天邪鬼の恋話。



ドリーム小説
直政が小田原へ向かってから、早一月が経った頃。





【2】





「へぇ。直政にはお嫁さんがいるのか。どんな子なんだ?」

「…………」

「なぁなぁ。教えてくれたっていいだろ?あ、さては照れているのか?」

気安く直政の肩に手を置き、ニヤニヤと笑っているのは島津豊久。
九州征伐の際に戦った相手なのだが、「好敵手だ!」とかなんとか言って懐かれてしまっている。
友と呼ぶのか微妙なのだが、豊久は直政の姿を見つけると犬みたいに飛んでくるのだ。
「犬みたいな奴」まさに豊久にぴったりだ。

「あのな、島津…」

「だって、どんな子か気になるじゃん。相手とはどこで出会ったんだ?恋愛?見合い?」

「うるさい」

「ケチ!教えてくれたっていいだろ」

「お前に教えてどうする。の事を知ったからと言ってなんだと言うのだ」

豊久は表情が明るくなった。

「そっか。って言うのか。直政のお嫁さんは」

「あ……」

尚も豊久はしつこく問うてくる。

「でさ。直政とはどんな夫婦なんだ?ひで、じゃなくて。太閤殿下の所みたいなかかあ天下か?立花の所みたいな感じか?」

立花とは豊久と同じ九州の立花宗茂、ァ千代の事だろう。
直政は立花とはそんなに面識もあるわけではない。

「変な事を聞くな」

「だってさ。…あ、わかった。滅茶苦茶仲良し夫婦って奴か?周りが目も当てられないくらいの。意外だな〜」

「勝手な想像をするな!まったく…」

豊久はああーでもない、こーでもない。と好き勝手に言っている。
直政としては早く解放されたい気分だ。
こんな話を忠勝にでも聴かれたら面倒くさい事になるだろう。

「戦の最中にする話か?ダメだ、ダメすぎるぞ。島津」

「そりゃあ、油断は禁物だけどさ。今はどちらも動きがないし、あまり気負っても仕方ないだろ?ずっと気を張っていていざって時に動けない方が困るし」

「……お前がそんな風に考えているとは意外だな」

「なんだよ、それー大体、太閤殿下は沢山女の子連れて来て茶会とかやってんじゃん」

「あぁ、そうだったな…」

戦場に戦えもしない姫達を連れて茶会を開いている秀吉には、直政も呆れた。
彼の奥さん。側室達らしいが、正妻のねねが何も言わないのであればある意味これも北条への揺さぶりなのだろうか?
北条にしてみれば、外で呑気に茶会などされては苛立つだろうし。

「直政もを連れてくればいいじゃん。あ、そうしようぜ。呼んでみれば?」

「お前は馬鹿か」

「好きな子が近くに居たら嬉しいだろ?もっと頑張るぞー!みたいな」

「す、好きな子?……」

「ん?どうかしたか?」

「いや、別に」

ただ、豊久から「好きな子」などと表現された事に驚いたのだ。
確かには直政の嫁だ。
嫁なのだが、ある意味政略結婚のようなものだ。
先ほども恋愛か、見合いか?などと聞かれてもそのどちらでもないから答えられないわけで。
かといって、別に不仲ではないとは思う。
良人としてはまだ至らない自分ではあるが、一応それなりにの事は気遣っているつもりだ。
だが、政略結婚なんて別に自分達に限ったものではない。
今の世、武家同士ならば普通とも言えるくらいの話だ。

(俺は…に好かれているかと言われれば…難しい話だな)

では、逆に自分は?
直政自身はをどう思っている?

