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拈華微笑
秀吉が生きていた。 孫市も生きていた。 関ヶ原の合戦。史実では西軍の敗けで三成は捕まり処刑されることになる。 家康の天下となり、家康は江戸で幕府を開き、三百年も続く徳川の天下になるはずだった。 だけど、歴史の流れが変わった。 先の事はわからなくなった。 秀吉が本当に亡くなってしまった後のことはわからない。 また家康が天下を狙うか、それとも別の誰かが狙うか。 そのまま豊臣の世のままになるのか。 きっと誰にもわからない。 わからないから、いいのかもしれない。 自分たちの手でこれからを作るのだから。 【22】 が三成と共に邸へ帰るのは叶わないだろうと利家は思い、幸村に連れ出すよう頼んだ利家。 京を抜け出したあの日。危険を回避する為に、三成の邸の者たちも逃げていた。 だが、その後。戦も終結すると、それぞれが邸に戻ってきたそうだ。 その邸へ戻る。一人ではと思ったのか、共に幸村をつけて。 いや、普通ならばもっと下の者へ頼むだろうが、そこは利家が気を利かせたのだろう。 幸村との時間を過ごすようにと。 利家の気遣いは恥かしくも感じたが、正直嬉しくも思った。 こうしてまた一緒に歩けるのかと思って。 「本当・・・嘘みたいに賑やかですね・・・」 秀吉の死後(偽装であったが)京の都は浪人たちが徘徊し、持ち前の華やかさは消え物騒な気配を醸し出していた。 だがそれが見事に消えて、商人、町人たちで賑わうほどの活気が戻ってきた。 「えぇ。人々の活気が戻ってきていますね」 「でも、いくら不忠者を焙り出す策だからって、死んだ振りはないですよねー半年も様子見なんて」 「数日、数週間程度では信憑性が薄いと思われたのでしょうね」 それでもなぁとは今更ながら腹を立ててしまったようだ。 「町の人たちは怖い思いをしたし、戦にまで発展して・・・」 「まぁ。殿のおっしゃる通りですが」 幸村は苦笑しか出ない。 確かに色々周りから見れば不安も不満も多かろう。 「三成さんなんかずっと不機嫌ですよー?」 ねねと利家は知らされていたものの、三成には何一つ知らされることがなかったから。 早くに秀吉が顔を出さねば、三成は討ち取られていたかもしれないと言うのに。 討ち取られたらそれまで。その程度。そう思われていたのだろうか? それとも、それなりに阻止できると思っていたのか。 「あの時は、殿がそばにおられたから。三成殿の危機を回避できましたから」 「・・・・役に立てました?私・・・」 一時期、忌み嫌ったものだから。 「えぇ」 幸村は微笑み頷く。 それだけで、ふわっとの心が晴れやかになる。 自然とも笑みを浮かべてしまう。 幸村が信じてくれる。 それだけでいいような、単純な考えかもしれない。 でも、それだけ。にとっては幸村の信頼と言うのは重要なのだ。 一度途切れたと思ったものが、繋がったから。 普通だったら、途切れたままだったろうに。 「もう・・・戦が起こらないといいですね」 「そうですね・・・」 皆が笑って暮らせる世。 それが本当にこのまま続くのかと考えれば、無理だと否定的なものが浮かぶ。 が知っているだけでも、人の歴史の大半は戦いが行われていたから。 そう思うと、徳川の世になっていれば、が生きている時代は平和だったのだろうか? いや、それは違う。 そうだとしても、そこにが大事に思う人たちの姿はないはずだ。 (悪い方ばかりに考えるのはやめよう・・・きっと秀吉様の世が続けば・・・) ここはの知っている時代とは少し違う。 それに関ヶ原の合戦が行われた時点で流れが変わっているのだ。 もう違う流れに乗っていると思えば・・・。 「殿?どうかされましたか?」 「なんでもないです」 は幸村にそう答える。 どこからか、笛の音や鐘の音、人々の歓声まで聞こえてくる。 また誰かが何かを始めたようだ。 華やかというより、祭りの色に染められているようである。 「ちゃんやないのー」 呼ばれ振り返れば、阿国がいる。 「阿国さん!」 「あら。幸村様と一緒やったんね。お邪魔してもうたかしら」 うふふと優雅に笑う阿国。幸村は軽く会釈をする。 彼女が無事で良かった。 またこうして再会できることが嬉しい。 もし戦に巻き込まれていたら・・・などと思ったこともあったから。 「邪魔だなんて。阿国さんとまた会えて良かった」 「なんや、今生の別れでもあったかのようなものいいやね。うちちゃんとさよならした覚えはありまへんで?」 確かに。 だけど、色々ありすぎたから。 