拈華微笑




ドリーム小説
武田が滅んだあの日から。ううん、お館様が亡くなった時から。
味方だったのは左近さんだけだと思う。
幸村さんと追っ手から逃げ出せたのは左近さんのお蔭だった。

だけど、私はその幸村さんからも逃げた。
言えばいいのにと思った本音を聞いて、わかっていたのにショックが大きくて。
好きだった人からの拒絶は辛くて。

それから、孫ちゃんにガラちゃん。
秀吉様にねね様、利家様に三成さん。
色んな人と出会い、関わったけど、決して武田に、甲斐にいた頃の話はしなかった。
あの頃の話を聞いて、また奇異の目で、嫌悪されるのを恐れたから。

「嬢ちゃん?・・・・嬢ちゃん、何故ここに?」

その頃を知っている左近さんと再会するとは思わなかった。
左近さんは何も悪くない。
だけど、怖かった。
左近さんの口から、三成さんに知れたらと思うと。

「ええ・・・・・久しぶりだな、嬢ちゃん。元気そうで何よりだ。だが、嬢ちゃんは・・・」

言わないで。
怖い。
突き刺さる視線の怖さ、向けられる刃。
平和な時には笑っていた顔が、狂気に満ちている顔になる瞬間を知っている。
それでも、人を嫌いになることはできなかった。
それは、孫ちゃんとガラちゃんに出会えたから。
あの時、二人に出会わなかったら、助けてもらえなかったら。
きっと私は、今でも人を恐れ逃げていたと思う。
人と関わることを、信用することをしなかったと思う。
秀吉様に拾われたときもそうだ。
でも、今は怖い。
左近さんに何か言われたら、きっと、私は・・・・。





【9】





裸足のまま邸を飛び出していた。
逃げ出す必要性がどこにあるのだとわかっていても。
怖くて、怖くて。
左近が三成に告げているかもしれないと思うと、怖くて。
三成にあれが知られてしまったならば、きっと三成も態度を変えてしまうだろうと思ったら。

(どうしよう・・・どうしよう・・・怖い、怖いよ・・・)

今まで塞がれていたものが剥がされていくようで。
三成の言葉で肩の力が抜けたはずだったのに。
今またあの時のような不安が襲ってくる。

孫市の故郷が襲われたのが自分の所為だとしたら?
ガラシャが家に連れ戻されたのも自分の所為だとしたら?
秀吉が孫市を失ったのが自分の所為だとしたら?
利家が勝家と戦う羽目になったのも自分が・・・・。

そんなわけないのに。
わかっているのに、悲観的な考えしか浮かばない。

(お前の所為だって言われたら、どうしよう)

全ては悪い方、悪い方へと流れていくようで気持ちが悪い。
だったらどうする?
また逃げるのか?

「待った!」

くいっと体が引き戻された。
腕に強い痛みを感じる。

「嬢ちゃん・・・・なんで、逃げるんだい?」

左近がを追いかけてきた。
そして追いつきの腕を掴んだ。

「左近、さん・・・」

「いきなり逃げられる意味がわからないんだが・・・・」

の目が酷く怯えている。
ただごとでないとは左近にもわかった。
まずは警戒心から解こうと。

「俺の顔を見て逃げられちゃ、殿に何事かと思われちまうよ」

左近は軽快に笑ってみせる。

「あ、あの、私・・・」

「あーあぁ・・・裸足で走って、どうやって邸に帰るんだい?」

足は土埃で汚れ、顔は涙でぐしゃぐしゃだ。

「ちょうど近くに川があったな。そこで洗ったらどうだい」

左近はを連れて行く。
は逃げる気が失せたのか、逃げられないと悟ったのか素直に頷いた。

裸足で走った割りに、足の裏が切れることなく、ただ汚れただけで済んだ。
顔も洗ってすっきりさせて、左近が手拭を貸してくれたので遠慮なく使う。
天気もいいから、少しここで座って話そうと左近が腰を下ろした隣に、も座った。

「俺はあれから、元々仕えていた筒井家に戻ったんだ」

左近がたちと別れてからを話し始めた。
主家に戻った左近は、じっとその後の状況を見守っていた。
天下は信長へと向いているのはわかってはいたが。
それもそう長くは続かず信長は討たれた。
筒井家には明智からの援軍要請が出され、それに従おうとしていたのを左近が止めた。
明智には先がない。この先を思うならば秀吉に援軍を出した方がいいと。
山崎での明智と羽柴の戦い。
筒井家は秀吉についた。
そこまでは良かったのだが・・・。

