから、だが、信之にそのような真似をしてほしいとは思えない。
会って貰えずとも自分がすべきことではないだろうか?
だが、武家同士ともなれば当人ではなく、代理人が当たり前なのだろうか?

(昌幸様にも迷惑がかかるんだろうなぁ…)

どうしようか。今現在は信之の下へ稲が嫁いだ事もあって徳川との関係は良好だろう。
それ以前は領土問題などから、色々小競り合いがあったようだからこれがきっかけで良好な関係にひびが入らなければ良いが…。
考えすぎか。は小さく息を吐く。

(私一人ならば些細な事だよね、きっと…)

もうあの家には戻れないのだ。
心地よい直政の隣には。
今頃直政は関東への移住で忙しくて、自分の事など忘れているのだろうし…。
自分でそう考えたのに、それがどれだけ自分にとって切ない事なのかは目を閉じるしかなかった。





【6】





それから、一日、二日と経っても信之が何かしたという事が見られなかった。
井伊家からの反応を窺っているのだろうか?幸村はそう思うも、信之が一切そのような素振りを見せないのでわからないでいる。
それどころか、信之はの下を訪れ、他愛のない話をして楽しそうだった。
あまりに行動が読めないので、幸村は思い切って信之に問うてみた。

「何がだ?」

「何がではありません。兄上。の事、井伊家に対し、どうするおつもりですか?」

「どうとは?」

信之が首を傾げる。
それは流石に幸村もイラつきを隠せなかった。

「兄上!」

「……どうもしないさ」

「は?」

「井伊家に、直政殿に対して、私が何かをしようという事はない」

つまり、このままだという事だ。

「兄上!それではが!は直政殿事を想って苦しんでいるではないですか。このままでは」

「このまま正式に離縁してしまっても、私は構わない。そういう事だ」

幸村にとって信之のその言葉は衝撃的過ぎた。

「し、しかし…兄上…」

幸村はを思えばこそ、このままではいけないと考えている。
なんとか二人が元の鞘に収まる事を望んでいる。
だけど、信之はその逆だった。
時が経てば経つ程、が井伊家に戻るのは難しくなる。
今のうちだと思うのに。
だから、信之は何もしないのだろう。

「幸村」

兄は自分とは全く違う事を考えていた事が信じられなかった。
を大事な妹。家族だと思うからこそ、早くが慕う直政のところへ戻してあげたいのに。
呆然としていたのか、幸村の顔を見て信之が小さく笑った。
だが、すぐさま強い眼差しを幸村に向けた。

「今の私は、お前から見れば酷い奴に映るのだろう。だが、私とての事はとても大事な、大切な子だと思っている」

「だったら、何故!」

「そんな私達の大事な家族を泣かすような真似をした者の所へなど、何故に帰さねばならぬ」

「しかし、は直政殿を」

「直政殿はそうではないのだろう?だから、に里帰りを命じた。違うか?」

そうだ。里帰りをさせた事は事実なのだ。
もし、もし、が嘘を吐いて真田に戻る為にしたのだったら、すでに井伊家からは何かしら反応があってもいい。
だが、がそのような嘘を吐く理由にはならないし、くのいちが夫婦を見た時に不仲とは思えなかったとも言っている。
だったら、実際。二人の間には溝を生んでしまう結果になったのだろう。

「元々、今回の婚儀。私は賛成などしていなかったのだからな」

「え、兄上…」

には落ち着くまでここに居てもらう。その先、嫁ぎ先などは私が決める。それでいいだろう」

を思っての事だとしても、幸村にしてみればまったくそう思えず。
だからと言って、兄を諌める言葉など幸村には出なかった。

「あぁ。そうだ。お前さえよければ。そのままを京に連れて行けばいい」

「え!!?」

「幸村ならば何も心配はない。もその方がいいとは思うが」

それは、を幸村が娶れ。そう言っているのだろう。

「兄上、私は」

「お前も早く戻らねば太閤殿下の機嫌を損ねる事になるだろう?今後の事は気にせず早く戻るんだ」

幸村がこのまま京に戻れば、恐らく信之を止められる者はいなくなるだろう。
父昌幸ならばと言う気持ちもあるが、万が一父も兄と同じ考えならば、幸村が敵う相手ではない。
誰にも止められないという事か。
何も言えないでいる幸村の事を置いて、信之は立ち去ってしまう。
どうした良いのだろうか?
自身は、きっと今でも直政の所へと思っているだろうに。

