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拈華微笑
「三成さん、ご機嫌斜めだね」 「まあしょうがないんじゃないかねぇ・・・・」 「左近さん理由わかるんだ」 「まあね・・・・・」 奥の室に籠もって仕事中の三成。 と左近は日向ぼっこというわけではないが、縁側でお茶を啜りながらそんなことを話していた。 左記の通り、この所三成の機嫌はよろしくない。 誰かに怒鳴り散らすことなく、一人でムスッとしている。 理由を聞こうにも、聞けば噛み付いてきそうな、睨み返されてしまうので聞きようがない。 (恐らく原因は嬢ちゃんだろうしね・・・・) 正確にはと何かを知っている幸村と左近にだろう。 兼続は能天気とも呼べるくらい、清々しい笑顔を振りまいている。 だがその笑顔が三成の癇に障っているのも事実だ。 あとは、全てを知っているような素振りの利家にだろう。 自分だけが何も知らない、仲間はずれにされているような感覚を三成は持ってしまっているようだ。 「ところで嬢ちゃん。幸村と会ってどうだった?」 「・・・・嬉しくて泣いちゃいましたけど・・・・だからって・・・・その」 の表情が曇る。 「そうかい・・・・いや、いいよ」 辛いなら言わなくていい。わかっているから。 左近はの背中を軽く叩いた。 【13】 幸村と再会したものの、だからと言って以前のような関係に戻れないでいた。 仕方ないと言えば仕方ない。 左近もいいよと慰めてくれた。 「私ね、怖いんです」 「怖い?」 「もし・・・・三成さんにあの事知られたらと思うと・・・・」 あの事とはの勘の良さだろう。 勘の良さ。ただそれだけの話なのに、ここではそれが異常に映る。 咥えて武田家滅亡の原因と罵られ恐れられ、殺されそうになった。 幸村にも言われてしまった。 自分が不幸の塊ではないか?自分の所為で周りが不幸になっていくのではないか? そう自分を呪ってしまいたくなった。 それでも、三成は違った。 全てを話したわけではなかったが、三成は「くだらない」と切って捨てた。 三成のお蔭で随分楽になって、新しい生活も楽しく過ごせた。 三成だけでなく、秀吉やねね、利家のおかげでもある。 左近と再会して逃げ出そうとしたけど、左近は変わらず接してくれるし、寧ろあの騒動の原因を作ったのは 自分だと左近の方に謝られてしまった。 左近がの所為じゃないと言うように、も左近の所為ではないと思っている。 「自分から三成さんに話すって言っても・・・・怖くて言えないでいる」 三成の反応も彼らと同じだったら? もし、この先秀吉が信玄と同じようなことになったとき、三成にまで拒絶されると思ったら怖かった。 「嬢ちゃん。あの時と今じゃ状況が違うし、幸村と殿とでは性格も考え方も違う」 何より、三成は幸村ほど主を慕ってはいない。 いや、そういう言い方は誤解されそうだが、主君に対する姿勢の度合いが違うのだ。 「そう・・・ですよね・・・・」 奥の室から左近を呼ぶ三成の声がした。 左近は立ち上がり室に向かう。 残されたは足をぶらつかせながら、空へと目を向ける。 「なんで、お館様の時に限ってあんな夢を見たんだろう・・・・」 孫市たちと別れてしまったとき、孫市が死んだと聞かされたものの彼に関する夢は見なかった。 だから、きっとどこかに居ると思える。 「そう言えば・・・あれから秀吉様は孫ちゃんのこと何も言ってくれないけど・・・・」 「孫ちゃん?」 「あ。三成さん・・・・」 左近は側におらず三成が立っていた。 そのまま縁側に腰を下ろす。 「お茶用意しますね」 自分たちが飲んでいたものは片づけ、三成に新たに茶を淹れ差し出す。 「。前にもその名は出したな。それに利家殿が言っていた秀吉様の友だという」 「あー・・・・うん。