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天邪鬼の恋話。
陣中見舞いだと言って突然現れた直虎と。 喜びや照れよりも、呆れと怒りの方が勝った。 「何故、来た」 ここに来るなど、理由が聞いてみたいものだ。 「直政。私がさんに行こうと言ったのです。さんを叱るのは」 「なら、直の事。義母上をお止めするのもお前の役目だろう」 「…はい」 周りの事を考え、怒りをなるべく抑えていた。 怒鳴りでもしたら、迎え出た家康に申し訳がない。 そうしているうちに、真田の者達がやって来て、は彼らの方に駆けだして行った。 「直政の気持ちはわかりますが、さんを叱らないでください。さっきも言いましたが、悪いのは私ですから」 直虎は何が何でもを庇うつもりのようだ。 「義母上、俺は」 「あぁ、嬉しそうですね。さん。真田の方々に会えると楽しみにしていたんですよ」 「………」 陣中見舞いは建前で本音はそこか。 は信之や幸村との再会に喜んでいる。 別に井伊家でふさぎ込んで暮らしていたわけではないが、それでもそこにいるは自分の知っているとは違うように見えた。 「直政。あなたもあの輪に入ってはどうですか?」 信之と幸村は直政にしてみれば義兄になるだろう。 だから挨拶でもと直虎は言いたかったらしいが、直政は直虎に背を向けた。 「義母上。できる限り早くここを出て、府中にお戻りください」 「直政!」 「ここは戦場なんです」 直政はそのままどこかに立ち去ってしまった。 残された直虎はため息を吐いた。 「………不器用な子ですね、本当」 【3】 「旦那様…?」 直政と直虎も会話に呼ぼうと振り返っただったが、そこに直政の姿はなく、直虎一人だった。 「………」 勝手に押しかけた身で、直政の話を遮ってしまった事を思いだす。 (旦那様、余計に怒ってしまったかな…) でも、家族の姿を見た時、まだそんなに時は経っていないとはいえ、懐かしくて嬉しかったのだ。 「どうかした?ちん」 「う、ううん。なんでもない。あ、義母上〜!」 我に返っては直虎を呼ぶ。 「直虎殿。お久しぶりです」 「稲さん。元気にしていましたか?」 直虎に早く反応したのは稲だった。 よりも付き合いは長いだろう。 直虎も稲と再会できて嬉しそうだ。 そして、信之と幸村に深々と頭を下げる。 「戦場では何度かお会いしたことがあるのですが、こういう形でお会いできるとは思いませんでした」 直虎の言葉に信之は優しく笑む。 「本当ですね。直虎殿、はどうですか?中々お転婆な娘ですから手を焼いているかと思いますが」 「信之様、酷いです」 「本当の事だろう?」 直虎は笑う。 「そんな事はないですよ。さんのお蔭で我が家はとても明るくなって、毎日が楽しいですから」 ね?と直虎はに顔を向ける。 「直虎殿と上手くやっているのね、は」 稲に言われては頷く。 「うん。義母上と私は仲良しさんだよ」 「そうか。ならばいい。先日直政殿にお会いした時も、そのような事を言っていたのでな」 「旦那様が?」 信之と稲は小田原に到着したばかりの頃に、直政に会ったそうだ。 は先ほどの事を思い、直政の名を聞くと少しばかり胸が痛くなった。 「そう言えば、直政殿はいないのか?」 幸村に言われて、は口を噤んでしまうも、直虎が答えた。 「忙しいのでしょう。私達も急に押しかけてしまったので、あの子にいらぬ心配をかけてしまいました」 心配?本当にそうだろうか? 直政は怒っていたではないか。 「ところでちん。ずっと何を抱えているの?」 くのいちが指した。 「あ。うん。ぼた餅をね、ここに来る途中の宿屋で作ったの。皆様に食べて貰おうかと思って。一応陣中見舞いって感じで」 「おぉ。ちんが唯一得意としているモノだ」 「唯一って言わないでよ〜」 は頬を膨らます。 「のぼた餅か」 「たまにユキさんと一緒に作ったよね」 「あぁ。それを兄上に差し入れたな」 真田を守る為に忙しい信之を案じて、少しでも休んでもらえるようにと幸村と作ったことがあったのだ。 懐かしいと思えてしまう出来事。 「そうなんですか?さん。まだ私達は食べたことがないですよ?」 井伊家では一度も出した事はなかった。 