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拈華微笑
『他の誰よりもあんたに言われた一言が一番嬢ちゃんを傷つけたんだ。それは自分だってわかっていただろう?』 左近の言葉が幸村の脳裏をぐるぐる巡る。 目の前にその彼女が座っている。 緊張しているという面持ちの。 ちゃんと話がしたくて来たと言った。 何を言うのだろうか? 何を話すのだろうか? 『殿の下に落ち着くまでの嬢ちゃんの話。聞きたきゃ嬢ちゃん本人から聞くんだな』 自分から・・・などと。 姑息な手を使った自分には、そんなことができないような気がする。 でもがこうして来てくれたという事は、彼女は自分から話してくれるつもりなのだろう。 (ずるいな・・・私は・・・・) を傷つけ、沢山泣かせてしまっただろうに。 そんな彼女からの言葉を待っている。 (最低だ・・・・本当・・・・) 【15】 「私・・・・自分ではそんなに意識したことなかったんです」 「え?」 徐にの口が開いた。 「人よりちょっと勘がいいぐらいにしか・・・でも、あっちで何か起こるよ。なんてことを言われたら気味悪いですよね」 は苦笑する。 特に科学などが発達発展していないような、この時代では。 少しでも自分たちと違う何かを見てしまうと、異質に映り畏怖の対象になるだろう。 でも、最初にその勘の良さを見せたとき、あれはあれで良かったと思う。 大雨による、川の氾濫。村が、村人に被害がなかったことを思えば。 だから気にしなければよかった。もっとその勘に自信を持てば良かった。 「だけど・・・・まさか自分でも御館様のあんな夢、見るとは思わなくて・・・」 御館様。は今でも彼の偉大な人を思い出すと胸が苦しくなる。 嫌な感じがするから上洛を止めてくれと頼んだことを。 「幸村さんたちが、あんな話を聴けば嫌な思いするのは当然なのに」 いくら夢の話とはいえ、あのようなことを周りの様子も確認せずに、真正面から信玄に話したことは 短絡的だったと今なら思う。 「殿、私が。私の度量が狭く・・・未熟だったから」 「そうかな?幸村さん、御館様を慕っていたからしょうがないと思うよ」 恐らく一番尊敬、慕っていた人のことを悪く言う人間がいたならば。 戦国最強と歌われ、誰もが自分の主君が上洛を果たし天下を取ると夢見た人だ。 「しょうがないなどとは思わないで下さい・・・・本当に、私はあなたを傷つけたと」 どこか怒っているかのように見える幸村。 幸村は幸村で悔いていてくれるのがわかる。 「怖かったよ」 「?」 「一人で逃げて・・・・今の生活に落ち着くまで怖かった。誰にも頼るつもりなくても一人じゃ無理で。 避けて暮らそうにも、出会う人には出会って・・・・嫌いになれなくて。 何かあると全部自分の所為じゃないかって思って・・・・」 そういう風に見えてしまう世の中だったのかもしれない。 は幸村と別れてからのことを話す。 孫市とガラシャと出会って、外の世界を知ったこと。 短い間ではあったが、二人との旅は楽しかったこと。 だけど訪れた別れ。 また訪れた出会い。 「私は運がいいんだなって思った。もう人との関わりを拒もうと思っても、優しく手を差し伸べてくれる人がいたから」 秀吉に拾われ、ねねが出迎えてくれて。 利家と三成が側にいてくれた。 「三成さんに馬鹿だって散々言われた。お前一人が不幸だって面するなって」 はそこでようやく笑うことができた。 三成に言われたその時を思い出したのだろう。 「きっと、あの時・・・・私は幸村さんから逃げちゃダメだったんだと思う」 逃げて怖い思いもしたが出会った人たちとのことを思えば良かったことの方が大きいだろう。 でも、幸村とのことを思えば逃げては駄目だったのだ。 「私も、本音を幸村さんにぶつければ良かった」 どこも自分は変わったものじゃないと。普通だ。ただ少し勘が冴えているだけで。 能力者でもなんでもないのだと。私の所為なんかじゃないと。 「あは・・・・今だからそう思えるんだけどね・・・・」 「殿・・・・・」 「三成さんのところで、左近さんと再会して、三成さんに武田での話が知られたらと思うと怖くて。 だからと言って、どこかに逃げる真似もしたくなくて・・・・」 「左近殿は殿をずっと案じておられた」 幸村がしてしまったことを、叱りつけたのは左近。 の味方だと言い切った。 「・・・・・左近さんは、左近さんなりに、自分の所為だって思って・・・・そんなことないのにね」 左近は十分すぎるくらい庇って、助けてくれた。 そんな彼を一時期思い出すこともしなくて申し訳ない。 それどころか、再会した時に逃げ出そうとしたのだ。 「幸村さん」 は背筋を伸ばし、幸村を真正面から見つめる。 もう逃げない。 そう決めた。 『なんや、ただのケンカやないの。だったら仲直りすればええんよ』 阿国が背中を押してくれたじゃないか。 どうしたい?