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拈華微笑
「みんなが笑って暮らせる世。それが願いだったんだろ?」 そのために、一生懸命やっていた。 それを見ていた。何もせずに。 自分がそばにいなくてもいいと思って。 なのに、世は乱れた。 「なのに。滅茶苦茶だなぁ・・・・なぁ秀吉」 一仕事開けの朝陽はとても眩しい。 男は目を細める。 その男の下へ静かに歩みよる女性。 「あんたはまた戻るんだろ?あそこへ」 男に問われて、肯定とも否定もせずただ笑った。 「また戦になるんだな」 折角穏やかに過ごしていたと言うのに。 だがその戦に自分がどうしようと思わない。 思わなかったのだが。 「わらわはここに残る。ここでやるべきことはある」 「そっか・・・・変わったな、嬢ちゃん」 「そんなことない。わらわはあの頃と何も変わらない。孫との前では変わらない」 奥方様と女性を呼ぶ声がした。 「孫。わらわの頼みを聞いてくれるか?」 「依頼かい?」 「うむ。わらわから孫へ依頼じゃ。孫の好きなようにしてほしい」 「・・・・・」 「この先がどうなるかはわからない。けど、孫が今したいことをして欲しい」 世がこのまま徳川になるのか、それとも変わらず豊臣となるのか。 その豊臣に男がどんな思いと願いを持っているのか知っていたから。 今までどうしていたかなどと言う無粋なことも聞かない。 「だが孫の危機には、命を張って駆けつけるぞ」 女性は男に向かって拳を掲げる。 「そして、もう一人のダチも助けて欲しい」 「あぁ。その依頼確かに引き受けた」 男は女性の拳に己の拳を当てる。 それがダチの挨拶。 【21】 完全に構図ができあがっていた。豊臣対徳川。 秀吉の跡目を継ぐ子がいるのだから、豊臣の世であるのが正しいという一派と。 秀吉亡き後をまとめ、時代を見据えることができるのは家康だという一派。 豊臣の西軍と徳川の東軍は関ヶ原に陣を置き睨みあった。 関ヶ原で戦う前から、各地で西軍対東軍の戦いは起こっている。 結果はやや西軍より。 だけど、関ヶ原においては三成を総大将とした為に、一部それが気にいらないと燻っている者もいる。 利家が総大将になればいいものをと・・・。 だが利家は自ら混戦になりそうな場所に陣を置く。 自分の手で切り開こういう考えなのだろう。 使うより使われる方が性に合っている。 三成ならば存分に自分を使えるだろうから。 「・・・・・・歴史どおりの流れなら・・・・関ヶ原は・・・・」 は前田家の邸にいた。 利家に呼ばれてここに身を置いている。 今日もまた終わろうとしている。何もしないまま一日が終わる。 は一人庭にいた。 ぽつんと、立っている。 各地で小さな戦が起きているという話は聞く。 けど、正念場なのは関ヶ原。 西軍が有利でも、関ヶ原での戦いは一部とはいえ歴史を知っているにはできれば遠ざかって欲しいものだ。 「三成さん・・・」 歴史は苦手だ。そんなことを言っているでも知っている結果。 授業でも習ったし、クイズ番組でも扱われる簡単な問題。 天下の分け目と言われたあの決戦なのだ。 人より勘の良い、冴えている。 だが、その冴えは何の役にも立たない。 いっその事、三成の側にいれば役に立ったかもしれない。 だけど、それは三成にも他の誰にも反対された。 そこがの居るべき場所ではないから・・・・。 自分達の帰りを信じて待っていて欲しい。ただそれだけを言われた。 「できるだけ、早く。あなたのそばに戻ります」 幸村が抱いてくれた腕を己で抱く。 温かかった、とても。 折角取り戻せた時間が、また失われてしまうのだろうか? 