拈華微笑




ドリーム小説
一人で待っているのはすごくつまらなかった。
短い時間の中で、孫市とガラシャのことが大きな存在になっていたようだ。
二人は戦に出向いているのに、自分はただのお留守番。
信玄たちが上洛だと館を出た時もこんなだっただろうか?
いや、違う。
あの時はただ不安がいっぱいだった。

今も不安はある。
なにせ、二人は戦に出ているのだ。
無傷で戻ってきてくれるのを願っている。
だが相手は織田信長だ。
戦国最強と言わしめた武田の騎馬隊を壊滅させ、滅びへの道を進ませた魔王。
孫市たち民衆が彼に敵うはずもないと思ってしまっている。
今一番天下に近いのは信長なのだから。

でも。お願いだから。
二人を自分から取上げないでください。
もう一人になるのは嫌だから・・・・。





【6】





久しぶりにの前に戻ってきた孫市とガラシャは少々やつれているように見えた。
戦の後なのだ仕方ないだろう。
でも、怪我もなく戻ってきてくれたのがには嬉しかった。
嬉しかったから、二人に抱きついた。

「おっと。熱烈な歓迎だな、お嬢さん」

「だ、だって〜」

「大丈夫じゃぞ、。しばらくまた一緒に旅ができるから」

左腕に孫市。右腕にガラシャ。二人の腕をギュっと抱く。
不安が消え去り、涙腺が緩む。

「ちょっと予定より長く待たせちまったからな。すまない」

孫市はの頭を軽くなでた。

「子ども扱いするの、禁止ー」

そうは言っても、は涙が止まらない。

「はいはい。悪かったよ」

「泣くな、。わらわも孫もここにおる。を一人にはせぬから」

「う、うん」

ガラシャの方がよっぽど大人だと苦笑してしまう。
二人から離れて、涙を拭う。
孫市とガラシャは顔を見合わせ笑う。

。次は孫の故郷へ行くのだぞ!孫が連れていってくれるというのじゃ!」

楽しみだなーとガラシャがの手を取る。

「孫ちゃんの故郷?」

「ああ。ちょいと山奥にあるけどな、ここからそう遠くはない」

紀伊にある雑賀衆の村。
優れた傭兵、鉄砲衆がいるが、それだけじゃないその家族や職人なども住んでいる村だ。

も勿論行くのだぞ」

「うん、行く。行ってみたい」

「そんな目を輝かせるような期待の場所でもないぜ?だが、今頃はちょうど椿が見ごろだな」

それはちょっと自慢だと孫市が言う。
次の目的地は雑賀の里。
その目的はガラシャに戦以外のものも教えようという為らしい。

「日常においてもお嬢ちゃんはもっと学ぶべきことがあるってことさ」

ガラシャだけではない、にもそれは通ずるものがあるらしい。
もしかして孫市は自分のことをどこぞの良家の娘とでも思っているのだろうか?
信玄公に世話にはなっていたが、身分などとはない。
里へ向かい早速出発する。
その途中、身分の話になったのだが、孫市がガラシャの出身をポロっと零した。

「しかし、お嬢ちゃんが明智のお姫様だったとはねぇ」

「明智?」

が即座に反応する。

「ま、まだ内緒にしていたことを怒るのか?」

「別に怒っちゃいねぇよ。ただ驚いたって話さ」

「孫ちゃん、ガラちゃん。なに?いったい」

少し嫌な予感がしてしまった。
嫌な予感というより、あまり知りたくないような名だ。

「お嬢ちゃんの父親が信長に仕える明智光秀なんだよ」

「・・・・えぇ!?」

数拍あったのちに、は声をあげて驚く。
孫市はそういう反応になるよなと笑っているが、は違う意味で驚いているのだ。

「ガラちゃん・・・明智光秀の・・・娘・・・・」

父に倣い世間を知る旅に出たと言っていたガラシャ。
確かに光秀は信長に仕える前、各地を放浪し世間を見て回ったらしいが。
そういうことではなく、歴史を知っているには衝撃的過ぎたのだ。
この先のことを思うと。

「べ、別に父は関係ないのじゃ!」

元々ガラシャは孫市に出身などを話してはいなかったそうだ。
大阪で織田勢と戦った時、戦場となった大阪湾で父と遭遇してしまいばれてしまったそうだ。
まさか光秀の方も、娘が一揆衆にいるとは思わず、連れ戻そうとしたらしいが、ガラシャは煙に巻き逃げてしまったそうだ。