秀吉様に拾われる前、ガラちゃんと一緒に旅していた人」 「明智殿のご息女だったな」 そのことは以前三成にも話した、三人で旅をして孫市には色々教えてもらったのだ。 「秀吉様が探してくださるって言って・・・もう結構経つけど・・・・孫ちゃんどうしているのかなぁ」 三成の記憶に、その秀吉の友のことはある。 あれは確か小田原の北条を攻略していた頃だ。 秀吉が天下を取る理由の一つとして「ダチとの約束」と口にしていた。 「みなが笑って暮らせる世を作る」その為だと。 明智光秀との山崎での戦いの時、確か鉄砲を得意とする傭兵が秀吉の側にいた。 名前も素性も聞かなかったが、戦が終わった頃、その男は居なくなっていた。 秀吉もどこか気落ちしていた。 多分、その男がの言っている孫ちゃんであるはずだ。 秀吉がに探すと約束しても何も言わないならば、きっと言えない何かがある。 「さぁな。俺はその御仁のことは知らぬから何も言えんな」 軽い嘘をついた。 いや、全てが嘘ではないだろう、彼のその後を知らないのだから。 「三成さん、左近さんは?」 「左近は使いに出した」 先ほどまでやっていた仕事が一段落着いたのだろう。 ただ、そこまでしか会話にならず、それ以上お互い何も言わずに沈黙してしまう。 三成はまだ機嫌が悪いのかな?と不安であり、あの事を今話すべきなのかと 頭の中がぐるぐるしてしまう。 話さなくてもいいではないか、このままで。 そう思ってしまう自分もいる。 余計な種は埋め込みたくない。 だが、幸村から三成に知れたら。 幸村が何をどう思っているのかがわからなくて。 だけど、左近は言った。 三成は幸村とは違うと。 それはにもわかる。そして三成の言葉に救われたのだ。 だから、今、言えるかもしれない・・・。 「あのね、三成さん。私、三成さんに話したいことが」 「?」 不運にも、話は進まなかった。 三成に来客が告げられ、客人が案内されて入ってきた。 「三成!殿!すまない、また押しかけてしまった」 「ああ、お前たちか」 兼続と幸村だった。 兼続は爽やか過ぎるほどの笑顔だが、幸村はの姿にどこかぎこちなく笑う。 「・・・・・・」 は話ができなくなったこと残念がるよりも、幸村の態度に小さく溜め息をついてしまう。 「殿。これは土産だ」 兼続がに手渡す。お饅頭のようだ。 先日食べて美味かったから買ってきたと兼続が答える。 「お茶淹れて来ますね。少しお待ちください」 小走りで幸村の横を通り抜けていく。 「・・・・・」 幸村は俯き加減となり、小さくその拳を握ってしまう。 と幸村の態度に、三成は少し苛つく。 (なんなんだ・・・こいつらは) はっきりしない態度を好まないから、二人の態度は三成には鬱陶しく感じてしまう。 しかも、が話したいことがあると深刻そうな顔をしていたから。 奥の室で仕事中だった際に、縁側で左近とも意味ありげに話しこんでいたようだし。 「三成、今日も天気がいいな!あまり室内に籠もっていないでお前も外に出ろ」 一人だけ空気の毛色が違う兼続に三成は苦笑した。 *** 「左近殿」 登城していた左近を幸村が呼び止めた。 左近の手には沢山の書物が抱えられている。 「ん?どうしたんだい、幸村。珍しいね、あんたから声をかけて来るなんて」 「あ、その・・・・お、お忙しいですよね」 ずっと幸村には気になっていたことがあった。 だから、左近が一人の時に聞いてみたかった。 「いや、忙しいって事はないね、別に。書庫に返しに行くだけなんだ」 話ならば、作業をしながらで良ければ聞くという。 幸村は左近の後をついていく。 作業と言っても、そう時間がかかるものでもなく左近は淡々と書物を片付けていく。 「それで?俺になんの用だい?」 大方のことだろうとは思う。 わかっているが、あえてそう幸村に問いかける。 