「直政?」

「ダメだ、ダメすぎる」

「は?」

「お前が変な話をするからだ」

「そうか?」

別に変だとは少しも思っていない豊久の態度に、直政は嘆息した。

「ん?なんか騒がしいぞ?」

「?」

豊久に言われて直政も顔を向けると、家康が居た。
主が陣にいるなど別段不思議な話でもない。
が。家康と共にいる者の姿を見て直政は絶句してしまう。

「おぉ、直政。ここにいたのか」

「い、家康様…」

ニコニコ笑顔の家康に対し、直政は口角が引きつってしまう。

「なんか華やかな感じだな」

「華やかではなく、場違いだ」

豊久は締まりのない顔をするも、直政は周囲とは逆の顔になっている。

「義母上。

家康と共に居たのは、府中にいるはずの直虎とだった。

「直政の母ちゃんと…お嫁さん?」

先ほど出ていた話題の一人の登場に豊久は興味津々だ。

「旦那様。来てしまいました」

お気楽な態度のに直政は沸々と怒りが湧いてしまう。

「家康様。これはどういう事でしょうか?」

「あぁ。ちょうど直虎殿が陣中見舞いに来たいと文をよこされてな」

家康は秀吉がしている事もあったし、別段気にもせずに迎えをやって二人を呼び寄せたらしい。

「積もる話もあるだろう。ではな」

気を利かせたつもりなのだろう、家康は去ってしまう。

「なぁなぁ。直政。俺も」

「すまない、島津。また後にしてくれ」

豊久を置いて、直政は二人を連れて行った。





今回も留守番を。
そう考えていただったが、直政が出兵してから一月になろうかとしていた時。

「毎日つまらないですか?さん」

直政が居なくて。
そう直虎は言いたいのだろう。
いつもだったら、否定をするところなのだが。
少し物足りないとは正直思っていた。

「ここから小田原ってすごく遠いってわけではないよね…」

的な呟きを直虎に聞かれていた
直虎はの手を取った。

「では、会いに行きましょう。小田原まで!」

「は?」

「陣中見舞いですよ。さん!直政もきっと喜びます」

「や…それはちょっと…」

「それに真田の方々にもお会いできると思いますし」

「………」

少し心惹かれた。
確かに今、小田原に信之と幸村も居ると聞いている。
他家へ嫁いだ以上、普通はそう簡単に会えるものではないだろう。
文でやり取りができるだけマシなのだ。
だが、久しぶりに会えるかもしれないと思うと、直虎の誘いにのってしまいたくなる。

「じゃあ、行ってみようかな」

との感じでは直虎と小田原に向けて出発した。
先に家康宛てに文を出した。断られたならば引き返す事も考えたのだが、逆に迎えをよこしてくれたのだ。

家康の陣近くの直政の陣に連れて来られた二人。
直政は着くまで一言も発さなかった。

「あの、旦那様。陣中見舞いと言っても、お金とかは無理だったから、近くの宿屋で台所を借りてぼた餅を作ったの。良かったら、皆様に食べて貰おうかと」

「何故、来た」

直政からの鋭い視線に息をのむ

「直政。私がさんに行こうと言ったのです。さんを叱るのは」

「なら、直の事。義母上をお止めするのもお前の役目だろう」

「…はい」

直虎は直政が喜ぶ。と言ってくれたが、まったくの逆だった。
喜ぶどころか、直政は大層怒っている。
家康達が居た為に、怒鳴られる事はなかったが、今にも怒鳴りそうなのを耐えているような感じだ。

「ここがどういう場所かわかっているのか?物見遊山で来るとは」

「陣中見舞いとして、私たちは」

「義母上は黙っていてください」

「はぅ…」

直政に言われて直虎は体を縮めてしまう。

「自分で責任は取れるのか?何かあってからでは遅いのだぞ」

「ご、めんなさい…すぐ帰るから…」

さん…直政。私が悪いのですから、そこまでさんを叱らないでください。それに、何かあっても私がさんを守りますから!」

「義母上。そう言う意味で言ったのではなく」

直虎は直政の怒りを自分に向けてを庇おうとしてくれている。
だが、直政不在である今、井伊家を守らねばならない身であるのは確かなのだ。
軽率だった自分の行動に情けなく感じる。
は直政の顔が見られず、下を向いてしまう。
どこかで期待していたのだろう。直政が喜んでくれることを。