「そうや。時間があったらあとで二人であそこの神社に来るとええよ」 阿国があとで、舞うそうだ。 辛気臭い出来事も終わったので、すっきりした気持ちで久しぶりに舞えると阿国はご機嫌だ。 「ほな、幸村様もまた後で」 急いでいるのだろうか?足早に阿国は去ってしまう。 少し寂しい気もするが仕方ない。 この賑わいでは立ち話もしていられないようだ。 「行きますか?殿。阿国殿の舞を観に」 行くならお供します。と幸村は告げる。 思えば、阿国が各地で舞っているのは知っていたが、それを目にした事はない。 だから観たいと言えば観たいものだ。 「行きたいです。どんなものか気になるし」 「じゃあ行きましょう」 少し帰るのが遅くなるが、いいだろうか? 三成が帰宅するにはまだ時間がかかりそうだし、今日ぐらいは許してくださいと。 心のうちで三成に謝る。 しばらく街並みを楽しみながら幸村と歩く。 ふと、幸村が思い出したようにに訊ねた。 「前からお聞きしたいことがあったのですが・・・」 「なんですか?」 それはにだろうと。 「殿は何度か私に・・・未練たらたらだとおっしゃいましたが、あれはいったい・・・・」 「えぇっ!?」 聞き返すか、普通。 しかも相手には強く通じていなかったようだ。 いや、だが、自身もはっきりと言ったわけではないし、これからどうしようというつもりもなかった。 あやふやな物の言い方をした自分が悪いのだ。 「えっと・・・その・・・・」 こんな町中でする話ではないだろうとは思う。 思うが、後でというのも正直どうかと・・・。 「殿?」 こういう人だからなぁ・・・。 幸村が色恋沙汰に疎い人だから、なんにでも真面目で真っ直ぐな人だから。 自分の周りにいた男の子たちと比べたら、とても穏やかな人で・・・。 好きな人だ。 一度は拒絶されても、その想いがくすぶることなく持ち続けられたのは。 幸村がこういう人だから。 「き・・・気付きませんか?」 「はぁ、気付く・・・・?」 もっと積極的に相手が引くぐらい押さなければ、幸村にはこの想いが伝わらないのだろうか? 自分の性格では残念ながらできそうにもない。 まぁもっとも、三成の心配をしただけで「殿は三成殿が大事なのですね」とか言う人だから。 でも、少し鈍すぎやしないか? あと、普通だったらその優しさに勘違いしてしまうだろうことを、幸村はするから。 戦前に、抱きしめてくれたことがあったじゃないか。 戦前だから? 疑問に思う事は多々あるが、自分の中で結局未練たらたらだ。などと思ったほどだ。 「私が・・・・幸村さんに・・・・未練たらたらなんです・・・・」 幸村の方が上背があるから、自然とが見上げる形となってしまう。 上目で少し緊張した面持ちで。 「私に?」 「・・・・・・ずっと・・・・甲斐に居たころから・・・・ずっと」 一度深く息を吸う。 そして吐き出すのと同時に、言い切る。 「幸村さんのこと。好きだったから」 「え・・・・」 「一度嫌われちゃったなって思って、諦めようとも思ったけど、私・・・結局諦められなくて・・・」 それで未練たらたらだと。 段々と小声になり、顔も俯かせてしまう。 賑やかな町の声のお蔭で、周りには聞かれていないようだが。 だが逆に、二人が居る場所だけが違う空間に繋がってしまったかのようだ。 「幸村さん、私・・・・あ」 思い切って幸村の顔を見た。 幸村が酷く困った顔をしている。 その顔が胸に痛みを与える。 言わなきゃ良かった・・・そう思った。 幸村は優しいから、きっと気を使わせてしまう。 言うつもりなど、なかったのに。 適当に誤魔化せば良かったのに。 あの縁結び神社でも、幸村との仲を願うではなく、できれば一緒に居られる時間があればいい。 それだけをお願いした。 だから、必要以上にこれ以上を望むことはなかったはずだ。 わかっている。 わかっているさ。 幸村が自分に向けているのは「御館様との約束」なんだ。 それがずっと、幸村を縛り続けていた。 「殿」 「いいんです。気にしないで下さい。私・・・・別に・・・・」 でも、幸村の顔を見ていられなくて、そらしてしまう。 折角のお祭り気分も胸の痛みが大きくなっていき、それどころではない。 カッコ悪い告白だ。 鼻の奥がツーンとする。 あ、もう少しで、泣いてしまいそうだ。 そんな事になったら、幸村はもっと困るだろう。 「阿国さんには、悪いけど・・・・私、帰ります・・・・・幸村さんは、観ていけば・・・いい・・・・」 もう言葉が続かない。 胸がいっぱいだ。 はそのまま走り出した。 「殿!」 後ろで幸村の呼ぶ声がする。 