天邪鬼の恋話。




ドリーム小説
(このままじゃダメだよね…)

真田へと戻ってすでに七日が経った。
が里帰り中である事を信之や稲は喜んでくれている。
だからか、いつまで居るの?とは聞かれずにいる。
だが、いつまでもそうしていられるとは思えない。長くなればなるほど「何かあったのか?」と問われるだろう。
直政に言われた事は、考えないようにしていたが「離縁」を突き出されたような事だろう。

もう、戻って来なくてもいい。

そういう意味なのだろう?
だったら、早めに信之達に本当の話をしてしまった方が気が楽だ。
今なら幸村とくのいちもいる。
二人だってそろそろ京へ戻らねばならないだろうし…。

だけど、本音で感じているのだ。
「離縁」を認めたくないと。
認めてしまえば、もう二度と井伊家に、直政と会う事はないだろうと。





【5】





「幸村様。あたし達もそろそろ京へ戻りませんと…あまり長い事留まっていると不用意に疑われてしまいますよぉ?」

ほんの数日程度の里帰りのつもりだった。
父、兄夫婦と過ごせる時間が設けられただけでも満足なのに。妹分であるまでも戻ってきたことが幸村をいまだに出立させないでいたのだ。

「ああ…わかっている。だが、このままってのはどうも…」

「何をそんなに考えているんですか?」

「………」

「幸村様!本気でどうにかしないと、あらぬ疑いを持たれてしまいますよ!?」

真田に不穏な動きあり。豊臣に反乱か?
などと噂されても困る。

「せめて、お友達君にぐらい文でも出したらどうですか?」

お友達君。石田三成の事だ。
くのいちに言われてそうだなと幸村は重い腰を上げた。

ちんのことですかぁ?考えすぎじゃないですかねぇ」

兄馬鹿ですねぇ。とくのいちは苦笑しつつ幸村の後に続いている。

「お前はそう思えるのか?」

普段から鈍い!と言われる幸村が心配になっているくらいなのだ。
敏いくのいちにだってとうに気づいているはずだ。
言われたくのいちは、すぐに返事をしなかった。

「……まぁ、そうなんですけどね…ちんが何も言わない以上。あたしらが口出すのもどうかと思いますし…」

「お前にとっては友なのだろう?」

「それはもちろん!一番の友達です!」

裏の世界で生きる忍にとって表の世界に住む彼女はかけがえのないものなのだ。
本来ならば一緒に居られることなどないのに。

「だったら、お前から聞いてみてはくれないか?今回に限ってだろうが、どうも兄上は一切口出す気はないらしい」

「へぇ…信之様が…」

妹分であるを大事に想うのは幸村だけでなく、信之も同じであろう。
だけど、信之はどういうわけか何も動こうとしなかった。

「ま。ちんも頑固なんであたしにも話はしないでしょうけど、軽く突いてみるぐらいならしてみますよ」

「お前な…」

「あたしのやり方で。って意味ですよ」

幸村にはできないくのいちならではのやり方と言いたいのだろう。
ひとまずくのいちに任せて、幸村は三成へ文を出すことにした。





ちーん」

くのいちがのところへ顔を出した。
ごく自然にの前にしゃがみこんだ。

「そろそろね、幸村様も京へ戻るんだけど、ちんはいつ府中に戻るの?」

「え?」

「ほらぁ、今徳川家って超忙しいでしょ?ちんもいつまでも家を空けているわけにはいかないだろうし」

「私は…その」

くのちは畳みかけるように話を続ける。

「大変だよね〜本当。徳川家全体で関東へお引越しなんだからさ。家康さん一人じゃなくて、家臣団全員。その家族まで。一日二日じゃ済まない事だよ〜」

「そう、だね…」

直政には「の好きにしろ」とばかりに言われてしまった。
府中に戻ったところで自分の居場所はないような気もする。
もしかしたら、今まで自分がいた場所に知らない女性が居るのではないか?とさえ考えてしまう。
自分は井伊家の嫁、直政の妻として未熟すぎるだろう。
何もわかっていない無知な子より、どこぞの武家の娘でも娶った方が直政の為だと。
ただ、その考えだと真田での生活を否定してしまう事になる。
真田家も大大名とは言わないが、しっかりした家ではあるのだ。

