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拈華微笑
夜遅くに、左近がの様子を見に利家の邸を訪れた。 「幸村さんは?」 「帰ったよ。殿は泊まるよう勧めていたが、こっちに住まいが変わってやることがあるそうだ」 だったら三成の邸に帰ることができるだろう。 は利家に礼を言って左近と帰っていった。 「叔父貴。今、幸村って言ったよな」 「ん?そうだな、幸村って言ったな・・・・・が会いたくないってのは真田幸村のことか?」 なんだろうと首を傾げる利家。 利家が見る限り、彼から悪い印象など受けない。 真面目で誠実な好青年だと思える。自分の甥の方がよほどろくでもないと見てしまうくらいだ。 「そういや、今晩三成の邸に行くと兼続が言っていたな。幸村も一緒だったか」 「・・・・・・」 「叔父貴?」 「よく判ンねぇが・・・・慶次、しばらく幸村には黙っておけ」 「へへっ。叔父貴は嬢ちゃんの味方ってことか」 利家はそうだと言い切った。 「何があったか知らねぇが、俺はの味方だ」 相当辛いことがあったのだろう。 だが、は利家が勝家のことで苦しみ悩んだ時に励ましてくれた。 自分もその時逃げたと。本当はその事を口にするのも嫌だっただろうに。 「ま。面倒ごとに巻き込まれんのは勘弁なんで俺ぁかまわないさ」 慶次はもう寝ると言って室に引っ込んでいった。 「なーにが、勘弁だ。勝手に頭突っ込んでくるのはどこのといつだ」 【11】 月の光と、左近の持つ提灯の灯りが足元を照らしてくれている。 「左近さん・・・・このまま逃げてばかりはダメですよね?」 「そりゃあ、いつまでも逃げ続けるなんてのは無理だろうさ」 もし逃げ続けたいなら、それはがこの場所から離れるしかないだろう。 「それは・・・・簡単ですよね。別の場所に行くなんて・・・でも・・・・もう、逃げるの嫌です」 人が嫌いになりきれないから。 結局好きなんだ、人が。 「三成さんにも、話さないと・・・・」 「そんなに焦ることはないだろとは思うが・・・・ま、決めるのは嬢ちゃんだ。俺の口からは言わないよ」 「ありがとうございます」 逃げたくはないと思っても、結局誰かに迷惑をかけている。 かと言って、まだ勇気が足りない。 左近は幸村とのやり取りを思いだす。 三成や兼続もいない時だ。それとなくのことを聞いてみた。 「え!?」 「聞こうとは思っていたんだ。嬢ちゃんは元気かい?あんたと一緒に信濃に行っただろ?」 幸村の目が酷く揺らいだ。 これで平然と「元気に暮らしていますよ」などと答えた日にはどうしようかと思ったが。 元々嘘はつけない性格だ。 口をつぐんだかと思うと目線をそらされてしまった。 「おりません・・・・私のもとには・・・・」 「いない?何故だい?」 左近の顔を恐る恐る見る幸村。 「私が・・・・酷い事を。言ってはいけない言葉を・・・・・彼女に・・・・・・」 だから、は自分の前から姿を消したと。 「それで、嬢ちゃんを探そうと思わなかったのかい?」 「・・・・・・・」 幸村は答えなかった。 今、彼もまたと再会したらどうするのだろうか? 言ってはいけない言葉。 幸村はちゃんとわかっている。その言葉がどれほど彼女を傷つけたのかを。 でも、言わずにいられなかったあの頃の精神状態。 誰かに擦り付けたかったのだろう。 「左近さん?」 「なんでもないよ・・・・・」 左近は三成と幸村が出会った経緯をに話した。 「そっか。でも三成さんにはいいことなんだよ、それは」 阿国と話していた、いい事がありそう。 それは三成の方が大きかったのかもしれない。 *** それから数日。 三成の邸に幸村が来ると、は決まって姿を隠す。 上手い具合に、にお使いなどは入って忙しいような。 左近がそう仕組んでくれているのだろうが。 「不思議なものだな、三成」 「なんだ?」 三人並んで縁側に座っていた。 ふと兼続が口を開いた。 「何度も三成の邸に通っているのに、一向に噂の者と中々会えない」 「そうだったか?」 「ああ。紹介してくれると言ってくれているが、一度も会えずにいる」 兼続はその世話係が気になるようだ。 なにせ、この三成の世話をしていると言うのだ。 自分たちぐらいの付き合いにならないと、この男の持ち味はわからない。 敵ばかり作るような男が、好んで側に置いている人物なのだから。 「本当に存在するのか?まさかとは思うがお前の妄想ではあるまい」 妄想といわれて三成は眉間に皺を寄せる。 「何故、そのような妄想など俺がせねばならんのだ!」 「見たものがお前だけだからだ」 二人とのやり取りを幸村はのんびりと聞いてしまっている。 幸村もその人には会ってみたいと思った。 三成の室を見る限り、行けばいつも違う花が活けてあり邪魔にならない花の香りが安心感を生み出している。 用意されている菓子もまるでこちらの好みを熟知しているかのようで。 三成が信頼している人物なのだからよほどの人なのだろうと。 「あいつのことは左近も知っている、俺だけじゃなく秀吉様もおねね様も利家殿もだ!」 他にも沢山いるのだ。 「ムキになるな三成」 「お前がくだらない事を言うからだろう」 「ああ、すまない。