拈華微笑



ドリーム小説
世は確実に秀吉のものとなっていた。
四国・九州征伐後、奥州の王伊達政宗も秀吉についた。
そして最後。唯一秀吉に屈指ない北条家に対して秀吉は大軍を率いて居城である小田原を攻めた。

「左近殿・・・・」

当然三成に着いて小田原攻めに参加していた左近の前に、懐かしい顔があった。
信濃を治めている真田家。
父昌幸とともに、幸村もこの戦に出ていたのだ。

「久しいな。幸村」

「は、はい。左近殿もお変わりなく」

「まあ、そうだな。特にこれと言ってな・・・・」

三成と共にいた青年が幸村だったので、左近は驚いた。

「お前たち、知り合いだったのか・・・・左近は前にも」

「ええ。そうなんですよ。俺は以前武田家に少しだけいた時期があったんで」

「そうか」

三成が二人の前での名前を出そうとしたのがわかった。
わかったから、なんでもない顔で、なんでもないことを左近は言った。
は自分のことを、武田家でのことを三成に話していない。
自分で話すと言ったが、戦続きでそうも行かず・・・そうなる前に、三成は幸村と出会ってしまった。

「三成、幸村、ここにいたのか」

元々三成と文通をしていたという、直江兼続。
彼は上杉家に仕えている。彼も話に加わり、とりあえずの話題にならずに済んだ。

(別に隠すつもりはないんだが・・・・せめて幸村から嬢ちゃんのことを言ってくれない限りはな・・・・)

幸村は何も言わない。

『幸村さんも、同じだった。あの人たちと・・・・・』

はそう言っていた。
武田が滅んだのは、信玄が病で亡くなったのはのせいだと幸村にも言われたのだと。

(信玄公のことを強く慕っていたから、余計にそう思いこみたくなったのかね・・・)

誰かの所為にしておきたいと思って。
左近に言わせれば、信玄が亡くなったのは病で寿命だろうし、その後の戦も跡継ぎである勝頼が
戦局を見極められなかったことと、それを苦言する者がいなかったからだろう。
だが、古くから武田に仕える将が勝頼に進言しても、彼は聞かなかった。

(運がなかったとしかいいようがないんだがね・・・)

三成たちと和やかに談笑している幸村に向ける左近の目はどこか憂いていた。





【10】





北条家にも勝利した秀吉は名実共に天下人となった。
これで戦になることもないのだろう。

ちゃん。これなんかええよ?三成様に買うてもろたら?」

「何度も言いますけど、私三成さんに一応お仕えしているんですけど?」

「じゃあ利家様」

「あ、あの・・・・だから」

京の都での暮らしも大分慣れてきた。
外にも出るようになったので、顔見知りも増えてきたし。
を見れば声をかけてくれる人もいる。
そろそろ三成たちが帰ってくるというので、何かないかは町に出ていたのだ。

ちゃんはええねぇ。あないいい男はんと一緒で」

その際、ここらで座を開いているという阿国という女性に出会った。
阿国は出雲大社を建て直す為の資金集めをしているそうで。
だが実際は旅に出ながらいい男を捜しているようでもある。

「阿国さん、人の話聞いています?」

「ちゃんと聞いてます。清い関係や言うのはわかっとります」

「じゃあ、なんで?」

ちゃんの反応見んのが面白いから」

阿国はくすくす笑う。
酷いなぁとは唇を尖らせるも、阿国ならばいいかと思ってすぐさま同じように笑ってしまう。

「でも、もうじき帰ってきはるから、ちゃんも嬉しいやろ?」

「そうですね。お邸の人たちだけだと、やっぱちょっと寂しいし」

使用人たちは多少三成に緊張してしまうらしいが、は別段そんなこともないから。

「利家様にも左近さんにも会いたいです。ずっと戦続きだったから」

「ほんに、ちゃん嬉しい顔してはるわ」

「阿国さんが隣で笑ってくれるからですよ。やっぱり笑顔は人を優しくさせますよね」

「せやねぇ。笑顔見て気分悪なるなんてのはよほどのことやからね」

阿国は青く綺麗に澄み切っている空を見上げる。

「今日は、なんやいいことありそうやね」

「皆が帰ってくることがいいことなのかも・・・・あ。阿国さんあれ」

が指差す方に茶屋がある。

「食べて行きませんか?」

「それもええねぇ。ちゃんにはまだまだ聴きたいことぎょうさんありますから〜」

「やっぱり面白がってる、阿国さんは」

でもいいかと、は阿国と一緒に茶屋へと入っていった。



***



阿国がいういいこととは三成たちが帰ってくることだろう。
そうは解釈した。
ただ、別に確実にいいことが起こるという保障はない。
あくまで「いいことが起こりそう」な程度だ。
だが、本当に三成がこの日帰ってきたのだ。
使用人たち全員で出迎える。
表情が変わるほど笑うことはない三成だが、やはりどこかで馴染みのある場所に帰ってこれてホッとしているようだった。
湯浴みを終えた三成。