「主家の不義に怒った俺は筒井家を出て牢人生活を楽しんでいたのさ」

左近のことを知った各大名家が、左近を迎え入れたいと多額の禄を条件に誘ってきた。
だが左近はどこにも行くことなく牢人生活を続けた。
そんな中で三成が現れた。

「1万5千石の高禄ですら蹴った俺に対し、二万石を出そうと言っていた。
それじゃあ三成さんの録の半分だ。主人と同等の額を出してもかまわないのかと。
そこまでして俺の戦の腕が欲しいのかと言ったんだ」

三成はかまわないと言った。

「不義に怒り高禄を蹴った志を買いたいといった。欲しいのは同士なのだからと。
それでかな、勢いとはいえ、この人に仕えようと思ったんだよ。録は別に問題ないじゃない」

それまでは自分が情報収集を行った際、山崎の戦いで見た三成からは彼に仕えたいなどとは思わなかった。

「不思議な御仁だよ」

「でも・・・三成さん。らしい・・・」

人に誤解されがちだが、秘めているものは結構熱いものがある。
左近が三成に仕えたわけも、がそこで再会した理由も知った。
今度はの番だ。

「嬢ちゃん・・・・話して欲しいね。どうして幸村ではなく、殿・・・三成殿と一緒にいるんだい?」

「・・・・・・」

「その後を、連絡しなかった俺も悪いんだが、俺はてっきり幸村殿と信濃にいると思っていたよ」

は膝を抱え、首を横に振る。
落ち着いた気持ちが揺らぐ、こみ上げてくる涙に負けそうになる。

「・・・・だったから」

「なんだって?」

左近にならば話しても平気だ。
そう思ったから口にする。今までのこと全部。

「幸村さんも、同じだった。あの人たちと・・・・・」

「嬢ちゃん」

幸村と逃げたのは良かったが、幸村の本心を聞いた。
彼も同じだった。信玄が死んだのも武田が滅んだのも。それがの所為だと。

「・・・・・そんなことあるわけないだろうに・・・・」

「でも、やっぱり自分でもどこか、そう考えちゃった。悪い方向に。左近さんに会った今さっきもそうだった」

「俺は嬢ちゃんの所為だなんて思っていないぜ?」

「ありがと。その後ね。孫ちゃんとガラちゃんに出会って、やっぱり二人とも別れちゃって・・・」

ぽつりぽつりと話す。
左近は話の腰を折ることなく黙って聞いてくれている。

「それで、三成さんに来ないかって言われて。簡単なことだけど、身の回りのお世話させてもらってる」

「そうか。それで殿のそばにいたんだな」

はようやく余裕が出てきた。
だから左近に向けても笑顔が出せた。

「周りはね。私のこと三成さんの女だとか好き勝手言うんだけど。そんな関係じゃないんだよ?」

左近さんも誤解しないでね。とは付け加える。

「なんだかんだ言っても、まだ好きなんだろう?幸村が」

の目が大きく見開いた。

「わかるよ、なんとなくだけど。だから今でも不安で悩んじまうんじゃないかい?」

「・・・・・多分。そうだと思います」

はくしゃりと顔を歪ませながらも笑う。
頭を掻きながら。

「諦め悪いなぁって思うけど・・・」

「そんなものだろうさ。よし、そろそろ邸へ帰るか。殿も心配していると思う」

左近は立ち上がる。
そしての前に背を向けしゃがんだ。

「左近さん?」

「背負ってやるよ。折角洗った足がまた汚れちまう」

「お手数おかけします」

素直に左近の背に負ぶさった。
左近はを背負って歩き出す。

「左近さん。三成さんには・・・・言わないでね、甲斐での話」

「嬢ちゃん。そりゃあ無理じゃないかな?あんな顔して飛び出せば俺との関係聞かれるさ」

「なんとか誤魔化してください」

「おいおい。無茶言うなぁ」

「いつか、自分で話すから・・・もっと落ち着いたら」

「そうか・・・・ま、今回はなんとか誤魔化しますか」

左近は仕方ないと苦笑した。

「なあ嬢ちゃん」

暫く歩き続けてから、左近が神妙な声音でに言った。

「なんですか?」

「恨むんなら、俺を恨めばいい。嬢ちゃんが沢山傷ついた原因を作ったのは俺だ」

そんなことはない。そう言おうとしたのに、遮られる。

「俺が嬢ちゃんの勘の鋭いことに勝負だと遊びを吹っかけただろ?だからさ」

「でも、その前にもう、勘の良さはわかっていたし、お館様との話を聞かれちゃったし」

左近を恨むなんてことはない。
寧ろ左近は助けてくれた。それに今までずっと気づかなかった自分が恥かしい。

「あれから、そういうのは、どうだい?」

上洛を決めた信玄のことを見た夢など。