も怒るか?黙っていて・・・・」

シュンと珍しく気弱になるガラシャ。

「え?あ、別に怒らないよ。驚いただけ」

「そうか?」

隠しているから怒るなどはしない。
それを言うなら、の方が二人に黙っていること、隠していることが多い。
二人に出会う前、甲斐の武田家にいたこと。
少しだけ人より鋭い勘を持つことなど。

その少しだけの勘はここでは異質に映るようだが・・・・。

「わらわはまだまだ孫とと旅をし続けたいからいいのじゃ!」

「しばらくは子守り続行ってところだな。ま、いいさ。そのつもりで里に向かうんだ」

「孫!子守りとはなんじゃ!」

むぅっと唇を尖らせ孫市に詰め寄り非難するガラシャ。
悪いと孫市は降参だと両手を挙げる。
ダメだとガラシャは孫市を追いかける。
鬼ごっこのように孫市はひょいひょいとガラシャの攻撃をかわし逃げていく。

「待つのじゃー孫ー!」

最初は膨れ面のガラシャも本気で怒ってはいないのだろう、楽しそうに孫市を追いかける。

「ほら、ちんたら歩いていると置いていくぞー」

「あ。待ってよ二人とも!」

も慌てて駆け出す。

!二人で孫を懲らしめるぞ!」

ガラシャに言われて、別に自分は懲らしめる理由もないのだが、つい笑顔で頷いてしまう。

「おい!冗談だろ!なんでお嬢さんまで」

追いかけてくる二人に孫市から余裕が消える。

「だから、お子様だって言うんだよ、お前らはー」

「まだ子ども扱いするか、孫!」

「孫ちゃん、ひどーい。私泣いちゃうぞー」

「どの面が泣くって言うんだよ!笑顔満開じゃないか」

三人の奇妙は追いかけっこは宿場につくまで続くのだった。



***



紀伊に入り、もうじき雑賀の里だと言う辺りで、孫市が異変に気づいた。
里の方から生活から出る煙ではない、黒い煙がいくつも見えた。
孫市は急いで里へ向かうとそこは悲惨なものだった。
村は襲われていた。
人々を村を襲っている兵士たちがつけている旗に見覚えがあった。木瓜の家紋。
織田信長の軍だ。
孫市は焼け野原に近い故郷を見て愕然とする。
こうなってしまったのが自分の所為だと。
信長に逆らい、雑賀の鉄砲兵は危険だからと言う理由。
それだけかもしれないが、信長には雑賀を討つのに十分な理由だった。
そして、同時に世間に見せしめる為に。
信長に逆らえばこうなるのだと。

ほぼ絶望に近い状況だがまだ生き残っている者たちがいる、彼らだけでも逃そうと孫市とガラシャは戦いへ赴く。
居ても邪魔になるだけのは、織田兵に見つかるとマズイからとまたも二人と別れ待つ身となった。
一揆衆の助っ人の時とは違う。

「・・・・・また・・・・私の所為かな・・・・」

嫌な気持ちで占められる。
武田の家臣たちに言われた言葉が強くこの身を締め付ける。

『お前がいたから、武田は滅んだのだ!!』

好きな人にも言われた。

『そうですね。あなたがいたからかもしれませんね・・・』

またなのか?
また自分が彼らと一緒に居たから招いた不幸なのか?

「・・・・孫ちゃん、ガラちゃん!」

もう嫌われたくなかった。
もう一人になりたくなかった。
なのに、また引き離されるというのだろうか?

