拈華微笑




ドリーム小説
日の当たる縁側。
そこに一人でのんびりするのは最早日課となっている。
一人ではない時もある、二人や三人でいう時もある。

「え?本当?」

その話を聞いたときは我が目を疑った。
同時に「そうか」とだけ納得した部分もあった。

「俺はその娘の事は直接見たことも会ったこともないから、確証はできんがな」

ストンとの隣に腰を下ろした三成。
何も言わずとも、最近わかるようになった。
だからは三成の分の茶も用意する。

「そっか・・・・」

「お前の言う娘とその娘が同じ人物なのは確かか?」

「多分。だって明智光秀様の娘だって言ってたから」

「・・・・信じられん話だな」

フンと鼻を鳴らす三成。
普通はそういう反応だろうなとは苦笑した。

「お前が明智殿の娘と知り合いだったとはな」

「私が武家の娘に見えないから?それともガラちゃんが一人旅をするような子だから?」

「両方とでも言っておこう」

否定しないんだとは更に笑った。
青い空が澄み渡っている。
彼女も同じように空を見ているだろうか?





【8】





それからすぐに、秀吉たちは信長の命で西国に向けて出立した。
利家も三成も。ねねでさえも一緒に行ってしまったのには驚いた。
ねねの場合、周りに黙って行ってしまったようなのだが。
は戦ができるわけもないから、当然留守番だ。

「ここからまた、激しい時代になるんだ・・・・」

ぼんやりしながら縁側にいる
大勢いた人たちが一斉に出立してしまって邸の中はとても静かだった。
一人で孫市、ガラシャの帰りを待っていた頃に似ている。

「早く帰ってきて欲しいけど、その時は・・・・」

ある大きな事件が起きた時だ。

「ガラちゃん・・・・会えないかな・・・・」

秀吉たちが出立する少し前に、は三成に頼みごとをした。
それは明智光秀の息女は今どうしているかということだ。

「なぜ、お前が明智殿のご息女のことを知りたがる」

「・・・・友だちだから」

「は?」

武家の娘と知り合いというのはそんなに驚くことだったのだろうか?
友だちだと言った直後、三成が珍しく瞠目していたのが笑えた。
調べてもらえるかどうかわからなかった。
三成だって忙しいだろうと思ったから。
自分の足で調べて彼女に会いに行くことができたら一番良かったのだが、孫市のことがあって。
あの時、父親自ら彼女を連れ戻したというから、会わせてもらえるのかもわからなかった。
大阪の一揆衆と織田軍との戦いで、娘が主家に刃を向けたことが知られでもしたら大変だろう。
ガラシャも自分が光秀の娘であることを孫市とに知られたくないような節があったから。
あまり期待はせずにいようと思った時に、三成が教えてくれたのだ。

「ご息女は細川忠興殿に嫁がれている」

ということだった。
だから「そうか」と思ったのは、きっと時代背景を感じてのことだろう。
政略結婚とか、色々。
彼女の意思ではないのかもしれないと。
結果的に、彼女と会える状況ではないようだ。

「元気でいると・・・・思っているから」

また、いつか、どこかで会えることを願って。
ただこれで、孫市と、ガラシャと3人で旅をするというのは無理なようだ。
それだけが残念だった。



運命の日。
とでもいえるのか。
は今日という日が怖かった。
今日は六月二日。そう、本能寺の変が起こったといわれる日だ。
当然のことながら、秀吉はまだ戻ってこない。
知っていてもにはどうすることもできないだろう。



京・本能寺にて、織田信長は家臣明智光秀の謀反にあい没する。
秀吉など信長の家臣たちはそれぞれが信長の命を受けて方々に出陣していた。
光秀も秀吉の援軍として西国へ向かうことになっていたが、反転し、本能寺の信長を攻めた。
だが天下は信長を討った光秀のものとはならず、秀吉が他の家臣たちよりも早く、光秀に戦を仕掛けた。
これによって、世の中はまた大きく変わっていくこととなる。



***



西国の毛利攻め、山崎の戦いなどで、秀吉の子飼いといわれる者たちもそれぞれが活躍した。
出世したということだろうか、それぞれ秀吉から領地を与えられるまでになった。

「私を?」

「ああ。秀吉様のそばにいてもいいだろうが、俺としては知らぬ奴よりお前の方が楽でいい」

「私をお手伝いさんとして雇うってこと?」

三成からの意外な申し出だった。
に与えられた邸へ来ないかという誘いだ。

「そこまで期待はしていないが、そうだな。報酬くらい払ってやる」

報酬と言うよりお小遣いといわれているような気がした。
だが、三成の申し出は悪くない気がした。

「お前も変に気を使うこともないだろうしな」

「まあ、三成さん相手だしねぇ」

どこかでずっと引っ掛かっていたこと。
武田が滅んだのも、孫市の故郷が消されてしまったのも、全て自分の所為ではないかと
そう、は思っていた。
けど、三成の一言で救われたのは確かだ。