酷く不安で、酷く寂しい。 「幸村さん、早く・・・・帰ってきてください・・・・みんなと」 そしてまた一緒にどこかに行こう。 内緒にしていた、あの縁結び神社のことを話したい。 負けっぱなしのあのゲーム。今度は幸村が勝てるように手を貸してあげたいし。 祭りにも行きたい。 利家がすごく行きたがっていた。 皆で行こうではないか。 「私、幸村さんに未練たらたらなんですよ・・・」 一人で待つのは辛い。 戦に連れて行けなんて言えないのはわかる。 けど、そこで終わりは絶対に嫌だ。 もうあんな思いはしたくない。 たった半年でがらりと世界が変わってしまった。 秀吉が皆が笑って暮らせる世にしようと頑張っていたものが。 いともあっさり壊れていく。 秀吉がもう少し長生きしていれば、こんなことにはならなかったのだろうか? 「・・・・・・・一人は、もう、嫌なんだから・・・・・」 はしゃがみこむ。 顔を膝に埋めて泣きそうになるのを我慢する。 泣いてしまえば、その分本当に、現実になってしまいそうで怖い。 「お嬢さん。悩み事かい?依頼があるならなんでも引き受けるよ」 誰だ? は顔をあげる。 誰だ?と思いながらも聞き覚えのある声。 「・・・・・・・ちゃん?」 重苦しい雰囲気の中でも明るさを失わない声音。 例えどんな劣勢であろうとも諦めない傭兵集団を率いる男。 どんな仕事でも気に入れば引き受ける。 そして最後までやり遂げる。 「雑賀孫市参上!・・・・ってか」 いつの間に、邸の者に気づかれずに入り込んだのだろうか? いや、そんなことはどうでもいい。 肩に得物の銃を。 わざとらしく格好をつけた様。 「孫ちゃん!」 ずっとずっと、会いたかった人。 大事な友だち。 行方知れずで、死んでしまったのではないかと思われていた人。 その人が目の前にいる。 「孫ちゃん!孫ちゃん!!」 は立ち上がり、その人。雑賀孫市の胸に飛び込んだ。 「おっと。熱烈な歓迎だな。お嬢さん」 「馬鹿!孫ちゃんの馬鹿!ずっとどこに行っていたのよ!!」 「悪い」 その一言で済まそうとする態度が、余計に腹が立つ。 「ずっとずっと、心配していたんだからね!秀吉様のところで、孫ちゃんに会えるのを待っていたんだからね!!」 「あぁ。知っている」 「ガラちゃんとも再会できて嬉しかったけど、そこには孫ちゃんがいないから」 「それも知っている」 なんでも知っているのか。 もしかしてずっと見守っていてくれたとか? だかその見守り方はいただけない。どれだけ心配したと思っているのだ。 「秀吉様が死んでしまって・・・・戦になって、また大切な人たちと別れちゃったらどうしようって」 「あぁ。だから、お嬢さんは俺にどうして欲しい?」 ポンポンと軽く頭を撫でられる。 どうして欲しい?との孫市の問いかけに、は顔をあげる。 「どうしてって?」 「いつもは二重契約なんてのはしないんだが・・・・今回は特別だ。お嬢さんの依頼を引き受けるよ」 任せろといわんばかりに孫市はに向けて力強く頷いた。 「もう一人の依頼者はお嬢ちゃんだ」 「ガラちゃん?」 「あぁ。依頼内容はもう一人のダチを助けて欲しい。ってな」 聞けばガラシャは三成に命じられ、西軍の人質に取られようとしていたそうだ。 東軍に味方しないようにと言う策なのだろう。 現にガラシャの夫細川忠興が豊臣ではなく、徳川に味方した。 ガラシャ自身はどちらに付けという考えはない。ただ夫につき従うだけだ。 孫市はそのガラシャの危機に駆けつけた。 ガラシャ自身は逃げも隠れもせずに、まだやるべきことがあるからと残った。 そしてもう一人のダチ。のことを助けてやって欲しいといったそうだ。 「依頼。