「勘の良いことはちょこちょこあったけど、夢はないです。見ているかも知れないけど、怖いようなものは」

あれは一体なんだったのかと思うくらいに。
左近はならいいと頷いた。

「ありがとう、左近さん」

「ははっ。なんだか可笑しな気分だ」

「あと、これからよろしくお願いします。同じ三成さんにお仕えする者同士」

「そうだな」

邸に戻ると三成が待っていた。
左近に負ぶさっているを見て安堵しているような、何をしてきたのだと怒っているような複雑な表情で。

「何があった、いったい」

「左近さんとは・・・ちょっと再会を喜んでいただけなんで」

「まあ、お互い驚いたってだけですよ」

何か隠しているのは三成には安易にわかる。
だが、二人で口裏合わせて言わないようなので、もういいとさっさと部屋に引っ込んでしまった。

「嬢ちゃん。殿は拗ねてしまったんじゃないかい?」

「まあ、私と左近さんが仲良しだから仲間はずれにされたとでも思ったんじゃないですか?」

後でご機嫌でもとらねばと左近と二人で対策を練ることにしたのだった。



***



「ほーら。。沢山食えよ〜」

石田邸の縁側。利家が久しぶりに顔を見せてくれた。
両手にいっぱい果物を持ってやってきた。

「利家様。私のこと餌付けしようとしていませんか?」

賤ヶ岳の戦いでの利家を心配したのだが、以前と変わらずの顔を見せてくれて安堵した。

「餌付けってほどでもないだろ?」

「私はそう感じるんです」

「まあ、なんとなく、見てっと・・・小動物を想像させるよな」

食べ物を頬張るリスとか。利家はそんな風に例える。
がなんで?と頬を膨らませれば、それが余計にリスのようだと笑った。

「そりゃ。利家様たちから見れば私は背が低いですから、小さく見えるんです」

「はは。まあいいじゃねぇか。小さくて可愛くていいじゃねぇか」

ポンポンと頭を軽く叩かれた。

「久々に顔を見せたばっかりなんだけどよ。俺ぁ、また戦に出なきゃなんねぇからよ」

「利家様・・・・」

明智光秀、柴田勝家を討った事で、秀吉は確実に信長の後継者として名を馳せていた。
だがまだそれはほんの始まりに過ぎない。
秀吉と同じように力を蓄えている者もいる。
それらを掌握する為に戦がまた始まるのだ。
少し前に、秀吉は小牧・長久手で徳川家康と戦った。
秀吉が有利であったり、家康が押し返し逆に有利に立つなど、長期にわたって家康との戦は続いた。
戦いだけでなく、政治的なことも絡んで。
三成、左近も出陣し長く邸を空けていた。
家康との講和が成立し、家康は秀吉の傘下に入った。
そして今度は四国、九州を手に入れる為に出陣するのだ。

「その間、寂しいだろ?三成もいねぇし」

「仕事が暇になっちゃうだけですよ。私的には早く戦が終わればいいかなって思うだけで」

戦は色んな人を泣かすから。

「利家様のほうこそ、どうなんですか?」

「俺?俺は別に変わらねぇな。秀吉のこと支えてやるだけだ。あいつが背負うものは大きいからな」

「利家様は強いですね、本当。前にもそう思ったんですけど」

「そりゃあ腕っ節は強くなくちゃ、戦なんて」

そういう意味じゃないのにとは笑う。
が笑ったのを見て利家は後頭部を掻く。

「別に強かねぇよ。叔父貴のことで沢山叫んだ、泣いた。でも、叔父貴はもう帰ってこねぇ。
叔父貴は、次はわぬしらの時代だって言ってよ。秀吉は全部わかってて、目をそらすことなく全部背負う覚悟を決めてたんだ」

皆が笑って暮らせる世を作る為に。

「俺は俺ができることでアイツを支えてやるって決めたんだよ。秀吉は俺のダチでもあるし、嫌いになんかなれねぇよ」

賤ヶ岳の戦い前に、秀吉と勝家を選ぶなら、勝家とはっきり口にしたのに。
勝家に恩返ししたくて秀吉の所に行っただけだと。
賤ヶ岳の戦い以降、もしかしたら秀吉の側を離れたかもしれない。
けど、そうしなかったのは秀吉が全てを背負うと決めていたから。
自分よりも小さい体の秀吉が色んなものに押しつぶされないように、最後まで付き合うと決めた。

「嫌いになれない・・・か」

左近にも言われた。まだ幸村のことが好きだろうって。
そうだろうと認めはした。

「今、どうしているんだろう・・・・」

「おっ!なんだあ?誰か想う奴がいるみてぇだな」

「な、べ、別に私は」

のことをからかう利家の姿があった。
それから秀吉は本格的に四国・九州への侵攻を開始した。








08/05/14
19/12/28再UP