「幸村。今の話…」

「義姉上!あ、いや……聞いていたのですか?」

稲が姿を見せた。
信之の態度に腹を立てるのかと思ったが、そうではないようだ。
信之のへの態度を異常だと思ったのだろうか?幸村は心配になる。

「うん。けど…仕方ないか…って気持ちはあるわ」

「義姉上。それでは。義姉上も…」

「私はどちらでもいいわ。信之様がお決めになったことを否定するつもりはないけど、をこのままにしておきたいとは思わない」

稲はにっこり笑う。

「だって、は直政様の事を好いているんですもの。ちゃんとあの方の下へ帰してあげたいわ」

「義姉上」

それには幸村も同じだった。

「でも。幸村がを娶りたいと言うのならば、反対はしないけど?」

珍しく意地悪く言う稲に幸村は慌てて首を振る。

「義姉上。ご冗談はお止め下さい」

「うふふ。そうね。ねぇ。いるんでしょ?出て来て頂戴」

幸村ではなく、稲が彼女を呼んだ。
恐らく、ずっと様子を窺っていただろうとわかっていた。

「あっちゃ〜稲ちゃんにも悟られちった。忍び失格ですなぁ」

くのいちが二人の前に着地した。

「あなたなら、もうどうするのかわかるわよね?お願いできるかしら?」

「まったく忍び使いが荒いですなぁ。ま、いいですけどね。あたしだってちんには元気になってもらいたいんで」

これからすぐに府中へ行く。
それがくのいちの役目だ。

「ただね。直政様のご様子をちゃんと見てからにしてね。直政様にその気がないのなら、いくら私達が口を出してもうまく行くはずがないから」

「了解〜では!」

誰に仕えているのかわからない忍びだなと思いながら幸村は、彼女を見送った。

「義姉上は。直政殿を…」

「私は直政様がを邪険にするとは思えなくて。真面目すぎる方だとは思うけど、その分誠実でもあるのよ?
信之様やあなたに比べて私の方が直政様を知っているだもの。だから、今回の事はきっと、ちょっとしたすれ違いなんだろうなぁって思いたいの」

「えぇ。きっと。そうですよ」

幸村も頷くのだった。





「あ、の…信之様…」

「ん?どうした?

何も変化のない毎日で、今、どうなったのかをは心配している。
室を訪れた信之に、思い切って問うてみた。

「あれから…何か、ありましたか?井伊家…直政様から…」

「何もないな」

「っ!」

信之がはっきり言い切った事には唇を噛んだ。

「………」

やはり、井伊家。直政にはもう自分の居場所などないのだろう。
期待するだけ無意味なのだろうか。

は。戻りたいのか?」

「え?」

「自分が傷つくかもしれないような場所へ、戻りたいと思うのか?別にわざわざ戻らなくてもいいと思うのだが」

「信之、さま?」

こんな冷たい物言いをするような人だっただろうか?
は戸惑いを隠せなかった。

さえよければ、一度幸村と京へ行ってみてはどうだろうか?府中やこことは違って華やかな場所らしいぞ」

「私…」

「幸村と一緒に居てくれれば私も安心だ」

それは多少なりとも魅力ある話だろう。
京の都など何度も足を運べるほど近くない。
幸村に着いて行けば、くのいちだっているから寂しいどころか楽しいだろう。

「勿論。ここにずっと居てくれるのも構わない。私や稲、父上もお喜びになる」

ずっと守ってくれる存在がそばにいる。
それは楽な事だろう。
けど。

「私は…」

本音は。

「直政様に、会いたいです!」

好きになった人。
だから。
始まりは政略結婚のようなものだった。
最初から好きか嫌いかなど関係のない婚儀。
自分が、自分の為に嫁いだようなもの。
直政にしてみれば、扱いにくい面倒くさい相手だっただろうに。

(それでも、直政様は…いつも私を気遣ってくれた、いつも私を隣に置いてくれた)

例え世間一般的な夫婦ではないとしても。
少しずつ、彼の隣が良いと気づいたのだから。
今回の事は自分が蒔いた種なのだろう。自分の行いの所為で直政に見限られたのだろう。
だけど、できるならば。
もう一度。

「もう一度、お会いして…私の正直な気持ちをお伝えしたいです」

それでも何も変わらず、駄目だったならば。
それはそれで諦める。
そしてその時、これからをどうするのか自分でちゃんと考えるのだ。

「そうか」

「信之様、…え」

信之の顔は先ほどとは変わって、酷く冷たいものだった。

「残念だな。それは」

「え、あの。信之様!」

信之は立ち上がる。

「生憎。私は、お前が思っているような事は考えてはいない。がどう思っていようが、直政殿がを追い出したのは事実なのだからな」

「それは…」

「私はそんな者の所へなど、お前を戻すつもりはない」

信之は、が井伊家へ直政の下へ帰る事に反対だと言うのか。

「あぁ。しばらくは幸村に着いて京に行くといい。そのように私からも幸村に伝えておこう」

それだけだ。と言い信之は室から出て行ってしまった。

「信之様!」

追いかける事などできず、ただただ、は呆然としてしまった。

「なんで…なんで…」

心配して言ってくれているのだろうとはわかるが、信之の性格ならばきっと、そんな自分を後押ししてくれるだろうと思っていたのに。
信之がそう決めたのならば、もうこの先直政に会う事はできないのだろう。

「直政様…」

こうなってしまうのならば、初めから素直になっておけばよかった。などとは思った。
ただ、それは。
今更の話だと、自嘲してしまうだけだった。







15/08/17
19/12/29再UP