「左近殿は・・・・殿が三成殿の下に居られると知っておりながら、なぜ私にあのようなことを聞いたのですか?」 小田原で再会した時、左近は幸村に「嬢ちゃんは元気かい?」などとそこにがいるのが当然のように聞いてきた。 「なぜってのは?」 「・・・・・・」 「まあ、そうだな・・・・単純にあんたがどう答えるのか気になったからさ」 「・・・・・・」 「嘘はつかないでいてくれてよかったとは思うけどな。嬢ちゃんが殿の側にいるのは気に入らないかい?」 幸村の双眸が揺らいだ。 「気に入らないとか、そんなことは・・・ただ」 書物は全て片づいた。 左近はパンパンと軽く手を叩いた。 「三成殿が、もし・・・・御館様のように」 「幸村」 左近は幸村の前に立つ。そして一発腹に拳を当てた。 加減などせずに、強く。 「うぐっ・・・・」 両膝を着き蹲る幸村に、左近の言葉が降って来る。 「あんたは武田家滅亡がまだ嬢ちゃんの所為だとか思っているのかい? それはあんたの勝手だが、それを嬢ちゃんや殿に言うのは止めろ。特に嬢ちゃんには。 他の誰よりもあんたに言われた一言が一番嬢ちゃんを傷つけたんだ。それは自分だってわかっていただろう?」 幸村は腹を押さえながらも立ち上がる。 確かに彼女を傷つけたと幸村にだってわかっているし、感じたことだ。 だけど、どこかでまだ引っ掛かっている。 この先、三成にも何か降りかかってしまうのならばと・・・・。 「殿のことを思って心配してくれるのはいいさ。だが、それは見当違いだ」 「す、すみません・・・・」 「信玄公は寿命だ。以前から病にかかっていたが、無理を押して上洛しようとした。 武田が滅亡したのは、勝頼公が家臣を纏められなかったことと、信長公の策略が勝っていたからだ」 誰が悪いなんてことはない、ただに責任転嫁をし、現実から目を背けようとしただけだ。 「あんたから見て、嬢ちゃんはそんなに奇異に写るのかい?俺にはそこらにいる娘と変わらないように見える」 「・・・・・」 「逃げないでちゃんと嬢ちゃんと再会を果たしただろ?嬢ちゃんは嬉しくて泣いたと聞いたよ」 それを見てなんとも思わないのか?左近は幸村を責める。 「殿の下に落ち着くまでの嬢ちゃんの話。聞きたきゃ嬢ちゃん本人から聞くんだな」 「左近殿・・・・」 「悪いが俺からは話す事はないぜ。俺は嬢ちゃんの味方なんだ」 それが左近のせめてもの罪滅ぼしだ。 はそんなことはないと言ってくれても、武田家家臣がの見る目を変えたきっかけの一つを作ったのは 左近自身だと思っているから。 「ただ・・・・・あんたがまだそんなことを思っていたのには失望したよ」 左近は幸村を置いて書庫を出て行ってしまう。 幸村は壁に背を着け、右手で顔を覆った。 「なぜ、あんなことを口にしたのだろう・・・私は」 まだ、のことを疑っているのだろうか? 自分の言葉がを深く傷つけたとわかっているのに、もしまた同じことが繰り返されたらと。 不安がよぎったのかもしれない。 三成はに身の回りの世話を頼んでから厭きることがないと楽しそうだった。 素直に口にはしないが、邸で過ごすことが何よりも落ち着くらしい。 と再会しても、何も変わらないで居る。 不安だけが取り除けなくて。 自分からはに何も言えなくて。 左近を頼る・・・と言うより、左近から聞き出そうとした狡さに気持ち悪くなる。 嬉しくて、自分と会えて嬉しくて泣いた。 一方的に傷つけたのに、嬉しさを持っていてくれる彼女をまた傷つけようとしていた。 「最低だ、私は・・・・・」 話を聞けと左近に言われても、そんな資格はないのかもしれない。 08/07/18
19/12/28再UP
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