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拈華微笑
「おぅ。秀吉、どこ行っていたんだ?」 秀吉より大柄な男が戻ってきた友人に声をかけた。 前田利家。元々信長に仕える柴田勝家の下で彼の為に動いていたが。 今は秀吉の才能などで新たに活躍できる場を求めて一緒にいる。 それもこれも、すべては勝家の為だ。 「ああ、ちょっとな」 「あ?誰だ、その子」 利家は秀吉と一緒にいたに気づくも、すぐさま表情を曇らせる。 は何か咎められるのでは?と身をすくめてしまう。 「お前・・・・ねねに叱られてもしらねぇぞ?」 「な、何を言ってるんじゃ、お前は!」 秀吉は利家の頭を小突く。 「この子はダチから預かっているんじゃ!可笑しな想像するな!」 「ダチ?誰だよ」 「・・・・誰でもええじゃろ」 秀吉は利家から目をそらす。 「秀吉・・・お前最近変だぞ・・・大阪での一揆衆との戦からよ」 は秀吉の背中をただジッと見る。 秀吉はあの頃から孫市とのことを気にしているのだろう。 だがそんなことを周囲には伝えず隠しているようだ。 「とにかく、今は早く戻らんとな」 「秀吉・・・・なんかあったなら言えよ」 「なんもない・・・利家が気にすることはないさ」 秀吉は笑う。 行こうと歩き出す秀吉、利家も仕方なく続く。 「孫市を止められんかった、わしがしょうがないんじゃ・・・・」 秀吉の呟きがの耳には届いた。 利家には届かなかったようである。 (孫ちゃん。秀吉様・・・すごく心配しているよ・・・・) もちろん、自分もその安否は心配だが、今は秀吉にすべてを任せるしかなかった。 【7】 それから3日後に目的の秀吉の邸に到着した。 秀吉が信長から恩賞などの意味も込めて与えられた邸。 少し前は長屋のようなところで。庶民的に暮らしていたようだが、今も賑やかなのは変わらないという。 秀吉の妻であるねねと、秀吉を叔父貴と慕い仕えてくれる若者達と住んでいるのだという。 利家も勝家の下を出てから、ここに転がり込んでいるそうだ。 「男ばっかりでむさ苦しいかもしれんけどな」 「い、いえ。私は拾ってくださっただけで・・・でも、なんか迷惑になりそうかなって」 出会った人々すべてに不幸が起きているようで、最近どうも後ろ暗い考えしかできなくなっている。 「迷惑なんか思っておらんよ」 「でも、私・・・・信長、様に敵対した孫ちゃんと・・・・」 「気にせんでええ・・・・孫市はおらんことになっとるしな。嬢ちゃん一人なんてことないさ」 秀吉は大丈夫だといい、待っているねねにを紹介した。 戦で行き場をなくした友人の妹。そんなような説明でねねに言った。 「あら。そりゃ大変だったね。いいよ、うちは。好きにいてくれて」 利家が危惧したことなく、ねねはを迎えてくれた。 「あの。なんでも手伝いますから」 「そう?ありがとうね。じゃあ遠慮なく頼むからさ、なんせ大所帯だからさー」 一人でもやれないことはないが、だらしない男ばかりで大変だとねねは笑った。 「とりあえず、室でしばらく休みな。あ、室はねぇ・・・三成!」 ねねは通りかかった青年を呼び止める。 「なんですか、おねね様」 ムスっと怒っているかのような表情で感情がないように淡々と繰り出す言葉。 「この子を西の空いてる室に案内してやっておくれよ、あんたの隣の室が空いていたね」 「・・・・誰ですか?」 冷たい眼差しがに向けられる。 ああ、この目は以前にも見たことがある。 自分を異質な者と向けてきた白眼視。 はその目とあわせられなくて、伏せてしまう。 「こらっ!威圧してどうするの!この子は今日からうちの子になったんだよ」 別に威圧したつもりはないとぼやく三成と呼ばれた青年。 「。目つきと態度は悪いけど、中身はいい子なんだよ、三成は。怯えなくていいからね」 「好き勝手言わないでください」 「いいから、案内してあげて。私はこれから昼餉の支度をするから」 「あ、あの。手伝い、私も」 「今日はいいよ。疲れているだろ?明日から手伝ってもらうから」 ほら。とねねは三成に早くと急かす。 三成は面倒臭そうにに付いてこいと歩き出した。 はねねに頭を下げてから三成の後を追った。 本当に人が多いようで、賑やかな声が邸内から聞こえる。 「ここだ。好きに使え」 「あ。はい・・・・お手数おかけしました」 三成がを哀れむような目で見ている。 なんだとはたじろぐ。 「このくらいで、何を言うのかと思った・・・貴様、人が良すぎないか?」 多少の礼ぐらいは言うだろうが」 「別に。そんな事ないです。