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拈華微笑
「、殿・・・・」 「幸村さん・・・・」 幸村が困惑しているのがわかる。 自分もそうだ。 幸村からもう逃げるのはやめようと思っていても、こんなすぐに幸村と遭遇するとは思わなかった。 だけども・・・。 拳を強く握る。 『ちゃん、頑張り!うち応援させてもらいます』 詳しい理由を話していないのに、阿国は無理に聞きもせず。 それどころか励ましてくれた。 (うん。私、頑張る・・・・) 今まで悪い方にしか考えなかった後ろ向きな自分。 そこから抜け出すには一歩踏み出すのだ。 「お、お久しぶりです。幸村さん・・・あの、私」 「・・・あ・・・私は・・・」 その次は何をどうすればいいだろう。 普通に挨拶などしてしまったのだが。 話しかけるななどといわれてしまうだろうか? 心臓の音がすごく耳に付くようで、緊張の極限にきているような感じがする。 「?それに幸村。何をしているのだ、お前たち」 「嬢ちゃん・・・・」 どこかに向かう途中だったのか、左近を供につけた三成が声をかけてきた。 角を曲がれば知っている面が二つ。 立ち尽くしているように見えた。 「み、三成殿。い、いえ・・・」 「三成さん、おでかけ?」 「ああ。秀吉様に呼ばれてな・・・・・お前も行くか?おねね様が久しぶりに会いたいと文をよこしたぞ」 「い、いいのかな?行っても」 三成にしては柔らかい表情をしている。 「おねね様の方から言ってくれてくれているんだ。断る方が不躾だぞ」 「じゃ、じゃあお供します」 から幸村へと視線を移す三成。 「幸村、お前は」 「わ、私は・・・戻りやることがあるので。失礼します!」 脱兎の如く幸村は背を向けて去ってしまった。 (幸村さん・・・・・しょうがないかな・・・・) 幸村の様子を三成も不審に思ったが、それ以上追求せずに歩き出した。 行くぞと三成に言われては慌てて追いかけた。 【12】 逃げてしまってきて、三成に何か思われなかっただろうか? 幸村は邸で自己嫌悪に陥っていた。 自分が傷つけ見捨ててしまった少女が目の前に現れた。 「殿・・・・」 ずっと気にしてはいた。 信濃に兄と共に戻ってからも。 だが、探すなど、行動を起こす事はなかった。 自分にそんな資格はないような気がして。 戦が起こる混乱していた世の中で、彼女一人でどうやって生きていたのだろうか? それがどうして三成の下にいるのだろうか? だがなんとなくわかった。 三成の世話をしている人というのはのことだと。 京住まいになって、三成の邸を何度か訪れても、話に出る世話人はちっとも姿を見せなかった。 いつも何かしら理由があって不在。 それもそうだ。 自分と会うのを恐れたのだろう。 『聞こうとは思っていたんだ。嬢ちゃんは元気かい?あんたと一緒に信濃に行っただろ?』 左近はそう聞いてきたが、彼も知っていたんだ。 小田原で再会した時にはすでに左近は三成に仕えていた。 自分とを会わせないようにしていたのは左近だ。 三成の前で「嬢ちゃんは」などと言っていたが、その時は特に何も思わなかった。 左近はのことを嬢ちゃんと呼んでいたじゃないか。 左近は知っていて幸村にのことを聞いてきたのか。 なぜ?何の為に? 『幸村。のことを頼むよ。しっかり守ってやってくれ』 信玄に言われた言葉が幸村を締め付ける。 その役目は、今の自分には荷が重い。 重いのではない、そんな資格がないのだ。 力ない彼女を傷つけた自分には。 きっと、今その役目を担っているのは三成ではないだろうか? 「お館様・・・・私は、どうすれば」 不安だけが大きく広がっている。 不安。 もし、また・・・・。という不安と、もう一つが。 北条家が秀吉に降ったことで、一つの区切りがついた。 天下は秀吉のもの。 戦は当面起こらないだろうと。 それでも己に不安が広がるのは、いつかのことを気にしてのことだ。 「わかっているはずなのに、彼女が悪いわけではないということを・・・・」 何もかもがまた壊れてしまいそうで怖くなった。 *** はいるか?と利家が尋ねてきた。 邸にあがる事はせずに縁側に腰掛けて待つ利家。 「どうかしましたか?利家様」 お茶と菓子を持ってがやってくる。 先日阿国と見つけた和菓子屋のもので美味しいですよと利家に出す。 「どうかしたっつーか・・・・一応心配して様子見に来たんだぜ、俺は」 「あ・・・・ありがとうございます。大丈夫ですよ、私は」 利家の邸に一時期的に逃げ込むような真似をしたからだ。 「そうか?ならいいけどよ。何かあったら言えよ、俺はの味方だぜ」 は微笑む。 「ありがとうございます。いつも利家様にご心配かけてしまっていますね、私は」 「ンな事ぁねぇよ。俺はが元気ならいいんだよ」 そういいながら、が出してくれた菓子に手を伸ばす利家。 のんびりした実に穏やかな時間が流れる。 「利家殿。いらしていたのですか?」 三成がやってくる。更に兼続や幸村も居る。 幸村は目線を落とし、もそれを見て口を結んだ。 「。悪いが茶を俺達にも淹れてくれ」 「うん。少し待っててくださいね」 立ち上がり厨房へ向かおうとしたに、突然兼続がギュッと両手を握った。 「え?」 「ようやく噂の君に会えた。そなたがあの三成の世話をしてくれていると言う者か」 会えて嬉しいと、上機嫌の兼続だ。 「兼続。あのと言うのはどういう意味だ」 「そのままの意味だ」 お前の世話をするなど慣れぬ者がすれば、神経が磨り減りそうなものだと兼続は言い切る。 