「あのね、三成さん。着替えぐらい一人でやってよ」

帯を締めて、羽織を着せて。
そのくらい一人でできるだろうに。

「それがお前の仕事だろうが」

「えー・・・これって奥さんがやることじゃないのかな。だから私間違われるんだよー」

だからと言って、一から着せているわけではないが。

「言いたい奴には言わせておけばいい。気にするだけ損だ」

「まあそうなんだけど」

出来たと帯をキュッと締めた。
出来なければ出来ないで三成に小言を貰うので、は着付けを必死で習った。
その成果は着実に出来ている。

「何か変わった事はあったか?」

「友だちができたよ。すごく綺麗なお姉さん」

「ほぅ」

「阿国さんって言ってね。出雲大社の巫女さんなんだって」

なんだか会話が今日の出来事を父親に報告する娘のようだ。
それでもには嬉しい出来事なのだろう。

「さっきもね、阿国さんと一緒でね。今日はなんかいいことあるかも、なんて話をしていたの。
そのいいことってきっと三成さんたちが帰ってくることだって思っていたけど。
本当に今日、皆帰ってくるから、すごいなぁって・・・・」

基本的にの話に三成が相槌を打つ。
不在だった間を埋めようとしているかのように、その間の出来事を一つ一つ話す。
秀吉の邸に居たときからそうだったが、戦に行くとなるとは留守番だ。
ねねですら一緒に行ってしまうから、本人はなんでもない振りをしていながらも寂しいのだろう。

「なんだ、土産の一つでも用意すれば良かったか」

「そこまで子どもじゃないですー・・・・って小田原の名物って何かな?」

珍しく表情を和らげ笑ってしまう三成。

「もうー笑わなくてもいいのにー」

ブツブツ言いながらも片づけをしては立ち上がる。

「それじゃあ、夕餉の時間まで一休みしていてくださいな」

「どこか行くのか?」

「うん。夕餉の準備、お手伝いするから」

は室から出て行こうとする、その際三成は夕餉のことで注文する。

「客が来る予定になっている。悪いが二人分余分に用意してくれ」

「二人分ね。はい」

台所の人たちに伝えねばとは三成の室を後にした。
夕餉を一緒にする客なんて珍しいなと思った。
左近ではないだろう。左近は客扱いされない。
されないし、元々左近の分も含まれている。

「利家様かな?でも、夜は来ないものね、利家様・・・・」

三成たちも帰ってきているのだ、利家も帰ってきているだろう。
利家にも久しぶりに会いたいものだ。



***



ほぼ夕餉の準備も出来始めていた頃、客が来たと告げられた。
三成が珍しく自分から出迎えているらしい。

「うわぁ。それってすごーい。どんな偉いお客様なのかな?」

「ちらっと見たけど、お二人とも殿とそうお変わりないお年の方のようだよ」

台所で手伝いをしながら、年配の女中さんとそんな話をした。

「じゃあ、さん。持っていってもらえますか?」

「はーい」

が膳を運ぼうとするが、待ったと左近から声がかかった。

「あら、島様」

「悪いんだが、それはあんたに頼めるかな?嬢ちゃんには別の用事を頼みたいんだ」

お客の顔をすでに知っている女中さんは別にかまわないと左近の頼みを聞いた。
ちょっと嬉しそうだから、顔は結構いいのかもしれない。

「嬢ちゃん、ちょっと」

左近は手招きする。
女中に後を頼み台所を後にする。

「私に頼みたい用事ってなんですか?」

「・・・・・その・・・・・先に言っておいた方がいいと思ってね」

「?」

左近は苦笑する。の様子を見ると、彼女はまだ客が誰だか知らないようだ。

「とりあえず、利家殿の邸にまで行ってくれるかい?」

「利家様?」

「ああ。行けばわかる」

左近は周囲を確認しながらを外に連れ出そうとする。

「左近さん?」

「嬢ちゃん。殿が連れて来たお客人だが・・・・」

三成やその客の声が聞こえた。
ちょうど庭にでも出て何かしていたのだろう。
挨拶をせねばと思ったが、の足が止まる。

「左近・・・さん・・・・・」

客の顔をは見たようだ。
口元を手で押さえて、すっと身を隠す。

「・・・・・・な、なんで?」

「殿と同じで小田原攻めに参加していたんだよ、幸村も」

「ゆ、幸村さん・・・・うそ・・・・」

まさかここで再会するとは思わなかった。
左近と再会した時ですら、は逃げ出したのだ、幸村とは・・・・・。
は震えている。
幸村の三成と和やかに会話する声音が、の記憶を蘇らせる。
優しい声音なのに、思い出すのは全て拒絶された時のこと・・・。

