天邪鬼の恋話。



ドリーム小説
【1】





直政が九州から戻ってから数日後。
直虎から家督を譲り受けた。
此度正式に井伊家の当主となったのだ。

「少し前の直政だったら、心配でしょうが、今の直政にならば井伊家を任せられます。私も肩の荷が下りたというものです」

直虎は心底安堵したようで、いつも以上に柔らかい表情でいる。

「当主ともなれば、これから先、苦しい判断をしなくてはならない事もあるかと思いますが、直政ならば大丈夫だと思っています。それに直政にはさんが着いていますから」

「……私?」

「はい。さんならきっと直政と共に井伊家を守ってくれると思っていますから」

お願いします。と直虎に頭を下げられるとの方が恐縮してしまう。

「あ、えと…私じゃまだまだって気もするけど…わからない事だらけだし、でも、迷惑はかけないように頑張るから」

「わからない事はちゃんと聞いてください。大丈夫、私も二人の傍でお手伝いしますから」

家督を直政に譲ったことで、直虎が戦地に赴く事はなくなったらしい。
今後はと家を守る事になるそうだ。

「でも、あれだね。思ったより遅かったね」

「何がですか?」

「旦那様がご当主になるの。確か…いつだったか、当主になる為に越後の方に出向いたよね?旦那様の家督を譲る為にどうとか」

「はぅ〜あ、あれは…」

直虎は項垂れる。
曽祖父から言われた家督を継ぐ為には現当主と共に、幻の秘伝書を取りに行かねばならぬと言われたらしい。
直政と共に行ったのだが。

「…あれは…何というか…おじいちゃんの…」

直政に家督を譲ると言う結果にはならない出来事だったらしい。

「で、でも!今回はちゃんと直政に家督を譲る事ができたので良いのです!」

「何をしたの、いったい…?」

「な、何もしていません!さんが気にする必要はありませんよ」

「怪しい…他所様にご迷惑をおかけしたんじゃ」

直虎の慌てっぷりには疑いの目を向ける。

「はぅ〜さんはもう立派な井伊家の嫁です。なんだか逆らえる気がしません」

「な!なんかそれって鬼嫁とか言われているような感じが!」

「うふふ。ちょうどいいではありませんか。直政は井伊の赤鬼と呼ばれているんですから。そのお嫁さんであるさんは正真正銘鬼嫁です!」

攻めから一転の反逆を受けてしまう。
鬼嫁などと呼ばれて喜ぶ人がどこにいるのだろうかと。

「もう!直虎ちゃん、ひどーい!私は鬼嫁なんかじゃないです!」

「何を騒いでいるんだ?」

直政が呆れた様子で入って来る。

さんは立派な鬼嫁だと話していたんですよ」

「は、義母上…それは…」

「立派って言われても嬉しくない!」

「そうですか?直政が井伊の赤鬼なんですから、さんはその鬼嫁です」

は頭を抱える。

「義母上…その使い方は少し違うと思いますが…」

「ダメですか?」

「ダメすぎます…ただ…はどちらかというと鬼は鬼でも天邪鬼ですね」

「ちょっと、旦那様?」

自分はそんなにひねくれ者なのか?と直政に詰め寄る。

「素直じゃない部分はあるだろう?」

「言うほど酷くないです。それに旦那様だってそうでしょうが」

「俺が?」

そう思われるのは直政にしてみれば心外らしい。
お互い睨みあいを始めてしまい、直虎が慌てる。
きっかけは自分の些細な一言だけに。

「あ、えと。に、似たもの夫婦でいいじゃないですか」

「どこがですか」
「どこが!」

間髪入れられた二人からの反論に直虎は苦笑するしかなかった。

「気は合っていると思いますけどね」

「………」
「………」

まぁ、以前に比べれば不仲というわけでもないのだから。





天下統一の総仕上げ。と言われるぐらい、日ノ本のほぼ全域は秀吉のものとなっていた。
最後まで反発していた東北の伊達家も、秀吉に帰順を申し入れたという。
あとは関東を治めている北条家だけだ。
その為に、秀吉は大軍を率いての北条攻めを開始する。
今回は家康も出陣するため、当然直政も出向いていた。
いや、徳川家臣全体の出兵だ。