人がいいのは秀吉様とおねね様です」 孫市の知り合いだと言う理由だけで拾ってくれた。 戦で行き場を失くしたというだけで、邸に招いてくれた。 二人に比べたら自分なんてただ、ずる賢いだけだろうに。 「・・・・・・」 「とりあえず、布団でも干せばどうだ?」 「は?」 「今夜から使うのだろう?押入れに入れっぱなしの布団では嫌だろう?」 ぶっきら棒だが三成はに次にしたほうがいい事を教えてくれている。 使っていない室だ、掃除もしなければならないだろう。 毎日ねねが一人で掃除するには広すぎる邸。 分担して各々自分の室だけはちゃんと掃除はするようだ。 疲れているだろうから休めとねねは言ったが、休んでいる暇はないようだ。 「箒は畳みの目に沿って掃くものだろう・・・それでは畳が傷つく」 一人で掃除を開始するが、手際が悪く見ていた三成が苛々してしまい、気づけば口出しをしていた。 「うわ。は、はい!」 「水拭きなんぞしなくてもいい。畳の色が変わる原因になる。乾拭きだけでいいんだ」 「そうなんですか?」 キョトンとした顔で三成を見る。 「貴様・・・・何も知らないんだな・・・・女としてそれはどうなんだ?」 「あ〜・・・・いつも人任せだったので・・・・思えば自分でちゃんとやったことないです」 向こうの世界では掃除機を使っていたが、家に和室はなくフローリングばかりだったから。 それに掃除するに簡単手軽にできる道具類が多く存在していた。 なるべく手間のかからないように、ササッとできてしまう。そんなものが。 「武家の出か?戦で一族が滅亡して逃げてきたってところか?」 それなら何も出来ない姫君として納得できてしまうと三成は思う。 「・・・・・・」 は三成に何も言えなかった。 別に姫様でもなんでもないが、世話になっていた武田が滅亡したのは本当だ。 「なんだ、その顔は・・・気に食わぬことがあるならはっきり言え」 「べ、別に気に食わないってことないです・・・」 その態度に三成は苛々してしまう。 「なんで、初対面の三成さんに言われなくちゃいけないんですか」 気に食わないのなら放っておけばいいのに。 「さあ、何故だろうな。ただ貴様を見て苛ついただけだ」 はっきり言う人だと思った。 「一つだけ言っておく。貴様だけが不幸という面をするな。貴様よりも不幸な人間は山ほどいるぞ」 「え?」 「貴様はいいほうだと言っているんだ。秀吉様に拾われて住む場所が与えられただけでもマシだろうに」 なんか目から鱗が落ちたようだ。 確かにそうだ。 世の中戦で飢え死にしていく幼子だっているのだと三成は口にする。 「・・・・・私、今までのこと、全部自分の所為だと思ってた・・・・」 の言っている意味がよくわからないが、三成は柳眉を歪めた。 「貴様は馬鹿か。その言いようじゃ、今まで起きた戦はすべて貴様の所為だと言っているようではないか」 そんなわけあるかと三成は鼻で笑う。 「で、でも。私の所為で戦に負けたって・・・言われたことあるし」 「どこの馬鹿だ。くだらない・・・・戦に負けた原因を女の所為にするとはな。 なんだ、あれか?貴様は大局を動かすことのできる優れた軍師や存在であったのか?」 そんなことはないとは首を横に振る。 負けた原因というのも、直接戦に関係ない戯言なのだ、本当は。 でも、もしかしたらとどこかで思っていて。今も根強く離れなかった。 「だろうな。ただの世間知らずの娘だ、貴様は」 今までのことを知らないから言えるだろうにと思うが、そう言われてなんとなくホッとした。 の所為ではない。そう誰かに言ってもらいたかったのかもしれない。 「あの・・・・三成さん」 「なんだ?」 「貴様っていうの・・・やめてくれませんか?一応って名前あるんで・・・」 沈黙が流れる。 三成は拱手し、乾拭きをしていたはその三成を見上げている。 ややあってから、三成が口を開いた。 「・・・・気が向いたら、呼んでやる」 「なんですか、その気が向いたらって・・・・人の名前呼ぶのに気が向く向かないって関係あるんですか?」 「うるさい」 面白い人だ。は思わず笑ってしまう。 孫市、ガラシャと共に過ごした時間も楽しかったが、秀吉たちとの時間も悪くないような気がした。 *** に与えられた室は三成の隣だった為に、何かと一緒にいることがあった。 のんびりと縁側に腰掛けて庭を眺めていると、三成の室の障子がスッと開いた。 「あ。三成さんも食べる?お饅頭、さっき利家様と買いに行って来たの」 「いらん。だが、茶は貰う」 三成はの隣にどっかり座り込んだ。 は小さく笑いながら三成の分の茶を用意する。 