なんて言っちまったが、ダチの危機には命を張って駆けつける。それが俺達だ」 「孫ちゃん・・・・ガラちゃん・・・・」 が京を三成たちと離れたことを知ってはいたが、そこからどこへ行ったのを探すのが少々時間がかかった。 二人の思いには胸が熱くなる。 でも、もしかしてこれが。 これで、なんとかなるかもしれないと不思議と勇気が湧いてくる。 「孫ちゃん。私のダチも助けてくれる?」 「それがお嬢さんの依頼ならば」 孫市はの前に拳を向ける。 「お願い。無理無茶を言っているのはわかる。けど、三成さんを助けて」 「お安い御用だ」 は向けられた拳に、自分の拳をあてる。 「でも・・・・孫ちゃん。本当にいいの?危険だよ?」 場所が場所だから。 「ダチとの約束。守りたいからな、俺も」 それはきっと秀吉との約束なのだろう。 だから孫市も戦う。大事な友との約束を守る、果たす為に。 *** 信じられない出来事が起きた。 関ヶ原の西軍陣営に思ってもみない人物が姿を見せたのだ。 「秀吉様?」 「わしが死んだ後にこうも早くに天下が乱れるとはな。おちおち死んでもおられん」 戦はすでに始まっていた。 だが最前線で戦っていた利家率いる前田軍のおかげで西軍全体の被害は少なく。 東軍にしても、小早川秀明に寝返るよう仕向けていたのに、少しも動かない。 一進一退のままだったのに。 それもそのはずだ。 小早川秀明のそばにはねねが居た。 彼女に叱られる真似はしたくない、説教をされるのはごめんだとばかりに秀明は寝返りを拒否したのだ。 そして一兵士、足軽たちには目もくれずに、ねねは三成と喧嘩をして天下を惑わせた。 との理由で福島正則や加藤清正に説教をし始める。 「秀吉様が亡くなられて、どれだけ大変だったかと・・・・」 それが実は死んだ振りだったとは。 すべては不忠者を燻りだすための秀吉の策だったのだ。 「すまん。三成。はようにこの戦終わらせるぞ」 秀吉自ら陣頭に立ち、家康に兵を出す。 その後姿を三成はやりきれない思いで見つつも、秀吉が生きていたことに安堵した。 「石田三成覚悟!」 「しまっ!」 安堵してしまったことで気が緩んだ。 一瞬の隙ができてしまい、本陣に潜り込んだ敵に真っ先に狙われてしまった。 避けきれない。 「三成!」 秀吉が振り返る。 得物を出すのもわずかに遅く。もうダメかと悔やむも、一発の銃声が三成を助ける。 「ふぅ〜間に合った。ここであんたに死なれちゃ、お嬢さんの依頼が破棄されちまう」 「・・・・・」 「お前・・・・孫市・・・」 驚きの出来事はまだあった。それは秀吉にとってだが。 山崎の戦いが終わった後、死んだと思っていた友がいたから。 「よぉ。秀吉。お前も悪い奴だな。お前が死んだってことで泣いてるお嬢さんがいたんだぜ?」 「そ、そりゃ。わしの台詞じゃ!お前が、お前があの時・・・」 秀吉の目頭が熱くなる。 胸からこみ上げてくる思い。 だが戦の真っ只中。 それらを抑えて、涙を拭い、秀吉は終戦に向けて動き出していった。 「利家に一番負担をかけさせておる!急ぎ増援じゃ!!」 自らそこへと、本陣を三成に任せ秀吉は行く。 間髪助かった命に三成は息を吐く。 すぐさま体制を立て直さなくてはならないのだが。 だが孫市へと視線を向ける。 飄々とした男。少しだけ彼の事は知っている。 秀吉が本格的に天下取りをし始めた頃、少しだけ様子が変わったことがあった。 その異変に関係していた男。 そしてが度々口にしていた名だ。 「一応。礼を言う・・・・だが、なんだお嬢さんからの依頼とは」 「三成さんを助けてくれと。お嬢さん、俺のダチからの依頼さ」 「・・・・か?」 孫市は答えない。 ただ笑うだけだ。 それが三成の癇に障る。 