「そんな状況なのに、ちんはのんびり里帰りをしていて大丈夫なの?旦那さんは呑気だねぇ」

グッと息が詰まりそうになった。
いつもみたいに何か言わなくては、軽く「そうだね」って言わなくては。
なのに、何も言えないでいる。

「それとも。旦那さんが迎えにきてくれるの?仲良いもんね、ちん達は。羨ましいぜ」

「………」

直政が迎えになど来るはずもない。
だって、自分は…。

「でもいいか。ちんは信之様のそばに居られるんだもんね」

「!!?」

だから帰らないの?そう言われたようで胸に突き刺さる。

「ねぇ、ちん。なんで泣きそうなの?」

くのいちの表情が珍しく冷めたものになっている。自分を見る目がいつもと違う。
そんな顔の彼女を見たのは初めてだ。
発せられた言葉からもどこか冷たさを感じる。

「別に、泣く理由ないし」

「本当に?何か酷い事をされちゃったならばちゃんと言ってよね。あたしの大事な友達を泣かすような真似をした奴を許さないから」

「ち、違う。くのちゃん」

今のくのいちならば単身で乗り込み、きっと直政に刃を向けてしまうだろう。
だから、必死でそうじゃないと彼女を抑える。

「そう?なんでもないならいいけどね」

いつもの笑顔を見せたくのいちには安堵した。

「でも。幸村様は今のちんをすごく心配しているよ。何かあったんじゃないかって。ねぇ、本当に話してもらえないの?里帰りの理由…別にあるよね?」

「くのちゃん…」

「あたしも心配だよ…前にお邪魔した時はそんな風に感じなかったから」

どうしよう。
気持ちが揺らぐ。

。ちょっといいかしら?」

「稲ちん」

「あら。あなたも居たのね」

稲が室に入って来た。

「なに?稲ちゃん」

稲が来た事で一瞬揺らいだものがなんとか留まった。
話が変わるならばそれでいい。
だけど、が考えて居た事とは違う話を稲はしてきた。

「最近、食事が進んでいないようだけど…どこか具合でも悪いの?」

「そんなことないよ」

「そうかしら?最近ほとんど手つかずでしょ?食べたと嘘を吐いている時もあったみたいだし」

そんな事は知らないとばかりにくのいちが驚いている。

「具合が悪いのならばちゃんと言ってちょうだい。信之様も心配されてしまうわ」

「ほら、ちん。幸村様だけじゃないんだよ。みんな、今のちんの事を心配しているんだよ?」

「なんでもないよ…」

「食事をしない事がなんでもないわけないよ」

「お腹、空かないだけだよ」

空腹を感じないのだ。

「一日だけならまだしも、ここの所ずっとじゃない。やっぱり変よ、

ダメだ。二人とも完全に疑っている。
里帰りの理由など言いたくない、認めたくない。泣きたくないのに。

『泣いてもいいんだが、別に』

ふいに直政の言葉がよぎった。

『…は何度か泣きそうなのを我慢していただろう?別に我慢する必要はないと思うんだが』

『世間から…傍から見れば俺はいい良人と言えるかわからん。いや、寧ろダメな良人だろうな。それでもちゃんとの事は支えようと思っている』

『だから、俺の前で我慢する事はないぞ』

だからって泣く事はしなかった。
泣いてはダメだと思ったから。

いや…。
そもそもなんで泣きそうなのだ、今の自分は。

「私…」

ポロっと涙が零れた。

「旦那様に、失望されちゃった、みたい」

「え?」

「いらない、子みたい………」

そう認めたくなかった。
認めてしまえば、もう井伊家に戻る事ができないと思って。

「もうダメなんだ。きっと…旦那様は、もう、私の事なんか」



稲がの頭に手を乗せると、は枷が外れたように泣き出した。
バカみたいに直政との思い出が蘇る。
最初は小さな言い争いばかりしていたけど、ちゃんと嫁だと認めてくれて。
何かしら自分を気遣ってくれて。
隠し事なんかすべてお見通しみたいで、自分の事をわかってくれているようで。