ということはよほど私たちは縁がないのだろうな、幸村」 「そうですね、残念ですが」 と微苦笑する幸村。 「では、どうだ。どのような人物なのか話してくれ三成」 「聞いて楽しいか?」 「楽しいだろう。どんな御仁か想像して会える時が更に楽しみに思える。幸村お前も聞きたいだろう?」 「そうですね、どのような方か気になります」 言うほど珍しい人物ではないと三成は思う。 これと言って特徴もないから。 「そうだな・・・・名前はと言って」 「え?」 三成の口から出た言葉に幸村小さくもらす。 かすかに指が動いた。 「殿」 更に続けようとしていた三成の前に左近が姿を現す。 「なんだ、左近」 「大殿から火急の使者が」 「秀吉様から?」 三成は一言詫びを入れて退出する。 ちょうど良く話が折れてよかった。 何も知らないとはいえ、左近は秀吉に感謝してしまう。 だが、そうだ。 今までまったく二人が気にしないのが無理なのだ。 「あの、左近殿・・・・」 「ん?」 「今、三成殿が・・・その・・・・」 名前はしっかり幸村の耳に届いていたか。 だが左近はなんだい?と聞き返すだけで自分からは言わなかった。 と約束したからだ。 左近からは何も言わないと。 ただ幸村が聞いてくれれば、答えるつもりではある。 「い、いえ・・・・・なんでもありません・・・・」 「そうかい?」 左近は小さな溜め息が出てしまう。 この男も大概はっきりしない部分を持ち合わせているようだ。 *** その頃、は阿国と一緒にいた。 幸村たちが来たことを知ると裏口からそっと逃げる。 最近自分はそんな事ばかりしている。 左近には「逃げるのは嫌だ」とか言っておきながら、いまいち勇気が出せないでいる。 三成が特に何も聞いてこないで、まだまだとどこかで逃げやすい道を選んでいる気がする。 「ちゃん。どないしましたん?最近元気ないなぁ」 「う、うん・・・ちょっと・・・」 「うちになんでも言っておくれやす。辛い顔しはって・・・心配ですわぁ」 阿国ならば話しても、いや、相談に乗ってもらえるだろうか? 「あのね、阿国さん。阿国さんは今まで、好きな人に・・・嫌われたことある?」 阿国の様な人を惹き付ける女性に限ってとは思うが。 「なんや、ちゃんも女子やなぁ」 コロコロ笑う阿国。 彼女には単に恋愛の悩みだと思われたようだ。 そうじゃないとは言う。 「違う?」 「嫌われた相手から逃げて・・・・でも、もう逃げたくなくて・・・・」 「別に逃げてもええやないの。そんなん放っとき。自分から傷つく真似なんてやめとき」 「阿国さん・・・・」 ちょっと怒ったような、頬を膨らましている阿国。 「ちゃん、なんや悪いことしたわけでもないんやろ?罪悪感が湧いてるような顔しとるけど」 自分の所為ではないと思っているが、まだ根強く引っ掛かっているのだろうか。 引っ掛かっているから、今も悩んでいる。 ただ、幸村に会ってまた拒絶されるのが怖い。 「ただなぁ・・・・新しい一歩踏み出すにどうしても必要なら、うちには止める権利はないんやろうけど」 「新しい一歩?」 「その相手のことちゃん、未練たらたらのようやし」 「うん。未練たらたら」 不思議なくらいすんなりそう言えた。 「なら、どうしたいん?その人と」 どうしたいのだろう? ただ何かを言われるのを恐れているだけで、自身はこれからどうしたいのだろうか。 一つは、まだ三成の邸で今まで通り働かせてもらいたい。 一つは、もう逃げる真似はしたくない。 左近に沢山面倒をかけている。 そして・・・・・。 「できれば・・・・また笑ってほしいかな・・・・」 「なんや、ただのケンカやないの。だったら仲直りすればええんよ」 ケンカではないと思うのだが、だかできるだろうか?仲直り。 「仲直り、したいなぁ・・・・幸村さんと」 「幸村様言うん。その相手」 「あっ!その」 阿国はいいことを聞いたと口角が上がる。 「その名前に思い当たる人、一人おるなぁ・・・・ううん、一人しかおらんやろ」 あまり同名を聞いた事はない。 それに彼は有名人だ。 「阿国さん、あの」 「ちゃん、頑張り!うち応援させてもらいます」 応援といわれても・・・は困ってしまう。 何かをどうにか言おうとしているの姿が可愛く阿国は面白くてしょうがなかった。 阿国に少しだけでも話せて、大分気が楽になった。 今度はちゃんと幸村の前に姿を出そう。 今ならできると思える。 怖さは消えうせてない。先がわからないから。 でも、もう・・・・。 は三成の邸近くまで戻ってきた。 この角を曲がろうとすると、ばったり幸村と遭遇した。 「あ」 姿を出そうとは思っていたが、まさかこんな早くにとは思わなかった。 「、殿・・・・」 「幸村さん・・・・」 自分も困惑しているが、自分と違って何も知らない幸村の方がきっとその度合いは大きいだろう。 でも、もう逃げないと決めた。 また幸村に笑って欲しいと願った。 都合よくいくかはわからない、それでも。 もう・・・・決めたのだ。 08/06/01
19/12/28再UP
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