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拈華微笑
突然すぎた、それは。 「てぇへんだ!てぇへんだぁ!!太閤様がご逝去なされたよ!!」 京の都の隅々まで、いやこの国全土にあっという間に広がった話。 秀吉が病死してしまったという話。 誰もが驚いていた。突然すぎて。 そして誰もが噂する。これからのことを・・・。 【19】 「秀吉様が亡くなったって・・・うそ、だってすごく元気で」 は町中で阿国といる時にその話を聞いた。 急な知らせで持っていたタイヤキを危うく落としそうになった。 「ちゃんは太閤様とお会いすることあるんやったっけ?」 「最近はほとんど会わないけど・・・でも病気だなんて知らなかった」 「周囲に隠していたんなら知らんでもしょうがないやろ」 まして誰もが気にしていることがあったから。 それが確実に、安定するまでは弱みを周囲に見せないという事だろうか? 「そうかもしれないけど・・・・」 「三成様は知ってはったんやろか?」 「・・・・わからない。でも本当私は何も聞いていないし、ねね様も利家様も何も・・・・」 身近にいる二人にも隠していたのだろうか? はあくまで一時期世話になっただけの身。 阿国にも言ったように最近はほとんど会うこともなかった。 ねねですら、三成に言われてようやく会えたくらいだ。 「秀吉様・・・・」 いつも明るく笑っている人だった。 孫市とのことを頼んだまま結果的に判明されないままになってしまった。 「でも・・・・なんだろう、これ・・・・」 違う何か。 上手く言えないが、なんとなく違う。 「ちゃん。今日は帰った方がええんちゃう?」 三成も戻ってきているかもしれないから。阿国に早く帰るよう勧められる。 だが逆に急にそんなことになったのだから戻っていないような気はする。 それでも阿国が折角言ってくれたのだ、は頷き邸へ戻った。 「・・・・・・左近さん」 「あぁ嬢ちゃん」 案の定邸に居たのは左近のみで、三成はまだ戻っていなかった。 「左近さん。秀吉様が亡くなったって・・・・」 「あぁ俺も驚いたよ。急にだろ?・・・・まさかこんなに早くとは思わなかった」 「うん。私も・・・・・けど・・・・」 「けど?」 は慌ててかぶりを振る。 なんでもないと。これはあくまで自分が感じた違和なのだ。 だが左近はのそれを目ざとく察知する。 「何か感じたのかい?」 左近は知っている。過去のことを。 だからきっと話しても大丈夫のような気がした。 「あのね・・・・御館様の時と違うの・・・・なんていうか・・・・うん」 御館様。信玄公が亡くなった時のことだ。 あの時は予知夢めいた嫌な夢を見た。 だが今回はそれがなかった。 身近な人に起こる何かを全て察知することは、でもできない。 自分は超能力者でも霊能力者でもない。 ただ少しだけ勘が冴えるだけだ。 「上手く言えないけど・・・・今までとは違うし・・・あ、でも最近勘が冴えるようなことは起きていないけど」 「あの時とは違うか・・・・」 虫の知らせとも思えるような出来事だった、信玄公の時は。 「左近さん、あの・・・この事は」 「あぁ黙っているよ。嬢ちゃんが余計なことに巻き込まれでもしたら大変だからな」 左近の気遣いに礼を言う。 そう下手なことは言えない。 下手なことを言って自分だけならまだしも、三成にも迷惑がかかるような真似になったら困るから。 でも、ずっと引っ掛かることがあった。 巷で噂されていた、秀吉の跡を継ぐ者の話だ。 秀吉が健在の頃から流れていた。 政の場でならともかく、噂をしていたのは一般庶民だった。 そこに名が出たのは三成、徳川家康、伊達政宗など・・・・。 秀吉には生まれたばかりとはいえ、跡継ぎとなる子がいる。 それを差置いての噂。 幸村にそれとなく話した時、彼は知らなかった。そして不思議がっていた。 「なんかよくないことが起きなきゃいいけど・・・・」 は不安に駆られるも、自分で何ができるわけでもないのでただ傍観しているにすぎなかった。 「なんだ?どうかしたのか?」 思わず口にしてしまったようで、三成が聴き返してきた。 「三成さん。ううん、別になんでも・・・・」 「なんでもないって面じゃないな」 のそばにどっかり腰を下ろす三成。 