「とりあえず、その手離してやんな。じゃないと茶飲めねぇぞ」 利家が苦笑し、言われた兼続はすまないと手を離す。 は兼続に気にしていないと一礼してから厨房へ向かった。 すぐ側の室に三成たちは腰を下ろす。 縁側にいる利家に上がってくださいというが、利家はここでいいとのん気に茶を啜っている。 利家はチラリと幸村を見る。 どことなく彼の元気がないと言うのがわかる。 が逃げた理由が彼にあるのならば、彼にも何かがあるのだろう。 三成はその辺りを知らないのだろうか? 「お待たせしました」 は努めて明るくしようと笑顔でやってくる。 緊張はするが、何事もなかったかのようにしている。 利家に出したのと同じ茶と菓子を三人の前にも出し、は利家のいる縁側へと移動する。 自然と幸村と距離を置いてしまっているようだ。 「なんで、お前まで縁側に行くのだ?」 「だって、利家様は私のお客様だもん」 「そうだ。三成に独り占めさせるつもりはねぇぞ」 利家はニタニタ笑う。 「誰も独り占めなどしておりません。なんで、俺がこいつを・・・」 「殿・・・だったな。殿は皆に気に入られておるようだな」 兼続は中々面白いものが見れているという顔をしている。 「そんなこと・・・でも、皆様にはよくしてもらっています」 「兼続と幸村はこいつに会うのは初めてだったな。いや、幸村は先日会っていたようだが」 「わ、私は、その・・・・・」 どうしようかとは迷う。 ここで幸村に対し、初対面であるかのように振舞った方がいいのだろうか? 今の幸村を見る限りでは、との接点を知られたくないようにも見える。 は初対面を装うと決める。 「改めてはじめまし「殿、お久しぶりでございます。先日はちゃんと挨拶もせず申し訳ない」 幸村が頭を下げた。 「ほぅ。お前ら知り合いだったのか。左近ともそうだったようだし。、お前は意外と顔が広いな」 「え、あ、そ、そんな」 幸村がまさかこの場でそう言い出すとは思わなかった。 だけど、向こうが初対面の振りをしないでいてくれたことは嬉しかった。 嬉しくて、なんだか涙が出そうになる。 「お元気そうで、何よりです」 「はい。私は元気ですよ。なんだろ、何から話せばいいんだろう・・・・あはは」 大泣きしてしまいそうになる。 必死で堪えて笑って見せようと思うも、今の自分はきっと耳も顔も真っ赤になっているだろう。 「?」 三成がの変化に気づく、だが、それは利家も当然気づいている。 「あ、あれ・・・ご、ごめんなさい。なんか、あはは」 視界がぼやける。 たったこれだけのことが嬉しくてしょうがない。 「殿」 今ここで泣けば幸村が困るではないか、それに知らない三成たちも。 の頭に大きな手が乗った。 「泣けって。我慢するな」 「利、家様・・・?」 「幸村に会えて嬉しいんじゃないのか?嬉しいンだったら我慢することなんかないんだぜ」 が誰かを想っていることは、以前と話したことで知った。 きっとその相手は幸村なのだろうと思い、自然とそう言葉が出た。 に何かあれば、幸村相手だろうがぶっ飛ばしてやる。くらいのことは思っていたのだが。 「殿・・・・」 嫌な涙じゃないんだ。 嬉しいのだ、幸村が知らぬ振りをしないでいてくれて。 阿国にどうしたい?と訊ねられた時、仲直りがしたい、もう一度笑って欲しいと思った。 ここで変に泣いたら幸村が困るだろうと思ったのだが、利家が助けてくれた。 会えて嬉しかったから。だから涙が出るんだ。 は頷く。 零れた涙を拭いながら何度も頷いた。 「よしよし、良かったなー」 「利家様、あまり泣かさないでくださいよ・・・・皆さんの前で恥かしいじゃないですか」 「気にするな・・・・って、おいおい。三成怖い顔すんじゃねーよ。俺がを泣かしたわけじゃねぇぞ?」 「べ、別にそのようなことは思っておりません」 「泣かしたのは幸村だろう?」 「か、兼続殿!?」 状況がまったくわからない兼続だったが、が幸村と知り合いだったというのはわかった。 まあそれだけでも十分だろうと。 そこまで考えてはたと気づく兼続。 確か幸村と左近も知り合いだった。武田にいた頃と・・・。 左近とそのも知り合いだと・・・・・そのことを兼続はぽろっと口にした。 「殿も武田家の者だったのか?幸村と左近と知り合いなのだろう?」 「あ・・・・あーえーっと・・・・い、一応。お世話になっていました」 あまりそこは触れられたくない。 泣いた顔を見られたくないという感じでは顔を背ける。 『・・・・・私、今までのこと、全部自分の所為だと思ってた・・・・』 『で、でも。私の所為で戦に負けたって・・・言われたことあるし』 三成はジッとに視線を向けてしまう。 向けながら秀吉に連れてこられたときのことを思い出してきた。 は酷く何かに怯えていた。 そして自分の出自については一切答えようとしなかった。 そうか、武田の者だったのか。 あの言葉は武田が負けたのは、滅亡したのはの所為だと言わんばかりの出来事があったのか。 それはきっと左近も幸村も知っている。 知っているから、左近は何か隠していたし、幸村の不自然な態度の理由もわかった。 (面白くないと思うのは何故だ?) なんだかとても不愉快だ。 なんだかとても苛々する。 自分だけ、何も知らないような気がして。 とても腹がたった。 08/06/17
19/12/28再UP
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