「一つだけ言っておく。貴様だけが不幸という面をするな。貴様よりも不幸な人間は山ほどいるぞ」

「貴様は馬鹿か。その言いようじゃ、今まで起きた戦はすべて貴様の所為だと言っているようではないか」

「どこの馬鹿だ。くだらない・・・・戦に負けた原因を女の所為にするとはな。
なんだ、あれか?貴様は大局を動かすことのできる優れた軍師や存在であったのか?」

「だろうな。ただの世間知らずの娘だ、貴様は」

初対面でそこまで言われるとは思わなかった。
三成に全て話したわけではない。でも、心が楽になった。
三成に対し、幸村に抱いたような想いはない。
孫市に対し感じたような「友だち」というような思いの方が強いのだろう。
三成もに対し、そんな感情はなさそうだし、気が楽だと思える。

「じゃあ。三成さん。これからよろしくお願いします」

はぺこりと頭を下げた。

「どこまで役に立つがわからんから、そう期待はせんからな」

三成らしい返事だなと思った。



秀吉とねねにを引き取ることを話した。
引き取るという言葉が合うのかはよくわからないが。
別に秀吉の下でもいいのだろうが、何故だかわからないが自分に与えられた邸にを連れて行こうと思ったのだ。
に対して何か芽生えた?
愛情?独占欲?
そんな感情ではない。
じゃあ保護欲か?
それも微妙だ。
情が移った?
小動物に対するもののような?
よくわからない。
でも、なんとなく放っておけない気がしたのだ。
清正や正則あたりが好き勝手言いそうだが、別に好きにすればいいと思った。
下卑た考えなどに抱いているわけでもない。
後ろめたいことなど何もないのだ。

ただ。自分が楽になりたいと思ったのかもしれない。

「別にわしはかまわんよ。がええと言ったなら反対することもないじゃろ」

「良かったじゃないのさー。三成に可愛いお嫁さんが出来て」

「違いますから。嫁などといわないでください」

「あら、そう?」

秀吉とねねは驚くこともなかった。
ねねは勘違いしていたようだが。

「なンだよー。ずりーな、三成」

同じく話を聞いていた利家は唇を尖らせる。

「ずるいってどうした、利家」

を独り占めするんだろ?ずりーって」

「別に独り占めしているつもりはありません」

ねね以上に捻れていないかと三成は思った。

「そうか?」

「やましい気持ちなど少しもありませんので」

「それはそれでどうよ。いいなー。俺ぁが出て行くとは思わなかったしなぁ」

利家がを気に入っているのは明確だった。
だけどグチグチ言われるとは思わなかった。珍しく三成に後悔というものが浮かぶ。
ただ、他の者たちと違って、利家は面と向かってそう言ってくれるのがいい。

「なんじゃ、利家。お前もを連れ出そうとでも思っとったんか?」

「いや、別に」

ケロリと答えた利家。
なんだそれはと秀吉が首を傾げる。

「そこまで考えていねぇだけだし。ま、たまにの顔見に遊び行くからよ」

その時は茶ぐらい出してくれ。利家はそう笑った。



***



三成の邸での生活はそう悪いものではなかった。
二人きりというわけではない、三成に仕える人たちだったり、その世話をする人たちだったり多くいる。
ただ、三成の身の回りのことはが行った。
三成に叱られながら着物の着付け方とか教わって。
三成が以外の者をあまり近づけないのだ。
元々人付き合いが得意ではない性格。
政に関すること、秀吉の側では如何なく力を発揮しているというのに。
人を信用していない。そんな風に見える。
だから余計にそんな三成の側にがいると、色恋の目で見ようとするものがいる。

「奥さんって思われているみたい、私」

「好きに言わせておけばいい。ただ・・・」

「ただ?」

三成は深く溜め息をついた。

「俺にも選ぶ権利はあると思う」

「・・・・だったら、早く可愛いお嫁さん貰ってください」

好奇な目で見る者ばかりではない、ねねや利家がわざわざの顔を見に来てくれたりもする。
ある日のことだった、利家が顔を見せに来てくれたのだが、いつもと様子が違っていた。

「どうかしたんですか?利家様」

「ン・・・・ああ、まあ色々な・・・・・」

主不在なのを遠慮しているのだろう、三成がいないと利家は中へは入ろうとせず縁側で済ませてしまう。
いつものことだと、はいつものように利家に茶と菓子を出す。
それには手をつけず、ただ庭を眺めている利家。