最近の三成は常に眉間に皺を寄せていた。 こっそり左近から聞いたのだが、秀吉の跡を狙って再び天下を我がものにしようと動いている輩がいるらしく。 三成はそれに頭を痛めているそうだ。 秀吉の嫡子が居るのだから普通に考えれば、豊臣の世が続くものなのに。 「え、えっと〜私より三成さんの方が大変そう」 「そうでもない」 「そ、そうなんだ・・・・あはは・・・・」 何を言葉にしていいのかわからない。 下手なことを言って三成の機嫌を損ねたくないから。 それを三成は察したのか、ふっと眉間の皺が和らぎ笑った。 そしての額を扇子で軽く叩いた。 「いたっ!な、何!?三成さん」 「お前に心配されるようでは俺もまだまだだな」 「え、え〜?なに、それ、酷くない?」 逆に三成の方が心配をかけまいとしているようだ。 「あ。そうだ、三成さん、ねね様や利家様に会った?」 「・・・・いや」 ねねはほとんど室内に閉じこもってしまっているようで、人前に出てこないらしい。 利家は豊臣の世を守ろうとしてくれているのか、不埒な動きをしようとしている者たちを牽制しているらしい。 秀吉の跡をと台頭してきているのが徳川家康だ。 彼に対抗できるのは利家ぐらいなものらしい。 (少し時間の流れが違うけど・・・・本当だったらこの次は家康の天下だよね・・・・) 普通に考えればそれが後々の世を思えば妥当なのだろう。 あまり歴史は得意ではなかったけど、そのくらいは知っている。 だけど、の、自分の現状を思うとあまり頂けない天下だ。 それはまた別れを意味するものだから。 「なんか急に物騒になった感じ・・・・」 秀吉が天下統一を果たし、戦のない世の中に、皆が笑っていられる世になったと思ったのに。 戦がもうじき始まるのか?と言うぐらい、物々しい雰囲気が都を包んでいた。 「殿・・・」 「私より幸村さんや三成さんたちの方が大変そうだけど」 「そんなことは」 幸村と町中を歩いていた。 実際は偶然出会ったのだが。 「また・・・・みんなと」 そこまで口にして気づく。自分は何を言おうとしたのだろうかと。 は慌てて口を噤む。 今自分が口にしようとした言葉はあまりよくないこと。 (みんなと別れるようなことになったら嫌だ・・・そう言おうとしていた) 武田の滅亡で多くの人と別れた。 幸村と左近とは再会できたものの、再会当初は両手放しで喜ぶものではなかった。 孫市とガラシャともそうだ。 ガラシャとは涙の再会ではあったものの、再会した後もちょくちょく会えると言う間柄にはなっていない。 今、戦になったとして、きっとこの生活は崩れる。 天下を争うものとなれば・・・。 「大丈夫ですよ、殿」 軽くの肩に幸村の手が置かれる。 「幸村さん・・・・」 「あの時とは違います」 あの時。幸村の口から出されるとは思わなかったから驚く。 だけどそれに酷く安心してしまう。 「はい。そうですね」 幸村が言ってくれるからきっと安心できるのだ。 情勢が良くないものだとしても。 秀吉が亡くなり半年。 その間にがらりと世の中は移り変わっていった。 戦が始まるのだろうか、浪人たちが町中をうろつき歩くようになっていたし。 秀吉の跡を継ぐのは秀吉の子であると主張する豊臣方と、新たに天下を狙う家康を担ぎ上げる徳川方に別れていた。 豊臣の家臣の中にも、単純に三成をよく思わないからと家康になびく者も出始めていた。 「ねね様が言ってくれればきっと収まるのに・・・・」 秀吉の子飼いと言われる者たちの亀裂だろう。 反三成とあからさまに敵意をむき出しにしていたのが福島正則と加藤清正だった。 彼らは別に徳川の世になればいいと思っているわけではない。 単純に三成が気に入らない。それだけなのだ。 だからねねが言えば収まるだろうとは思うのだが。 「そうはどうだかねぇ。かえって意固地になるんじゃないかな?殿の味方をしたとか思って」 左近に思わず漏らした愚痴。左近は微苦笑しただけだ。 ねねは一切表舞台に出てこない。 秀吉の側室茶々が絶対に家康になびくものかと息巻いているらしい噂は聞いた。 彼女にしてみれば自分が産んだ子が跡継ぎとなるのは当然と思っているのだろう。 跡継ぎとなれば自分の身も安泰なのだから。 秀吉が居た頃はまだいい。