多分そうなるだろうと思って、あらかじめ湯呑みを用意しておいたのだ。 「はい、どうぞ」 「ん」 三成は茶を啜る。 「なんか、戦があるとかって嘘みたいだよね」 信長が本格的に天下統一の為に方々に戦を仕掛けている。 近々秀吉にも出陣の命令が下るそうだ。 だが、ここは何もない。 人の賑わいで、戦での痛みがあまり感じない。 「久しぶりかな・・・・なんか」 「前から聞こうと思っていたが、お前はどこから来たのだ?」 誰もそれを聞かない。 秀吉の最初の説明で済んでしまっているのだ。だが三成にはそれだけとは思えなかった。 「知りたい?」 は口角をあげ三成の顔をのぞき込むようにしている。 三成はそれがなんだか癪に障る。 「まだ教えない。もっと仲良くなってからかな」 「なんだ、それは」 「だって、孫ちゃんやガラちゃんにすら話さなかったから・・・・」 時折見せる寂しそうな顔は、過去を振り返っていると言うのだろうか? 「別にいい。そんなものに興味はない」 「あ。ひどーい。三成さんから聞いてきたのに」 「そうだったか?」 初対面で自分が不幸だという顔をしていた。 あれからそんなに日は経っていないが、少しずつ周りとも関わるようになっている。 利家と出かけることなどがそのいい例だろう。 「今度は三成さんも一緒に出かけようね」 「気が向いたらな」 「もうそればっかりー」 は唇を尖らせる。 この娘をからかうのはなんとなく面白い。 「俺は暇じゃないんだ。次の戦には俺も秀吉様に着いて行くしな」 「・・・・三成さんも?」 「ああ。当然だろう」 「そっか・・・・」 以前にもこんな光景があったなと思い返す。 (幸村さんと一緒に居た時だ・・・・幸村さんか・・・どこでどうしているんだろう・・・) 孫市たちと一緒に居た時は幸村のことなど考える余裕もなかった。 考えるのをやめたと言ってもいい。 自分は幸村の前から逃げ出したのだ。 幸村も他の人たちと同じだった、好きな人だったらか余計にそれはを苦しめた。 はっきり言えばいいのにと思ったことと、嫌われたくないと思ったこと。 狭間で苦しめられた。 「鬱陶しい面をするな。間抜けが余計に間抜けに見える」 幸村のことを思い出し少し落ち込んだ気分を出していたのだろうか? 「ま、間抜けって・・・・」 は三成に反論しようかと口を開きかけるが、そこに第三者が割ってくる。 「三成。お前、女子に対して酷い言い草だなー。ちったぁ秀吉見習えよ」 利家が呆れた顔をしてやってくる。 二人の会話が聞こえたのだろう。 「前田殿・・・秀吉様は大げさすぎるので見習う気などありませんね」 三成はしれっと答える。 普段から「ねね、愛しとるぞ〜」とか言っちゃう主。三成の性格ではとても口が裂けても言えぬだろう。 「ほら。追加だ、。いっぱい食えよ〜」 と利家がの掌に蜜柑を乗せた。 「利家様。まだお饅頭ありますよ?それにいっぱい食べると太ります」 「饅頭はともかく。蜜柑食っても太りはしねぇよ。女はそこら辺気にしすぎだ」 三成にも食えと手渡す。 三成は饅頭よりもマシだと素直に蜜柑を食べ始める。 利家は去る様子もなく、の隣に腰掛ける。 「鬱陶しいとか三成に言われてたけど、なんかあったのか?」 「い、いえ。ないです。別に」 「なんだ?三成には言えて俺には言えないって?」 「そんなんじゃないですよー。ちょっと思い出していただけです」 あまりいい思い出じゃないように三成には思えたかと利家は考える。 「あれか?秀吉のダチっていうアニキのことか?」 ああ、そういえばそういう事になっていた。 「まあ、そんなところです」 実際は違う人のことを考えていたが。 「今の時代、色々あるさ。好きなだけ悩め」 くしゃくしゃとの頭を撫でる利家。 「と、利家様?」 「んで、煮詰まる前に吐き出しちまえよ?そのほうがすっきりするしな!」 「あ・・・・」 利家と幸村の姿が被った。 『我慢しなくていいですよ。どうしようもない時は吐き出した方がすっきりします』 戦ばかりで自分達の方が大変なのに、優しい人たちだ。 「泣きたい時は俺の胸でよけりゃいくらでも貸してやるからな」 「ふふっ。ありがとうございます。利家様」 が笑ったのを見て、利家は三成に自慢げに顔を向ける。 「三成。わかったか?もっと素直に接してやれよ」 「なんのことですか・・・まったく」 三成はプイッと二人から顔を背けた。 08/04/02
19/12/28再UP
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