確かに、信之のそばに居られないからと、強引に進めたような縁組で。
そんな事を直政に悟られないようにしてきた。
でも、いつの頃からか、信之への想いなど過去の出来事になっていて、再会した時は純粋に家族に会えた嬉しさがあった。

井伊家の嫁として無様な恰好は見せたくない。
直政に、周囲に真田を馬鹿にされないようにと強がっていたかもしれない。

けど、いつからか、真田よりも直政を悪く言われないように、直政の為に武家の嫁として努めようとしていた。

信之よりも直政の為。
それって、つまり…。

「ちゃん、と、好きになれた、のに…」

ちん…」

「直政様のこと…好き、だったよ…」

もう戻れないのか、居心地良かった、彼の隣に。
自分の保身の為に嫁いだようなものだから。
不純な動機で、あの優しい家族を欺いていたから。



稲はをギュッと抱きしめる。
稲には直政がを遠ざけた理由など思い当たらない。
誠実な青年だと知っている。
付き合いの長さならば稲の方がよりも長いから。
だから、あの青年がに里帰りを命じる理由がそんな事だと思わなかったのだ。

「どうしたのだ!?」
「何があった!?」

の泣き声が届いたのだろう、信之と幸村が慌ててやって来た。

「信之様、幸村様…えと…」

くのいちは言い難そうにしている。
結果的に幸村が心配していた通りになったようなものだったから。
稲が信之に目を向けかぶりを振った。
信之は二人のそばで膝を折る。

。何があったのだ…」

「………」

「お前が泣くなど、よほどのことではないか。話してくれないか?」

が恐る恐る顔を上げ、信之の方を見た。
信之は優しくの頭を撫でる。

「のぶゆき、さま…わたし…」

「ゆっくりで構わない。落ち着いてからでいいぞ」

そう信之が言うと、の目には再び涙が溜まっていく。
は稲から離れ、信之と向かいあった。

「わたし…直政様の、おそばに、ずっといたかった、です…」

「そうか」

「井伊家の嫁として、失格かも、しれないけど…直虎ちゃんも、周りの人も、みんなよくしてくれたから」

そして少しずつ、は信之に向けて里帰りする事になった経緯を話始めた。
泣きながらだったので、たどたどしくて、時間はかかったが、誰一人その場を離れようとせず、の話に耳を傾けた。
ようやく話し終えた頃にはは疲れ切っていたように見えた。

「………ごめん、なさい。信之様…自分から言いだした事なのに、離縁されちゃうような事になって…真田の家に泥を塗るような…」

「いや、いいさ。そのような事はお前が考える事ではない」

「信之様…」

信之はを優しく包み込んだ。

「沢山泣いて疲れただろう。今までずっと我慢していたんだな、は」

「………」

「ここでは誰もお前を責める者などいない。だから安心していろ」

はゆっくり目を閉じた。

「今しばらくゆっくり休むといい。後の事は私に任せて」

「はい………」

信之はを抱え上げる。

「すまない、稲。に布団を敷いてやってくれないか」

「は、はい。すぐに」

今はを休ませてあげようと信之は言う。
夫婦がの室へ向かっていくのを幸村とくのいちはなんとなく見送ってしまった。

「そんな風に見えませんでしたけどね…井伊直政殿とは」

くのいちがぽつりと呟く。

「本当に離縁されちゃうんですかね?幸村様」

「………」

「幸村様?どうかしたんですか?」

「あ、いや………」

幸村は奥歯に物が挟まるような顔つきをしている。

「まさか、単身で直政殿に突っかかる気はないですよね?やめてくださいよ、そんな真似」

「ち、違う!ただ、兄上が…」

「信之様が?」

「なんでもない」

幸村は背を向け歩き出す。
信之達とは反対方向に向かって。

「あ!幸村様!」

幸村は兄の姿にどこか不安を感じた。
を心配し案じる姿はいつもの兄と変わらないが、何かが違うと感じたのだ。

(京へ戻るのはまだ先になりそうだな…三成殿に叱られてしまいそうだ)

幸村自身も妹の事を放ってはおけないのだから。







15/08/02
19/12/29再UP