けど、立ち止まれない。 振り返れない。 だって、泣いてしまう。 武田の滅亡が、信玄の死が、の所為だと幸村に思われたとき、言われた時。 確かに辛かった、痛かった。 それでも嫌いになれなかった。 あの時の痛みと悲しみに比べて、告白が失敗したぐらいなんだ。 たいしたことないだろう? ないはずなのに・・・。 (痛い・・・・痛いよ・・・・) 縁結びの神様は、自分の願いを聞いてはくれなかったようだ。 「うっ・・・・っ・・・・」 涙が零れる。 恥かしいな、泣きながら走っている子を見れば、周りはどう思うだろう? 三成の邸に居る娘が・・・・と変な噂になる? 考えすぎか・・・。 誰一人のことに目を向けていない。 それぞれが祭りのように騒ぎ戻ってきた平穏を満喫しているのだから。 「殿!待ってください!!」 「!!?」 手首をつかまれた。 振り返れば、手首を掴んだのは幸村だった。 追いかけてきた?わざわざ? どこまで優しすぎるのだ、この男は。 こういう時は放っておいてほしいものだ。 「走るの・・・お速いですね、殿は」 小さく笑う幸村。 「な、んで?なんで・・・放っておいてくれないんですか?・・・・幸村さんが、気にすることないに・・・」 「気になりますよ・・・あなたに、そんな顔をさせて」 泣かせてしまうなんて。 幸村は少しだけ手に力を込めた。 「おいおい。喧嘩なら他所でやんな。兄ちゃんたち邪魔だよ」 「あ、す、すみません!」 道の真ん中。色んな人で賑わう往来。 そんな場所で立ち止まれば邪魔にもなる。 「場所を変えましょう、殿」 できれば、その手を振り切ってしまいたいのに、幸村が逃がすまいと思っているのか。 強く握られ振り切れない。 それとも、追ってきたことで、何か期待でもしてしまったのか? 駄目だよ、そんな期待。 するだけ無駄だ。 自分の痛みを増やすだけだ。 そう自分に言い聞かせてしまう。 少しだけ喧騒の外れた場所へやってきた。 「すみません。先ほどは・・・・驚いてしまったこともありますが・・・・」 はかぶりを振る。 幸村が気にする事はないのだ。 「殿が、私のことを、す、好きだなどと・・・その・・・・・私にはそんな資格がないと思うので」 「資格?」 「あなたを酷く傷つけた私のことなど・・・・・あの事を許してくださっただけでも私は」 困惑した顔を見せてしまったのはそれがあったから。 が許してくれたとはいえ、幸村が彼女を傷つけた事実は消せない。 だから、を守れるだけで十分のように思っていたから。 「そんな資格なんて、私、偉そうな立場じゃないです・・・・資格なんて・・・・」 は泣き出してしまう。 「、殿!!?」 「私が傷ついたとか、言うけど・・・・幸村さんだって、傷ついているじゃ、ないですか・・・・。 私は、もういい・・・って・・・・・あの時、逃げた私も悪かったんです・・・そう言ったじゃないですか」 幸村に本音をぶつければ良かったと。 逃げてしまったから、余計に傷を大きく、増やしてしまったのだ。 「私は、また、幸村さんと、たの、楽しくやれれば・・・・いいって」 子供みたいに泣きじゃくることしかできなくて。 でも、幸村にももう、あの事は気にしないで欲しかったから。 「資格がないとか、言わないで下さい・・・・」 「・・・・殿」 ここまで来たら、遠慮などするものか。 失恋の痛みなど関係あるか。 思いっきり幸村を困らせてやる。 「幸村さんが好きなんです。ずっとずっと好きでした」 「誰が何と言おうと、好きなんです!」 「生真面目で、頑固で、御館様馬鹿なところも、くじ運が悪いところも、超が付くぐらい鈍感なところも!」 「全部、全部。幸村さんが好きなんです!!」 一瞬幸村は呆気に取られるも、ははっと笑ってを抱きしめた。 「褒められて、いるのでしょうか?それは」 「知りません、そんなの」 頑固だとか、くじ運が悪いとか・・・その辺は認めざるを得ないが、御館様馬鹿なところもとは。 「でも、好きなんです。そういうところも」 「あ・・・なんか、何度もそう連呼されると、恥かしいものがありますね・・・・」 それでも、幸村はを解放はしない。 寧ろさらに強く、いや、いとおしげに抱きしめる。 「ですが・・・・嬉しいです。そのお言葉・・・想いが」 「ゆきむら・・・さん?」 は顔をあげる。はたと幸村と目が合う。 「甘えていいですか?殿・・・・私もあなたが好きです」 09/03/12
19/12/28再UP
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