「ごめん・・・・待っていられないよ・・・・」

自分が向かった所で何も変わらない。
きっと邪魔なだけだ。
でも、二人と離れたくなかった。

「・・・・・・」

ほとんど人の姿はなかった。
いや、の目にうつるのは横たわる人の姿。
ただもう二度と動くことはない人。

「孫ちゃん!ガラちゃん!!」

むせたくなるような臭い。
それでもは必死で声を張り上げる。
二人の姿はない。
無事に他の人たちと逃げ出せたのか?
だったらの元へ戻ってきてもいいのに。

「孫ちゃん、いないの!?ガラちゃん!」

織田軍は撤退したと思われる。
誰もいない焼けた村。

「もう・・・・・嘘でしょ・・・・・」

何度も呼びかけるも反応はない。

「孫ちゃ、ゴホッ、ゴホッ」

色んなものが焼けた臭いが入り混じり、まだくすぶっている火の粉からでる煙に咳き込んでしまう。

「ガラ・・・ちゃん」

何も反応がないと、どこからともなく聞こえる声に恐れてしまう。
お前の所為だと、誰かに責められるようで。

「孫ちゃん・・・・・ガラちゃん・・・・・・どこ・・・・・」

押さえられない涙。
泣きながら辺りを捜し歩く。
しゃくりあげながらも、何度も何度も二人の名を呼ぶ。

「孫「誰じゃ、そこにおるのは」

生き残りが居たのか?と振り返る。
の声に反応したのは、少々場に似つかわしくない甲冑を身につけた小柄な男だった。

「・・・・・」

「一人で、何しとる?・・・・この村の生き残りか?」

は首を横に振る。

「だが、誰か探しとったじゃろ?」

「孫ちゃんと・・・・・ガラちゃん」

「孫・・・・孫市か?孫市の知り合いか?」

男は孫市のことを知っているようだ。

「孫ちゃんのこと、知っているんですか?孫ちゃんはどこですか?」

「・・・・・・」

男は答えない。
それどころか目を逸らされてしまう。

「・・・・・孫ちゃん!ガラちゃん!」

教えてくれないということは最悪のことが起こったからだろうか?
だがそんなことは聞きたくない。
聞きたくないから、は男のことなど無視して歩き出す。
そして何度も孫市とガラシャの名を呼ぶ。

「待つんじゃ。無駄じゃよ」

男はの腕を掴む。

「あいつ・・・・本陣に一人で奇襲をかけて、逆に」

「やめてよ!変なこと言わないでっ!」

「すまん。じゃが・・・・行方知れずなのは本当じゃ・・・・わしも孫市を探しとってな」

その代わりにを見つけたそうだ。

「孫市の所持品らしきものが見つかって、大半は奴を死んだと思っておる・・・・じゃがわしはダチを失いとうない」

孫市の里を攻めた織田家の家臣ではあるが、孫市の友だちとして諦めたくはない。

「ひどいよ・・・・神様はなんで助けてくれないの・・・・私の大事な友だち・・・・奪って・・・・」

はぽつり呟いた。

「神なんてもんは、なんもしてくれんよ。だからわしらは自分でなんとかするんじゃ」

誰に向けたわけでもない恨み言を男が拾った。
は男の顔を見る。

「わしが孫市のこと探すから、嬢ちゃんはどっか・・・って帰る所はあるのか?」

孫市と行動していたと思うと、里はこの有り様だ。彼女には行く当てがないように思えた。
は首を何度も何度も横に振る。
当てなどないし、このままにしておくのも嫌だった。

「だったら、わしのとこに来るか?元々わしの邸には家族みたいな者たちが大勢おってな。
今更一人くらい増えてもかまわん。・・・な?わしのとこにおれば孫市のことすぐに教えてあげられるから」

男の申し出にどうしようかと迷うが、一人では何もできないのが事実。
男が何者かはわからないが、孫市を繋ぐ手掛かりになるのならばと男の申し出を受けることにした。

「わしは秀吉。羽柴秀吉じゃ」

「秀吉・・・様?」

「様つけられるんほど偉くはないんさー」

男秀吉は笑う。
羽柴秀吉。は知っている。信長に代わって天下を取るのはこの男だ。
そうだ。だったら、ガラシャのこともわかるかもしれない。
ガラシャの父は明智光秀だ。もしかしたら先の戦に出ていたかもしれない。
ガラシャは父に連れ戻されたかもしれないのだ。
少し、小さなものだが希望が見えたような気がした。

「とりあえず、行くかー。嬢ちゃん顔も着物もススだらけじゃしな」

「よ、よろしくお願いします。お世話になります・・・・」

は秀吉に頭を下げた。

『そんな目を輝かせるような期待の場所でもないぜ?だが、今頃はちょうど椿が見ごろだな』

秀吉と里を後にする。
その途中孫市が言っていた、椿がいくつか目に入る。
まさかこのような形で見るとは思わなかった。

「三人で見たかったな、椿・・・・」

また安住の地は得られなかった。
失ってばかりだ。
でも、今度は諦めない。
孫市とガラシャとまた出会えるように。










08/03/21
19/12/28再UP