「嬢ちゃん」

「と、利家様のお邸ですよね?行ってきます」

「大丈夫かい?嬢ちゃん・・・・」

「大丈夫です・・・・・ごめんなさい、左近さんになんか、面倒臭いことさせちゃって・・・・」

気遣ってくれている。
あのまま膳を運びに行けば、知らずに室にいる幸村を見て、きっと混乱しただろう。
そして、幸村に三成の前であの事を言われでもしたらと思うと怖い。
好きな人。
今でも心に根強く居ついている人なのに、その前に姿を見せる勇気がない。

「俺は別になんてことないさ」

左近に行きなと言われて、裏口からこっそりは出て行った。




夕餉の時、の姿がないことに三成は気づく。

「あいつはどうした?」

は家族みたいなものだというのがここでは当然のようだ。
だが、の分の膳はない。
あるのは三成と左近、客で来た幸村と兼続の分だけだった。

「嬢ちゃんなら、ちょっとお使いに出ていましてね。しばらく帰ってきませんよ」

「なんだ、使いとは」

「利家殿のお邸に行っています」

そうか、利家の邸か。
利家もに会いたかったのだろうと三成は推測する。
ならば無理矢理連れ戻すこともないだろう。
左近が言うのだから間違いないだろうと。

「あいつとは誰だ?三成」

兼続が興味を持ったらしく聞いてくる。

「ああ。俺の身の回りの世話をしてもらっている奴だ」

「三成の世話を?」

「中々毛色の変わった奴で面白い。お前たちにも会わせようと思ったんだが」

「そうなのですか、どんな方なのか楽しみですね」

微笑む幸村に左近はちょっと胃が痛くなる思いだ。



***



利家の邸で夕餉まで馳走になった
流石にもう秀吉のところで居候はできないらしい。
秀吉は気にするなと言ってくれたのだが、利家の方が遠慮してしまった。
大勢の者を治める秀吉。友だからとデカイ顔はできないだろう。
だからって友誼が消えうせたわけじゃない。約束はした。
秀吉を支えてやると決めたのだ。それに二人でいるときは以前と変わらぬ気安い仲だ。

「すみません。利家様・・・・おご飯まで・・・・」

「いいってことよ。遠慮せず食えって。久しぶりにに会えて嬉しいぜ、俺はよ」

だけども、の目が揺れている。
いつも笑顔の彼女を揺さぶる何かがあったのだろう。
用意されても、箸をつけることなくジッとしている

「嬢ちゃん。食わないと折角の飯が冷めちまうぜ?」

「は、はい!」

利家と二人ではなかった。
この場にはもう一人居た。利家の甥だという前田慶次が。
利家も大きな人だと思ったが、慶次も同じくらいに大きい人だった。
単に背丈だけでなく、人柄も。
そういう人に弱いとなんとなく思う。
信玄がやはり大きな人だったから。



利家は箸を置く。

「困ってることがあるなら遠慮せずに言えよ。俺はお前の味方だぜ?」

「利家様・・・・」

「左近からは詳しい話は聞いちゃいない。ただを少しの間だけ預かってくれとだけ言われた。
三成は知っているのか?その辺のことをよ」

は首を横に振った。

「私・・・・三成さんには何も言っていないんです。三成さんだけじゃなく、利家様にだって・・・
秀吉様にも、ねね様にも皆に黙っていること沢山あるんです・・・・」

「逃げた。とか前に言ったよな・・・・何があったんだ?まだ言えねぇか?」

「・・・・・・」

はキュッと拳を握った。

「・・・・今、会いたいけど、会いたくない人がいるんです」

・・・」

「ううん。会う勇気がないんです。臆病だから、人に嫌われるの嫌だから・・・・」

「お前のこと嫌いになるなんて奴いるのかよ」

「いますよ、それは・・・・私・・・・・」

何をしているのだろう。今の私は。







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ようやく幸村再登場w
08/06/01
19/12/28再UP