「あ。いや、なんていうか〜じゃあ、はい。今みんなで食べちゃいましょう」 これと言った理由はないのだが、とりあえずここで広げてしまえとは思った。 元々は直政にと思った代物ではあるが、直政には帰宅してからの方がいいかと思ったから。 「いいの?私達が催促したみたいな感じになってしまうけど」 「平気。だって、旦那様は戦が終われば帰ってくるんだから。でも信之様達には次にいつ会えるかわからないし。ユキさんなんて、京住まいなんでしょ?」 「あぁ、秀吉様にお世話になっているんだ」 人質生活なので、その言い回しはどうかと思うが、そこは幸村の人となりなのだろう。 豊臣は豊臣で温かい家族みたいだと幸村は文に書いてよこしたから。 「はい、食べてくださいな。ほら、信之様も稲ちゃんんも」 そんな沢山作ったわけではないぼた餅。 重箱の一段分だけだが、この人数ではあっという間に平らげてしまった。 「あぁ、の味だな」 「本当ですね。また食べられるとは思いませんでした」 信之と幸村は懐かしそうにしている。 稲とくのいちも美味しいと言ってくれている。 「はい。本当に美味しいですよ、さん。府中に戻ったらまた作ってくださいね」 「うん」 直虎も喜んでくれた。 (これなら…旦那様にも喜んでもらえるかな?…美味しいって言ってもらいたいなぁ) それで許されると言うわけではないのだが。 駄々をこねて居残るわけにもいかなかったので、直虎とすぐさま府中へ戻った。 帰り際に信之達とはまた会おうと約束をした。 家康にももう一度挨拶をしてから出立したのだが、その際直政には会わなかった。 会えなかった。 というのが正しいのだろう。 「大丈夫ですよ、さん。そんなに気にせずとも」 「でも、やっぱり軽率だったんだよね」 「それは…さんにそこまで気にさせてしまったのは私の責任です。ごめんなさい」 直虎に謝られてしまい、は慌てる。 「そんな事ないよ。私だって、行きたいって思ったからで…」 「とにかく。北条との戦が終われば、世の中は安定します。直政とはゆっくりお話しができると思いますよ」 「………」 「その時は、またぼた餅を作ってくださいね、さん」 直政にも食べてもらいたいから、は頷いた。 だが。 北条が降伏し、関東は秀吉のものとなり名実ともに日ノ本は秀吉の天下になった。 これで落ち着く。かと思いきや、小田原から戻った直政の機嫌はあまり良くなく。 どこかピリピリしていた。 「あの、旦那様」 「すまない。後にしてくれ」 「……はい」 会話らしい会話もなく日だけが過ぎていく。 いつも言われる。 が直政を見てくれれば。支えてくれればと。 だが、今の自分ではそのような事はできず、それどころかただ邪魔なだけではないかと思えてしまう。 こんなことは初めてだ。 いつもの些細な言い合いぐらいなら、後腐れなく後日すっきりできるのに、今は言い合う事もない。 直政に対して近づけない自分がいる。 話したい事がいっぱいあるのに。 ちゃんと小田原での事を謝りたいのに。 直政に近づけない。 顔もまともに見れなくなっている。 井伊家の当主になったらから、今までよりも忙しいのだろうか。 そういう事すら話して貰えない自分には、井伊家の嫁と呼べるのだろうか? 自信なんて最初からあったわけではないが、自信を持つことすらできないでいる。 (それじゃあ、ダメだ、ダメすぎる) 直政の口癖を真似たわけではないが、このままではいけないと思う気持ちはある。 だから、思い切って直政に飛び込んでみようとした。 したのだが、 「え?」 「しばらく真田に戻るといい」 直政から告げられた言葉に、は言葉を失った。 「な、んで…」 「その方が良いと思ったからだ」 何かあったのか? 自分が居ては不都合でもあるのか? 色々問いただしたい事があるのに、言葉が出ないでいる。 それでもようやく絞り出した言葉は、聞かなきゃよかったと思える返事だった。 「いつまで、?」 「の好きにすればいい」 それって、つまり……。 頭が真っ白になった。 ぼた餅はあの話から。
15/06/27
19/12/29再UP
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