って聴かれて。 「私は、また・・・・あの頃みたいに、幸村さんとお話したいです。楽しく過ごしたいです」 目頭が熱くなる。 「私、まだ幸村さんに未練たらたらだから」 涙を流さないように笑ってみせる。 「私は、自分が恥かしいです」 幸村の柳眉が歪む。 「あなたと再会した時、三成殿のそばに居られると知ったとき・・・・もしかしたら、またと・・・ 勝手に想像をしていました。でも、左近殿に叱られ、今のあなたを見て、本当に自分が恥かしい」 「それは・・・・幸村さんにとって、三成さんが大事なお友だちだから。だから心配しちゃう気持ちも」 「ですが」 は普通の子じゃないか。 出会った頃から過ごした時間を思えば、なんてことはないどこにでもいるような子で。 故郷から離れて暮らして、故郷を思い出して泣いていたじゃないか。 たった一度のことで、を否定して・・・・。 「全ては、誰かの所為にしてしまいたいと思った・・・自分の弱さの所為です・・・・」 その為にに随分苦労させたのだろう。 言っていた、人を怖いと思ったと。 幸村は自然と頭を垂れていた。 畳みに額がつくぐらいに向けて。 「ゆ、幸村さん!?」 「殿。申し訳な「やめてください!幸村さんが頭を下げるなんて」 は咄嗟に幸村に駆け寄る。体を起こさせ、その手を取る。 「私・・・・もう大丈夫です」 あの状況では仕方なかった。 誰もが悲しみに包まれて、どうしようもない思いを何かにぶつけなければならなくて。 「私、さっき言いました。私も幸村さんにちゃんと本音をぶつけていればって」 でも、逃げただけだ。 「殿・・・」 「もう逃げるのやめたくて。三成さんにも利家様にも全部お話して、それで今日幸村さんのところに来たんです」 水に流そうと言う訳ではないが、あの頃に縛られるのは終わりにしたかった。 このままだと信玄と過ごしたいい思い出も消えてしまいそうで。 「だから。幸村さんも・・・・」 幸村は自分の手を握るの手にさらに自分の手をそえる。 「殿・・・・」 「また。笑ってください。あの頃みたいに・・・それでも、私に会うのが嫌だったら、私は」 これではまた逃げのような気もする。 気もするが、幸村のことを思えば。身を隠すことにもなるかもしれない。 「それは私も同じです。あなたを沢山傷つけた。そんな私にあなたは声をかけてくれる」 手をとってくれる。 逆に自分と関わることを良しと思うのかと。 「言ったじゃないですか。未練たらたらだって。私はまた幸村さんと楽しくやりたいんです」 「ありがとうございます。殿」 幸村もようやく笑えた。 わかっていたのだ。最初から・・・。 信玄が上洛を決意した時、すでに彼は病に侵されていた。 それを知っていたのはごく一部の近親者。 長い行軍では体力が削り取られていくのに、無理な話だったのかもしれない。 それでも家臣にはそんな姿を見せずに、幸村も徳川との三方ヶ原の戦い後に信玄が倒れて初めて知ったのだ。 さらに後に知った話がある。 信玄が上洛することを、信玄の生母大井夫人が死ぬ最後まで反対していたのだ。 上洛は絶対にしてはならない。信玄には甲斐と信濃を守り続けることを言いつけて。 信玄もそれに従い常にそうしてきた。 だが、最後に。彼は上洛の道を選んだ。 それが何故なのかは誰にもその理由はわからない。 男としての野望なのか、周囲から受けた期待からか。 今となっては誰もそれを知る術はない・・・。 「殿。少し出ませんか?」 今の自分たちと同じ様に、外は清々しいくらい晴れている。 「私もそんなにここに詳しいわけではありませんが、あの頃みたいに、また・・・・」 「はい!ぜひ」 は笑顔で返事をした。 『幸村。のことを頼むよ。しっかり守ってやってくれ』 今なら、その言葉が重く圧し掛かることはない。 御館様。遠回りしましたが、この幸村。その命を再び胸に刻みとうございます。 *** 「もっと早くに知っていれば、俺がお前に説教してやったのだがな」 ふんと鼻を鳴らす三成。 隣に幸村は苦笑してしまう。 少しずつなのだろうか、と幸村の間に流れる空気は変わった。 いや、元に戻るというのが正しいのかもしれない。 「まぁ当事者ではない俺が言ったところで、変わるとも思えんが・・・」 幸村は三成にも話したのだ、今までのことを。 は三成に散々馬鹿だと言われたと言っていたが、まさに今幸村が同じ目に遭っている。 「いえ、そのようなことは」 「あるだろう。お前と左近としか知らないことだ」 「知らなかったからこそ、見えたものもあると思います。それがきっと三成殿だと思います」 美女一人の所為で国が滅ぶというのは過去の歴史の中ある話だ。 だが、は傾城の美女というわけでもない。 戦の大局を変えることのできる特殊能力者であるかといえばそうでもない。 少し勘が冴える。その程度の子だ。 そう思ったから、三成は馬鹿馬鹿しいと感じたのだ。 一人の所為で家は滅ぶなど・・・。 