「小田原って…遠くに感じるようで、案外近いような気もするなぁ」

信州へ行くのとどちらが遠いだろうか?
そんな事をは考えた。
秀吉自らも北条攻めに出る為、人質生活を送っている幸村も参戦するそうだ。
そんな便りが先日届いた。
ただ、人質生活などと言うと悲観的に見られがちだが、幸村にしてみると豊臣の家族の一員になれたような感覚だそうだ。
太陽のようなあったかい雰囲気のする豊臣家だと。
それを直政に話してみると。

「人が良すぎるのも問題だな」

とどこか呆れていた。
でも、直政も幸村程の者ならば悪く扱われる事はないだろうと言ってくれたこともあったし、幸村からこうして文が届き、幸村ならば嘘は書かないだろうからと、安心はできた。
偽りの報告など、生真面目な幸村ができるはずもないだろう。

とにかく、幸村もそうだが、信之も小田原へ向かったとの話もある。
兄弟が久しぶりに再会できるのかと思うと、それだけでも良かったと思える。
自分も二人には再会したい気持ちはあるが、流石にそれは無理だろうなと。

「秀吉様の天下になれば戦はなくなり、平和になりますね。そしたら直政とゆっくり過ごせますよ、さん」

それこそ、直虎にしてみれば隠居生活を送る事ができると期待しているらしい。

「直虎ちゃんはゆっくりできても、当主の旦那様は忙しいと思うけど?」

「戦がないだけ、気持ち的に楽と言う意味ですよ」

ただ、今回の戦。天下が秀吉のものとなった場合。徳川には少々厳しい現実が待っているらしいと噂されている。
直政からは何も聞かされていないし、が口出すこともないし、ただ従うだけなのだが。

「実際は…家康様が戦に勝ったって話を聞いたけど?」

「小牧長久手での事ですね。そうですね…あの時は家康様の勝利だと誰もが思っていましたから」

それでも家康が決めた事ならばと家臣は黙って従ったそうだ。
家康が秀吉に手を貸すと決めたのだから。

「でも、これで戦が終われば。直政の帰りを心配で待たずに済むではありませんか」

「……そうだね…」

真田に居た頃も何度か待つだけの日々だった。
ただ待っているだけは確かに気持ち的に落ち着かないものだ。

「今回も長くなるかな…」

「九州征伐とは違い、直政の周りには多くの頼れる方々がいるので大丈夫ですよ!」

忠勝に半蔵たちがいる。
以前の直政とは違い、今は徳川の為に最善を尽くす戦い方をするようになったと言う。
お蔭で周囲からの信頼も得られている話だ。

「うん。そうだね。今回も留守番をしっかりしていなくちゃね」

九州征伐の時とは違い、直政は出陣前だからと何かをしたわけではなかった。
割とあっさり家を出ていった。
直虎に言わせると、にならば留守を任せられるからだろうと。
実際、どんと構えていられるほど落ち着きがあるわけではないのだが、直政が少しでもそう思ってくれているならばしっかり家を守ろうと決めた。

「でも、やっぱり寂しいんじゃないですか?さん」

「へ?」

「直政がいないと。って話です」

寂しくないと言えば嘘になる。
だが、面と向かって言われると恥ずかしいものがあり、どうしても悪態を吐いてしまう。

「直虎ちゃんがいてくれるから寂しくないもん」

「嬉しい事を言ってくれますが、顔は正直ですよ、さん」

「な!」

直虎はの頬を軽く突いた。

「戦に出向いたとなれば心配なのは仕方ないですもんね」

「だから、別に…」

直虎は笑う。

「直政の言う通り。それでは天邪鬼ですよ?さん」

「う…」

井伊の赤鬼の奥さんは天邪鬼なのかもしれない。





寂しさを感じているのは家で待つ者ばかりではなかった。
豊臣傘下の各大名家がそれぞれ陣を張っているのだが、豊臣本陣近くに徳川の陣が敷かれている。
今のところ大きな動きもないので比較的自由に動いていた直政は、どっしりと腰を下ろしている忠勝の姿を見つけた。
どっしりと構えているものの、その視線の先には彼の娘稲がいた。
稲は一人ではなく、良人である真田信之と共にいた。
直政は忠勝に近づく。