「なんで、俺なのだ・・・・そういう時は幸村ではないのか?」 が想うのは幸村だろうに。 自分の心配をされるとは思わなかった。 だが、そうだ。 がわざわざ自分をと言ってきた。 「・・・・・そうか、そういう事か・・・・」 武田信玄の不吉を夢で感じ取った。 もしかして、自分にもそんな影が忍び寄っていたのかもしれない。 「礼を言う。」 関ヶ原の戦いは、秀吉の生存が知れ、不忠者を成敗したことで終結した。 *** 再び京へ戻った。 石田家の邸ではなく、伏見城へとその姿はあった。 「あきらかに、三成さん不機嫌ですね・・・・」 の隣で利家は苦笑する。 「まぁ・・・誰だってなぁ」 事の詳細を秀吉から諸大名に語られている最中だ。 がそこへ姿を見せる必要はなかったのだが、呼ばれてしまったので仕方ない。 秀吉自身、自分が数で天下を治めたことをわかっていた。 わかっていたからこそ、自分が亡くなったあとの天下が心配になった。 折角戦のない世にしようとしていたのに、再び荒らされる真似は避けたい。 そう思って不忠者を燻りだす策をとった。 秀吉が病で死んだ後のそれぞれの動き。。 その後釜を狙うものたちの台頭。 それらを見届けるため、信憑性を得る為に半年の間姿を隠していたのだ。 結果戦になってしまったので、秀吉はその姿を見せた。 「戦になって一番大変なのって、力の弱い人たちなんですよ?」 そのために戦に借り出される人たち、足軽などだ。 今回の戦で無害というわけにはいかなかったのは事実だ。 「まあな。だからなんとか被害を少なくしようと頑張ったんだけどな」 「やっぱり。利家様もグルだったんですね、秀吉様と」 「あはは。悪い」 正確にはねねと利家。 半年の間。秀吉が姿を隠すためには協力者が必要だった。 「でも。納得した面がいくつかあったので」 「へぇ」 「まずは、秀吉様の後を狙うというか、治める人の名前に利家様の名前がいなかったこと。 ねね様が一向に表にでなかったこと。秀吉様の兆候が感じられなかったこと」 最後のそれはにしかわからない。不確定要素ではあるが。 だが信玄の時と違うと微かに感じたのだ。 「でも。その秀吉でもわからなかったことがあったな」 「?」 「雑賀孫市が生きていたことだ」 は頷く。 自身、もしかして。という思いもあった。 秀吉がにまったく孫市の情報、安否を告げなかったのか。 それは秀吉自身、孫市が死んだと思っていたから。 孫市が死んでしまったことで、秀吉が「みなが笑って暮らせる世」というのを強く掲げるようになった。 「三成さんには悪いけど。私は嬉しいことだからけです」 秀吉と孫市が生きていたから。 そしてこの戦いで三成が命を落とすことがなかったから。 「幸村」 利家はこっそり幸村を呼ぶ。 呼ばれた幸村は周りの邪魔にならぬようにそっと抜け出してくる。 「なんでしょうか?利家殿」 「を外に連れて行ってやってくれ」 「外。ですか?」 「三成は当分帰れないだろうからな。俺から他の者には伝えておく。を送ってやってやれ」 「はい。そういう事でしたら。行きましょう、殿」 「は、はい。いいんですか?利家様・・・・」 この場にが居る事は強制ではない。 ないが、幸村にそれを頼むのことに気が引ける。 利家はに耳打ちをする。 「幸村と一緒の方がいいだろ?楽しんで来い」 「!!?」 利家なりに気を使ってくれたようだ。 は照れながらも静かに、その場を幸村と離れるのだった。 秀吉様&ねね様の外伝だったかな?を混ぜてみました。
09/02/18
19/12/28再UP
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