でも、実際見ていなかったから言えた事だとも思った。 もし自分がその場に居たら? いや、考えはきっと変わらない。 が普通の子だともう知っている。 だから、本人にも言ったとおり、主家が、自分が滅びの道を辿ってしまったのならば。 それは己に原因があるか、時代がそうさせたのかもしれない。 武田信玄が上洛の途中で亡くなったのも、彼が動くのが遅かったから。 「今頃になって、別の考え方が出てきました」 三成の邸の縁側。二人並び座っている。 とても温かい日差しに、このままぼーっとしていたら舟をこいでしまいそうな気がする。 「殿が見た夢。殿を通じて御館様の母上様が上洛を止めさせようとしたのか・・・とか」 それまでそんな夢を見たことがなかったというから。 「きっと・・・・殿は知らずに感じ取っていたのかもしれません」 それを周りが察して上げられなかった。 悪い結果が出たから、悪い結果を作り出した要因として決め付けた。 「御館様が病であったのを・・・私達は知りませんでしたから」 結果論であるが、信玄が病であったならば家臣は上洛を止めたかもしれない。 「今はただそう思うことしか・・・・いえ、もう考えなくてもいいことですよね」 「当然だ。今のお前は信玄公ではなく秀吉様にお仕えしているのだぞ」 「そうでした」 「うむ。いい顔だ、幸村。それが本来のお前なのだろうな」 三成に向けられた笑顔。 一緒に居ても、何かがずっと引っ掛かって心の底で、もがいてるようなそんな風に見えた。 と再会した頃からそれが一段と強くなって。 だがもうそれも杞憂だ。 幸村の顔はすっきりしている。 「幸村。を返して欲しいか?」 「え?・・・返す?ですか?それはどういう意味で」 「元々あいつはお前の側に居たのだろう?守り役を務めていたと聴いた。だから」 幸村はかぶりを振る。 「それは私が決めることではありません。殿がご自身で三成殿の側に居られるのですから」 「幸村・・・」 「私はもう守り役ではございません。ただ、御館様の願いどおり、許されるのでしたら殿を守りたいとは思います」 三成はなんだか馬鹿なことを聞いてしまったような気がした。 どこかで感じたのだろうか? 二人の仲が修復されたのならば、はもうこの邸に居る必要がないと。 「俺としては便利な小間使いが居なくなるのは勿体無いと思うがな」 「便利などと・・・三成殿にとって殿は大事な方ではございませんか?」 「お、お前・・・・・馬鹿か・・・・」 「はい?」 三成は軽い眩暈を覚えた。 どんな気持ちでそんな事を言うのだろうか? 「お待たせしました!」 が盆を持ってやってきた。 一緒に兼続も左近もいた。 「三成、幸村。勝負だ!」 笑顔全開で突然言い出す兼続。 「兼続殿?」 「左近と殿から面白い話を聞いてな。私もやってみたいと思ったのだ」 「兼続さん、物好きですね。私は本当に強いですよ?ね、左近さん」 がくすくすと笑いながら盆を幸村たちのそばに置いた。 幸村が瞠目するのと、三成が嫌そうな顔をするのがほぼ同じだった。 「えぇ。嬢ちゃんは強いですよ。止めておいた方がいいと俺は思いますがね」 「いや。私もそう簡単に負ける気はないのでな。これだけの人数がいれば勝負はわからんさ」 兼続は早くやろうと急かす。 以前、が得意としていた「あれ」をしようというのだろう。 兼続がどこで聞きつけたかは三成と幸村は知らない。 左近かのどちらかだと思うが、左近が自分から口にするとは思えないのでだろうか? 「俺はやらぬぞ」 「わ、私も遠慮したいです・・・」 つい最近嫌って程饅頭を食べた三成は顔を背ける。 一度も勝った事のない幸村もできれば不参加でいたい。 「やるなら兼続だけやればいい。俺は嫌だ」 「なんだ三成は勝てない戦はするつもりがないか」 兼続がだらしないと挑発する。 「確かにあまりオススメはできませんけどね」 と左近は苦笑しかでない。 「いいから。全員参加だ!負けた者は勝った者の言う事を一つ聞くこと!」 不参加は認めないと兼続は言う。 もし不参加ならば最初から負けとみなし罰を科すそうだ。 三成と幸村は渋々参加することとなる。しかし、何故兼続が仕切るのだろうと不思議に思いながら。 「嬢ちゃん。負けも決まったようなものだな」 「かもしれないですね。一度も勝ち抜くのを見たことないですから」 「これはやっぱり嬢ちゃんの勝ちかもしれないねぇ」 「ですかね?案外兼続さんが勝つかもしれませんよ?」 は久しぶりに見る光景に目を細める。 またこのような時間が戻ってきた。いや、新しい人たちとの時間が作り出された。 それが嬉しい。 「よーし。順番を決めるぞ!」 この勝負。誰が勝ったのかは言うまでもない。 そして初っ端にハズレを引いたのも誰なのか言うまでもない。 08/10/22
19/12/28再UP
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