「今の時代、色々あるさ。好きなだけ悩め」

「はあ?」

の言葉に利家は唖然とする。
はニッコリ笑う。

「煮詰まる前に吐き出しちまえよ?そのほうがすっきりするしな!」

?」

「これ、利家様が私に言ってくださった言葉ですよ?忘れちゃいました?」

利家はそうだったなと頭を掻く。

「私も、色々あったんですよ。その色々からはただ逃げちゃっただけなんですけど・・・
それでも、色んな人のおかげで私、結構元気でやれています。こんな私でも利家様の力になれるならなりますから!」

利家が何で悩んでいるのか想像はついた。
本能寺の変以降。信長の後を継ぐ者の争いが起こっているのだ。
織田家を存続させようとする者、自分が天下に名乗りあげようとする者など・・・。
利家が悩むのは、叔父貴と慕う柴田勝家が、友の秀吉と対立し始めたからだ。
元々は勝家の為にと思って秀吉と一緒にいる利家。
二人が争う道しかなかったのだろうか?自分はどちらに付けばいいのだろうか?

「ありがとな、

利家はの頭をくしゃりと撫でる。

「じゃあ、泣きたくなったら、の胸でも借りるかな」

「頼りないものですけど、いいですよ」

実際はそんなことにならないだろうと思う。
利家は弱い人じゃないから。
今もきっと、利家の中では答えが出ているだろう。
答えは出ても、気持ちが追いつかない。そういうものなのかもしれない。

「なんか、元気出た。のおかげだな・・・・よっしゃ!行ってくるか!」

利家は立ち上がる。

「じゃあな、。また顔見にくるからな」

「はい。お顔見せに来てくださいね」

利家は来た時よりもいい顔で帰っていった。
それからすぐに賤ヶ岳にて、秀吉と勝家が戦を始めた。



「中々終わらないものだなぁ・・・ま、知ってるけど・・・・」

賤ヶ岳の戦いは秀吉の勝利だった。
それでも戦は続く、三成が邸にいる日もこの所ほとんどない。
は暇でしょうがない。
可笑しなものだ、戦になると暇になるとは。
だが、帰還してくる三成に小言を貰うのは嫌なので、毎日の掃除などはちゃんとしておこうと思った。

。今、帰った」

それから数日後に三成は帰還してきた。

「あ、お帰りなさい。あはは、疲れたって顔してる」

「当然だ。それだけのことをしてきたのだからな・・・・だが少しは楽になる」

「?」

三成は風呂に入ると奥へと引っ込んだ。
その間には新しい着物や、この後のことを考えてお茶の準備などをする。

「変わりはないようだな・・・」

「うん。いつもと変わらないよ。でも・・・・ちょっと心配事があるかな」

湯浴みを終え、さっぱりした様子で腰を落ち着かせる三成。
は夕餉までのつなぎとして、お茶と菓子を出す。
うんと甘いものだが、疲れているだろうと思って。
別に手を出すか出さないかは三成の自由なので気にしない。

「心配事?なんだ?」

「うん・・・利家様。どうしているかなって思って。一応、ねね様から話は聞いているんだ」

賤ヶ岳の戦い。相変わらずねねも同行していたようで。
利家は最後まで勝家と戦うことに苦しんでいたようだ。

「別にどうもしない。あの人は変わらず秀吉様の側にいる」

どうもしないわけもないだろうにと思うが、そうか利家は秀吉から離れないのか。
慕っていた人と永遠に別れる結果を作った人だとしても。

「強いなぁ、利家様・・・・私は逃げ出したけど・・・・」

、お前は・・・」

思わず零れたの言葉だったが、それを三成が追求する前に、別の者に遮られた。

「殿。只今参りました」

障子の向こうから聞こえた男の声。

(・・・・なんか、聞き覚えのある声だ・・・・)

障子に映る男の影。

「入れ」

三成の許しを得て障子が開いた。

「遅くなりまして・・・・」

頭を下げている男のその顔に見覚えがあった。

「・・・・・さこん、さん・・・・」

「?」

の呟きに男は顔を浮かせてしまう。

「嬢ちゃん?・・・・嬢ちゃん、何故ここに?」

信玄に軍略を学びに着ていた客将島左近。
なんだかんだと言いつつ、最後までを気遣ってくれた人だ。
左近もが三成の側にいることに驚いている。

「なんだ、二人は知り合いだったのか?」

「ええ・・・・・久しぶりだな、嬢ちゃん。元気そうで何よりだ。だが、嬢ちゃんは・・・」

幸村と一緒に彼の故郷へ行ったのではなかったのか?
そう左近が紡ぐ前に、は部屋を飛び出してしまった。

「嬢ちゃん!?すみません、殿。少し席を外します」

「ああ。好きにしろ」

左近はを追いかけた。








08/05/14
19/12/28再UP