「あ〜本当に居た〜!おーい、ちーん!」

どこからともなくくのいちが姿を見せた。

「…くのちゃん」

「にゃはは。家康公が、信之様にちんが来ているって教えてくれてさ」

「信之様が、いるの?」

「うん。勿論幸村様もいるよ〜稲ちんもちんに会いたいって言うからこっちに来たよ」

実は信之たちは小田原城ではなく、石田三成指揮の下忍城攻略に出向いていたのだ。
忍城でもすぐに出陣という流れではなく、作戦の関係上で睨み合いが続いていた。
家康から受けた連絡により、一時だけ小田原に戻って来たのだ。

「あ。失礼しました〜いきなり押しかけて挨拶もしないで。井伊直政様。お久しぶりでございます〜」

くのいちは場の空気を変えてしまうくらいの明るさで直政に挨拶をした。

「あ、あぁ」

「こら!勝手に先を行くな!」

幸村の声がした。

「にゃ〜幸村様に叱られちった」

くのいちが人様の陣にずんずん入ってしまった事を幸村は心配したらしい。
呆れている幸村と、その少し後から信之と、一緒にいる女性からして稲姫だろう。彼女と共に歩いてきた。

「ユキさん…信之様…」

は思わず駆け出した。



妹分の姿を見つけてなのか、信之と幸村は顔を綻ばせた。

「まったく。いつもの事だが、お前のやる事には驚かされる。これでは直政殿も大変だな」

信之は駆けてきたの頭に手を置く。

「信之様…」

「どうだ。何も心配はないと思うが、上手くやっているか?」

直前の事を思えば、上手く行っているとは言えないが、信之に心配はかけたくない。
は何度も頷いた。

「信之様」

「あぁ。そうだった。。稲がに会いたいといつも言っていてな」

「はじめまして、殿。こうして早くにお会いできるとは思いませんでした」

忠勝の娘であり、信之の妻である稲。
彼女を前にして、何か心がざわめくかと思ったが、案外それはなかった。

「稲姫様。初めまして。と申します」

「稲でいいわ。私達、年も近いようだし」

堅苦しい態度はなしだと稲は手を差し伸べてくれた。

。一つ聞きたい事があるんだ」

「なに?ユキさん」

さっきまでの直政とのやり取りを聞かれでもしていたのだろうか?少しだけ緊張してしまう。

「以前、文に書いてあった口煩い兄がもう一人できたと…」

「あぁ。私もそれに関しては聞きたいと思っていた」

信之も幸村もいつになく真剣な顔をしている。

「えと…書いたっけ?」

「書いてあった。あの意味だと、まるで幸村が口煩い兄だと言うように取れるが」

直政に小言を貰う事が多く、真田に居た頃みたいな兄がもう一人できたような感じ…のような事を書いたはずだ。
二人はその文章から、口煩い兄が居たと解釈したようだ。

「いや、あれは兄上の事だろう?

「何を言う、幸村。どう考えてもお前の事だろう。なあ?

「え、えと…何?」

思わずくのいちと稲に助けを求めてしまう

「ほらほら。どっちが口煩い兄なのか、答えてあげなよ〜ちん」

「うふふ。あの文が届いた直後はずっと互いを擦り付けていたのよ?」

飽きもせずに騒がしかったと稲は笑う。

「え〜…私、そこまで考えていないよ?」

「「どっちだ?!」」

兄弟に迫られ、はたじろいでしまうも、すぐさま声を出して笑ってしまう。

「やだ、二人とも〜変なの」

「案外、どちらも口煩い兄なのではないですか?」

「にゃはは〜そうかもしれないね、稲ちん」

「じゃあ、そういう事で」

「こら。!」

和やかに笑いあう真田家の面々。

「あーもう、可笑しい」

腹の底から笑っているようで。家族だからなのかと感じる。
ただ、居心地は悪くない井伊家でも、ここまで笑った事はないなと少し寂しく思った。

「あ。そうだ。旦那様、義母上!」

二人も話に混ぜようとは振り返った。
だが。

「旦那様…?」

振り返った場所に直政の姿はなく、直虎一人だけだった。








15/06/14
19/12/29再UP