彼の寵愛を受けて暮らしているだけだから。 でも秀吉が居ないだけで、日々不安に駆られるのだから。 「難しいね。だったら私が口出ししても同じかな。福島さんたち私のことも気に入らないだろうし」 早くに三成と打ち解けたをきっと快く思っていない。 それどころか、彼らはを三成の情人か何かと無粋なことを思っているだろう。 「ま。私は口出しできるような立場でもないけど」 「嬢ちゃんが狙われるってことはないだろうけど、用心して歩くんだよ」 「え?」 「単純に今外は物騒だからって話さ」 「あぁ」 刀を持った人たちがうろうろしている。 あちらこちらで毎晩のように血生臭い話を聞く。 「うん。気をつける。ありがとう、左近さん。本当左近さんはお父さんみたい」 娘の身を案じるような左近の物言いだから。 左近にはこんな大きな娘がいないのに。 「言ったろ?嬢ちゃんを見ていると親になったような気分になるって」 「もう左近さんってば。あ、だったらお父さんって呼んでなんでもおねだりしちゃおうかな〜」 「おいおい止めてくれよ。嬢ちゃんからの頼みごとだと、俺は何でも聞いちゃいそうなんだから」 実際左近に娘ができた場合、彼は娘に甘い父親になるのだろうか? そんなことを考えると、外が物騒なことになっていることなど忘れてしまいそうだった。 その日の晩のことだった。 「・・・・・・なんだろう、これ・・・・妙にざわざわする」 寝付いたはずなのに、妙に気分が落ち着かない。 これは何かよくないことが起きる予兆ではないか? は静かに身体を起こし三成の室に向かう。 「三成さん・・・起きてる?」 夜中ともなれば彼は寝ているかもしれない。 不躾な訪問ではあるだろうが、気になって仕方ないのだ。 「どうした?」 障子が開く。三成も寝ていたようで夜着姿だった。 「あのね。上手く言えないんだけど・・・なんか嫌な感じがする」 「?」 「えっと・・・・ここに居ちゃいけない。そんな気がするの」 ただの勘。そうとしか言えないのだが。 どこかに逃げた、移動した方がいい。そんな風に感じたのだ。 「確信とか、そんなのはないんだけど・・・・ただ、その・・・・」 胸を張って言えるものではない。あくまで勘なのだ。 だが三成は少しだけ考えてからを室に引き込み言った。 「み、三成さん!?」 「着替える。急いで仕度をする手伝え」 「は、はい!」 は三成の身の回りの世話をしているのだから。それが当然だろう。 「左近」 が起きたことに左近は気づいたようで、三成が呼ぶと姿を見せた。 不穏な空気を感じ取っていたのか左近はすでに武装していた。 「邸の者たちに指示を出しておけ。それと兼続と幸村にも知らせを出しておけ」 「御意」 去り際に左近と目が合う。 左近は心配するなと目で告げる。 「あの・・・三成さん。信じてくれるの?」 「お前の勘は冴える。用心に越した事はない」 過去に信玄公の死期を感じとり、村が水害に遭いそうになった時も感じた。 自身も自分の身に起きそうな事故を回避することはよくあることだった。 勘が冴える。勘がいい。それだけなのだが。 「お前も奴らと一緒にどこかに隠れていろ」 それが一番だ。恐らく反三成派が何かしようとしているのだから。 だけどは首を横に振る。 「私も一緒に行きます」 「!?」 「私、きっと役に立つよ。今までは人に言うのも嫌なことだったけど、今は存分に活用しなきゃ」 「だが、お前は」 「三成さん。思いっきり私のこと利用していいんだよ。私は三成さんにお仕えしているんだから」 戦うことも策を練ることはできない。 けど、だからこそ役に立てそうなことがある。 仕度を整え、あとは外の様子を窺いながら脱出するだけだ。 「・・・・時間がない。これでも羽織っていろ」 三成は自分が来ていた紺の羽織をの肩にかける。 が着替えている時間はない、待っている時間はない。そういう事だろう。 それは三成がの案を受けてくれたことだ。 「ありがとう、三成さん」 「礼を言われるのは可笑しい。これからを思えばな・・・・」 ほんの少しの護衛だけをつけて、三成は邸を出た。 09/01/05
19/12/28再UP
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