「寂しいんですか?」

「武家の娘に生まれた以上。主君の為に他家に嫁ぐのは戦国の倣いだ」

直政は忠勝の肩に手を置いた。

「寂しんですね」

「んっ…お前な…」

もっともらしい事を言う忠勝であったが、父親としての顔をしていた忠勝に直球にそう言ってしまう。
ただ、忠勝も黙ってはいなかった。

「そう言うお前はどうなんだ?新入り。がおらず寂しいのではないか?」

「は?何を言っているんですか、あなたは。がそばにいては勝てる戦も勝てなくなりますよ」

「心配でか?」

忠勝はくっと笑う。
直政は若干拗ね気味に言う。

「えぇ。心配ですね。何かやらかすのではないかと」

「それは否定できぬな。何か面白い事をやってくれそうだ」

忠勝は豪快に笑うも、それに対し直政は嘆息してしまう。

「ダメです。ダメすぎます。忠勝殿……」

「だが。良いではないが。と居るのは中々飽きず楽しいものだ」

「……否定はしませんよ」

自分がそばに居ようが居まいが、にはあまり関係ないのではないかと直政は思ってしまう。
今頃は義母直虎と楽しく過ごしているのだろうと。
何度かしていた馬鹿馬鹿しい話をしながら。

「父上。直政様。お久しぶりです」

二人が居た事に気づいたのか、稲がやって来た。信之も一緒に。
直政は稲に会釈する。

「ん。息災か?」

「はい。つつがなく」

稲は忠勝に向けてしっかりと頷いた。
それだけでも忠勝には満足なようだ。

「直政殿こうしてお会いできるとは。は元気にやっているでしょうか?」

戦とは無縁そうな穏やかな笑みを直政に向ける信之。

「えぇ。まぁ」

不自由なく暮らしているとは思いたいが、なんとなく目の前にいる夫婦に比べたら、自分とは少々変わっていると思えた。
それと同時に、以前届けられた信之からの文の一文が引っかかってしまっている。
に対して「愛おしい」と表現したのだ。
そういう言葉を素直に口に出せない直政にしてみれば、なんとなく気まずくもある。

「少し前までは、幸村殿の事を気にしていましたよ」

幸村と聞いて信之は少しだけ表情を曇らせた。
弟を人質として送り出さなければならない事を信之は気にしているようだ。

「ずっと…3人一緒に居られるかと思っていました…」

3人一緒は信之、幸村、の事だろう。
兄妹仲良く暮らしていたという話か。

「だからまぁ…が真田を出るとは一番思っていなくて。あ、変な話をしてしまい申し訳ない。元気ならば良いのです」

幸村に関しては、戦場ではあるが今回久々に再会できた。無事ならばいいと思えているそうだ。

「稲も一度殿にお会いしたいと思っているのですよ」

場を和ませようとしたのか、素直な反応なのか稲はそんな事を口にした。
忠勝も頷く。

は中々にいい娘だ。新入りには勿体ない存在だと思うがな」

「忠勝殿…」

何を言うかと直政は彼を睨む。

「そうだ。婿殿。帰りは我らと共に来るか?信州へ戻るには少々遠回りになるが、に会いたいとは思わぬか?」

「え?それは…」

「良いと思わんか?新入り」

果たして戦後にそんな余裕があるのか微妙なのだが、堅物の忠勝が言うのであれば信之も断れなさそうだ。
というより、信之が来るという事は必然的に娘も里帰りができると思っているのだろうか?

「戦が終わってから考えてください。それは。急に言われても信之殿も困るでしょうし」

「ぬ。そうだな…急であったか。まずは戦に勝たねば」

だけど、信之が共にくればが喜ぶのだろうなと簡単に想像がついた直政だった。








15/06/07
19/12/29再UP